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    かけはし2019年1月14日号

革命の地下の歴史の記憶が呼び出された


気候

COP24:惨害の中でのコメディ

力に基づくメッセージが唯一の道

ダニエル・タヌロ


 以下は、昨年末に開催され一応の合意に達したCOP24について論じ、そこには差し迫った気候の危機を真剣に議論したものはない、と厳しい評価を与えている。そしてその上で、社会的力関係転換が急務であること、そのためにもクライメート・ジャスティスを求める闘いと社会的不公正に反対する闘いの統一を訴えている。(「かけはし」編集部)

破局的気候変動
の危機に頬被り


 第二四回国連気候変動会合(COP24)が、ポーランドのカトウィッツェで終わったばかりだ。この会合は、温暖化を工業化以前レベルより一・五度C上昇以下に留めるために緊急の諸方策をを取るようにという、最新の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)特別報告の鮮明なメッセージに対応する代わりに、各国が二〇二〇年後の温室効果ガス排出に責任をもつために従わなければならない諸規則を確定するために闘争した。IPCC報告は基本的に無視され、「志の引き上げ」はもっと先の日付けまで先延ばしにされ、「発展途上諸国」は「グリーン気候基金」に関する曖昧な約束で満足しなければならない。
 パリにおけるCOP21は一つの進路を確定した。つまり「工業化以前時代に比較して二度Cの温暖化以下に十分にとどまり、その中で一・五度Cを超えないための努力を継続する」と。この決定後IPCCは、一・五度Cに関する特別報告を起草するという任務を負った。
 昨年一〇月、この警告に満ちた報告は、大規模な激変を避けるために人類には数十年しかない(最大でも)、そして温室ガス排出を二〇三〇年までに五〇%減少させ、二〇五〇年までにそれをゼロにするためには、社会のあらゆるレベルにおける重要な変革が必須だ、と結論にまとめた。
 カトウィッツェでは、米国がロシア、サウジアラビア、クウェートに支持され、科学者たちによって上げられた警告が世界の諸政府に聞き届けられるのを阻止しようと闘った。COP24が、IPCCが時間通りにその報告を提出したことへの感謝に自らをとどめた限りにおいて、彼らは彼らの目標を達成した。IPCCが光を当てた全体的緊急性に、この会合が採択した八ページの声明は一度も触れていない。
 一方各国政府の気候計画(「国毎に決定――自己申告――された寄与」――専門語でNDCs)がその見通しを、二・七度Cから三・七度Cという破局的な温暖化に委ねている中で、どの国家もその約束を強化する歩みを進めていない。われわれは後で、パリの言葉と諸政府の行動との間にある差をどう埋めることになっているかを見るだろう……それが埋められるならば。

差異ある責任
への決別表明


 IPCC診断の黙殺だけが今回のCOPに対する憤激の原因ではない。「気候変動に関する国連枠組み会合」(リオ、一九九二年)は、地球温暖化には「共通だが差違ある責任」がある、と述べている。従ってそれは、努力の配分に関する問題だ。いわゆる「発展を遂げた」諸国が温暖化に主な歴史的責任を負っているからだ。原理的には南の諸国のためのこの条項は、交渉の開始以後、富裕な諸国、特に米国の標的となってきた。しかしながら、排出計算手続きの規格化という口実の下にCOP24は、先の条項の取り消しに向けた進行で新たな一歩を印した。
 COP24は事実上、富裕な諸国――電力生産のための石炭燃焼は、余裕をもって完全に即時停止可能だと思われる――のCO2排出は貧しい諸国――グリーンオルタナティブの開発に向けた財政上の、また技術上の手段をもっていない――のそれと同位に置かれると決定した。この同等性は、もし南の諸国のエネルギー移行に対する発展を遂げた諸国からの支援が本物であり、実質をもち、無条件であり、歴史的責任に比例するものであるならば、確かに正当化されると思われる。
 しかしこれは事実ではない。二〇二〇年からと約束されている、「気候のためのグリーン基金」の年一〇〇〇億ドル(エネルギー移行と変動対応への資金手当にはとにかく完全に不十分な額)は、まだほとんど紙の上の約束にとどまっている。そして富裕な諸国は、最貧困諸国が、より暴力的な台風や他の極端な気候事象によってそれらの諸国に引き起こされた損害や打撃への補償を請求する際には、完全に黙殺している。
 皮肉にも、トランプのような、「人為的な」気候変動という真実を否認する――彼らこそに、その主要な責任がありながら――者たちが、社会的公正という諸課題をもみ消すために、「環境の緊急性」を躊躇なく利用している。そしてその公正とはまさしく、南北関係におけるもの、しかしまた南と同様北の中の貧しい者と裕福な者の間にある関係におけるもの、にほかならない。
 黄色のベスト運動ははっきりと以下のことを示している。つまり、一方で競争力を名目に富裕な者に贈り物を渡し、他方で環境を名目に貧しい者に税を課す新自由主義政策を通じては、気候の危機からの出口はまったくない、ということを。それでも、気候の救出との名目で諸政府が強めたいと思っているものは、先の偽善的で不公正な政策なのだ。それは特に、おまけとして添えられた取引可能な排出権を伴った、エコシステム商品化を全般化する地球的な炭素税と新たな「市場メカニズム」の導入に通じる政策だ。

