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行革推進法案・市場化テスト法案反対!         かけはし2006.4.24号

公務員を解雇し、公共サービスを破壊する「小泉改革」


 小泉政権は、派兵国家作りの一環である新自由主義的構造改革の推進と公務員労働者の大量解雇のための行政改革推進法(「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」)、公共サービス改革法(市場化テスト法)の強行成立をねらっている。三月二十三日の衆院本会議で審議入りし、行革委員会で四月中の採決を強行して衆院通過をめざしている。

全分野にわたる人員削減

 行革推進法案は、@公務員の人件費削減A政府系金融機関の統廃合三十一ある特別会計の整理合理化B独立行政法人の「見直し」C国の資産・債務圧縮を「改革」対象としている。とりわけターゲットとしているのは、「公務員総人件費」だ。国家公務員の定員を五年間で五%純減(三・四万人)、地方公務員が四・六%純減させようとしている。
 また、国家公務員の総人件費の削減を今後十年間にGDP(国内総生産)比で二分の一に近づけ、地方公務員の給与も引き下げることをねらっている。約三百万の地方公務員の内の約二百万人が生活関連分野であり、国の配置基準に十分達していないにもかかわらず、さらに削減し、公共サービスの低下を強行しようとしている。
 例えば、公共職業安定所の職業紹介や職業指導職員、労働基準監督署が、資本の雇用流動化政策とリストラによって失業者、不安定雇用層が増大しているなかで充実した人員配置を求められているにもかかわらず削減・民営化対象となっているのだ。地方公務員の教育、消防、福祉関係も削減対象としている。とりわけ教職員数に対しては、少子化による生徒数の減少を前提にしており、小学校一年生の三十五人学級実現からの後退だ。
 市区町村の窓口業務は、民衆の個人情報保護、プライバシーに関わるため厳しい管理とチェックが求められているにもかかわらず、民営化によって管理責任を放棄しようとしている。
 このように法案は労働者の生活関連分野の行政サービス低下につながる削減を列挙し、生活破壊を拡大させようとしているのだ。なぜ国家公務員五%、地方公務員四・六%の純減なのかという根拠を一切明らかにせず、経済財政諮問会議による数値設定を絶対化して、トップダウンで「数あわせ」を求めるという乱暴な手法を繰り返している。しかも、削減分野の公務員労働者たちの再配置と雇用継続の保障について具体的に示そうともしないところに行革推進法の反動的性格が現れている。福祉、教育、医療、労働、防災、消費者保護、環境、公害防止などの部門の充実化を求め、防衛庁と自衛隊、公安調査庁、警備・公安警察などの民衆弾圧・治安機関を真っ先に削減・廃止すべきなのだ。

個人情報流出の危険性

 公共サービス改革法(競争の導入による公共サービスの改革に関する法律)は、国、地方の行政機関が提供する公共サービス全般を民間委託し、営利追求を目的とする企業に委ね、官民競争入札や民間競争入札制度という手法を導入することをねらっている。つまり、「公共サービスの商品化」だ。
 法案は、○五年九月、規制改革・民間開放推進会議が骨子案を出し、財界の要求通り、法案化した。対象事業は、職業安定所の業務、社会保険庁関連業務、市区長村の窓口業務、行刑施設関連業務、独立行政法人など民衆の生活関連分野ばかりである。つまり、公共サービスに民間企業を参入させ、公務員を削減することをねらっているのだ。例えば、「市場化テスト」の本格的実施をめざしている社会保険庁は、国民年金保険料の収納業務の市場化テストで七年間かけて八百人から九百人の純減を予定している。
 すでにモデル事業として、ハローワーク、国民年金の保険料徴収、刑務所民営化を射程にした警備・補助事務において民間企業が参入している。これを内閣主導で押し進め、毎年度、市場化テストの対象事業の拡大、公共サービスの完全民営化を実現しようとしている。
 公共サービスを民営化することで五十兆円市場を生み出すとまで言われ、これらの事業に人材派遣会社、リクルートなどの求人会社、クレジット会社がビッグビジネスチャンスだとして次の出番を待っている状態だという。公共サービスの民営化は、建築基準法を改悪し、建築確認を民間に任せたままの無責任・放任状態の結果として耐震強度偽装事件が発生したように、生活・環境・安全破壊を加速させながら官民財癒着構造を再生産し、税金の無駄使い、プライバシーの侵害、個人情報の流出などを引き起こしていくだろう。

