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    かけはし2019年1月14日号

革命の地下の歴史の記憶が呼び出された


フランス

ブザンスノー、「黄色のベスト」を語る

左翼再建に向けた諸挑戦への
徹底した再検証も求められる



 次のインタビューは、ビエント・スル誌向けにホス・エジレエンが行った。同誌はエジレエンによる解説(以下)を付けて、そのインタビューを一二月一二日付けで掲載した。


【解説】

 「黄色のベストは、一つの階級闘争、社会的憎悪を基礎とした紛争……だ。そして、神聖さに奉仕する抑圧勢力すべてが、それに敵対して動員された。王がむき出しで現れている……」――ジェラール・モルディラ(フランスの作家)、TV番組「テレラマ」二〇一八年一二月一〇日)。

 その最初の決起からおよそ一カ月、国民的諸抗議とつながって数週間後、黄色のベスト運動は傲慢にもエリートから退けられ、前例のない抑圧を前にしながら、政府を二度後退させた。
その最初の事例は、一二月四日に現れた。その時首相は、税の引き上げを六ヵ月凍結した。二度目は、エマニュエル・マクロン大統領が一二月一〇日に一連の譲歩を公表した時に現れた。それでも両者とも、黄色のベストの怒りを静めることも、この運動を支持している住民多数を説き伏せることもできなかった。
左翼の政治的諸勢力と社会的諸勢力は、はじめからこの運動についての数々の疑いを心に抱いてきた。つまりそれは、極右によって支援されているのではないか、と。また、燃料税引き上げに反対しているからには、それは環境保護への反対ではないのか、と。
これらの疑いは、地方レベルで諸社会運動と諸労組が黄色のベストに加わる中で、特に一二月八日の気候変動反対の全国行動日以後、消え続けてきた。
そしてそれらは、フランスのチャンネル2TVによる世論調査が放送されてからはほとんど蒸発した。このテレビ局は黄色のベスト抗議行動への参加者に、彼らの政治的支持傾向、および主な懸念事項を質問した。そして得られた回答は、左でも右でもないが三三%、自らを極左と見るものが一五%、そして極右と答えた者が五・四%だ。
そして参加者の中でもっとも重要な二つの要求は、政府が家計の購買力を引き上げること、および諸々の税を引き下げることであり、その一方、移民に関する懸念は最底辺に位置している。そして注目すべきこととして、フランスでは初めて、この運動は女性と男性から等しく構成されている。
これはそれ自身の言葉――この運動と対話するためにわれわれが学ばなければならないもの――を開発中の運動だ。それは、この数週間を通じて、諸労組がもたもたしたやり方で決起し始めるのを見ることになった運動だ。
フランス最大の労組連合のCGT(労働総同盟)は、一二月一四日の総行動日を呼びかけた。そしていくつかの地域、たとえばイル・ド・フランス(パリを中心とする地域圏)ではこれが、他の諸労組や諸連合、たとえばFO(労働者の力)、FSU(統一組合連盟)の公務員、左翼のソリデール(連帯統一民主労働組合)連合、さらにフランス全学連、から支持を集めた。
さらにまた、戦闘的だが厳しい弾圧を受けた、諸々の学校における決起もあった。そこには、三〇〇〇人の学生総会をもって一二月一一日に始まった、ナンテール大学の占拠も含まれる。

あらゆる怒りの合流静まらず

――あなたは、マクロンが彼のメッセージの中で行った国民向け提案をどう評価しますか?

 これは、一二月四日の燃料税撤回公表に続いて政府が引き下がった二度目だ。彼らは今、二〇一八年一月に課された社会保障税の、六・六%から八・三%への引き上げ提案について後退しようとしている。
これらの後退はあらゆる者の自信を高めた。人々は、闘争は結果を出すという事実に気づき始めた。もちろん、ここまでに公表された諸方策は、極めてけちくさいものであり、ゲームとしては遅すぎ、多くの煙幕や虚像がある。
たとえば最低賃金(SMIC)の一〇〇ユーロ(一一四ドル)引き上げは、SMICにおける純粋な引き上げではない以上そう見えるものではなく、低所得労働者に対する政府の制限付き補助金に関する引き上げにすぎない。そしてこれも、雇用主ではなく納税者が負担することになるだろう。こうしてそれは、最低賃金の引き上げではなく、補助金の引き上げにすぎない。
実際にこれが、もっと多くの人々をも本当にうんざりさせている。したがってそれはさらなる決起に拍車をかけるだけだろう。

――レンヌ市出身の一人の黄色のベスト活動家は、この運動を「タンクから溢れたガソリンの一滴」と定義している。あなたは、黄色のベストをどう描こうと思いますか?

