03・4・7号高島論文への感想

匿名希望(40代 労働者) 2003.4.15


お久しぶりです、覚えているかどうか解りませんが。時々、『かけはし』のサイト、覗いています。新左翼で唯一、海外に特派員をもっているようなものですから、面白いです。中東問題には関心があるので、4月7日号の「イラク侵略ー帝国主義の論理と戦争のゆくえ(下)」、興味深く読みました。3月31日に執筆したもののようですから、戦争のなり行きを正しく予見したものと言えますね。アメリカは勝利にもかかわらず、中東支配の破綻と自らの危機を一層拡大し、アラブ、中東地域の反米意識は一層高揚していくという基調はその通りと思います。
ただ、イランに関する記述に異議があります。一つは、79年のイラン革命をわれわれ左翼までもが「イスラム革命」と呼ぶのはおかしいのではないでしょうか? イラン革命は高島論文にもあるようにパーレビ傀儡体制を打倒した民衆の反米蜂起です。当時の『世界』なんかにも書いてあったと記憶しますが、蜂起の先頭にたったのは、左翼や左翼的イスラム勢力の青年たちです。かれらは大きな犠牲をはらってたたかいに献身したようです。ホメイニは最後の方まで、「蜂起の指令はでていない」というようなことを言っていたように記憶しています。はじめから総体がイスラム体制をめざしたのではなく、民主主義を求めるものも、社会主義を求めるものも、イスラムを求めるものも反米反パーレビでたたかったのでしょう。そして革命後の権力内闘争でイスラム原理主義者が勝利したものと思います。もう一つは、現在のイランを「ハタミ体制」としているのはおかしいです。現在のイランはハメネイ体制です。この宗教指導者の権限が大統領や国会に圧倒的に優先しています。ハメネイは大統領や国会の決定を全部覆す権限をもっています。したがって高島論文に引用されたハタミの言辞は、ハタミ的なニュアンスはありますが、基本的にハメネイら保守派の容認の範囲内のものと思います。アフガン戦争やイラク戦争では、ハメネイら保守派自身がアメリカに屈服的に対応したのです(シーア派のイラン政府とスンニのタリバーン・アルカイダとは宿敵関係)。また、最近の選挙では保守派に対してあまりに無力なハタミの与党から大衆が離反したとも報じられています。あと、イランとアラブをごちゃまぜにしたように読める記述も少しひっかかりました。
先日、TBS系ニュースで平和アクションに参加した滞日イラン人を取材して報道していました。かれはかつてイラン・イラク戦争の最前線にいて、「フセインは絶対に許せないが、戦争における市民の悲惨を知るものとして、イラク戦争には涙がでる、戦争がつづく限り集会にくる」とテレビで言っていました。アメリカの侵略戦争と各国の独裁体制に反対して苦悩しているのが、真の中東地域の人々の姿ではないでしょうか。これからも日本の連帯した闘いを頑張りましょう。
PS。一部の党派が中東地域総体を「イスラム諸国」「ムスリム人民」とか言っていますが、ナンセンスですよね。中東の先進的な活動家ならこんな表現はしないんじゃないですか? 中東においてイスラムは大きなファクターですが、様々な宗教を信仰する人がいるし、そこでの共産主義者は無神論者ですよね。

メル友になって下さい

こばじゅん(40代) 2003.2.25


私は身体障害者です。ある施設に入所をしています。
あまりお友達がいないので、こんな乗せると怖いと思ったけど、まぁ、いいか?。よろしくね。

mailaddressは以下のです。

kobajun.mzh@nifty.com


日本のイラク攻撃参戦について

S.T 2002.12.20


 イージス艦派遣についての声明を読みました。アフガン戦争以来,ブッシュを批判し,日本政府の動向を批判してきました。イージス艦派遣で,小泉政権が選択する世界の中の日本がはっきり示されてしまいました。この表明が,国民には,いい抜け出とおし,アメリカには認めてもらおうとするいつものやり方で行われています。また,イラク攻撃への参加と結合する形で,国内の戦争への動員体制を作り上げる有事3法案を成立させようとしています。これにたいしてもし有効な国民側のの反撃を組織できないのであれば,今後,アメリカの同伴者として,多くの憎しみを向けられる日本に生きていく事になります。俺達の取るべき道は辺見庸氏のいうように,永遠の不服従を貫くということになってしまいます。
 来春国会,イラク攻撃を巡り,倒閣運動を起こすくらいの気概が戦争反対派に必要です。鮮明な主張を,戦争反対派に提示し,有事法制反対の結集を上回る動員を呼びかけてください。
 戦争賛成派との対立は,日本のあり方をめぐるものであり,俺達には大日本帝国のもとで生まれた人間の悲惨を繰り返さない世界の中の日本をどう作り出すのかの回答が迫られます。
 そのためには,大日本帝国に併合し,38度線における軍事障壁での民族分断の苦難を与えてしまった朝鮮の人々との政治、経済,暮らしの協調をどう展望できるのかという俺にはすぐに答えが見えない重要な問題があります。
 日本が,軍国化でアメリカと同盟するという小泉政権の世界政策に対して,東南アジア,中国,ロシア,中国,韓国との1体化を示すことは出来ます。でも,北朝鮮を含まずには,共同生活圏を作れない。軍事独裁の軍事障壁で分断された北朝鮮の人々と政治,経済,暮らしの協調を作り出すためには,日韓連帯の共同の努力が問われ,アメリカの単独行動主義との対決が問われるのだろう。しかし、俺個人ではこの展望の具体化は出来ません。かけはしで是非,世界の中の日本のあり方を,ブッシュ,小泉に対決して示してください。
 生活が厳しいのですが,さしあたって,3月まで,掛け橋の購読を希望します。

