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                            かけはし2006.12.18号

三里塚40年の`たすきわたしa

闘いの歴史を継承し、新しい社会への価値観をはぐくもう


日本民衆運動
の再生めざし

 十二月三日、東京・文京区民センターで「空港建設に反対し、この大地に生きてきた! 三里塚40年の`たすきわたしa12・3集会」が行われた。主催は、三里塚闘争四十年の過程で様々な形で闘いに参加してきた人々によって呼びかけられ、二百人が参加した。
 三里塚闘争は、今年でちょうど四十年を迎えた。政府は、一九六六年七月四日、三里塚空港建設を閣議決定し、暴力と札束、嘘とペテンをほしいままにして空港建設を強行し続けてきた。現在、空港会社は、東峰住民を追い出すためにB滑走路完成にむけて暫定滑走路北側延伸工事強行(九・一五)し、新誘導路建設のために「東峰の森」破壊をねらっている。集会は、東峰住民をはじめとした三里塚農民の闘いに連帯し、三里塚闘争の歴史と真実に光を当てながら、日本の民衆運動の再生について活発に論じていくスタートの場所となった。
 会場内には、三里塚闘争の歴史の写真パネルが掲げられ、参加者は反対同盟結成から現在に至る写真を観ながら過去・現在・未来の闘争を模索していった。
 集会の前半は、「三里塚闘争の映像」の上映。
 強制収用阻止闘争の記録の「抵抗の大地」(一九七一年)は、機動隊の暴力に抗して体を張って闘う反対同盟、老人行動隊、婦人行動隊、少年行動隊の姿、さらに大木よねさんの家の破壊と怒りのシーンが続く。
 一九八九年十月労農合宿所再建の記録の「どっこい闘魂ここにあり」は、反対同盟と支援が一丸となって徹夜で再建した合宿所に対して空港公団がパワーシャベルを突入させ破壊と「火事場泥棒」をねらうが、小川源さんを先頭にした徹底抗戦で阻止しぬくシーンが力強く迫ってくる。源さんが機動隊の盾によって怪我をするが、逆に元気な笑顔によって励まされてしまう、「なつかしい」姿も飛び込んでくる。
 東峰住民にインタビューした「この大地に生きている 三里塚東峰地区の人々」では、暫定滑走路供用強行後、環境・人権破壊に抗議しつつ、たくましく営農する東峰住民の姿を浮き彫りにする。
 特別上映として空港はいらない静岡県民の会が作製した「やっぱりいらない静岡空港」は、台風の中、強制収用にむけた県の強制測量部隊と真っ向から対峙し、抗議闘争を貫徹しぬいたシーンが次々と映し出される(2005・9・5〜10)。参加者は〇七年二月以降の収用攻撃を許さない陣形の拡大を決意していった。

一人一人にとって
闘いの意味とは?

 シンポジウムの司会の大野和興さん(農業ジャーナリスト)は、「`たすきわたしaとは、三里塚の闘いに参加してきた私たちが四十年を契機にして共通の記憶を作り、今の時代における課題を引き渡していくということだ。三里塚闘争は続いている。暫定滑走路北側延伸の工事が行われ、東峰の人々に対する人権侵害と生活破壊が続いている。また、巨大開発と闘っている人たちもいる。こういった課題に対してシンポが、その半歩になればと思っている」と発題し、各パネリストに「自分にとっての三里塚とこれから」について提起してもらうことを要請した。