 私はそれを本物の蜂起だと考える。それはまだ多数による大衆的な蜂起ではない。しかしそれは一つの本物の蜂起だ。それは、伝統的な社会的決起ではない。それははじめから攻勢に出た。私はフランスで今まで、一九六八年後では攻勢に出た全般化した運動を経験したことがない。
この運動はあれやこれやの形で、賃金の引き上げと生活費の引き下げを求めてきた。つまりそれは、富の再配分を求めている。これは、あれやこれやの政権の改悪措置に反対する防衛的な闘争ではなく、攻勢的な闘争なのだ。
他方でそれは全体的に異質性を含んだ運動であり、それは、社会の深部から発している蜂起の産物だ。それは伝統的な諸組織から湧き出ているものではない。それとは逆にこれは、社会に蓄積された憤激と怒りすべてを結晶化した運動、それ以前の決起すべてが合体し、今まで行動に移されることのなかった怒りすべてがいわば出口を見出している一つの運動だ。事実としてそれは、グラスからあふれ出た水のしずくなのだ。

ガラスの天井の破壊何としても

――これらのこの三週間の決起を通じて、運動の決意、その急進的な性格、しかし同時にその民主的で、水平的な機能のあり方、さらに四日間の全国的決起を組織する能力は、際立つものになっている。スポークスパーソンとして行動している人々の明らかな政治化は、彼らが以前にはいかなる政治的経験もない人々であることを考慮した場合、それほどに際立っている。

 われわれは、この対立が報道で取り上げられたやり方、そして政治階級からそれが受け取ることになった反応を、特に心に留めなければならない。この決起と運動の活動家たちは、エリートによる階級的傲慢さを作り出した。それは、二〇〇五年のEU憲法条約に関する国民投票期間の中でフランスでわれわれが経験した侮蔑に似ている。
われわれは今これを前に、人々の本物の政治化を目撃中だ。フランスではまさに今、記録的な早さで政治化が進む過程にある、何万人、おそらくは何十万人という人々がいる。
フランスの組織された社会運動と政治運動のための、われわれにとっての挑戦課題は、この運動が結果としてもっとも反資本主義的な表現をもつことを可能とするために、この運動と共に立ち上がることだ。しかしながらわれわれは、われわれの時代の現実を否認することはできない。そこには、この運動をつかみ取ろうとの、極右による策動と試みが含まれる。
これは本物の問題であり、これがシナリオの一部であることを否定しても何にもならない。それゆえ、黄色のベストと諸々の社会運動の結集――それは、底辺から、現場レベルで組織されている最中だ――は、極右の操作主義的試みに対抗する極めて重要な要素だ。
決意、急進性、戦闘性、そして数百人の人々からなる不寝番、シャンゼリゼのバリケード、これらすべては、フランスにおけるゼネストの、革命の地下の歴史に対する記憶を呼び起こしている。
それはまたわれわれに、この一五年ないしは二〇年の伝統的労働者運動の敗北についても思い起こさせる。これらの年月を通じて、衝突のレベルは一定点を超えることはなかった。そして多くは、われわれのもっと急進的な歴史は集団的な意識から消え去った、と信じた。
しかし事実は違っていた。これらの決起に参加したことのなかった人々ですら、伝統的な闘争の諸形態の前にある袋小路に気付いている。
われわれはまた、急進的な行動を頼りとする近道を探すことによる、そこに潜む諸問題を解決する、勝利可能な力関係を生み出す一つの試みを目撃中なのかもしれない。すなわち、一定の行動諸形態が、それ自身でまたそれら自身を起点に、もっと深い諸問題を解決するかもしれないと期待して。
しかし近道というものは決してない。われわれがマクロンを後退させたいのであれば、われわれはもっと大きな数を組織しなければならない。つまりわれわれは、現在の決起の規模を超えなければならないのだ。われわれは、黄色のベストに対してすらここまで参加の範囲を限定してきた、ガラスの天井を壊さなければならないだろう。
今日われわれは、フランスではこの数年われわれがよく熟知している問題を前にしようとしている。われわれは、諸々の決起に何十万人もの人びとが参加するのを見てきたが、しかし彼らは、その先に進むことができていないのだ。
黄色のベストの新しさは、人口の七〇%がそれらを支持している、ということだ。われわれは今、フランスでの一九九五年のもの(フランス国鉄でのストライキ)、われわれが「代表によるストライキ」――他の七〇%が支持する意志をもっている中で、組合の一〇%が行動に出るために決起したことを意味する――と定義した一つの動力、に似た一つのシナリオを目撃している。
われわれが必要としていることは、行動に出ている少数派を集団的行動に転換することだ。これこそが、マクロンを本当に押し戻すただ一つの方法だ。