W杯狂想曲

RUKA 2002.6.5


 私はW杯が始まるまではあの国家主義的な、熱狂と感動を押し付けるような雰囲気が厭であったが、「かけはし」で高島さんが書いておられるほどの嫌悪感はなかった。
 ところが、今日の日本対ベルギーの試合直後からもう嫌で嫌で堪らなくなった。原因は同僚たちからのメール。先輩で普段は「あの負けっぷりがいいんだよ」とのたまう横浜ファンがベルギー戦の直後に「赤い悪魔に引き分けた。これはすごいよね」とまるでサッカー評論家のようなメールが入り、少しウンザリ。
 国立競技場まで見に行った後輩からは「日本代表、本当は勝っている!!稲本のゴールは本当は入っている!!終わったことはしょうがないので、ロシア戦には必ず勝つぞ!!」と勇ましいメールが入り、ゲンナリ。
 残りの日本戦を考えると後これが「最低」2回もあるのかと思うとゲッソリ・・・。
 単にサッカーやる人が集まって、「どこが一番サッカーうまいかやってみよう」という程度ならば「どうぞご自由に」か「へぇ、どこが強いんだろうねぇ」とも思うのだが、ここまでやられると腹が立ってくる。
 今はただ、我が阪神タイガースの活躍で溜飲を下げたいものです。(ん?矛盾してる?)

5.2 広河隆一さんの緊急報告会「ジェニン難民キャンプで何が起こったのか」

M.S 2002.4.30


 ●5月2日、ジェニンの取材を終えて帰国したばかりの広河隆一さんの緊急報告会「ジェニン難民キャンプで何が起こったのか」が中央大学駿河台記念館370号室 午後6.30-8.30であります。

 昨日、パレスチナに平和を ピースウォークに1500人が集まりました。パレスチナの人の思われる人や若者がたくさん参加していました。エコアクションノ学生など「暴力の連鎖をたてという」スローガンを掲げて、参加していましたが、私にとってはとても違和感のあるものでした。暴力の連鎖というように、シャロンの虐殺とパレスチナの抵抗闘争を同一に論じることは完全に間違いです。
 夜の報告会は300人以上。清末さんをはじめ3人の現地からの生々しい報告・ビデオ、写真がありました。
 「イスラエル軍は、パレスチナの家の屋根にある給水タンクをまず、打ち砕く。そして、家の中の入るとガスコンロを壊す。こうして、生活破壊をして、そして虐殺もしてゆく」「空爆などしてはならないとなっている学校も空爆されている。救急車を偽装して襲ってきたり、救急車も破壊される。だから、救援にいけない。87年のインティファーダーの時と違うのは、イスラエル軍はパレスチナ人の頭、心臓を狙って、確実に射殺していることだ」「国家的無差別テロが続いている」「自分でさえ、あの無差別虐殺、生活破壊の前では、自爆抵抗(テロ)をやりたくなる。シャロンのやっていることこそ、国家テロだ。自爆テロとシャロンの国家テロを同じ秤では絶対にはかれない」「ハマスなどの自爆テロを支持するわけではないが、やられたら、やりかえせ--ただし、生き延びてそうしてほしい」「日本のメディアは真実を報道していない。封鎖は続き、虐殺は続いている。この現状を伝えてほしい」と清末さんをはじめ全員がそう言っていました。とても、迫力のあるものでした。清末さんはオルタナティブ情報センターに連絡をとりながら、活動をしていたと何回も報告しました。イエラエル軍とパレスチナの間に入って、なんとか、虐殺をやめさせたいという非暴力直接行動です。デモをやったり、虐殺にくるイスラエル兵に「殺すな! 共に暮そう!」など呼びかける行動です。イギリス、イタリア、アメリカ、スウェーデンなど多くの活動家が参加しています。
 いまはこうした行動さえ、やったら、即射殺される可能があり、できないだろうと言っていました。
 しかし、国際社会がイスラエル軍がなにをやっているのかを伝えるのを極めて恐れています。


イスラエル製品の不買運動を

F.W 自営業 2002.4.19


 シャロンの暴挙に私たちが出来る物理的抵抗はイスラエル製品の不買運動だ。スーパーに陳列されている同国の農産物を断固買わない。
 私は感情的かもしれないが、ユダヤ系のコカコーラも拒否している。
ちなみに、アラブ諸国は中東戦争の時期からコカコーラの輸入を全面的に拒否している。