大企業のねらいは何か

 法案は財界や多国籍企業の要求に忠実に答えるものとして戦略的に準備されてきた。経済財政諮問会議は、日本経団連の「民主導・自立型」システムと消費税増税を軸とする新自由主義政策の本格的展開を主張した奥田ビジョン(○三年一月)や戦争国家と改憲を柱にした国家改造案である「わが国の基本問題を考える」を土台にして、「日本21世紀ビジョン」(○五年四月)をまとめ、その中で「小さくて効率的な政府」論を押し出した。
 経団連は「さらなる行政改革の推進にむけて」(○五年四月)を提言し、「非公務員化の推進と公務員の雇用・労働条件の在り方の検討」で公務員大量解雇と組合破壊を目的として、「身分・処遇を聖域視することなく、労働関連法規、労働基本権の見直し、労使関係の在り方などの課題について、その是非を含めて、抜本的かつ早急に検討する必要がある」と圧力をかけていった。財界の要求を集約し政府は、「行政改革の重要方針」(十二月)を閣議決定した。
 さらに経団連は、攻撃を加速化させるために○六年二月に「国家の競争力強化を目指した『攻めの行政改革』の実現を求める」と題して、法案化していくための青写真を小泉政権に突きつけた。提言は、「行政のスリム化、効率化を進めるための思い切った改革であり、その着実な実行が、政権交代の如何を問わず、担保される意義はきわめて大きい」と強調している。
 政府は法案が「小泉改革の総仕上げ」などと演出しているが、その本質は財界と多国籍企業の戦略的要求の実現であり、次期政権も新たな国家システムの構築を踏襲していくことにある。つまり、公務員労働者の解雇・労働条件悪化・給与引き下げ・組合破壊、内閣機能の強化と省庁再編、道州制を射程にした国・地方の行政体制の一体的見直しなどの具体化だ。

応援団になった民主党

 法案審議は、衆院段階で最終局面に入っている。政府は、「行革法は理念法だから、制度設計は法案成立後」という立場で法案の早期成立を策動している。
 新自由主義政策の推進役である民主党は、四月十三日、国家公務員の総人件費を三年間で二割以上削減することをメインとした対案を提出した。対案は、官製談合の根絶の条文化、特別会計の削減・廃止、国家公務員の労働基本権の原則付与なども明記しているが、政府・与党が主張する公務員削減政策に乗ってしまっている。行政減量・効率化有識者会議は、各省庁に純減案の提示をもとめていたが、いずれも自省の権益確保を優先して数字として具体化することを遅らせている状態だ。民主党は、この遅れを批判し、早期提示を求める役割を立ち振る舞っている。政府・与党とともに公務員攻撃の役割を担う民主党を許すな。
 民主党の「応援」もあって、総務省は、「改革プラン」を作成し、都道府県職員を二〇一〇年四月までに計約六万人削減することを明らかにした。また、「行政減量・効率化有識者会議」が農水省、国交省、厚労省、法務省などからヒアリングを行い、削減人数を集約したが、合計六千八百三十二人(目標は一万千六百人以上)だった。会議は、目標達成するまで、さらに削減人数を出せと迫っている。公務員労働者の大量解雇、公共サービスの民営化によるサービス低下と民衆の生活破壊を促進する行革推進法案と「公共サービス改革」法案に反対していこう。    (遠山裕樹)



難民行政の変更求める集会
ジャマルさんを救え!ドーガンさんを守れ!


ジャマルさん、仮
放免をかちとる

 三月二十九日、東京・池袋の豊島勤労福祉会館で「ジャマルさんを救え! ドーガンさんを守れ! 難民(入管)行政の変更を求める3・29市民集会」が行われた。
 イラン人難民ジャマル・サーベリさんは、一九九〇年に来日し、十六年間にわたって劣悪な労働現場で働きながら、難民支援や労働組合運動などに携わってきた。この間、彼はイランの反体制組織であるイラン労働者共産党(WPI)に加盟した。
 ジャマルさんはこうした活動を継続していくために二〇〇一年に難民申請を行ったが、二〇〇三年十月に申請を却下さり、退去強制令書を発布されて横浜入管、ついで茨城県牛久の東日本入管センターに収容された。もしイラン本国に強制送還されれば、ジャマルさんは政治的迫害を受け、処刑される危険もあった。
 このため二〇〇四年一月二十八日、東京地裁に、難民不認定取り消し訴訟、退去強制令書発布取り消し訴訟、退去強制令書執行停止申立の裁判を提訴した。同年四月十五日には、執行停止で勝訴し、入管センターからの釈放を勝ち取った。しかし法務省・入管当局は東京高裁に抗告し、高裁は八月二十七日には地裁決定を覆した。
 この間ジャマルさんは、二〇〇四年七月以来、七十二日間にわたるクルド人難民二家族の難民認定を求める東京・渋谷の国連大学前座り込み行動に合流してともに闘った。しかし同年九月二十二日に、機動隊による強制排除の中でジャマルさんは「暴行・傷害」をでっち上げられて逮捕・起訴され、東京拘置所に拘留された。同「傷害」事件では二〇〇五年三月十八日に有罪判決が出され、同日ジャマルさんは牛久の入管センターに収容された。しかし、ようやく支援の仲間の取り組みもあって今年三月十三日に仮放免された。ジャマルさんは現在、難民認定を求めて裁判闘争を闘っている。
 エルダル・ドーガンさんはトルコから来たクルド人である。ドーガンさんとカザンキランさんのクルド人難民二家族は、二〇〇四年七月十三日から九月二十二日まで国連大学前で難民認定を求める座り込み行動を続けた。この座り込みが強制排除されて以後も、二家族は日本での難民認定、あるいは第三国への移住を求めて活動を続けてきた。