新しい物差しと
ビジョンが必要

 パネリストは、三里塚闘争に参加した契機と自分史、闘いの思想を次々と熱く語り、今後の方向性となるポイントを次のように問題提起した。
 柳川秀夫さん(反対同盟世話人)は、「新しい物差し(価値観)が必要だ。もうひとつの社会の在り方をちゃんと世の中に見えるように存在させないとだめだ。それは腹八分目という『社会、国、個人』のあり方をもう一度取り戻すことである」と述べた。つまり、今後の運動にとって「もうひとつの社会」のためのビジョン、プログラムが求められ、それを創造していく協働の取り組みが重要であることを強調した。
 平野靖識さん(東峰地区・らっきょう工場)は、「空港会社黒野社長はことごとく住民を裏切って北伸を決め、ジャンボジェット機を飛ばそうとしている。さらに、東峰地区の入会地である東峰の森を壊そうとしている。部落一同は、仮処分裁判で反撃している」と空港会社を批判した。さらに、空港反対闘争を総括するなかで「闘争の過程で去った人たちの思いは地域に戻って地域起こしをしたいということだった。しかし帰っていった地域は空港の開発利益にあずかって生きることしか考えることのできない場所だった。だが成田市長が賄賂事件で逮捕されたように経済発展至上主義は危ういところにきている。空港がなくても生きていける農的価値を伝えていきたい」と提示した。
  菅野芳秀さん(山形・百姓)は、循環型の社会づくり「レインボープラン」の取り組みを紹介し、「台所の生ゴミが地域の土作りに貢献している。五千世帯すべてが参加し循環型関係の中で結ばれている。北朝鮮の飢餓が報道されているが日本の穀物自給率は二七パーセント、北朝鮮は五四パーセント。何かの天変地異が起これば日本には北朝鮮以上の惨状が起こる」と述べ、食糧自給社会への転換が求められていることを訴えた。
  水原博子さん(日本消費者連盟)は、消費者運動の出会いと活動史を振り返り、とりわけ土の重要性をクローズアップし、「日消連は一九七〇年代から日本の耕作地を当時の五百万ヘクタールを四百万ヘクタールに落とさない運動をしてきた。しかし最高裁で負け、減反が正しいとされた。全国で公共事業の名の下に農地、土がコンクリート化されている。さらに経済のグローバリズムの中で種子、食べ物、医薬品が大企業によって支配されようとしている。土、食、消費者の問題にこだわり、三里塚農民の闘いを受け継いでいきたい」と述べた。
 松尾康範さん(アジア農民交流センター)は、JVC(日本国際ボランティアセンター)の活動を通して東北タイの農村に四年間滞在した経験を紹介し、「かつては自然と人間味に満ちた豊かさがあった。しかし、グローバル化が拡大していくなかで収入よりも膨大な借金をしてまで農業生産のための機械を導入したりして、貧しくなっている」という悪循環構造を批判した。

グローバル化へ
の抵抗の発信

 中川憲一さん(元管制塔被告)は、管制塔占拠闘争や故原勲との思い出、獄中での苦闘、管制塔カンパ闘争の勝利などを語り、「管制塔カンパに関心を持った韓国の人から連絡があった。韓国にたすきを渡しに行ってくる」ことを紹介した。
 鎌田 慧さん(ジャーナリスト)は、「東峰の人々が集中的に負担させられてきたことに対して何も手助けをしてこなかったということが浮かび上がった。もう一度三里塚をどんどん出していく。農業、商店を潰してきた国家的な力にもっと抵抗する姿勢を連携しながら積極的に示していく。去年の管制塔カンパにも示されたように三里塚は今でも魂を揺さぶる場所である。これからも更に揺さぶる努力をしていきたい」と決意を表明した。
 会場からの発言では、花崎皐平さん(哲学者)、中国人留学生、二十、三十代の男性などから「三里塚と自分の歴史、『たすきわたし』」について感想を述べた。
 さらに、石井紀子さん(東峰地区)は、「暫定滑走路の下に島村さん、小泉さんの家、三里塚物産、そしてワンパックの出荷場もある。どんな形であろうともここで拠点の意味を果たしていきたい。さびれ果ててもおかしくない村に若い人がどんどん集まり、新しい農業を切り開こうとしている。今まで信頼関係を築いてきた人たちの思いを無にできない。たとえ一人になっても出荷場を守っていきたい」と発言した。
 パネリストの発言をまとめる形で大野さんは、「弱肉強食の市場競争、資源の枯渇、収奪、貧困の拡大、格差社会。絶望から憎悪が生まれ、それに対してアメリカや日本が爆弾を落とす、こういう世界が目の前にある。三里塚の闘いが作り上げた共通の記憶、思想、闘いの手法を世界につなげよう。われわれは今、勝てる闘いをやり始めているのではないか」と述べ、今後の課題を参加者にアプローチした。

静岡空港建設阻
止へかたい決意

 最後に特別報告として島野房巳さん(空港はいらない静岡県民の会共同代表)が、静岡空港建設がゼネコンと利権にまみれ、税金の無駄遣いと環境破壊であることを全面暴露しぬき、〇七年二月以降の強制収用阻止にむけて支援を訴えた。
 続いて、桜井建男さん(同会事務局長)は、反対地権者に対する代執行について触れ、「収用手続きは、相当期間をおいて、収用期日の指定と代執行費を請求額が明示された『戒告書』が届く。
この相当期間がどれぐらいなのかは全くわかりません。日の出の森の場合ですと、数ヶ月、半年以上たったわけですけども、静岡は〇九年の開港という、どうしても静岡県が譲れない、譲ろうとしない開港スケジュールを前にしています。早いスピードで出すだろう。地権者は『茶畑は私の体の一部だ。これを取り上げることは、私の命を奪うことだ』と固い意志を述べております。われわれが反対運動を続けてきた力だけでは、とうていはね返すことはできません。静岡空港事業を包囲する全国民世論の結集を皆さんに訴えます」とアピールした。参加者は、新たなスクラムを構築していく決意を込めて拍手を鳴り響かせていった。(Y)



許すな過労死促進法
ホワイトカラー・エグゼンプション導入にNO!