セクト主義というわけではありませんが…

KRA 2002.3.15


はじめまして。インターのシンパの者です。昨年のアメリカ同時テロは、それをどう捉えるかというあたりで日本の左翼の踏絵になった気がします。テロを賛美する左翼が存在するという現実にはあきれるばかりです。世界規模で様々な価値観が混迷を深める現代社会です。そういった中でトロツキスト派の存在は今後重要なものとなると思います。さきほど中核派のHPをのぞいてみました。そこではメールを受け付け公開していました(意図的に選別されたものでしょうが)。HPの活用という意味では、彼らを見習うべき出来事であると思います。私は読んでないのですが「かけはし」において紹介された「サイバーアクション」の書評でもインターネットの有効活用についての助言が書いてあったと思いますが、このHPを有効活用するためBBS的なものは作れないでしょうか?もちろんいろいろな制約はあると思いますが、「かけはし」読者やそれ以外の人々がこのHPで議論をする事になれば従来の「左翼」の(硬直した組織体)イメージ転換になるのではないでしょうか?セクト主義というわけではありませんが、テロを賛美するような左翼、内ゲバを否定しないような左翼に対する幻想を、これ以上大衆や若者に抱かせない為にもインター(失礼しましたJRCLですね)は今以上に活動しなくては・・・という思いがします。今後再び、「政治の季節」が訪れる事は必然であると私は思いますが、その時が70年代の繰り返しにはなってほしくないのです。ただ私の言ってることは一歩間違えば、黒田寛一の考え方に行きつく危険性があると思ってます。そうならないためにはやはり、党員のみならず一般大衆のある時は耳の痛い話も公開して討論できるような事、HP等でできればと思ってます。これは私個人の意見でして、そうできない事情もあると思いますがあえて意見を言ってみました。非礼をお許しください。
先ほどメールを送ったものですが、JRCLが読者からの通信を紹介してるのは知ってます。それをもっと拡大かつ有効に活用してはという意味です。失礼しました。

米国ブッシュ大統領訪日反対闘争に参加して

21歳大学生S 2002.3.15


2月の半ばに、東京へ行ってきた。米国ブッシュ大統領の訪日にあわせて行われる抗議集会・デモに参加するためだ。いうまでもなく、ブッシュ政権は無茶苦茶である。「対テロ戦争」と称する、世界規模での体制側による反体制勢力への(それも幾分、自作自演ぎみの)弾圧が目下進行中だ。一月末の一般教書演説の「悪の枢軸」発言など、9・11以降の同政権の独善的なふるまいについての話題は事欠かないが、考えてみれば包括的核実験禁止条約や気候変動枠組条約の京都議定書から離脱するなど、ブッシュ政権の一国主義は一貫している。とにかく無茶苦茶、なのである。
 さて、今回の東京行きは、JRCLの方から誘われていた。同時にBUND(日向派)の方からも誘われていたので、どうしようかと考えたが、両方のお世話になることにした。行きはBUNDのマイクロバスに乗せてもらって東京へ行き、同派の集会に参加した後、アジア連帯講座を含む諸団体で構成する集会・デモに合流することにした。
 16日の夜間をつかって、BUNDのバスで東京へ。車内では、同派のメンバーとの個人的親睦を深めた。高速道路を飛ばして翌17日の10時半には全電通会館(御茶ノ水)についた。見るからに公安警察と思しき連中が道をはさんでたむろしているのが見えた。正午から「ブッシュは戦争拡大をするな!」と題する同派の集会が始まった。全電通会館のホールをほぼ埋め尽くしている。600名ほどだろう。
 司会の挨拶のあと、最初はフォトジャーナリストの豊田直巳氏の講演。スライドを使って、パレスティナ問題を中心に「テロリスト」のレッテルを貼られて殺されていく人々の存在を訴えた。
 次にダグラス・ラミス氏が講演し、米国政府は9・11を「犯罪」ではなく「戦争」だとすることによって、犯罪であるならば必要な捜査・検挙・起訴といった諸手続きをすることなく、また「疑わしきは罰せず」と言う原則にとらわれることもなく、「疑わしきは殺す」という戦争の論理で、「テロリスト」と疑われた人々を抹殺していると指摘した。
 ここで、集会の途中ではあったが恵比寿の反戦集会に合流するために、お世話になったBUNDの方にお礼を言って別れを告げ、全電通会館をあとにした。電車に乗って、恵比寿公園に着き、アジア連帯講座の隊列に合流した。同集会の詳細は、「かけはし」2/25日号に記事があるので省くが、抑圧された沖縄や朝鮮半島の立場からブッシュとそれに追随する小泉に対する批判のアピールがなされ、また歌にあわせて参加者一同でウェーブをするなど、活気のある集会となった。反戦の闘いは、沖縄や朝鮮半島などの基地に苦しむ当事者の闘いに、日本本土の民衆がどれだけ応えていけるかが問われているのだと再確認させられた。
 集会後に、恵比寿公園から宮下公園(渋谷)まで、デモ行進が行われた。前日のニュースでは、政府は全国の機動隊の3割18000名を投入しているという。うじゃうじゃといたら、ちょっと嫌だな・・・、と思ったがデモ隊のわきに一列貼り付くという程度だった。私は、500名のデモ隊の最後尾、アジア連帯講座の諸君や関東のノンセクト諸氏で構成される、もっとも戦闘的な人々(50名程度?)と隊列を共にした。さすがに、若いということもあると思うが、シュプレヒコールの声の大きさは、デモ隊列全体の中でも際立っている。しかも、途中で機動隊と激しい闘争に。なにぶん、私の地方では、いまどきそこまでやらないので驚いたし、新鮮だった。実にもみ合うこと4、5回。機動隊が挑発してくる上に、こちらも一歩も引かない。盾で押しまくる機動隊を相手にスクラムを組んで対抗する。私も1,2度なりゆきで攻防の最前列に出てしまったので、かなりアブナかったが、幸い逮捕者を出さずに済んだ。デモ後に、眼鏡等の物損者にたいしてカンパがよせられた。
 夕刻から、アジア連帯講座の皆さんと飲み屋で交流会をもち、前衛党論や情勢、共産主義者の任務について熱く語り合った。夜はアジ連の仲間のアパートに泊めて頂いた。関東における左翼・新左翼・ノンセクトの政治地図についてや、日ごろの活動の情報などを交換するなど、有意義な時間を過ごすことが出来たと思う。
 翌朝、お礼と別れを告げ、新宿の模索舎で各派機関紙やサークル出版物を物色してから帰途についた。私の個人的な思いに過ぎないが、この大反動化の時代にこそ、党派を超えた社会主義者同士の横断的連帯を築くことが重要なのではないか。その意味で共青同の幾人かの同志と個人的な友誼をもつことができたのは大きな収穫だったし、また機会があれば、隊列を共にしたいと思う。

