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(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2005年2月号)所収

憂慮する人びとへの新しい手紙
――CPP(フィリピン共産党)からの脅しを受けているフィリピンの進歩的・革命的運動への連帯をこめて

ピエール・ルッセ


 二〇〇五年一月十五日、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」は、フィリピン共産党(CPP)が発表した「反革命」組織と個人のリストへの回答として、「憂慮する声明」を発表した。このCPPの「反革命」リストには、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」代表のウォールデン・ベロと十四人の他の活動家の名前が選びだされていた(注1)。
 この声明を、きわめて真剣に取り扱わなければならない。フィリピン共産党(CPP)はこの十年間にわたって、フィリピンの他の革命的・進歩的組織の活動家たちに死刑を「宣告」し、実際に暗殺してきたのである。この政策は、二〇〇三年一月に最悪の転換を遂げ、私は最初の「憂慮する手紙」(注2)を回覧せざるをえなかった。この状況は二〇〇四年にはさらに悪化の一途をたどり、さらに多くの合法場面の政治的活動家や大衆運動のオルガナイザーたちが殺されたり、脅迫を受けることになった。
 CPPの中央機関紙「アンバヤン」二〇〇四年12月7日号は、フィリピンの「反革命」グループと、その国際的つながりとされるものの「一覧表」を掲載した(注3)。他の状況の下では、あるいは他の国においては、われわれは文書の刊行を、超セクト主義のありきたりの表現であり、限定的な意味しかもたないとして忘れてしまうこともできただろう。しかし、残念なことにそうしたことはここではあてはまらない。それは、CPPの脅迫と暗殺政策の新たな段階を公表するものなのである。

●「アンバヤン」の一覧表は何を意味するのか?

CPPの「革命vs反革命」の枠組み

 この一覧表の第一の特徴。一覧表は、いわゆる親CPPの「再確認」ブロック(注4)に属したことのないフィリピンのすべての進歩的政治グループを含んでいる。それらの組織の多くは以前のCPPの声明で同様のレッテルを貼られていたが、フィリピン左翼の非CPP系の提携組織のそれぞれ、そしてすべてが、一まとめに階級敵としてリストされたことは初めてである。それらの組織の一部は、以前にはこれまで決してそのように公式に名指しされたことはなかった。これらの政治グループの完全なリストは、この手紙の末尾に掲載しておいた。
 一覧表の第二の特徴。それは、フィリビン組織のそれぞれを、社会民主主義やトロツキストなどの組織と国際的に対応させ、体系的に結びつけている。こうしたつながりには多くの事実があるが、捏造や単純化されたものもある。例えばMLPP(フィリピンマルクス・レーニン主義者党)は、他の多くのフィリビンのグループとは違って、アムステルダムの国際調査・教育研究所(IIRE―訳注:第四インターが関与する教育・研究機関)にそのメンバーを送ったことはない。そしてRPM―P(訳注:革命的労働者党・フィリピン。ビサヤ地方を中心にしてCPPから分裂した組織。ミンダナオのRPM―MとともにRPMを結成したが二〇〇〇年にビサヤ地方での政府との和平交渉をめぐって分裂)は、米SWP(社会主義労働者党)とのつながりを持ってはいない(米SWPは、もはや長期にわたって第四インターのアメリカ支部ではない)。またアクバヤン(市民行動党 訳注:ウォールデン・ベロが創設者の一人である複数主義的左派政党)の国際的つながりを社会主義インターに帰着させるのは、とんでもない超単純化である。CPPは、これらが全くの誤りであることについては十分すぎるほどの情報を持っているはずだ。その目的は、フィリピンの「反革命」と国際的な「反革命」が一緒になった、グローバルで一貫した「陰謀」の姿を描き出すことにある。
 一覧表の第三の特徴。それは組織の名前に加えて個人の名前も入っている。CPPは一九九二年の危機以来、声明やインタビューや論文の中で、絶えず増大する数の活動家や進歩的組織の指導者たちに「反革命」あるいは「犯罪者」というレッテルを貼った。しかし、フィリピンのほとんどの左翼グループと結びつけて、反戦運動や反資本主義的グローバリゼーション、反債務のキャンペーンへの進歩的関与で国際的に著名なウォールデン・ベロやリディ・ナクピルをふくむ十五人の名前をワンショットで示したのは初めてのことである。国際的にはそれほど知られていないとはいえ、名指しされた他の人びともフィリピンの文脈の中では、決して重要さに劣るというわけではない。関係する人びとのリストはこの手紙の末尾に記している。