気候と成長
絶対的矛盾


 このCOPの終わりに当たって、注視者ほとんどのコメントは、グラスの半分は満たされたというものと、まだ半分は空だというものの間を揺れている。それらは、パリの「よい合意」の実行における遅れを残念に思っている。しかしこの遅れは、ポーランド大統領によるCOPの貧弱な運営、この大統領の石炭の利益に対する服従(COP24は、最大の汎欧州石炭掘削企業からの資金で支えられた)、あるいは卑劣なトランプが国際関係の管理における「多国間」モデルに開け放った危機、それらだけが原因ではない。
 もっと原理的にそれは、資本主義がもつ生産力主義の論理と決裂することなく気候の平衡を救出することの不可能性から発している。それゆえ、パリの「よい合意」の暗い面を理解するために、COP21は再検証されなければならない。
 気候を救出することは成長を止めることを意味する。それを単純に言えば、より少なく生産し、より多くを分かち合うことが必要だ。そしてそれは原理的に資本主義にはできない。言葉を換えれば、一方における気候の危機の解決策と、他方における資本主義の蓄積論理との間には、底深い敵対がある。
 四分の一世紀の間、数々のCOPは何ごとも行わずに、先のジレンマ、つまり成長か気候か、の回りをめぐっている。パリ合意は、解決策は見出された、との印象を与えたが、しかしそれは意図の言明、手品にすぎなかった。なぜならば、表の場面の背後では、「よい合意」が常軌を逸し犯罪的な資本主義の構想、温暖化の危険に対する閾値の「一時的なはみ出し」、で支えられていたからだ。

魔法使いの弟子
のシナリオなお


 その考えは次のようなものだ。つまり、一・五度Cの敷居は二〇三〇―四〇年に超えられるだろう――利潤の成長がそれを必要としている!――が、「マイナス排出技術」とジオエンジニアリングが二一世紀の後半に気候を冷やす助けになるだろう、ということだ。善良な人々よ、安らかに眠れ、すべてはアンダーコントロールだ……と。パリ合意における暗黙のこのシナリオは今や、気候交渉に向けた一つの基礎として役目を果たしている科学的な公表物――IPCCの作業の中に含められ――の中で、完全に明らかになっている。
 「一時的なはみ出し」というこの構想は、少なくとも二つの理由から、魔法使いの弟子と呼ぶことに値する。その二つとは、(1)問題の技術は仮説的であり、むしろ危険(環境的にまた社会的に)、また(2)不可逆的惨害――たとえば、数メートルの海面上昇をつくり出す氷床の解体!――が期間を置いて起きる可能性、というものだ。しかし魔法使いの弟子は「エリート」の聴衆を抱えている。その「解決策」が成長のジレンマを後まで先延ばしすることを可能にするように見えるからだ。
 それは突然、化石燃料多国籍企業と、それらに資金を出している銀行に、石炭や原油や天然ガスへの巨額な投資を収益力のあるものにする上で必要な時間を残した。事実上、化石燃料と金融の連合が、エネルギー移行のペースと形態を指令している。利潤、競争力(諸企業間の、しかしまた「それらの」企業を保護する国家間の)の命令に全身全霊を捧げた交渉人たちは、テクノロジーの神が彼らの市場経済とその結論、つまり限界なき成長、を救出するためにやって来るだろう、と信じているふりをしている。
 それゆえに、現在の破局的事態への彼らの無頓着、そして彼らが「歴史的合意」に達したとわれわれに再び信じさせようと試みている彼らの熱の入れ方、あるいは真剣さとさえ言えるものがある。惨害の中で喜劇が続いている。