満井聡さんの投稿を読んで--それでも共産党に投票するべき

まっぺん 2000.6.26

 満井聡さんの投稿にはいつも深く教えられるものがありますが、今回の「共産党への投票拒否」論には反対です。
 共産党のこの間の躍進については、社会党の右転換に失望した左派票が共産党を押し上げたのであることは明らかです。つまり、社会党が安保、税制、選挙改革などあらゆるこれまでの方針を投げ捨てて政権入りした事への批判票が共産党の得票を伸ばしたのだ、と考えるべきであり、それは今度の選挙についても言えると思います。共産党指導部が右転換・政権入りを目論んでいるにもかかわらず、その共産党を躍進させてきたのは、そうした右転換に反対する左派の票なのではないでしょうか。
 そうだとするならば、共産党がその社会党が歩んだ道をその後からついていこうとしても、左派大衆がそのまま唯々諾々と党中央の方針を受け入れてともに右傾化するとは思えません。海外に目をむけるならば、この10年ほどの間におこったヨーロッパ共産党の例がそれを示しています。イタリア共産党指導部が右転換した結果、党内左派が分裂して「共産主義再建党」を結成し、これが左派全体の結集軸となって現在大きな影響力をイタリア政界に及ぼしていることはご存じと思います。
 現在、日本においては資本家階級に抵抗しうる大衆的結集軸は共産党しかありません。「共産党への投票」を呼びかけることは共産党中央の思惑を支持するのではではなく「左派大衆の結集を呼びかける」意味で重要なのではないでしょうか。
 例えば今度の選挙の結果、議席数において「自民=第一党、民主=第二党、共産=第三党」という結果が出たと想定してみましょう。この時、民主党と共産党とが連立して与党となる事を不破指導部は望んでいるのでしょう。しかし、民主党は共産党と組むでしょうか? 民主党の立場からは二つの選択肢があります。つまり「自民党と組むか、共産党と組むか」。
 これまでの政治的対立からいえば民主党は自民党と組むことを躊躇するかもしれません。しかし、それならはたして共産党と組むだろうか? 共産党不破指導部はこれまであらゆる党の方針を投げ捨て、右に転換しながらひたすら民主党との連合政府成立に焦点を絞って行動してきました。左翼の目から見ればこれは労働者大衆への度しがたい裏切り行為であり、社民への転落であることは間違いありません。
 しかし、資本家階級からはどう見えているのでしょうか? 共産党のここまでの譲歩を素直に評価し`いずれ政権に加えてやっても良いaなどと、はたして考えているでしょうか? それは甘いのではないでしょうか。資本家階級はソ連が崩壊した今もなお、共産党や共産主義思想を非常に恐れています。
 とりわけ日本共産党は1921年結党以来80年近い歴史を持つ、現存する最も歴史ある政党であるばかりでなく、戦前のすさまじい弾圧の中で反戦の旗を掲げ人民の側に立ち続けた唯一の政党であるという事実が、資本家やその代理人達を恐れさせているからです。共産党指導部が右へ転落すれば、その背後で共産党を支えてきた大衆も一緒に右転回し支配者たちにおとなしく従うようになる、などと誰が信じているでしょうか? 「官僚的支配によって大衆を操作できる」と夢想するスターリン主義者以外には、だれもそんなことを信じてはいません。つまり資本家側の「共産党への不信」とは実は共産党の背後でこの資本主義社会に異議を唱える大衆への恐れなのです。
 したがって今のところ不破指導部がどんなに右に転回しても、資本家階級の政府に共産党が加わることはできないでしょう。共産党は彼らにとってはいまだに`危険な存在aなのですから。すでに社会党が脱落し左派の結集軸になりえなくなった事実と共産党が(自党の利益のためのポーズに過ぎないとはいえ)以前よりもセクト主義的でなくなった事実とにより、共産党に票を集中する事は、不破指導部の思惑にかかわらず左派の力を結集する事になると思います。共産党の躍進を共産党内部の左派の躍進のための足がかりとしてほしい。私はそう思います。

