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    かけはし2019年2月11日号

国家との対決へ民衆の共同図れ


フランス

黄色のベストと岐路に立つ労働運動

レオン・クレミュー

 二〇一八年という年をふり返ろう。何と言っても「黄色のベスト」の出現が、新燃料税拒絶に結晶化した税制の不公正さに対する拒絶、の最先頭の表現だった。そしてあらゆる者がそれ以来、この課税は雇用主社会保障基金拠出の控除に起因する二〇一九年財源不足を埋め合わせる資金としてのみ持ち込まれた、と理解することになった。
 黄色のベストの決起は、片隅に追いやられたものの表現、社会的分解の表現ではない。それとは逆に、環状交差点に登場している広がりのある多数は、賃金労働者だ。なぜならば、「中間階級」といった類型化で煙幕を被せられた背後で、公的被雇用者と民間被雇用者の六〇%は毎月の可処分所得として、二〇〇〇ユーロ以下しか稼いでいないからだ。一人親しかいない家族が特に苦しみ、これこそが、黄色のベスト内部における極めて高い女性比率を説明する理由の一つだ。

労働者の闘いが
労働運動の外で


 それは、シングルイシューの運動でも、地域や職業における被雇用者の特定集団からなる運動でもない。増税が、同じ地域に暮らし、しばしば以前からの社会的つながりを分かち合っている人々にとって、この国を貫く起爆剤となった。ソーシャルネットワークと主要なニュースチャンネルを通したメディアの報道が残りの仕事をやった。
 この抗議運動は、労働者、年金生活者、搾取された人々からなる一つの決起となり、国家を標的にし、富の配分という問題を提起する中で、全面的に、労働運動の、その労組や政治的諸党派の外側で建設された。それは一つの標識として、この労働者運動が信頼を失っていることを、また社会民主主義を解決の側にではなく経営者の側に置くものとしての、社会民主主義による緊縮管理の結果を示している。また同時に、労働者の生活諸条件を防衛する点で、労組運動が有効性を失っていることをも示している。
 全体的法則にするということではないが、労組に組織化されている黄色のベストはほんの僅かであり、多くは(全被雇用者の半分近くと同様に)中小企業で働いている。そしてそこでは、労組の重みと集団行動の強さは極めて低いのだ。
 この運動はその行李の中に一つの政治的事実を抱えている。つまり、賃金労働者内部の極右支持という実体のある重みだ。しかし、黄色のベストたちが彼らの状況に責任があるとして焦点を絞っている標的は、さまざまな活動的レイシストや外国人排撃の行動を超えて、問題をそらす形で極右が押し出す移民でも、公務員でもない。
 この運動は、運動を統一するものとして、税制の不公正さに焦点を絞り、それから注意をそらすもの、特にレイシズムを払いのけている。この数週間におけるマラケシュ協定(国連主導の下に昨年一二月に合意された移民・難民に関する国際協定、別掲のビア・カンペシーナの声明参照:訳者)反対キャンペーンですら、この運動にしっかり張り付くことに成功できずに、運動からは滑り落ちることになっている。
 しかしこの運動は、その社会的要求を際立たせようと、全体としての雇用主との衝突を回避し、VSE(零細企業)を大企業の犠牲者と見なすことまで行って、国家に異議を突きつけている。

