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堀江社長らの逮捕と新自由主義の腐朽            かけはし2006.1.30号

ライブドア事件とは何だったのか

小泉「構造改革」路線が提供した「マネーゲーム資本主義」の舞台

「勝ち組」ヒーロ
ーの劇的転落

 一月二十三日、東京地検は証券取引法158条違反の「偽計、風聞の流布」の容疑でIT関連ベンチャー企業の象徴とされてきたライブドアの堀江貴文社長、宮内亮治取締役、岡本文人取締役など四人を逮捕した。同容疑での捜索から一週間後のことである。
 ライブドア・グループは四十社以上のM&A(企業買収)で急速に拡大してきた。同社の創立者である堀江社長は、二〇〇四年には近鉄球団の買収に名乗りを上げ、二〇〇五年にはニッポン放送の株買い占めで「フジ・サンケイ」グループとせめぎあい、さらに九月総選挙では自民党内の「郵政民営化反対」派の亀井静香への「刺客」として自民党小泉・武部執行部から送り込まれて立候補するなど、派手な言動で「マスコミの寵児」となった。「人の心はお金で買える」「人間を動かすのはお金」と言う「ホリエモン」は、グローバル資本主義の下での新自由主義的競争社会の「勝ち組」として、ヒーロー扱いされてきた。その堀江が逮捕されたのである。

金もうけのテ
クニックとは


 堀江の容疑は、直接には、ライブドアの関連会社である「ライブドアマーケティング」(LDM、当時はバリュークリックジャパン)が、出版社「マネーライフ」を買収するにあたり、すでに「マネーライフ」がライブドアグループが支配する投資事業会社に買収されていたにもかかわらず、新規に買収するかのように発表したこと(偽計)、そしてLDMが赤字であったにもかかわらず黒字化したと偽って株価の引き上げを図ったことが「風聞の流布」にあたるとされている。さらにライブドア本体の「粉飾決算」の疑いも浮上している。
 LDMが「マネーライフ」を買収するにあたって行った「株式交換」と「株式分割」は、ライブドアの急速なカネ儲けの方式の典型例であった。ライブドアが支配する「VLMA2号投資事業組合」は二〇〇四年六月に四千二百万円で「マネーライフ」の全株式を取得して買収した。しかしLDMは同年十月にすでに実質的にライブドアグループの支配下にあった「マネーライフ」を新規に子会社化すると発表し、「投資事業組合」を通した1対1の「株式交換」の契約を結んだ。
 それに伴いLDMは新規に千六百株を発行し、さらに自社株を百分割して、人為的に株価を高めた。事業組合が手にしたLDMの株価総額は当初の二億八千万円から一時は四十四億円にまで上昇した。ライブドアが支配するこの事業組合は、このLDM株を海外のファンドなどに売却し、その後、スイスの銀行や別のファンドなどを経て、約六億六千万円がライブドア本体に還流したとされている。
 同様の、投資事業組合を通じた買収偽装―株式交換―株式分割―売却・還流というパターンは、二〇〇四年八〜九月の結婚仲介サイト「キューズ・ネット」、消費者金融「ロイヤル信販」の例でも使われており、この両社の場合だけでも五十億円がライブドア本体に還流したとされる(毎日新聞、1月19日夕刊)。つまり堀江にとっては、M&Aは、自らの事業拡大というよりは、「株式交換・株式分割」を通じて、資金を調達する手段以外のなにものでもなかったのである。

財界の要求と
規制緩和促進


 ところで堀江が駆使してきた「株式交換・株式分割」方式は、まさにグローバル資本主義の下で、企業の再編・合併・集中による競争力を高めるために大プルジョアジーの強い要求によって導入されたものである。
 一九九九年の商法改定によって「株式交換」による企業買収が可能となった。これは子会社となる企業の買収にあたって親会社となる企業の株式を使うことができるので現金を準備する必要がなくなる。
 「株式分割」については二〇〇一年の商法改定以前は、株式分割後の額面総額が資本金の額を超えないこと、株式分割後の一株あたり純資産額が五万円以上であること、という制限があったが、二〇〇一年以後そうした規制がなくなり、かつ株式分割による株式数増を取締役会だけで決定できるようになったのである。
 堀江の「マネーゲーム」にとって決定的な役割を果たした投資事業組合も、二〇〇四年の「投資事業有限責任組合契約に関する法律」(ファンド法)によって、組合員の資格制限や人数制限が撤廃され、投資組合への投資を目的とする投資組合の設立も自由化されることになったという経過がある。つまり堀江の「犯罪」は、大金融資本の投機的活動や支配力の強化を可能とする「法改正」によってもたらされたものなのだ。