 「アンバヤン」による一覧表の公表には、二つの不吉な意味がある。

1 フィリピンにおけるCPPの「革命vs反革命」枠組みの完成。

 CPPの他の左翼諸組織に対する脅迫と暗殺の政策は、「革命vs反革命」の枠組みでなされている。この枠組みによれば、CPPとそれが指導する勢力(「再確認」ブロック内の)は唯一の革命的潮流であるのに対し、他は必然的に反革命である。
 「革命/反革命」枠組みは、一九九二年にCPPから除名され、あるいは分裂したグループ(「拒否」派と呼ばれた。注4参照)に対して最初に適用された。それは後に、中部ルソンに起源を持つMLPP(フィリピンマルクス・レーニン主義者党)を生み出した、もう一つ別の「排除/強制的分裂」に対しても適用された。「アンバヤン」の一覧表の上部のラインは、その時に影響をこうむったCPPの地域ないし全国機関から始まっている。これらの機関のリストは、この手紙の末尾に記されており、それは一九九二年の危機の範囲を示している。
 長年にわたり、「死刑宣告と実際の暗殺」路線のターゲットは、CPPの元幹部と地下革命組織のメンバーだった。二〇〇三年一月のCPP・新人民軍元トップであるロムロ・キンタナールの殺害は、「合法」分野の著名な人格でもマニラのど真ん中で殺されうるということを示した。「もはやだれも安全ではない」がメッセージであった。たとえばボンドク半島の農民運動のような合法的大衆運動のカードルでも、二〇〇三年と二〇〇四年にはターゲットにされた。それは、政治的諸潮流の連合によって建設された合法的で広範な左翼政党であるアクバヤン(市民行動党)の役職者にとっても事実である。
 「アンバヤン」の一覧表の中で新しいことは、CPPから分かれたのではない組織も、いまや公式に名指しされていることである。このことは、BISIG(この組織は創設にあたってキリスト教社会主義者が重要な役割を果たした)、パンダヤン(社会民主主義左翼として出発)、左翼ソックデム(社会民主主義)などのアクバヤンの様々な構成要素にとって、とりわけ現実となっている。非CPP起源のこれらの潮流の指導者の個々の名前は、まだ挙げられていない。しかし警告は明解である。もしこれら諸組織が「反革命」グループとして言及されるならば、彼らの指導者たちも適当な時期に名指しされるだろう。彼らがそのように行動しなかったとしてもである。
 「革命vs反革命」の枠組みは、いまやあらゆるものを包含している。分岐した共産党の一派だけではなく、フィリピンの全左翼がそれに関連させられている。

2 国際的レベルへの到達

 過去においてすでに外国の組織や個人は、CPP国際局によって簡単に「反革命」とのレッテルを貼られた。さらに一九九二年以後、CPPの危機は進歩的運動内部に直接の国際的影響をもたらした。とりわけ大衆組織は、しばしば海外で重要な役割を果たしながらも、この危機によって大きな影響を受けることになった。たとえば、フィリピン農民運動(KMP)の分裂がビア・カンペシーナ(農民の道、国際的農民組織)に与えた深刻さを見たまえ。それにも関わらず、長期にわたってCPPはその攻撃の焦点をフィリピンの政治的舞台内部の他のグループに対して向けていたのである。ロムロ・キンタナールの暗殺は、フィリピン全国への強力なメッセージ(もはや誰も安全ではない)だったが、国際的には「大したことにはならない」と思われていた。CPPは、この暗殺が実際には国際的にも大きな事件と見なされ、重大な国際的反響をもたらしたことに実に驚いたように見える。
 二〇〇四年一月に開催されたムンバイでの世界社会フォーラムを機に起こったことを見れば、事態は変化してきた。CPP議長のホセ・マリア・シソンは、いまや人民闘争国際同盟(ILPS)をも指導している。「アンバヤン」の一覧表が意味するものは、「革命vs反革命」の枠組みが、国際的レベルで、他の政治潮流だけでなく大衆運動内部に対してもますます体系的に適用されようとしていることである。超セクト主義は、世界規模で輸出されている。これはきわめて破滅的な結果をもたらしうる。この問題については後でもう一度立ち返りたい。

●誰が危険にさらされているのか

 一九九二年を起源とするCPPの脅迫と暗殺の政策は全面開花し、二〇〇三年には全国規模のものとなった。CPPによれば、「犯罪者」(決してイデオロギー的な敵ではなく)のみが公式の法的制度を通じて「革命的正義」と「人民法廷」に委ねられるのだという。実際には、独立した人民法廷など存在しない。訴追、判決、そして判決の執行はCPPの指導機関によってなされる。だれかをイデオロギー的敵対者、反革命、手先、階級敵、犯罪者と呼ぶのは、まったくCPPの都合によるものである。この問題を詳述する余裕はないが、二〇〇三年に暗殺政策を分析して私が書いた二つの論文を参照することができる。第二の論文は、CPPが主導する民族民主戦線(NDF)が第一の論文に対して応えた文書への回答であった(注5)。
 ホセ・マリア・シソンは、ウォールデン・ベロに反対して書いた論争的論文の中で、「(「アンバヤン」に掲載された)一覧表が、リストにのった誰かが、いずれかの個人や組織によって殺されるだろうことを立証したり、示唆したりするものではまったくない」と装っている(注6)。本当か?