労組の消極性に
底辺から反撃へ

 運動は確かに、運動が受け取っている極めて幅広い共感の先で、郊外と都心の労働者階級を運動を軸にその行動に結集することにはまだ成功していない。それでも運動は、力関係を変えた。
マクロンは、鉄道労働者に対する彼の勝利をもって、彼のウルトラ自由主義的設定課題の実行に対する障害はもはやないだろう、と考えた。これはもはや事実ではない。雇用主たちは、トラックドライバーに対する超過時間支払いに対する攻撃を、すぐさま黙って脇に置いた。同様に、この温かい社会的空気は、高級ホテルのハイヤット従業員が彼らの要求いくつかを勝ち取ることを可能にした。
しかし同時に労組運動の幅広い多数は、黄色のベストと歩を並べて行動を始める意欲をもたなかった。また、彼らの諸要求を押し出すためだけではなく、何よりも賃金に関する全般的諸要求(インフレ連動、全般的賃上げ)、あるいはCICE(競争力強化・雇用促進税額控除、目的は労働コストを引き下げることでフランス進出企業の競争力を強化すること:訳者)の廃止を達成する力関係をつくり出す目的も加えて、生み出された強みをさらに押し込む意欲ももたなかった。しかしながら今なお課題になっていて、一月の最初の日々にそうであるのは、賃金を求める、またマクロンを資本家に奉仕する彼の政策の点で屈服させることをめざす、この共同行動なのだ。

政治の諸課題に
回答はまだ白紙


黄色のベストの諸行動の拡大と一体になった諸条件が今も存在しているならば、集中が現れる可能性はただ底辺からのみだ。その事例はすでに、さまざまな都市における数多くのデモで、また黄色のベスト内部における社会運動活動家の関与の中で、起き始めていた。
黄色のベストに対して貼り付けられたラベルの「ノンポリ主義」は、「代表性民主主義」という政治制度に対する拒否感を表していた。この運動は、それによって国家が一定の社会的総意を維持していた鎖の中の環すべてを、諸政府が何十年にもわたって断ち切ったことの、またこうして政治家たちと諸機構に対する敬意を破壊したことの結果としてある。社会民主主義および共和党のあからさまな危機、さらにマクロンの選出それ自身は、前述した進行の結末なのだ。
この拒絶感の第一の表現は、代表性に対する、黄色のベスト内部における委任に対する拒否だ。これは、この数週間、諸行動と諸要求を組織するための構造化の開始を妨げるものにはなっていない。黄色のベストの行動と言葉は明らかに直接的に政治的だ。しかしそれはまだ、制度的な枠組みに統合される可能性はない。
そうであっても「市民主導国民投票」(RIC)に関する強調は、二、三のうまく当てられた強打に基づいて、制度的な仕組みに影響を与える可能性への幻想を証言している。しかしながらEU憲法条約の経験、あるいはNDDL(ノートルダム・デランド空港)に関する不正手段で操られている諮問の経験は、逆を明かすものとしてそこにあるのだ。
一方民主主義を求める現在の要求は、社会的諸要求に対応する選択を迫るための戦闘的な行動に刺激を与えるものとしての、現場の民衆総会の形態で運動が維持されるならば、他の発展の中で豊かになるかもしれない。
この民主的な熱望は、それがたとえ出口を見つけ出さないとしても、何人かの指導者がもっている個人的キャリアへの切望にもかかわらず、黄色のベストを「圧縮整理する」ことで解消されることにはならないだろう。
しかし政治に関する諸課題は社会的諸課題同様、運動のこの段階ではまだ白紙の課題だ。運動が今年のはじめに万が一終わる運命にあるとするのならば、他の諸決起への中継が異なった諸部門で発展することがもっと難しくなると思われるだけではなく、政治への唯一の出口もまたあらためて選挙システムになると思われる。しかもそれは、棄権を介してか、あるいは不屈のフランスと国民戦線(NF)の一騎打ちを介するか、というどちらかの否定的な条件においてだ。そしてその一騎打ちでは、後者が利益を受けることになるだろう。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一月号) 

移民

移民のための世界協定(GCM)

後退的で抑圧的な協定を
われわれは拒絶する

ビア・カンペシーナ

 ビア・カンペシーナ、「中東と北アフリカ(MeNa)プロセス」メンバー諸組織、世界の農民運動、さらにその連携部分の主催の下に、二〇一八年一二月八日、九日、マラケシュで開催された、「移民と難民への連帯世界協定を求める民衆サミット」は、「移民に関する世界協定」に対する仮借ない批判を出し、それを拒絶した。
 このサミットで発せられた、「あらゆる移民と難民の全面的な諸権利を求める行動の統一と連帯国際協定に関する合意」は、以下のように語っている。

