もどる

    かけはし2019年3月18日号

辺野古新基地建設の断念を


沖縄報告 3月10日

日米両政府は沖縄の民意を尊重しろ

沖縄 K・S

3.6

安和桟橋ゲート前に100人

辺野古の海に赤土土砂を入れるな

一緒に埋め立てに反対しよう

 琉球セメント安和桟橋での現地行動が行われる三月六日水曜日朝、全県各地から島ぐるみのメンバーがゲート前に集まってきたが、朝から降り続く雨が止まないため、ダンプによる赤土土砂の搬入も行うことができない。赤土が雨で流れ落ちてしまうからだ。島ぐるみメンバーが沿道から「新基地は住民の暮らしと命をおびやかす」とのノボリを手に行きかう車に手を振ったり、ゲート前のあちこちに分散して待機する中、ヘルメット・雨がっぱ姿の株式会社テイケイのガードマンたち約二〇人がゲート上で三列に並んで突っ立ている。基地建設の税金浪費を象徴する場面のひとつだ。警察機動隊はゲート横の監視役の二〜三人を除いて、桟橋敷地内の警察官輸送車三台で待機中だ。
 雨が上がった午前一〇時前、土砂を積んだダンプがゲート前に到着し始めた。島ぐるみメンバーはゲート前に結集しプラカードを掲げて「ワッショイワッショイ」と気勢を上げて行進する。マイクを手にリードする平和運動センターの大城悟事務局長は「県民投票で民意は示された。埋め立てをやめよ。新基地建設を断念せよ。ダンプの運転手のみなさん、みなさんも県民投票に行ったはずだ。土砂搬入をやめよ。一緒に埋め立てに反対しよう」と呼びかけた。
 雨が上がると共に参加者も増え、土砂ダンプがゲート前に進入するたびにうまずたゆまず抗議の声をあげ続ける。一回の青信号で進入することができるダンプの数は一台がやっと。時折続けざまに進入を試みるダンプ運転手もいるが、通常は一台どまり。午前中かけても一〇〇台に満たない。桟橋に接岸した運搬船にベルトコンベアーで土砂を積んでいくが、なかなか規定の量に達しない。この日は海が荒れて、カヌーチームによる海上阻止行動は行われなかったが、運搬船は午後まで桟橋にくぎ付けになった。

3.7

カヌーチームTさんの報告

海は誰のものなのか?

 三月七日、本日ついにK8護岸予定地に投石が開始された。今回の一連の作業で最悪の事態だ。朝八時過ぎ、カヌーチームは松田ぬ浜を出艇した。K8護岸上のクレーンのワイヤーの先にはモッコがぶら下がっている。ダンプカーから捨て石を積み替え、それを海に投下するためのものだ。涙が出るほど悔しい。この護岸はN4護岸一三五mに接続し、K8護岸とし二五〇m海に突き出てつくられる。そこから工区Aに投入する土砂を搬入する。ここも目的外使用なので沖縄県と協議しなければならないが、例のごとく無視して、どんどんと進められる。これが法治国家の実態である。
このK8護岸が完成すると辺野古?大浦湾の潮流が途絶えるため、海洋生物に壊滅的な打撃を与える。私たちはフロートに到着するやいなやただちにフロートを越えて抗議・阻止活動を展開した。機動力に勝る海上保安庁のゴムボートから飛び込む隊員により全員が拘束される。この頃から穏やかだった海が荒れ始めカヌーを漕ぐのは難しくなったので、今日はこの一回の抗議行動だけで終了とした。
そもそも辺野古/大浦湾の海は誰のものなのか。国のものなのか。違う。 私は歴史的に見て沖縄県民のものだと思う。そこに土足で上がり込み、権力の力で押さえ込み、人を殺すための基地を作る。沖縄県民がはっきりとNO!と言ってるにもかかわらず、このようなことは許されない。彼らこそ出ていくべきではないか? すでに明白な答えが出ている。