ターゲット:このリストの中の二人は、すでに死んでいる。ポポイ・ラグマン(マニラ・リサール地方の指導者)の暗殺については、しばしばNPA(新人民軍)が疑いをかけられているが、CPPはその責任を否定している。アルトゥロ・タバラ(ビサヤ地方の指導者)については、CPP―NPAがこの暗殺の責任を自ら認めている。
 「アンバヤン」の一覧表で言及された他の何人かは、NPAの「戦闘命令」の中でリストに挙げられ、実際に追跡されている。彼らはいつでも殺される可能性がある。これにあてはまるのが、アクバヤンの現議長であるリク・レイエスである。シソンは事実上それを確認している。レイエスを「犯罪者」と告発した後で、彼は付け加えて述べている。「私は、レイエスへの告発事実の正確な状況については知らない」。CPPの議長であるシソンは、もちろんのことレイエスの「状況」について知っている。NPAの「戦闘命令」の中でそれが確認されたことを否定することはできない。アクバヤンの地区の役員は、二〇〇三〜〇四年に殺されている。
 中部ミンダナオでは、イケ・デロス・レイエスがNPAの諜報要員によって追跡されている。彼の仲間の一人は殺され、他の殺害企図も存在した。このことは、中部ルソンのティト・デラクルスとカリダード・パスカルについてもそうである。中部ルソンでは多くの死者が出ていることが報じられている。マニラ・リサールでは、ニロ・デラクルスがその事例となりうる。
 CPP―NPAの「戦闘命令」の中に含まれている左翼活動家のほとんどは、「アンバヤン」の一覧表では名指しされていない。名指しされている人が、必ずしも一覧表に掲載されているとは限らない(いまだ掲載されていないというべきか)。しかし名指しされた幾人かは暗殺されたり、現在ターゲットにされたりしている。それは、「アンパヤン」の一覧表にリストされることは、実にきわめて深刻な事態だということを意味している。

政策:なぜ他の人ではなく、ある人が特定の時期に名指しされているのか。この疑問に答えるためには、われわれがぶつかっているのは次々になされる個々の「犯罪者裁判」ではなく、言葉の最も十全な意味での政策なのだということを理解しなければならない。異論派ブロックの指導者への死刑宣告は、十年以上前から始まった。二〇〇三年以後、CPPは段階を踏んで、この脅しと暗殺の政策を拡大している。CPPの声明の中で、最初に「反革命」とか「犯罪者」とか名指しをする決定には、つねに政治的な動機がある。それは名指しされた個人(「行為だけではなく」)に向けた警告という場合もある。主な目的は、他の人びとに対して、脅しが新たな方面にどれほど拡大しているのかを告げることにあるのかもしれない。あるいは実際の暗殺への政治的基盤を据えるための方法という可能性もある。
 なぜウォールデン・ベロのような人たちが「アンバヤン」の「一覧表」にリストされたのだろうか。この疑問は解明に値する――それは並外れたことである。われわれはそれを、まさにあらゆる場所で、悪評判をたてられるという方法さえ使って、だれもが安心や安全感覚を持てないということを見せつけるやり方だったと推測できる。ウォールデン(ならびにリディ・ナクピル)を名指ししたことは、「一覧表」の目的が「革命vs反革命の枠組み」を国際的なレベルで実行するための政治的基盤を据えること(そしておそらく、CPPが指導する活動家たちに対して、なぜ彼らが世界的ネットワークの中でかくも影響力を失ってしまったのかを説明する方法であった。“影響力の喪失はまったく陰謀によるものである”。そして陰謀には陰謀家が必要である)にあったということを確証するものでもある。
 ウォールデンは、エッタ・ロザレス(アクバヤン〔市民行動党〕の国会議員)とともに「アンバヤン」の「一覧表」の発表に答えて、力強い声明を出した(注7)。それに続く公然たる非難の中で、ホセ・マリア・シソンとフィデル・アグカオリ(在欧州のCPP最高幹部の一人)は、誰もが、とりわけウォールデンが、たんなる「一覧表」の発表によって脅迫されているという考え方をはねつけようと試みた! 彼らによれば、この反革命組織の一覧表は、政治的シーンのありのままの叙述であって、問題になっているのはたんなるイデオロギー対立だというのである。
 しかしまさにこの同じ声明で、シソンとアグカオリは不安のあらゆる根拠をわれわれに提供した。ウォールデン・ベロは「スパイ」であり、「帝国主義が資金提供している代理店」から「高額のカネ」を貰っていると告発されている。他の「アクバヤンの首謀者」とともに、彼は「米国とフィリピン地元反動派の特別な反共の手先」との烙印を押されている。彼らの目的は「CPPと人民の革命運動全体の破壊以外のなにものでもない」。ウォールデン・ベロとエッタ・ロザレスは「明らかに誹謗・心理戦の作戦に従事している。これは軍部の宣伝製造所による同様の作戦と一体化している」。こうした非難は、イデオロギー的討論ではなく、「人民裁判所」・「革命裁判」・即決処刑の基礎を据えるものである(注8)。
 アクバヤンのロナルド・ラマスとリサ・ホンティベロス―バラケルは次のように述べている。「シソンは自らの矛盾によって串刺しにされている。一方で彼は、「言葉の上での反革命と行為における反革命」の区別があると主張し、ベロとロザレスは前者であり、したがって肉体的処刑の恐れを持つ必要はないと示唆している。他方でシソンは、ベロとロザレスの犯罪的活動とされるものへのCPPの調査活動を開始すると脅迫している。それは「犯罪の証拠」に基づいて彼らを抹殺する段階に踏み出す動きである」(注9)。