破綻を深める
小泉・竹中路線

 小泉内閣の新自由主義的「構造改革」の破綻は、昨年の「9・11」総選挙後、いっそうきわだったものになっている。「競争に勝った者こそ正義」という社会全体を覆う論理は、むきだしの搾取と階級社会の現実がますますあらわになっている。
 マンションやホテルの耐震偽装問題やライブドア問題は、小泉の新自由主義的「構造改革」政治が必然的にもたらしたものであった。しかし小泉は一月二十日の施政方針演説でライブドア問題などなかったかのように「今日、日本社会には、新しい時代に挑戦する意欲と『やればできる』という自信が芽生え、改革の芽が大きな木に育ちつつあります。ここで改革の芽を緩めてはなりません」と空虚に叫んでいる。
 しかし現実はどうか。ライブドアの株式時価総額は連日の株式市場におけるストップ安で七千億円以上から一週間のうちに三分の一近い二千六百億円に急落した。東京証券取引所はライブドアを上場廃止を視野に入れた監理ポストに移すことを決めた。ライブドアグループの崩壊も日程に上っている。それは決してひとりライブドアの問題だけなのではない。証券市場の不安定さが改めて突きつけられている。「貯蓄から投資へ」というスローガンで個人投資やネット投資をあおられ、「勝ち組」への幻想に乗せられた人びとは、「ホリエモン」の転落に自らの姿を投影せざるをえないだろう。
 堀江を「若い世代の改革の担い手」と天まで持ち上げ、「郵政民営化」選挙のシンボルとして押し出した小泉、竹中、安倍、武部らの責任は重大である。竹中は「改革は私と小泉首相と堀江さんとでやる」とまで述べていた。
 いまや小泉「改革」とは、「弱肉強食」のマネーゲームの舞台を整備するものであった、と理解される条件が生み出されている。「ライブドア問題」は、ポスト小泉を射程に入れた自民党内の抗争の一つの要因となっている。そして今回の地検による捜査と逮捕が、支配階級・官僚機構内部での利害対立を背景にしたものであるという可能性も推測される。
 われわれは、小泉・自民党の政治的責任を追及することを通して、グローバル資本主義のもたらす退廃と災厄に対する社会的抵抗を作りだしていく課題に挑戦していかなければならない。

反資本主義の論
理を再生しよう


 日本総合研究所理事長の寺島実郎は次のように述べている。
 「二〇〇五年に目撃した経済社会の出来事で後味悪く残っているのは、ライブドア、楽天によるメディア企業の買収・経営統合の試みであった。法律に反する活動をしているわけでもなく、新しい事業モデルとして旺盛な活動力を評価する向きもあるが、私は資本主義の退嬰以外のなにものでもないと思う。自らの事業を創造し『育てる資本主義』ではなく、企業さえも売り買いする『売りぬく資本主義』を象徴する存在だといえる。しかも、ビジネスモデルそのものが米国の先行モデルの亜流にすぎず、マネーゲームによって株価の時価総額を実力以上に引き上げることに専念し、しかも資金調達力の源泉である時価総額に見合った法人税負担を通じて国家社会に貢献しているわけでもなく、自らの株主や従業員への適正な付加価値配分をしているとも思えない。ただ自己増殖本能をたぎらせるだけで、バランスのとれた企業責任を果たす意思に欠ける未熟な企業である」(「驕る資本主義の陥穽 M・ウェーバーの予言」、『世界』06年2月号)。
 寺島の主張は、「米国流資本主義」に追随する小泉の新自由主義「改革」と、その合唱隊となった「勝ち組」たちを批判し、「資本主義社会の可能性を信じ、それを支える経済人」に「自らを律する」ことを求めるものとなっている。
 経団連の奥田会長も、堀江逮捕の報を受けて「経営者の倫理とモラル」の重要性を指摘するコメントを出した。しかし小泉の新自由主義的「構造改革」と「勝ち組・負け組」への二極分解を積極的に支持し、堀江らの「モラルなき錬金術」の舞台を整えたのはほかならぬ奥田ら大ブルジョアジーなのである。
 われわれは「ヨーロッパ型」資本主義に傾倒する寺島と、奥田らを同一に扱うつもりはない。しかしわれわれが強調しなければならないのは、今日のグローバル資本主義のあり方としての「カジノ資本主義」・「マネーゲーム資本主義」が、今日の資本主義の歴史的危機の表現だという点である。
 「資本主義の可能性」をわれわれは信じるわけにはいかない。グローバルな反資本主義の論理と行動をねばり強く築き上げていくための闘いへ。
(1月23日、平井純一)   


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