 十二月五日、東京の日比谷野音で、労働時間の規制を取り払い何時間働かせても残業代を払わないで済む「日本版ホワイトカラーエグゼンプション制度」の導入に反対する「許すな過労死促進法!人らしく生きるための労働時間・契約法を!12・5集会」が千五百人の参加で開催された。
 午後五時半の開門と同時に、朝から一日行動を展開してきた国労闘争団などが続々と集ってきた。全国集会らしく会場には「武庫川ユニオン」「ユニオンみえ」「安倍川製紙労組」などの旗も見える。会場では十二月五日の毎日新聞夕刊一面で紹介された日本労働弁護団が労働相談をまとめた「長時間労働酷書」が配布された。
 集会は主催者を代表して日本労働弁護団事務局次長の棗弁護士のあいさつで始まった。「今、日本中に`時間ドロボーaが跳梁跋扈して、私たちの時間を奪っている。『サービス残業』という名の違法残業である。……『ホライトカラー・エグゼンプション』それは`時間ドロボーaの新たな『道具』であり、私たちの命を脅かす強力な『武器』となる。そのような『武器』を全国に蔓延する`時間ドロボーaに与えてはいけない」。
 次に労働政策審議会の労働者側委員である連合・JAMの小山正樹副委員長が審議会の状況を報告した。「厚労省は労使双方の委員の反対で、審議会を一時中断したが、十一月十日に一度引っ込めた点をたんに『自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設』と書き換えただけでエグゼンプションを再提出し、十二月八日の審議会で最終報告をまとめようとしています。厚労省は適用規準を一応年収四百万円においています。そうなれば正社員のほとんどが引っ掛かります。これを法案として来年一月の国会に上程しようとねらっています。絶対に建議させない、上程させない闘いが必要だ」と述べた。
 連帯のあいさつで全労連の宮垣事務局次長は「エグゼンプションが成立すれば、約千万人に適用され、十一兆六千億円の賃金を資本は払わないで済むことになる」と述べ、全労協の藤崎議長は「一方で非正規職が拡大し、他方で正社員は無限のサービス残業が強制され、戦後民主主義の基礎になってきた一日八時間という労働基準法が解体される。絶対に許してはならない」と述べた。
 さらに共産党の笠井亮衆院議員、社民党の福島党首のあいさつが続き、東京過労死を考える会の中野さんが、教師であった夫の死がいかにひどい過労死であったか、それを絶対に認めない行政の対応を批判した。「生徒のテストの採点は家に持ち帰ってやってくださいといいながら、夫が倒れると家での仕事は公務ではないと強弁した校長や教育委員会は絶対に許せない。夫の死から十八年も経ちますが、過労死は増え続け今日過労死は二十歳や三十代の若い世代にまで広がっている。エグゼプションを絶対に成立させてはならない」とあいさつした。
 集会のカンパ要請は朝からの一日行動をともに闘ったクロックヘッド(時計のお面)をつけて仮装した若い人たちが行い、会場の笑いをさそった。
 集会アピール、シュプレヒコール、団結ガンバローのあと寒い中、東京駅の八重洲口前を通り常盤橋公園までデモ行進を行った。(D)
 b労働相談で出された職場の実態をまとめた日本労働弁護団から発行された『長時間労働酷書』は一冊百円。十冊単位で送料無料。申し込みはファックス03―3258―6790へ。

12・5
国交省・厚労省に抗議行動


 十二月五日、朝から各争議団が争議解決にむけた資本に対する抗議の東京総行動を行った。午前十一時五十分から十二時二十分に、国土交通省に「交渉テーブル設置、1047人問題の全面解決」を求めて、国鉄闘争勝利ヒューマンチェーンが行われた。続いて、十二時三十分から午後一時まで、厚労省に、「労働法制の改悪、労働時間規制撤廃反対」を要求するパフォーマンスを行った。
 すべての行動を終えて、夜の日比谷野音での全国集会に合流した。なお、同時刻に中国残留邦人たちが、十二月一日の神戸地裁での全面勝利の判決を受けて、厚労省に謝罪と援助を求めたアピール行動をしていたので、エールの交換を行った。(M)


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