●なぜわれわれは憂慮するのか

 CPP指導部は、ほんの二、三人の「犯罪者」を「逮捕に抵抗」(奇妙な言明だ!)したので殺した、とわれわれに信じさせたがっている。われわれが見てきたように、この画像はもっと暗いものである。
 海外にいるわれわれの多くは、一九七〇〜八〇年代において、CPPが指導する反独裁闘争への連帯活動に活発にたずさわってきた。当時のCPPはまさに支援に値する組織であり、彼らは非常な犠牲を払って革命活動に従事した。しかし不幸なことに、事態は最悪の方向に変化した。現在のCPPは二十年前とはほとんど何の関係もないものになっており、われわれは今日の現実に応えなければならない。

1 連帯の初歩的義務

 まずはじめにわれわれは、フィリピンの進歩的・革命的運動との連帯の義務を有している。
 フィリピンの左翼、進歩的運動、そして民衆組織の複数主義的性格は、一九八〇年代と九〇年代に開花した。これこそまさしく現在のCPP指導部が受け入れることのできないものである。彼らの究極の目標は、運動全体に自らの支配を押しつけることである。CPP指導部はこの目標に到達するために、地下の革命組織出身の他のいかなるグループもかなわない自らの軍事的力を背景に、独立左翼に対するテロ政策を展開していると言うことは決して大げさではない。「反革命」の告発を受けた左翼諸政党、大衆組織、草の根運動、NGOの活動家は、すべていつかはターゲットにされるという恐怖を抱くことになる。
 リディ・ナクピルは次のように述べている。
 「反革命や国家のスパイであると非難された何人かの元指導部はCPPに殺害され、他の人びとは嫌がらせを受け、追跡されている。しかし以前の同僚だけがターゲットになっているのではなく、CPPが影響を持つ領域にはいなかった民衆組織や運動のオルガナイザーや活動家たちもまた脅しを受け、襲撃されている。青年期、そして人生の最良の時期の多くを、民族民主主義闘争の前進に注いできたわれわれの多く、愛する人をこの闘争のためになくしたわれわれの多く、そして革命的変革に向けた異なった道をあえて歩んできたわれわれは、CPP指導部が行っていることを、深い悲しみと不満、そして怒りがないまぜになった気持ちを抱いて目撃している。彼らはこの数十年間の闘争で達成した成果や成功を無駄に浪費しているのである」。CPPによる非難と行動は「人命の損失と個々人の危険を作りだすとともに、社会主義の大義への恐るべき害悪を流している」(注10)。
 現在のCPPの路線の結果は、民衆の闘争にとって極端に有害なものとなりうる。人びとは恐怖の中で生きている。たとえばポンドク半島では、ここ数年、農民組織のカードルが地主が雇ったゴロツキたちとNPAの双方によって殺され、追い詰められている(注11)。ジャーナリストは報告している。「ケソン州のポンドク半島の三十歳の農民は、共産党が指導する新人民軍が彼と彼の家族を抹殺するかもしれないという恐怖から、もう一年にわたって身を隠している。彼ディオスコロ・テヒノと彼の妻、そして最年少が二歳になる四人の子どもたちは、NGOの支援を受けて、ほとんどメトロ・マニラで過ごしてきた」(注12)。CPPのスポークスマン、グレゴリオ・「ロジャー」・ロサールは、インタビューに答えて、ディオスコロ・テヒノの恐怖を認めた。「そう、その通りだ。ポンドク半島地域のNPAのマリア・テレサ・デレオン部隊は、機会さえあれば彼を殺すだろう」(注13)。先に引用した文章の中で、シソンはこの農民運動を「ギャング」と呼び、現在のCPP政策に対する彼自身の責任を再度示すことになった。
 当時、通例はCPP党員だった反独裁闘争のベテランであり、現在は「ファースト・クォーター・ストーム・ファウンデーション(FQS)」のメンバーである一九七〇年代の活動家たちは、警告を発している。
 「われわれに届いた報告では、四年前から数えて約三十人が、同志あるいは元同志たちの銃弾によって倒れた、としている。これらすべては、一九九二年に始まりフィリピン共産党――新人民軍――民族民主戦線(CPP−NPA−NDF)を激しく揺さぶった大分裂の結果である。これらの殺害事件において、イニシアティブが、分裂後もその特権を引き継ぎ、CPP−NPA−NDFの名称を保持している運動の一部(彼らは「再確認グループ」〔RAs〕というニックネームで知られている)が発揮されていることは疑問の余地がない。今年、われわれへの法外な警告となっているのは、殺害された人びとの数が増大しているだけでなく、さらに多くの人びとが殺されそうだという事実である(!)。そしてFQSコミュニテイーの一員であるわれわれは、CPPの同志や元同志が、ひとたび反革命と名づけられるや、彼ないし彼女は裏切り者と判断され、死刑の運命を割り振られるということを知っている。彼ないし彼女が処刑されないということは、党がこの人物を調査する能力を持たないといった特定の環境や、別の対象に優先順位が変わったか、こうした人物を処刑することによる政治的副産物が、この人物を殺害することによる成果とされるものを相殺する、といった事情によるものである」(注14)。
 こうした状況に直面しているわれわれは、フィリピンの進歩的運動への連帯を表明するモラル的・政治的責任を負っている。

