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米軍再編最終報告                    かけはし2006.5.15号

米軍の世界戦略と一体化した新安保体制を打破しよう

「日米ロードマップ」批判(上)


「極東条項」は完全に空語化

 五月一日、ワシントンで開催された日米の外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、在日米軍再編に関する最終報告「再編実施のための日米ロードマップ」と「共同発表」文書が合意された。
 二〇〇二年十二月の「2プラス2」会議から始まった「米軍再編」のための日米協議は、幾度かの曲折を経ながら昨年二月十九日の日米の「戦略共有」と「役割分担」に関する合意、同十月二十九日の「日米同盟・未来のための変革と再編」と題する「中間報告」を経て、米帝国主義のグローバルな「対テロ戦争」戦略と軍事態勢の変革に即応した日米軍事同盟の、それ自身まったく「新たな段階」(「共同発表」文書)を確定することになったのである。もはや安保条約の「極東の範囲」などは空語である。
 それはたんに沖縄などの「在日米軍基地」の再編・統合ではない。二〇〇一年の「9・11」を転換点としたアメリカ帝国主義の世界的な軍事戦略の「変革」に対応する、日米安保の作り替えなのである。すでに二〇〇四年十二月十日に閣議決定された新防衛力計画大綱と中期防衛力整備計画で打ち出されている世界規模の日米軍事一体化を通じて、日米同盟は安保条約の範囲を大きく超え、自衛隊は米軍の指揮下で海外での侵略戦争に戦闘部隊として参加することが明確になった。二〇〇五年二月の「2プラス2」での戦略共有と任務分担の合意によって、台湾海峡有事などを想定した「中国の脅威」に共同で軍事的に対処する方向も打ち出された。
 米軍の世界戦略と新しい「日米同盟」は、必然的に「九条の制約」を文面上でも最終的に取り払い、「自衛軍の創設」を軸とした憲法九条改悪を、支配階級にとって「待ったなし」の課題とさせた。憲法改悪攻撃の加速化は、アメリカ帝国主義の新しい戦略によって強制されたものなのである。
 小泉政権は「米軍再編」にあたって「抑止力の維持」と「沖縄をはじめとする基地負担の削減」を両立させると繰り返してきた。しかし、「米軍再編」と新たな日米同盟は、一〇〇%アメリカの戦略的要請にもとづくものであって、住民の「負担削減」など一顧だにされていない。「協議」の経過と内容は完全に秘密にされている。しかもこの「再編」の費用は、日本側の財政負担によってまかなわれるのだ。在沖縄米海兵隊八千人のグアムへの移転費用の六割、七千億円は日本側の負担となる。さらに「再編」にからむ日本国内での米軍基地の移転費用は、日米地位協定にもとづいてすべて日本政府の支出となり、その額は三兆円という巨額におよぶ。

脅しと居直りに満ちた論理

 「最終報告」=「再編実施のための日米ロードマップ」の内容を検討しよう。「ロードマップ」は「1 沖縄における再編」、「2 米陸軍司令部能力の改善」、「3 横田飛行場及び空域」、「4 厚木飛行場から岩国飛行場への空母艦載機の移駐」、「5 ミサイル防衛」、「6 訓練移転」の六項目からなっている。
 冒頭に置かれている沖縄関連の「再編」では、四月の額賀防衛庁長官と島袋・名護市長との会談にもとづき「普天間代替施設」として、それぞれ二本の一八〇〇メートル滑走路を有する新基地を辺野古岬に二〇一四年までに建設することが最初にうたわれている。普天間の返還は、この新基地が「完全に運用上の能力を備えた時」までは実施されない。さらに「普天間代替機能」として、同基地の返還以前に、宮崎県の空自新田原(にゅうたばる)基地と福岡県の空自築城(ついき)基地に米軍の「緊急時の使用のための施設整備」が行われる。
 米第3海兵機動展開部隊の司令部要員など八千人とその家族九千人が、二〇一四年までに沖縄からグアムに移転するが、先述したようにその費用の約六〇%(六〇・九億ドル)は、「これらの兵力の移転が早期に実現されることへの沖縄住民の強い希望を認識し」、などという恩きせがましい理由で日本側の負担とされる。そしてご丁寧に「沖縄からのグアムへの第3海兵機動展開部隊の移転は、@普天間飛行場代替施設の完成に向けた具体的な進展Aグアムにおける所要の施設及びインフラ整備のための日本の資金的貢献に懸かっている」と、脅迫的な文言が付加されている。
 普天間基地の辺野古への「移転」や、海兵隊の一部のグアム移転にともなって、嘉手納以南の一部の施設は「返還」が検討されている。そのリストに上がっているのは普天間以外にはキャンプ桑江、牧港補給地区、那覇軍港(ただし浦添への移設)、陸軍貯油施設桑江タンク・ファームのすべてとキャンプ瑞慶覧(ずけらん)の一部である。ただしここでも「返還対象となる施設に所在する機能及び能力で、沖縄に残る部隊が必要とするすべてのものは、沖縄の中で移設される」ことが強調されており、嘉手納以南の人口密集地に位置する基地の「返還」は県北部での基地機能の集約・強化と一体のものだ。
 沖縄の「負担軽減」の実態とはこういう「分断」の論理に貫かれている。そして「特に嘉手納以南の統合及び土地の返還は、第3海兵機動展開部隊要員及びその家族の沖縄からグアムへの移転完了にかかっている」とされ、辺野古新基地建設と日本側の財政負担がないかぎり一切の「返還」はありえないという「パッケージ方式」になっている。まさに「居直り強盗」の論理であり、それに唯々諾々と従っているのが日本政府なのだ。
 その上に、キャンプ・ハンセンの陸上自衛隊の共同使用は今年から行われ、また空自の嘉手納飛行場での米軍と空自との共同使用の開始も明記されている。戦略・戦闘・情報・指揮機能を「共有」した日米共同作戦が、沖縄を拠点として強化されることになる。
       (つづく)(平井純一)