川口博さんへのインタビューで考えたこと――軍隊と暴力

H.H 20代 2000.5.9

 軍隊という最悪の暴力装置はつねにその力のはけ口をもとめている。その暴力のほとんどがより「弱い」方向へとむかう。
 朝鮮半島、中国、フィリピン、沖縄、クロアチア、セルビア、アルバニア……なんど同じような悲劇を見聞きすればいいのか、腹のそこから煮えくり返る思いがこみ上げる。
 「かけはし」5月1日号の川口博さんへのインタビューで、クロアチアのセルビア人に襲いかかった組織された暴力を紹介している。
 憎しみと恐怖と暴力を組織するクロアチア政府、セルビア政府への怒り。ツジマンとミロシェビッチは互いにその存在を必要としている。政府による弾圧、それに後押しされたギャングどもによる肉体的脅迫に屈することなく精力的な活動を展開している現地のNGOグループの紹介が希望を与えてくれる。現地NGOを国際的に孤立させない運動が必要だと感じた。
 もう一つこのインタビュで興味深い個所は後半の部分である。
 川口さんは言う。「NATOをはじめアメリカの軍事プレゼンスと軍事行動への警戒心を維持することは健全だと思います。ただ、旧ユーゴ紛争に限れば、「反米」というだけでは、「民族浄化」戦争という現実に対するオルタナティブを提示したことにならない、と個人的には思っています。現実に何が起きているかを、総体的に把握することがオルタナティブの出発点です」。
 そういう認識は、NATO空爆の際にも漠然と持ってはいたし、「かけはし」紙上でも若干の論争にもなったと思う。事実と情勢の把握から任務(オルタナティヴ)を導き出すということは、私たちにとっては当たり前ではある。理論に現実を「押しこめる」ことはできない。
 台湾や朝鮮半島についてもこれまでのような認識を改めなければならないと思う。それは日本の情勢についても、逆の意味で同じなのではないかと感じている。
 「武力紛争がある程度エスカレートしてしまった後の段階では、国際世論などが軍事的介入を支持する傾向が生まれます。だとすれば、紛争がエスカレートする前に問題を顕在化させ、平和的な紛争解決プロセスをはじめることにこそ、国際社会はエネルギーを集中すべきです」という川口さんの意見にも納得。東チモールやアチェにおける悲劇を招く前に、「国際社会」ができたことはたくさんあったはずだ。
 戦後、特に冷戦以降の国際的紛争に極めて大きな責任を持つ帝国主義諸国にしっかりと責任をとらせる意味からのロビー活動や尻押しは必要ではあるが、いま最も求められているのは政府から自立した国際連帯活動である。
 このような連帯活動に日本の労働者階級はいつ登場する事ができるのだろうか。

エルナー労組いわき支部断固たる支援を

匿名 2000.5.2

 記事を読みまして、会社当局とその黒幕首謀者たちの悪辣ぶりに怒りを感じます。その上エルナー労組本部のいわき支部切捨ては絶対に許せないものだと思う。
 電機連合は名高い労使協調派とはいえ、ココまで堕したかと同じ連合にいるものとして許せない。
 しかし、どれもある意味で予想可能なことなのかもしれない。その中で以外だったのが、いわき支部の団結力と、21世紀を目の前にした日本で、本当に労働者らしい、闘いが行われていることです。
 ココにいたる経緯は詳細にはわからぬとも、この闘いをけして地方のよく知らない会社内での紛争としてはならない。本当の労働運動とはどういうものか再度思い起こすものとして労働運動に携わる者、そして労働者全体に伝えていく必要がある。
 その意味で「かけはし」編集部の記事掲載に感謝します。その上でお願いがあります。経過の報告を受けて掲載されているのでしょうかがそれにとどまらず、貴殿のほうでもどう連帯するのかを出してください。たとえば、いわき支部を切った電機連合やエルナー労組への抗議電報、E−メールのアドレス掲載など、色々あると思う。
 私も民同左派とありがたくないレッテルを貼られる労働運動家ですが、地理的問題はありますが、できる限り協力していくつもりです。