2 直接の国際的意義

 世界の反戦・反資本主義的グローバリゼーション運動の中で、政治的・戦略的・綱領的な相違を表明し、討論することは、完全に当たり前のことである。異なった国々の異なった組織が、社会フォーラムのプロセスに異なったアプローチを取ることもまったく当たり前である。われわれも含めて、だれも政治的対立の権利と必要性について異議をさしはさむ者はいない。しかしわれわれは全体の運動のラディカルな翼の中で、二つの正反対の展開に直面しているのである。
 一方では、ほとんどの進歩的でラディカルで革命的な諸組織は、左翼と民衆運動の複数主義的性格を以前よりも一貫した方法で受け入れている。他方、CPPのような一部の政党は、逆の方向に転換している。こうした転換は、それ自身すでに民衆の闘争にとってきわめて打撃的なものとなっている。しかしそれを恐ろしいほど破滅的なものにしているのは、進歩的運動内部での軍事的暴力をふくむ暴力の行使である。そこでは、不可欠な原則と政治的限界設定が侵害されている。まさしくそのことこそがフィリピンにおいて、われわれが直面している問題なのである。
 すでににわれわれは、「革命vs反革命」の枠組みが国際的レベルで実行されていることによる結果について感じ取ることができる。WSFないしムンバイ・レジスタンス2004に参加した諸組織と運動(あるいは二つのどちらにも参加しなかった組織と運動)が出会うことができるスペースを開設するために、多くの努力がなされた。不幸なことに、それは効果がなかった。この失敗の主要な理由の一つは、CPP主導勢力がムンバイ2004プロセスで果たした役割にあった。シソンが国際人民闘争同盟(ILPS)を指導し、それを「革命vs反革命」枠組みに基づいて築き上げたことで、事態はさらに悪化している。
 われわれは今や、政治的に活動したほうがいい。そうでなければフィリビンの「超暴力的」状況が、他国に「輸出」されることになってしまうからである。