市民憲法講座・新崎盛暉さん講演
米軍再編と辺野古新基地建設がもたらすもの


 四月二十二日、東京・文京区民センターで第11回市民憲法講座「沖縄の現在を考える〜米軍再編・基地強化の中で〜」が開かれた。今回の市民憲法講座は、沖縄大学教授の新崎盛暉さんを講師に招き、許すな!憲法改悪・市民連絡会が辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会(辺野古実)との共催で準備したものである。参加者は百三十二人。
 新崎さんは、米軍再編が意味する日米安保の新段階と辺野古新基地建設の意味を分析し、「沖縄の負担軽減」という名目でなされるグアム移転や南部基地群の整理と北部への集中が、自らの戦略的利益のためになされていることを明らかにした。そして辺野古基地建設の中で、自衛隊が将来の対中軍事拠点として辺野古新基地を利用する可能性にも言及した。また一月に名護市長選に現れた沖縄の運動の現状、保守派をふくめた「反自公」ブロックでの選挙共闘を絶対的前提とする闘いの問題点についても語った。
 質疑の後、辺野古実を代表して沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの吉田さんが、一坪反戦地主会が主催する5・15防衛庁行動と集会(午後6時半・防衛庁前、午後7時半・牛込箪笥区民センター)を呼びかけ、辺野古実が名称を一部変更して当面闘いを継続することを紹介した。    (K)

新崎盛暉さんの講演から
米国の都合がすべてに優先している


 報道は、辺野古岬基地建設をめぐって「滑走路がどこを向いているか」ということにのみ関心を払っている。しかし問題は、米軍基地をどのように配置するかということではなく、世界的な米軍再編とそれに対応した日米軍事一体化の問題だ。
 それは米国による世界的な支配の維持・強化の野望を示すものであるとともに、アメリカが単独で担うことができない弱点をも露呈したものだ。一九九六年の日米安保再定義とSACOから次の段階への日米安保への再編が問われてきたにもかかわらず、沖縄ではSACO合意以後、事態がまったく前に進んでいない。
 日米の2+2協議は世界的な戦略の共有と軍事的分担に進もうとするものだが、その中で沖縄に閉じ込めておきたかった米軍基地を全国に拡散せざるをえなくなっている。一方、アメリカの戦略が「本土防衛」と「対テロ」戦争にシフトする中で、在沖米軍基地の位置は相対的に低下している。しかし政治的には沖縄の基地は利用価値が高いし、中国の潜在的脅威をあおりたてて沖縄の役割を強めたいという意図も働いている。