資料<連合からの返信>◎×の組合員 様
 最初にお断りしておきますが、連合は産別組織の連合体なので産別内部の問題について、産別本部の意志を抜きにして直接指導という事はできません。
 もうひとつ、当事者でない貴殿が「エルナー労組本部のいわき支部」問題をなぜ代弁しているのか疑問です。
 連合本部としては「当事者」からの事実関係にもとづいた労働相談しか受けようがありません。
 自分の立場を明らかにしないで、「連合本部何とかしろ」という方法はどうもいただけないですね。貴殿が本当に「◎×の組合員」かどうか分かりませんから。
 抗議するのなら、どうぞ自分が何者か明らかにして電機連合本部にお寄せ下さい。
 Eメールなら何でも匿名で言いたい事を発言すれば良いとお考えならそれはインターネットの有効な利用法とは言い難いですね。
 貴殿が勝手に「◎×の組合員」を名乗っているという疑いもありますので、このメールは◎×本部にも転送させていただきます。
 最後にお願いがあります。こうしたマトはずれな子供じみた抗議メールはもうやめなさい。何の役にも立ちませんよ。
==========================================
日本労働組合総連合会(連合)
情報企画センター
WebMaster 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台3-2-11
MAIL:info-rengo@muf.biglobe.ne.jp******************************

<私から連合への抗議文>
送信日時 : 2000年4月29日件名 :
エルナー労組本部のいわき支部切り捨ての件わたしは◎×の組合員です。
 電機連合・エルナー労組本部がいわき支部を斬った件につきまして抗議します。貴君は労働組合のナショナルセンターです。会社に切り捨てられそうな労働者のため全国の労働者と連帯して雇用と権利を守るためにあります。エルナー労組は工場閉鎖、解雇されそうな自らの支部を切り捨てるという会社以上にひどい行動で、労組の存立に関わる愚行を行っています。
 貴君もエルナー労組本部の愚行を認めるなら抗議します。また検討中であるなら電機連合を通し、エルナー労組本部の決定を無効とし、いわき支部への支援と連帯に意思を表明してください。
 わたしは労働者を見捨てることは許しません!!


4月28日から、エルナーいわき労組、工場確保(工場占拠)に!
解雇撤回・工場閉鎖反対! エルナーいわき労組に支援を

 エルナーいわき労働組合に結集する50人の希望退職拒否者にエルナー(株)は昨年年末代リストラ策を発表し、生産子会社であるエルナーいわき(株)の企業閉鎖と、そこに働く全員に「希望退職」を言い渡しました。
 労働組合との事前協議は一切無く、閉鎖での全員の整理解雇でありながら「希望退職」と偽るものでした。
 エルナーは組合との直接の交渉をうち切り、エルナーいわき(株)とエルナー労働組合本部中央執行委員長の名前で4月14日付で希望退職の募集に関する協定を取り交わし、4月20日までであった希望退職に応じなかった58名の組合員中、募集を拒否した50名の組合員に対し、4月28日付での解雇を通知してきました。
 会社側は、本部との協定を盾に組合との団交を拒否しています。しかし、この協定は希望退職の条件を定めているだけであり、希望退職を拒否した50人の組合員の整理解雇条件を協定しているわけではありません。団交拒否について、地方労働委員会に救済の申立をしています。
 「かけはし」4月24日号にも関連の記事が載っています。参考にしてください。(編集部)


東峰囲い込み工事抗議闘争に参加して

負けるわけにはいかない               千葉 E・F 2000.4.27

 4月17日、暫定滑走路のための工事が、いよいよ東峰ではじまるというので、その囲い込み工事への抗議闘争に参加した。
 この工事は、東峰の生活道路を閉鎖して、地下道をつくろうというものだ。それが完成すれば、地区の人々は、畑に行くにも大きく遠回りを強いられ、また、工事に際して、農道という農道を高さ10メートル以上(!)のフェンスで囲い込む計画らしい。まさに、かつてとなにも変わらない、人権無視の空港拡張だ。
 春の日差しの温かい、晴れた日だった。緑が濃さをまし、花が美しく広がる三里塚の道を通って、横堀から東峰まで向かう。
 東峰に到着したら、すでにブルドーザーがうねりをあげて土を掘り返していた。このような風景が歴史上、幾度繰り返されてきただろうか。それも、この三里塚において、またも住民を追い出すための「公共事業」がなんらの反省もなく繰り返されていることをどうして許せるだろうか。ブルドーザーとその背後にいる権力に向かって、シュプレヒコールを繰り返す。
 地区の周りをぐるっと練り歩き、草の上に座り込む。想像力を働かせる。この土地が牧場だった頃を。桜が美しく、馬が走り、人々が平和に生産活動をしていたこの土地の姿を。
 しかし、いまあるのは、荒れた草地の向こうの不恰好な空港であり、民衆を監視する暴力装置たちの姿だけだった。
 わたしたちの行動は15人。このまま、「侵略者」が居座りつづけてしまうのだろうか。未来永劫に……。
 最後にふたたび、シュプレヒコールをあげる。偶然、「三里塚物産」のばあちゃんが通りかかった。どう思っているのかな、と考えた瞬間、ばあちゃんはわたしたちのシュプレヒコールにあわせて高々と、こぶしを空に突き上げて、歩いていく。道をふさいでいた公安はあとずさりして、道をあける。まぶたが熱くなって、声が出なくなってしまった。
 闘いは続いている。いつの日か、侵略者は撃退されなければならない。アメリカ大陸で、パレスチナで、そして沖縄で、三里塚で。
 三里塚が、日本の民主主義を問う最前線にあるかぎり、絶対に負けるわけにはいかない。