●われわれは何をめざすべきか

 われわれの目的は、CPPにその綱領を変えるよう求めることではない。われわれの目的はわれわれすべてが同意すべき一つの基本的原則を確認することである。労働者や民衆の運動、左翼政党の活動家やカードルの暗殺は容認できない。軍事的能力は、複数主義的な進歩的左翼の成員に向けられてはならない。
 これらはすでに私の以前の文書の結論であった。
▼暗殺を停止しなければならない。CPP指導部は、前党員と他の左翼活動家に対して宣告された「死刑判決」を永久に撤回することを、公式かつ公然と発表しなければならない。そして他の進歩的諸組織への脅しや肉体的暴力を、もはや行わないことを述べる必要がある。
▼CPPと協同したり、同一化している組織を代表するすべての人びとは、明確に殺害を批判し、CPPに対してその政策を根本的に変えるよう求めなければならない。あいまいさを許容するには、事態は余りにも深刻である。
▼このためには、それに関係する組織、なによりもまずフィリピンの「再確認ブロック」にに属するすべての組織が、最も本質的な原則の一つを明確にすることが必要となる。彼らはしばしば自分たちをCPPと同一化することに抗議している。彼らがその独立性を示すよい機会がここにあるのだ!

1 「バヤン・ムナ」と議会の分野

 こうした事態への明確さの必要性は、まさに二〇〇三年一月のロムロ・キンタナールの暗殺後、欧州議会の「欧州統一左翼/ノルウエー・グリーン左翼(EUL/NGL)」グループが「バヤン・ムナ」に提起した問題点であった(「バヤン・ムナ」は、当時「再確認ブロック」に属する唯一の選挙政党だった)。
 EUL/NGLは議席を持つ他のフィリピン左翼=当時は「アクバヤン」と「アナク・ミンダナオ(アミン)」――現在は、労働者党(PM)も国会に一議席を獲得している――とともに、「バヤン・ムナ」とも連携していた。EUL/NGLは、CPPがEUによって「テロリスト・リスト」に載せられないよう非常に精力的にキャンペーンしていた。キンタナール暗殺は、このキャンペーンを危機にさらした。
 EUL/NGLの代表は、「バヤン・ムナ」とサトゥール・オカンポにCPPの暗殺問題についての彼らの立場を問いただす書簡を送り、EUL/NGLグループはこうした行為を非難しないいかなる組織とも関係を維持しえないことを明確にした。サトゥール・オカンポは、殺害を非難することを拒否した。彼の回答は実際のところ、殺害の正当化だった。EUL/NGLと「バヤン・ムナ」の関係は事実上切断された(注15)。
 二〇〇四年には、「再確認ブロック」に属する「アナク・バヤン」、「ガブリエラ」(女性グループ)、「アナクパウィス」、「ミグランテ」など5つの選挙政党が「バヤン・ムナ」に付け加わった。そこで同じ質問が彼らすべてに提示された。殺害を非難するのか、と。

2 われわれははっきりと発言すべきではないのか?

 アジア学生協会(ASA)は、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」の訴えに反対する暴力的な声明を発表した。フォーカスはCPPと連携した「組織の名称を口に出す」べきではなかったし、「彼らの礼節感覚に訴える」べきではなかった。そうすることによって、フォーカスは彼らのメンバーを危険にさらした、とASAは主張した(注16)。
 ASAの主要な主張は、CPPをその実際の行動について非難する署名を始めていたならば、より説得的なものになっていっただろうし、さらにそれ以上のものになっていただろう。組織と個人の「名前を最初に口に出した」のはCPPである。殺害にまで至るほど他の組織のメンバーを最初に危険にさらしたのはCPPである。ASAの声明では被害者が加害者になっている。
 すでに言及したように、CPPによる死刑宣告と暗殺は一九九二−三年に始まった。長年にわたり、善きにつけ悪しきにつけ、われわれはCPP指導部が良識を取り戻す期待をもってこの問題を公然化することを控えてきた。この希望はキンタナール暗殺によって打ち砕かれた。分裂から十年後、CPPの暗殺政策は影をひそめるのではなくエスカレートした。いまやはっきり発言するだけではすまない時である。
 CPPは他のグループを犯罪者とし、名前を「口に出し」、活動家を脅し、殺害までした上で、彼らならびに彼らの友人たちを「危険にさらさない」ために、落ち着いて口を閉ざすようわれわれに求めることなどできない!
 他のだれよりも「再確認ブロック」の組織と指導部は、殺害を止めさせるためにCPPに道徳的・政治的勧告を行う位置にある。彼らは、たとえそれが「名前を口に出す」ことを意味しようとも、彼らの責任を前面に押し出すべきである。多くの活動家の生命とフィリピン左翼の未来がかかっているのだ。