あらゆることの再建が必須課題


――たとえば、二〇一〇年に何百万人もの人びとが年金改革に反対して街頭で決起したが、しかしその闘争に敗北した中で、この闘争が三週間で政府を押し戻したということは、どのようにして可能になっているのか?

 その理由は、政府を怯えさせることになった潜在的な統一を経験中だからだ。
パリでの暴力的衝突に、多くの注意が払われてきた。しかしもっとも重要なことは、退職した人々、労働者、失業者、また生徒――中学後の諸学校における決起は一週間前に始まった――を含んだ、住民の幅広い層があらゆるところで一緒に行動を続けている、ということだ。
特に、政府を怯えさせているのは若者たちだ。われわれは、この運動が取り入れた諸々のスローガンのほとんど半反乱的な性格を指摘しなければならない。
私はこれらのような決起――説明責任を求めて彼の城に出かけることにより、農民がその時代に領主に反乱したのを私がまさに想像するような、パリの中心、シャンゼリゼに行きたがっている何千人もの人びと――をこれまで一度も見たことがない。このすべてが情勢を重く圧迫している。

――マクロンの諸言明に対する最初の反応で判断すれば、あらゆる兆候は決起が続くことを指し示している。そしてそれは、大規模な社会的、政治的危機の可能性を呼び出している。しかしこれは、左翼の全国規模でのオルタナティブが不在である時代に現れている社会的、政治的危機だ。

 われわれが前にしている問題は、これ以後われわれがあらゆることを再建しなければならない、ということだ。われわれは今、第五共和制の、政治的代表性の政治的危機を目撃中だ。そして今その報いを受けているのがマクロンだ。マクロンは支配階級の第一選択肢ではなかったとしても、ある意味で、彼が彼らの最後の選択肢だった、ということを心にとどめよう。
マクロンは伝統的諸政党の外側に自らを位置づけた。エリートのいくつかの部分は選挙の前に彼に加わったが、他が加わったのはその後だった。そして彼ははじめから、二つの象徴的な社会勢力、つまり学生と若者、および鉄道労働者に対する攻撃に乗り出した。彼は、生徒と若者向けの大学入学基準を引き上げ、交通労働者には公的鉄道サービスの解体を最後まで押しつけた。
マクロンの問題は、現在の政治的危機がマクロンに先の道を続ける余地を与えないだろう、ということだ。エリートの一部分は、マクロンが弱体化されてしまい、もはや彼らにとってのよい選択を意味しないかもしれない、と信じている。結局、マクロン主義が機能する限りそれは機能するが、しかしそれが破綻する場合、権力の真空をつくり出す怖れがある。一二月一〇日の演説までの一〇日間、マクロンは行動から消えていた。そして演説それ自身は、火に油を注ぐ以外の何者にもなっていない。
したがって、社会運動および左翼にとっての唯一のあり得る、信用できる政治的展望は、この運動が勝利すること、政治化されること、それ自身のための政治的代表に関する一つの形態を発展させることだ。
いずれにしろ私は、次の選挙――特にEU議会選、そこでは左翼が全面的に断片化している――に向けて一つの明確な回答が提出される可能性があるとは信じていない。われわれはそれらの先を考えなければならない。
この運動は、新たな社会的、政治的勢力配置に向けた一つの基礎をつくり出さなければならない。これこそが、まったく相応の謙遜の下でだが、われわれが第一に期待しなければならないと私が信じていることだ。そして私は、左翼を再建するためのさまざまな試みの中でこれまで機能しなかったすべてのことを徹底的に検証しなければならない、と考える。(ビエント・スル誌にスペイン語で掲載されたものからの英訳)

▼オリビエ・ブザンスノーはフランス反資本主義新党(NPA)でもっとも知られた指導者の一人。またホス・エジレエンはビエント・スル誌編集部メンバーであり、彼が暮らすフランスではNPAメンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一二月号)



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