あらゆる幻想
を捨てるとき

 このCOP24の後では、一つのことがはっきりさせられなければならない。つまり、諸政府から、国連から、タラノア対話から、「高い志連合」その他から、期待できることは何も、絶対何もない、ということだ(訳注)。われわれは、このカオスに責任ある者たちすべてを、それが誰であろうが説得する可能性について、また「持続可能な発展」に向けた「公正な移行」を先導することにより「野心を引き上げる」ための「指導性を発揮すること」によって、彼らが受けると思われる利益の可能性について、またその他について、あらゆる幻想を捨てなければならない。彼らはそれに対処する何ごとも欲してはいない。ただそれだけだ。
この人を食ったたわごとすべて、この舞台操作すべてには一つの目的がある。人々を眠りに就かせ、彼らの思考を中立化し、彼らの諸組織を麻痺させることだ。これは蜘蛛の戦略だ。協力することは、自らその巣に飛び込むことにほかならない。
ベルギーでは、主な環境運動諸団体(およびそれらを支援している労組指導部)の協力戦略の行き詰まりが明るみに出ている。実際、一二月はじめの巨大な気候デモ(ブリュッセルで七万五〇〇〇人)の余波の中で、「気候連合」と「気候至急便」は、右翼政権は権力の座から降りるべきではないと力説し、他方でグリーンピースは、気候の切迫性について政治階級を説得するよう王に請い願った。もちろんそれに成功はない。この道が行き止まりであることは明らかではないだろうか? この世のあらゆる治療策が使い尽くされた時、その時は神の介入を嘆願することだけが残されるだろう。
この行き詰まりはあらゆる側面で、労組指導部が二〇一四年末に落ち込んだ行き詰まりに似ている。その時彼らは、「相談する機会を与えるために」彼らの行動計画を停止したのだった。そこでどうなったのかを、つまり右翼政権が自信を取り戻し、多くの社会的獲得物を次々と解体したことを、われわれは知っているのだ。
社会的問題であろうが、環境の問題であろうが、結論ははっきりしている。これらの指導者たちが理解する唯一のメッセージは力に基づくメッセージだ。したがって、一つの力関係を作り上げることが必要であり、そのためには、一つの道しかない。クライメート・ジャスティスを求める闘いと社会的公正を求める闘いを、反資本主義的展望の中で統一することだ。

▼筆者は実績ある農学者であると共にエコ社会主義の環境活動家。「ラ・ゴーシュ」(第四インターナショナルベルギー支部であるLCR/SAPの月刊機関誌)向けに執筆している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一二月号)
(訳注)「タラノア対話」はNDCsのさらなる高い目標設定をめざすプロセスであり、「タラノア」とは、フィジーや太平洋諸島で、包括的、参加保証かつ透明な対話プロセスを表すために使用される伝統的な用語。「高い志連合」(ハイ・アンビシャス・コーリション)は、国連の気候変動関係の諸会合で大きな力を確保しようと結集した諸国のグループ。マーシャル諸島が重要な役割を演じているが、そこに含まれる国の範囲はやや不鮮明。

 

朝鮮半島通信

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▲金正日総書記死去7周年に際して12月17日、金正恩党委員長は、錦繍山太陽宮殿を訪問した。
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▲韓国大統領府の報道官は12月30日、金正恩党委員長から文在寅大統領宛ての親書を受け取ったと明らかにした。
▲韓国の大法院が、大戦中の強制労働をめぐり新日鉄住金に賠償支払いを命じた判決を受けて、原告側は12月31日、韓国国内にある資産の差し押さえ手続きに着手した。
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