3 バヤンとイボン

 バヤンは部門別諸組織の「再確認」ブロックである。イボン(Ibon)財団はフィリピンの社会・経済的研究でとりわけ著名である。彼らはともに、国際的運動の中で「悪玉」(バヤン)と「善玉」(イボン)を演じるために使われている。たとえば、バヤンは外側で、しばしばあからさまに社会フォーラムに敵対して動員を行い、イボンはこのプロセスの内側から活動する。しかしその目的はバヤンと同じである。
 イボン事務局のメンバーはCPPから独立的・批判的でありうるが、同財団が取っている現実の政策についてはほとんどなにも語らない(ほとんど知らない可能性もある)。イボンはCPPのトランプの札である。CPPの幹部カードルの一人であるアントニオ・「トニー」・トゥジャンは、国際的場面にかかわっていないのか(彼は、明確に全国都市委員会を代表して中央委員会に座を占めてきた)? イボンのCPPからの独立性に関するあらゆる幻想は、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」に対する回答声明の発表から見れば、いまや一掃されるべきだ(注17)。
 イボンの声明にはCPPの暗殺政策への批判は一言もない。一言もである! さらに被害者が加害者になっている。「この声明によって、フォーカスは現在の軍事作戦の中で起こっている米国―フィリピン政府による共産主義者への魔女狩り路線に従っており、正当な機関や民衆組織への攻撃に奉仕してきた」。イボンはCPPによる脅しの政策の節回しを奏でてさえいる。「われわれ彼自身の安全のために、ウォールデン・ベロとフォーカスに対して、タバラ(訳注:CPPによって暗殺されたRPM―P〔フィリピン革命的労働者党〕の指導者)とロペスの分派によって利用されることをやめるよう訴える」。あらゆる証拠に反する形で、イボンはCPPの言葉を語っている。「ホセ・マリア・シソンのこのようなヒットリストは存在しないという言によって、公式な明確化はすでになされたし、それはCPPの『アンバヤン』の論文によって推測される」。
 私はここで「再確認」ブロックに属するすべての組織の立場を精査するつもりはない。しかし彼らは、民衆運動内部の暴力の行使に反対する明確な立場を取るよう、圧力をかけられるべきである。

なにが賭けられているのか

 なにが賭けられているのか。もしなにもなされないのなら、亡命を強制されるか殺害されようとしている多くの活動家の安全と生命である。過去と現在の不利な条件にもかかわらず、依然としてきわめて豊かで経験を持ち活動的なフィリピン左翼全体の未来である。われわれが関与し、ラディカルな変革のための新しい基礎を据えている国際運動の力学である。われわれの闘いの正統性そのものである。もしわれわれが、われわれの最も基本的な原則を防衛できないことが立証されたならば、いかにして社会主義的オルタナティブの再生が可能となるのだろうか。
 CPPの脅しを受けているフィリピンの進歩的・革命的運動と多くの方法で連帯することは、死活の課題なのである。

◆「アンバヤン」の「反革命」グループ「一覧表」に含まれているフィリピン組織と諸傾向のリスト

アクバヤン、ビシック(BISIC)、アレックス・ボンカヤオ旅団(ABB)「ブロック」、フィリピン労働者連帯(BMP)、旧フィリピン共産党(PKP)、コーディレラ人民解放軍(CPLA)、大衆民主主義協会(IPD)、フィリピンマルクス・レーニン主義者党(MLPP/RHB)、パダヨン、パンダヤン、大衆民主主義者(ポップデム)、プロレタリア民主党(PPD)、革命的共産主義グループ(RGK)、革命的労働者党―ミンダナオ(RPM―M)、革命的労働者党―フィリピン(RPM―M/RPA―ABB)、サンラカス、シグラヤ、社会民主主義者(ソックデム)、労働者社会主義党(SPP)、フィリピン労働者党(PMP、後に合同PMP)。

◆「アンバヤン」の「反革命グループ」の「一覧表」で名指しされた15人のフィリビン活動家のリスト

ウォールデン・ベロ、ソニー・メレンシオ、ボーイ・モラレス、カリダード・パスカル、ニロ・デラクルス、ティト・デラクルス、ポポイ・ラグマン、マンジェット・ロペス、イケ・デ・ロス・レイエス、リク・レイエス、エッタ・ロザレス、リディ・ナクピル、ガニ・セラノ、アルトゥロ・タバラ。
*別の文書では、さらに多くの「反革命」の名が掲載されており、その中にはナタン・キンポ、ジョエル・ロカモラなどフィリピン国外できわめて著名な人びとがふくまれている。

◆「アンバヤン」の「一覧表」で言及された、一九九二年、九七年の危機の影響を受けたCPPの地方・全国機関のリスト

*一九九二年:全国統一戦線委員会(NUFC)、国際局国内ビューロー(ID―HB)、農民書記局、マニラ―リサール地方政治委員会(MR―RPC)、ビサヤ委員会(ビサヤはフィリピン中部の諸島)、中部ミンダナオ地方政治委員会(CMR)
*一九九七年:農民書記局、中部ルソン地方政治委員会