 すなわち「われわれはこのサミットで、『移民のための世界協定』(GCM)は、反移民政策、および多くの国家、特に北の諸国が遂行中の難民と移民に対する現在の攻撃における変化を意味するものではない、との結論に達した。GCMはそれ以上に同じものだ。つまり、低廉な労働力としての、単に移民であるだけで犯罪視される移民、ということだ。われわれはさらに分析を進め、GCMを、過去の国際会合で、国連と他の国際諸機関、たとえば国際労働機構(ILO)が承認した人権、および移民とわれわれの家族の保護との関係で、一歩後退であると考える」。
「いくつかの国がGCMに署名しないと決めたことは事実だが、それは、移民の権利との関係でこの協定が一歩後退であることに、彼らが同意していることの結果ではない。GCMに対する彼らの不同意は、移民に関するあらゆる多国間取り組みへの拒絶から動かされている。それらの国ははっきりと、反移民の立場を言明してきたのだ。GCMは、諸国家とそれらの所有者たち、多国籍企業と金融資本の利益に役立つように、移民を統制し組織化することを提案している。移民に関する僅かの明白な言明以外では、人権は、諸国家と経済に対する安全保障の懸念の下に、取り残されている」。
「上記の理由からわれわれはGCMに対する公然とした拒絶を表明する。そして、われわれのサミットの精神、諸結論、諸勧告をまとめるわれわれのオルタナティブを、諸々の社会運動、移民の人権の保護を求める諸団体、進歩的諸国家、さらに市民社会に提起する」。(二〇一八年一二月五日)

▼ビア・カンペシーナは、農民、中小生産者、土地なき人々、地方の女性、先住民衆、地方の若者、そして農業労働者の国際的運動。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一二月号)

フランス

極右、NPAの隊列を襲撃

われわれは怖じ気づかない

フランス反資本主義新党(NPA)

 以下の声明は、黄色のベストパリデモでNPAの隊列が、「ル・ズアーヴェス(アルジェリア歩兵隊兵士)」を自称する極右集団から襲撃されたことを受けて、一月二六日NPAから出された。このデモは、連続的な一一回目の週末デモであり、したがって「アクト?」と呼ばれた。

 一月二六日、パリでの黄色のベスト「アクト?」の中で、NPAの隊列が約五〇人の極右集団から二回襲撃を受けた。組織された超暴力的なファシストグループの「ル・ズアーヴェス」(この襲撃への責任を誇って認めた)は、意識的にわが隊列を標的にし、同志数人に傷を負わせた。
 この集団は黄色のベスト運動とは何の関係もない。われわれは、この数週間いかなる問題も引き起こすことなく、黄色のベストの人々と並んで行進を続けてきた。この土曜日の襲撃の間そこにいた黄色のベスト諸グループはこの襲撃に衝撃を受けた。そして何人かのデモ参加者は、このファッショを撃退しようとわれわれと肩を並べて介入した。
 われわれは怖じ気づかない! NPAは、決意をもって、マクロン反対の、またその反社会的諸政策反対の運動を建設し続ける。そして、次の土曜日の「黄色のベスト第一二回行動」に当たる次回デモにも登場するだろう。
 黄色のベストデモにおける極右の存在は、この運動にとっては毒である。われわれに向けられた攻撃は、デモの破壊を、その弱体化を、そしてもちろん権力の利益となることを狙いとしていた。
 われわれは早々に、これらの小グループによる行為への対応を共に考えるために、その結果としてそれらが社会的諸決起への襲撃を思いとどまるように、社会的左翼と政治的左翼の諸組織と、さらに黄色のベスト諸グループと接触するつもりだ。
二〇一九年一月二六日、モンルー
(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一月号)

 


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