編集部の見解に反論

(K.N) 2000.4.26

 前回○○さんの投書に対する編集部の反論に不満なので、私なりの反論を展開する。
私の立論は、「天皇制廃止論者・反天皇制運動の側こそが改憲阻止(お望みとあらば、護憲)の先頭に立つべきであり、そうでなければ、改憲は突破されてしまう」というものです。
 憲法が、制定当時の力関係の凍結の表現だとすれば、日本国憲法がアジア革命とアメリカ帝国主義の妥協の産物として日本社会にもたらされたもの、というのが私の憲法感覚です。
 第二章の日本軍の完全武装解除と第一章が、ただの象徴としての天皇制天皇制生き残り策としてセットであったわけです。
 当然、戦後の日本列島での階級闘争は、この憲法の規範力とその規範力を強めるのか弱めるのかという((安保をめぐる))攻めぎあいとして政治表現されてきたわけです。つまり、日本国憲法は革命運動の重要な武器であったし、今後もそうありつづけるでしょう。
 八十年代から代替わりをへての今日の力関係で言えば、天皇制を憲法第一章に完全に封じ込めること(すなわち、護憲の徹底!)を通してしか、次の天皇制廃止=社会主義共和制マルチ・エスニック・ジャパンに飛躍できないでしょう。
 この能力と政治的力量がわれわれに問われている、と思うのです。

「改憲」は天皇制の廃止論議から

40代 会社員 2000.4.25

明日にでも憲法改正が行われても決して不思議ではないような社会情勢になっている。
小学館の「SPA」?最新号を見て驚いた。別に買うほどの内容はないので、立ち読みしてほしい(買うな!)。石原慎太郎の登場は情勢と無関係ではないだろう。内ゲバ反対とかフェミニズムとか、共産党ナンセンスとか、何年も前からいっこうに話は進展していないのでは。それより今の社会情勢を科学的に分析し、ずたずたに分断されてどこを向いて戦っていいのかわからなくなっている労働者たちに、的確な、鮮明なアピールを行うのが革命的指導部の役割ではないのか。ロシア革命の再来を夢見る「革命家」たちには憲法改正の外堀が埋められつつあるのが見えないのだろうか。憲法改正論議は、敵の土俵に乗るものだと敬遠されがちだが、避けていたのでは、彼らが描いているスケジュール通りにことが運んでしまう。そこで、改憲論議に大胆に介入することを提案したい。改憲論議は、9条が焦点にされているが、第一条、つまり天皇制の是非を問う論議に変えていかなければならない。天皇制がある限り、民主主義はあり得ないことをあらゆる場面で主張していくことが必要だと思う。


編集部より

投書ありがとうございました。
ROUさんの「天皇制がある限り、民主主義はあり得ないことをあらゆる場面で主張していくことが必要だと思う」という見解は理解できますが、現在の改憲の流れが戦後民主主義体制の根本的な崩壊の中から生まれてきているものであり、国会内の力関係も右派改憲の方がきわめて強くなっている情勢を考えなければなりません。改憲論議を逆手にとって、そこに介入して天皇制の廃止運動の強化をとは残念ながらならないのではないでしょうか。改憲阻止の運動をこそ強化すべきでしょう。
 かけはし3月6日号の高田さんへのインタビューを参考にしてください。(既刊号目次で全文みれます)

憲法改悪を阻止しよう               かけはし2000.3.6号より
急テンポで進む改悪への流れに抗する幅広い共同行動を作ろう
高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)に聞く

戦後護憲運動批判への反省
――私たちも戦後の護憲平和運動から出発したわけではなかったし、新左翼や全共闘・反戦青年委員会の運動も戦後的護憲平和運動への批判が大きなモメントになっていたと思います。とりわけ今、そのあたりで論議になるのは、反天皇制運動サイドからも出てくることなんですが、「天皇条項」の問題ですね。「護憲」と言った場合、現行の象徴天皇制の規定と「憲法をまもる」ことは論理的に矛盾するわけです。それは現行憲法そのものが矛盾をふくんだ構造になっているからそうなってしまうんですが、いまの憲法改悪の動きが進むなかで現在の憲法の限界をどのように捉えて、憲法改悪反対の運動を行っていくべきなのでしょうか。