◆原注
(注1)「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」:「暗殺と暴力は市民社会において何の役割も果たさない。ウォールデン・ベロなどの活動家をふくむヒットリストに憂慮する声明」 二〇〇五年1月15日
(注2)ピエール・ルッセ:「キンタナール暗殺後のフィリピン 憂慮する書簡」 二〇〇三年3月28日
(注3)フィリピン共産党国際局:「反革命グループのトロツキストや社会民主主義者との連携のリスト」 「アンバヤン」二〇〇四年12月7日
(注4)一九九二―九三年の危機に、CPP指導部は一九六八年の党の伝統的路線を「再確認」したが、党の異論派的要素はそれを「拒否」した。それ以来、フィリピンでは「再確認ブロック」(RAs)という用語はCPPの路線と同一化したさまざまな組織を表すために使用され、「拒否派」(RGs)という用語は一九九二年以後の追放と分裂の後に形成されたグループを表すために使用されている。
(注5)私の二つの文書とCPP―NDFの文書
*ピエール・ルッセ:「キンタナール以後―暗殺は継続している。フィリピンにおける1992年以後のCPPの暗殺政策」 二〇〇三年7月4日
*フィリピン民族民主戦線(NDFP):「ロムロ・キンタナールについての真実」 真剣委員会、交渉パネル 二〇〇三年7月26日
*ピエール・ルッセ:「一九九二年以後のフィリピン共産党とその『死刑判決』政策――民族民主戦線の二〇〇三年7月26日付文書への回答(CPP―NDF自身の声明と文書を基礎にして」 二〇〇三年10月6日
(注6)ホセ・マリア・シソン:「CPP、NPA、NDFPは人権を擁護する」 「フィリピン・デイリー・インクワイラー」二〇〇五年1月16日
(注7)ウォールデン・ベロ、ロレッタ・アン・P・ロザレス:「フィリビン共産党36周年にあたってホセ・マリア・シソンへの公開状」 二〇〇四年12月27日
(注8)以下の文章を参照
*ホセ・マリア・シソン:「過激な反共主義者とニセ革命家たちによる人格暗殺と卑劣な攻撃」 二〇〇四年12月26日
*ホセ・マリア・シソン:「ウォールデン・ベロが親米・ニセ進歩派の素性を自ら表明」 二〇〇四年12月30日
*フィデル・V・アグカオリ:「ウォールデン・ベロ氏への公開状」 2004年12月31日
*ホセ・マリア・シソン:「CPP、NPA、NDFPは人権を擁護する」 「フィリピン・デイリー・インクワイラー」二〇〇五年1月16日
(注9)ロナルド・ラマス、リサ・ホンテベロス―バラケル:「アクバヤンは再起した民主主義的左翼を代表している」 「フィリピン・デイリー・インクワイラー」200五年1月16日
(注10)フアン・サミエントからの引用:「共産党の『ヒットリスト』 非難されたアクバヤンの指導者は生命の恐怖を感じている」 「フィリピン・デイリー・インクワイラー」二〇〇四年12月26日
(注11)ポンドク半島タスクフォース:「ボンドク半島における地主とNPAによる人権侵害の停止を」 二〇〇四年
(注12)カーリト・パブロ:「土地改革支持の農民はNPAの報復に恐怖」 「インクワイラー・ニュースサービス」二〇〇五年1月18日
(注13)デルフィン・マラリ・ジュニア:「共産党指導者、ケソン農民の殺害を確認」 「インクワイラー・ニュースサービス」二〇〇五年1月18日
(注14)ファースト・クォーター・ストーム・ファウンデーション:「CPPヒットリスト問題についてのFQSファウンデーションの声明」 二〇〇五年1月14日
(注15)以下の書簡のやりとりを参照
*フランシス・ビュルツ(EUL/NGL代表):「サトゥール・オカンポへの手紙」 二〇〇三年3月14日
*サトゥール・オカンポ(「バヤン・ムナ」):「フランシス・ビュルツへの手紙」 二〇〇三年4月15日
*ステラン・ハーマンソン(EUL/NGL副事務局長):「サトゥール・オカンポへの手紙」 二〇〇三年5月14日
*ピエール・ルッセ:「CPP―NPAの暗殺政策 サトゥール・オカンポのEUL/NGLへの回答についてのコメント」 二〇〇三年4月15日
(注16)アジア学生協会(ASA)地域事務局:「赤狩り的で根拠のない非難は民衆運動に無縁だ」 二〇〇五年1月17日
(注17)イボン基金:「ロザリオ・ベラ・グスマン代表署名の手紙」 二〇〇五年1月18日

(「インターナショナル・ビューポイント」電子版05年2月号)           


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