イラン政府の弾
圧を厳しく批判

 この日の集会は、当日に行われたジャマルさんの難民認定を求める公判での証言のために来日したイラン労働者共産党のムスタファさん(カナダ在住)からイラン・イスラム体制の過酷な弾圧の実態を聞き、合わせて入管法改悪に示される日本の難民行政、外国人への差別・排外主義の転換を求め、ジャマルさんたちの支援を広げるために設定された。
 川村ひさ子さんのミニコンサートの後、弁護士からの公判報告、雨宮剛さん(ジャマルさんを支援する会)による日本政府の非人道的な難民政策を告発する基調報告と続いた。次にイラン労働者共産党のムスタファさんは、イラン・イスラム共和国の体制が、数万人もの反体制活動家を拷問・虐殺している現実を暴き出すとともに、こうした弾圧体制の中で労働者、女性、若者たちを中心にした抵抗闘争が大衆的に繰り広げられ、真の自由、平等を求めて社会主義をめざす闘いが発展している、と強調した。ムスタファさんは、その例として最近テヘランで起きたバス労働者のストライキ、国際女性デーでの女性たちのデモを取り上げた。イラン労働者共産党は現在、二十四時間の衛星TV放送で、自らの主張と情報の提供を国内の人びとに向けて行っている、という。
 続いてジャマルさんとドーガンさんが登壇し、支援の人びとの活動に感謝するとともに、政府の不当きわまる難民政策を変え、難民認定を勝ち取っていくために闘う決意を表明した。なおドーガンさんについては、カナダが難民として受け入れる意向を表明している。
 さらに前衆院議員の石毛えい子さん(民主党)、衆院議員の保坂展人さん(社民党)があいさつ、在日イラン人のアフシンさんを支える会、牛久入管収容所問題を考える会、東京清掃労組、東京都学校ユニオンの増田都子さんのアピールと続いた。最後に、難民の収容所への収監というという難民条約に違反する法務省・入管当局の対応を批判し、収容所の待遇改善や、入国するすべての外国人に指紋押捺などを強制する入管法改悪に反対するアピールを採択した。   (K) 



こらむ
山村の公民館

 山道を車で旅していたとき、突如として叩きつける雨しぶきが往く道を閉ざした。人家は見あたらない。やっと見つけた建物に駆けこんでみると、そこは閉鎖された小学校を使った公民館だった。
 「そうですか、東京からですか。まあ、お茶でも……」。応対に出た女性の親切な言葉に甘えさせてもらい、世間話をしながら雨が弱まるのを待つことにした。間もなく「猪鍋をつくったので」と、猟師風の男性が大きな鍋を抱えて入ってきた。今は猟や釣を楽しんでいるが、定年までは千葉で鉄鋼会社に勤めていたという。
 A市の一地区に編入されたこの村は、かつて林業を生業として成り立っていた。だが、木材の輸入自由化によって林業が立ち往かなくなると、さも当然のように村の過疎化が始まる。そこに追い討ちをかけたのがダム建設。過疎化は一挙に加速し、五十年前に四千人近くあった人口は、三百人ほどになってしまった。十校あった小中学校は次々と閉鎖され、公民館や集会場に衣替えした。平均年齢は七十歳に届こうとしている。
 これが、猪鍋をご馳走になりながら話してもらった村のあらまし。雨は弱まる気配さえ見せないが、いつしか十人ばかりの話の輪ができている。
 「若いもんが少ない村で、いざという時に頼りになるのは郵便局です。祭りも郵便局の人が参加してくれるから活気が出るんです。『あそこのじいさま、具合が良くないみたいだよ』と声をかけてくれるのも郵便局の人です。こんな山の中、郵便を配達している姿を見るだけで元気が出ます」
 途中から顔を出した自治会長がひとり呟いた。「もう郵便局はなくなるんでしょうか。日本はどうなるんでしょう。時代の流れだから、しかたないんでしょうか」
 胡麻塩頭の男性が口をはさむ。「政治が悪いんでしょうが、私ら、政治を動かすより今日一日を動かすのに手一杯です。緑と清流がありますから、団塊の世代の人たちがUターンしたくなるような村おこしができないか、今日もそれで集まっているんです。自分でできるところから始めるしかないんです」
 話はいつしかイラク戦争におよぶ。白髪の女性が、残り少なくなった私の湯呑にお茶を注ぎながら語気を強める。「アメリカが世界中で暴れまわって平和を壊しているのです。オレの言うことを聞かなければ爆弾落として攻めていくぞ、というのですから、まるで西部劇の悪漢です。悪漢をやっつける保安官は、どこにいるのでしょう」
 こういう人たちと日々をおくることができたら、どんなに心が満たされることだろう。なによりも、たがいに集まって語り合う場がそこにはある。人と人がごく当たり前に横につながりながら語り合う「政治文化」がある。
 身も心も温まったころ、雨もすっかりやんでいた。私は丁重に礼を述べ公民館を辞去した。そして、爽やかに晴れあがった山道を、ふたたび東京に向って車を走らせた。 (岩)


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