沖縄の負担軽減
は全くデタラメ

 辺野古の新基地は決して普天間の代替基地などではない。しかしアメリカは普天間返還を高く売りつけて、新基地建設で既得権を確保しようとしている。言うまでもなく米国は、沖縄の負担を軽減するために海兵隊をグアムに移転させようとしているのではない。グアム移転は米軍基地の世界的再編成の一部であり、しかも「沖縄の負担軽減」を口実に建設費用を日本に負担させようとしているのだ。その先例は、沖縄の日本への返還にあたって、あるのかないのかさえ分からない「核」の撤去費用もふくめて日本政府に負担させた「密約」問題に示されている。
 一九九五年の米兵による少女への性暴力事件の後にも「負担軽減」を名目に県道104号線越え実弾演習の矢臼別から日出生台までへの移転が行われたが、それによってアメリカは沖縄ではできない夜間演習や長距離実弾発射ができるようになった。しかもそれに伴う、海兵隊員の移動経費や移転先自治体への対策費などは、すべて「思いやり予算」によって日本持ちだ。すべてアメリカにとって都合のよいように、アメリカの戦略配置にとって必要だから行われている。米軍にとっては「抑止力」の向上の問題であって「負担軽減」はかりにそうなったとしても結果にすぎない。

辺野古の日米共同
使用の可能性も

 なぜ辺野古への基地建設なのか。対中国戦略や「対テロ」戦争いずれをとっても意味はない。宜野湾市の伊波市長は、「米軍再編は普天間基地の県内移設なき撤去を可能にするチャンス」と述べたが私もそう思う。二〇〇四年九月からの日米協議の中では、辺野古にこだわらず「県外移設」も一つのオプションとして上げられていた。しかし結局、辺野古に舞い戻ってしまった。
 アメリカは取れるものは取ろうとした。辺野古の新基地建設は、それが自衛隊の基地になる、あるいは日米共同使用となる可能性もある。この間、「南西諸島有事防衛」が強調され、日米で離島防衛共同演習がなされていることは、そうした意図を物語るものではないかとも考えられる。
 この間、名護市長と宜野座村長との間で住民の頭越しにV字形滑走路案「合意」が、住民の頭越しになされた。島袋・名護市長は「V字形案」は自分が反対してきた「沿岸案」の微修正ではなく、名護市が受け入れてきた「海上案」のバリエーションだと詭弁を弄している。政府は一点突破で名護市を落とした。しかしその先はまったく見えていない。
 琉球新報とOTVが行った四月十一日から十三日の世論調査では、「新沿岸湾」についてどう思うかという質問に「絶対に容認できない」と「どちらかといえば容認できない」」が合計で七〇・八%に達した。名護市だけをとるとこの数字は八六・七%になる。また名護市の島袋吉和市長の判断を支持しますかという問いに対しては、「支持しない」が五九・〇%、名護市だけをとると七六・七%が「支持しない」だ。その一方で稲嶺知事への評価は高まっている。

名護市長選と全
野党共闘の混乱

 この間、沖縄の選挙の特徴は、「反自公」の保守派を巻き込んだ全野党共闘がすべてに優先するということだ。二〇〇四年七月参院選での糸数慶子の勝利でそれが始まった。続く那覇市長選挙でも全野党共闘が前提となったが、敗北した。しかし二〇〇五年九月の総選挙で「反自公」保守の下地幹郎が当選したことで、次の名護市長選でも「反自公」野党共闘が自明の前提になった。
 社民党県連の平良書記長は「那覇市長選では候補が二転三転し、ばりばりの革新候補(高里鈴代さん)が出てしまった。保守票を取り込める候補を早い時期に選ぶことだ」と昨年の総選挙直後に語っている。この考え方が野党によって、名護市長選挙に持ち込まれ、もともとは基地受け入れ派だった我喜屋候補が擁立された。
 早くから立候補を表明していた革新派で辺野古の闘いに連日のように自ら参加していた市議の大城候補との「一本化」の努力は、事実上「大城降ろし」にしかならず、影響力を発揮できる人が動けない状況になった。大城候補は「政党・労組の支持は求めない」と語り、大城候補を利用しようとした勢力も現れた。こうした中で、二見以北10区の会は、苦渋の選択として我喜屋候補支持を決断せざるをえなかった。
 「平和市民連絡会」は市長選挙公示の直前に「今回の名護市長選に関する状況は、これまで一致団結してきた関係に亀裂を生じさせかねないように思われます。……新基地建設を阻止しようとしている者は、すべて『仲間』であることをしっかりと認識してください」という緊急声明を出した。
 このあたりの経過については、ぜひ浦島悦子さんの「あぁ、名護市長選!極私的回顧」(『インパクション』151号)を読んでください。
 (報告要旨・文責編集部)    


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