米日の軍事要塞化が進む琉球列島

沖縄を再び戦場にするな

石垣島に軍事基地いらない

 沖縄防衛局が三月一日石垣島への陸上自衛隊駐屯地建設工事に着手したことに抗議して、石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会は現場で抗議集会を開いた。集会には「ミサイル基地NO!」「軍事基地と共に暮らせない」「島に基地はいらない」などの思い思いのプラカードを掲げた一〇〇人余の住民が参加した。
沖縄県は昨年「県環境影響評価条例」を改正・施行し、二〇ヘクタール以上の事業がアセスの対象となったが、経過措置として年度内工事は対象から除外された。アセスには最低でも三年かかると言われる中、沖縄防衛局はアセス逃れの駆け込み工事を強行したのである。安倍政権が沖縄で進める軍事基地建設はすべて問答無用、国家権力のごり押しのみだ。
石垣市では昨年一〇月三一日から一一月三〇日までの一カ月間に、陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票条例の制定を求める署名が有権者三万八六八七人の三八%以上の一万四八四四筆集まった。ところが、今年二月一日の石垣市議会は住民投票条例案を否決した。裁決は一〇対一〇の同数となったが、公明会派の議長が否決したのである。石垣の自公は情けないことに、主権を有する石垣市民の意思を踏みにじり国策を強行する安倍のちょうちん持ちになっている。
石垣島にはこれまで自衛隊基地はなかった。石垣島に配備予定の自衛隊部隊は地対空・地対艦ミサイル部隊と警備部隊約六〇〇人規模だと言われる。こうして、西から与那国島の陸上自衛隊二〇〇人、石垣のミサイル部隊、宮古島のミサイル部隊と指揮所計八〇〇人、沖縄島では15旅団に格上げされた陸自、F15戦闘機四〇機の空自、奄美大島の地対空・地対艦ミサイル部隊六〇〇人、さらに一六〇億円で購入したと言われる馬毛島に事前集積拠点を計画するなど、琉球列島は日米両軍の軍事要塞としての姿を露わにしてきている。琉球列島の自衛隊は一万人に近づいてきた。
かつて明治の琉球併合の後、天皇制日本の下で、琉球列島は、東京から見て南西方面にあるとして「南西諸島」と呼び変えられ、「帝国の南門」とされ、戦場となった。沖縄を再び戦場にしてはならない。二〇万人以上が死に廃墟となった沖縄戦の悲惨を繰り返してはならない。琉球列島の島々は東京の日本政府や米軍の道具ではない。北朝鮮や中国を仮想敵に見立てた琉球列島の島々での軍事基地建設・軍事訓練をやめよ。日本政府は、琉球列島での軍事基地建設を中止し、軍事的手段によらない対話でアジアの平和をつくり出す努力を行なえ!

3.10

沖縄韓国民衆連帯の学習シンポ

3・1独立運動から100年

朝鮮戦争の終結協議と米軍基地

        ,
三月一〇日土曜日、朝鮮(東アジア)平和構築と3・1独立運動一〇〇年の学習シンポジウムが開かれた。主催は沖縄韓国民衆連帯。京都在住の在日二世、韓国問題研究所の康宗憲(カン・ジョンホン)代表、大阪在住の日米・韓米地位協定研究家、都裕史(ト・ユサ)さん、沖国大の佐藤学教授が講演したあと、質疑応答が行われた。会場の沖国大5号館208教室には五〇人余の参加者がつめかけた。
「3・1独立運動から一〇〇年、困難な闘いを進めている沖縄で話す機会を与えてもらって光栄だ」と切り出したカン・ジョンホンさんは、まず「大日本帝国と朝鮮・韓国」と題して、パワーポイントを使いながら、東学農民戦争から一九二〇年の抗日義兵闘争までの歴史について語った。朝鮮半島へ侵略した日本が残虐な弾圧を加える一方で、日本国内では「日韓合邦祝賀提灯行列」が行われるなど日本国民が侵略に動員されていく有様が語られた。
そのあと「韓国の市民革命と朝鮮半島の自主的平和統一」のテーマで第二次大戦後の韓国の歴史を概括し、独裁の時代を生きた韓国の青年たちを紹介した。「われわれは機械ではない。労働基準法を順守せよ!仲間よ、私の死を無駄にするな!」と叫んで焼身自殺した全泰壱(チョン・テイル)さん、一九七五年死刑判決を受け翌日処刑された「人民革命党」事件の八人。この事件はノ・ムヒョン政権下の二〇〇七年、再審ででっち上げだったことが明らかになり、三二年ぶりに無罪となった。朴正煕政権を崩壊に導いた釜山馬山の民衆抗争、光州大虐殺と全斗煥(チョン・ドファン)軍部政権の登場、一九八七年民衆抗争による大統領直接選挙制への改憲について紹介したあと、カン・ジョンホンさんは要旨次のように述べた。詳しくは、康宗憲『死刑台から教壇へ―私が体験した韓国現代史―』(二〇一〇年、角川学芸出版)。

