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    かけはし2019年6月17日号

多民族・多文化・共生社会のために


6.1〜6.2

移住者と連帯する全国フォーラム2019

人権が普遍的に保障される社会を

若者たちの参加が目立った


2日間にわたり
活発な論議が
 六月一、二日の両日、日本教育会館を会場に「出合う、感じる、多民族・多文化共生社会〜いっしょに考え、ともにつくろう〜」をテーマとして「移住者と連帯する全国フォーラム・東京2019」が開催された。主催は同フォーラム実行委員会。
 文字通り内容がぎっしりつまった催しであり、六月一日は、テレビなどで活躍するサヘル・ローズさんと矢野デイビッドさんのダイアローグで多文化共生とはどういうことかを考え、その後同会館の七・八・九階の会議室を使って、一五の分科会でテーマを絞った議論、二日は、全体会「どうなる、どうする移民政策」を通じて、外国にルーツをもつ人々を迎え入れるに当たって、今年四月施行された新入管法があらためて日本の社会に突きつけている課題を共有、という構成だ。

制服姿の高校生
たちも参加して
政府は新入管法で「特定技能(一号と二号)」という新たな在留資格を設定し移住労働者受け入れを拡大する一方で、現実に進んでいる移民社会の現実に背を向け、頑として「移民政策」を拒否、移住労働者を一人の人間として社会に迎え入れるための制度を整えていない。そうであるならば、市民の側から移民政策をつくっていこう、今回のフォーラムはその思いから企画されたという。
実は同フォーラムには二〇年以上の積み重ねがあり、第一回が一九九七年に開催された。バブル経済の中で日本社会に、それ以前の中国や朝鮮半島にルーツをもつ人々以外のルーツをもつ人々(「ニューカマー」と呼ばれた)が増え始めたが、当時の日本社会には現在以上に多文化共生の備えがなく、政府は治安的管理以外はすべて放置、移住労働者が遭遇した生活上のさまざまな困難と必要には、労働組合運動を含む市民が、遅れてその圧力の下に自治体が、まさに手探りで応じていた。同フォーラムは、それら市民団体の経験交流を進め、また移住労働者自身の声を集めつつ、それらを基礎に、市民の側から多民族・多文化共生の理念と施策の必要を発信する場として無視できない役割を果たしてきた。一九九九年以降は全国持ち回りで開催されてきた。
政府が昨年秋から前述のように、手前勝手で御都合主義的な、「労働力」としてのみの移住労働者導入を画策し、実に粗雑で空虚な議論のまま新入管法を強行に成立に持ち込み、「共生のため」と称する急ごしらえの「総合的対応策」でも、共生施策を事実上自治体丸投げにする状況の中で、移住労働者が直面する困難と人権侵害はさらに深刻化することが懸念された。日本社会がすでに移民社会になっていることを直視した「移民政策」が避けては通れない課題になっていることは明白だ。
今回のフォーラムは、まさにこの状況を前に二〇年ぶりに会場を東京に設定して開催されたものだが、いわば先のような危機感も背景に、移住労働者当事者はもちろん、弁護士や研究者、現場の労働運動活動家を含み実に多様な参加者が集い、また若さが溢れる催しとなった。実際、ダイアローグ会場は参加者で溢れ、分科会では事前申込で定員が一杯になるものがいくつも出た。また、制服姿の高校生の集団など、開会に当たって司会者があえて触れるほど、この種の集まりでは他に例がないほど若者の姿が光り、参加者平均年齢が格段に低下していたことは歴然だった。
そのことだけでも同フォーラムは成功と言えるが、ダイアローグ、分科会(筆者は当然ながら一つにしか参加できなかったが)、全体会ではいずれも参加者に深く訴える問題提起があり、充実した資料集とパンフレット「移民社会20の提案」を加え、フォーラムは豊かな成果を残した。なお同フォーラムは、朝日、毎日、東京の各紙、および共同通信の後援を受けていた。このフォーラムの成果が移住者関連の報道にどう反映されるか、今後を注視したい。