カン・ジョンホンさんの講演から

軍拡ではない対話の道へ

 その後進展した民主化はしかし、李明博・朴槿恵政権下で後退した。二〇〇一年につくられた「国家人権委員会」は二〇〇四年国家保安法の撤廃を建議していたが、二〇〇九年、国家保安法廃止反対へ立場を変えた。二〇〇五年に設置された「真実和解のための過去事件整理委員会」は独裁政権下の人権弾圧、住民虐殺、スパイ捏造事件など過去の国家犯罪を暴き被害者の救済に向け再審への道を開く機構だが、二〇一〇年に活動を終了した。その結果、国家保安法は廃止されずに今でもまだ残っている。
私がソウル大に留学中いわれのないスパイ事件の容疑者として一九七五年に拘束されたのもこの国家保安法だった。判決は一審、二審、三審とも死刑。五年以上にわたり死刑囚として過ごした期間も含め一三年間獄中にあった。二〇一五年の再審で無罪になった。
朴槿恵退陣闘争の特徴は@一二〇〇万人にのぼる広範な市民の参加と持続性・全国性、A生活破綻、格差拡大、言論弾圧、セウォル号事故の真相隠蔽、労組弾圧、開城公団閉鎖・南北関係悪化など蓄積された怒り、B青少年の意識化をあげることができる。ムン・ジェイン政権になってからも、昨年一二月の大集会に見られるように、国民が主人公だという運動の盛り上がりは継続している。
日本と韓国の憲法第一条を比べてみよう。韓国憲法は「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民より出る。」。日本国憲法「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」
アジア太平洋戦争での「遅すぎた聖断」について述べよう。よく知られているように、一九四五年二月、近衛文麿の早く戦争をやめるようにという降伏上奏文を天皇は却下した。その結果、沖縄戦の犠牲やその後の大都市への空襲拡大につながった。さらに、一九四五年七月二六日のポツダム宣言についても、はじめ国体護持に固執して拒否したために、広島・長崎への原爆投下とソ連の参戦、アメリカ・ソ連による朝鮮半島の分割占領に至った。それゆえ、朝鮮民族と沖縄民衆は、国体護持勢力による最大の被害者だと言える。
「北朝鮮の脅威」が盛んに宣伝されるが、その実態は何か。画面を見ていただきたい。ストックホルム国際平和研究所がまとめた二〇一七年度の軍事費は、アメリカ六〇九八億ドル、日本四五四億ドル、韓国三九二億ドルに対し、北朝鮮は一〇〜五〇億ドル(推定三〇億ドル)で米国の二〇〇分の一、日本の一五分の一にすぎない。IMF推計による二〇一五年度の経済力比較でも、米国一八兆二九〇〇億ドル、日本四兆八八〇〇億ドルに対し、北朝鮮は二二一億ドルで、米国の八〇〇分の一、日本の二〇〇分の一にすぎない。脅威とは能力×意志によってあらわされるが、朝鮮は先制攻撃の意志を持たない。冷静に考えれば北朝鮮が米日韓に先制攻撃することはありえない。北朝鮮の脅威は虚構だ。二〇一八年の核保有国の核弾頭保有数の現状を見よう。ロシア六八五〇、アメリカ六四五〇、フランス三〇〇、中国二八〇、英国二一五、パキスタン一五〇、インド一四〇、イスラエル八〇に続き、北朝鮮は一五個。北朝鮮の一五個が脅威だというなら他の国々はもっと脅威だ。しかし、国交回復し友好国になれば脅威ではなくなる。
現在は歴史的なチャンスだ。米朝対話のハノイ会談は合意への道のりが中断しただけで決裂ではない。南北の関係は互いに武力攻撃をしない、DMZを平和地帯に変え広げていくなどと発展している。しかしアメリカを含めた関係にしないと平和は来ない。朝鮮半島に訪れた南北の軍事対立の解消と平和への歩みを積極的に支持し、その中で日本のアジア諸国との共存と平和を求めていって欲しい。軍事拡張から転換すれば福祉も充実する。例えば、日本の軍事予算を半減するとする。二〇一七年度の防衛予算は五兆一二五一億円。これを半減すれば、国公立七五万人、私立二一〇万人の全大学生の四年間の学費約二兆四七〇〇億円(国公立五〇万、私立一〇〇万として)を無償にできる。ぜひみなさんには、軍拡ではない対話の道へ踏み出すべく動いて欲しい。
ありがとう。コマブスムニダ。


もどる

Back