「一人の人間」と
して生きること
その上で簡単だが企画のいくつかを紹介する。
まずダイアローグが刺激的だった。登場の二人が語った半生が実に壮絶だったが、二人の提言は、その経験に裏打ちされた強い感銘を参加者に残した。
具体的にまず矢野さんは、どんどん進む多様化に追いつこうとすること、あるいは何かに合わせようとすることではなく、一人の人間として自分の人生を生きることを基軸に置いて、それに寄り添うことが何よりも大切、と力説した。そして、移住者が新たなものをつくる可能性をもっていることを前向きに受け止めることも必要、と加えた。
サヘルさんは、移住者には各々事情があり、まず人として見て信じることから始めてほしい、と訴えた。そして実は「多民族・多文化共生」という言い方には引っかかりを感じていると語り、国境は誰が決めた、アイデンティティは私、自分探しではなく自分つくりこそ基本、と強調した。
二人とも民族でアイデンティティをくくるのではなく、あくまで一人の人間として直接ふれあうことの重要さを語ったことが印象的だった。そして最後に、会場の若者による、イランやイラク人の人々に周囲のほとんどがテロリストの印象をもっていることを変えたいとの質問に、サヘルさんは躊躇なく、まず友達になろう、レストランに行こう、と直截に答えた。それは参加者に、笑いの中で、人としてふれあうことへ自分の中から変える必要をあらためて納得させるものだった。

医療・福祉の
分科会に参加
筆者が参加した分科会は、医療・福祉・社会保障分科会。当日受付の段階では定員に空きがあって参加できたのだが、ここも始まってみると、すぐさま補助椅子が必要になるほど会場は一杯になった。
議論は、各地での実例紹介も含めて、移民政策の不在が、健康保険に入れないことによる医療抑圧や、医療通訳の問題、また予防接種に当たっての罹災確認の困難さなど、すでに移住者に医療のさまざまな問題をつくり出していることを明らかにした。そして今回の新入管法施行で打ち出された「総合的対応策」も、それらを克服するものであるどころか、健康保険の適切な適用を名目に移住労働者に対する差別的な施策に余地を与えていることが指摘された。
多岐にわたるそれらの問題は、ことの性格上厳密さが必要でありここで簡略に紹介することは控える。しかしそれらの問題の根底に、在留資格の法的地位が権利ではなくあくまで資格にすぎないという問題が通底していること、したがって人権保障としての明確な移民政策が不可欠と強調されたことは明確にしておきたい。
同時に、先の施策打ち出しに当たって、ネットを中心に流されたフェイクも大きな影響を与えたこと、そうしたフェイクがスーッと入り込む状況があること、さらに「なりすまし」防止を口実にすでに診療拒否を打ち出している医療機関が出ていることなど、市民の側からの警戒と対抗の必要があらためて浮き彫りにされた。

多民族・多文化
共生社会実現へ
全体会ではまず、国士舘大学教員の鈴木江里子さんから、新入管法と「総合的対応策」に関する制度解説が行われた。そして、「特定技能一号」という新たな在留資格は明らかに異なる扱いであり、職場移動に際して地域移動をコントロールする余地を残していること、永住許可の居住要件の就労資格から排除することで安定的な在留資格への移行を制限していることなど、重大な問題を残していることを指摘した。さらに「総合的対応策」に対しても、いくつかの具体的事項を指摘しつつ、事実上自治体丸投げであり、制度的不平等の改善がまったくなく、共生の実現を不可能にしている制度的な壁が依然放置されている、と厳しい批判が加えられた。
この報告を受けて大阪大学教員の高谷幸さんが、政策提言としての「移民社会20の提案」を提起した。政府省庁への働きかけに力点を置いたこの間の活動における、当事者の視点の不足と広い社会への訴えの不足を反省し、その二点を意識し必要最低限なものに絞った内容にすべく作成には三年をかけたという。そしてあくまで議論の素材であるとして、移民政策の実現に向けたプロセスとして広く活用を呼びかけた。
その上で、日系ブラジル人三世のアンジェロ・イシさん、韓国出身のイ・ソンヒさん、在日朝鮮人三世の金竜介さんの三人が前述の鈴木さんをファシリテータとして、「どうなる、どうする移民政策〜移動・定住・永住する人々の視点から考える」との標題で議論を交わし、さまざまな切り口から示唆に富む具体的な問題提起が行われた。たとえば権利防衛における自己決定権、特に職業選択の自由の決定的重要性、家族帯同を妨げることにはらまれる人権侵害の深刻さ、などが指摘され、権利は特権ではないことの理解を進める啓発、および社会構成員として一括的な権利を確立することの必要性が力説された。
特に、移住者の権利の問題は日本社会の底辺にある問題と共通する、社会全体の連帯で底辺の問題全体のステップアップを、と訴えたイ・ソンヒさんの指摘は印象に残るものだった。ダイアローグを含めて、このフォーラム全体は確かに、人権そのものに関して日本社会が抱える問題を照らし出していたと言えるからだ。
こうして参加者に今後に向け多くの刺激と示唆を残した今回のフォーラムは、その示唆を「一人ひとりを大切にする多民族・多文化共生社会を実現」する課題として確認する大会アピールを採択して終了した。
(神谷)   



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