 それは大問題なんですが、その前に法律一般を取ったときでも、法律がわれわれにとって十分なものだということは、この社会ではありえない。しかし同時に、その法律を資本や権力者が破ってくる時に最低限その法律を守らせる運動と、イデオロギー的にその法律に問題があるということを、大衆運動の現場ではいつも区別していると思うんですよ。
 私は一番の基本はこのことだと思うし、憲法についてもそう思います。憲法の三原則(国民主権、基本的人権、平和主義)は破壊してはならないと私も思いますし、つきつめていけばこの三原則の考え方と象徴天皇制は矛盾していて、憲法自身が非常に不備でつじつまが合わないことが一杯あるわけですね。
 そのことを思想的・イデオロギー的に明らかにする課題が一つありますが、同時に憲法のその天皇条項をもふくめて守られていない。最低限、法律に書いてあることを権力者が守る義務がある。憲法は民衆を縛るものではなくて権力者を縛るものである、というのが立憲制の考え方の基本です。
 だからいまの政府は憲法を守りなさい、天皇外交などをふくめて事実上元首化している状況はどう見ても憲法違反だ、だから最低限で憲法に書いてあるところをまずやったらどうか、それは私たちの責任ではなく政府の責任である、というのが私の考え方なんです。そうすればいろんな人と手をつなぐことができる。新左翼の人も、戦後護憲派と言われた人も、宗教家の人も手をつないでいまの全体の改悪の流れに反対することができる。
 そのことを私たちの側も考えてみると、戦後護憲派に反発したあまり、その区別を運動の中でともすればきちんとできなかったし、十分討論できる護憲派とも不必要なけんかを行ってしまったという反省が私にはあります。


リンクのお願い

突然のメールをお許し下さい。
市民運動の交流誌
『むすぶ〜自治・ひと・くらし〜(旧誌名:月刊地域闘争)』
を発行している京都のロシナンテ社です。
さて、ロシナンテ社ではホームページを開設し、
『むすぶ』の最新号とバックナンバーのご案内、
ロシナンテ社の活動のご案内等の情報を発信しています。
つきましては、本ホームページ「http://www9.big.or.jp/~musub/」から
貴ホームページへリンクを張らせていただきます。
内容をご確認の上、よろしければ
貴ページからもリンクしていただければ幸いです。
では、今後ともよろしくお願い申し上げます。


議会への進出について

これは投稿ではありませんでしたが、重要な質問ですので質問と答えを掲載します。

質問を一つ。欧州などでは第4インターに連帯する人々が議会で活動されていますが、第4インターは議会での活動についてどのような方針をおもちなのでしょうか??トロツキズムと議会というのが私のイメージの中ではあまり結びつかないのですが…。

 最近の日本共産党中央の方針にはいささか(時には大いに)疑問に思っています。日米安保問題、天皇制問題、「日の丸・君が代」問題などなど。最近の「右傾化」は「議会主義」がなせる業なのでしょうか?

 「重要記事」の「共同行動の原則と「内ゲバ」主義について」の「意見の相違を暴力によって解決しない」は全く同感です。
 ただ、「「意見の相違を暴力によって解決」しようとした行為を依然として正当化するグループに対して「共同行動の対象としない」という原則」は今日日本の置かれている戦争前夜の状況を考えると原則としては支持できますが、そうも言ってられない状況かな?とも感じます。
 昨年の5・21の感動は忘れられません。宗教者も社会民主主義者もトロツキストも共産主義者も「戦争反対」で一致したことは日本の左翼運動にとって重要な出来事だったと思います。


質問への答え

 第四インター系で現在国会に議席を有している国は、ヨーロッパ(デンマーク、ドイツ、フランス、イタリア、ポルトガル)にも、メキシコ、ブラジル、エクアドルがあります。とりわけブラジルではPT(労働者党)内の第四インター系の潮流に属するメンバーがブラジル南部のポルトアレグレという人口100万人以上の大都市で市長をつとめており住民参加型予算作成など、住民自治・草の根民主主義に基づいた貴重な「実験」を行っています。
 トロツキズムと議会が結びつかない、というのは、トロツキズムを特殊な「世界革命宣伝集団」や「暴力革命」集団と見る偏見があるのではないでしょうか。ロシア・ボルシェビキが決して議会闘争を選挙を否定しなかったのと同様に、その最良の伝統を継承しようとしてきたトロツキズムも議会や選挙を決して否定するわけではありません。
 革命情勢が存在しない中で、議会や選挙という場で、権力や資本の攻撃を暴露し、攻撃に歯止めをかけ、改良をかちとり、それを労働者人民の財産にしていくという闘いはきわめて重要なものです。社会や政治の変革を立法という場で打ち固めていくことの必要性は私たちも十分に理解しているつもりです。もちろん、「議会がすべて」ではないのであり、そうした議会での活動と大衆運動を結合していくことが決定的に必要なのですが。トロツキー自身の議会についての論文などは『トロツキー研究』18号「議会と革命」を参照してください(トロツキー研究所のホームページは、http://www2u.biglobe.ne.jp/~Trotsky/)。
 残念ながら私たちは、力量の弱さと選挙制度のために独力で国政選挙を闘ったことはありませんが、共同で国政に挑戦しようという努力は続けています。
 共産党の右傾化については、「議会主義」一般ではなく、あきらかに民主党を対象にした「政権構想」に根拠があるるものだと思います。その際、民主党が日米安保や天皇制を前提としている以上、政権与党になるためには民主党の政策と齟齬をきたすあらゆる重要政策を棚上げにしようとするものでしょう。「安心して国政を任せられる普通の国民政党」になる、というのが現在の党指導部の方針なのでしょう。この点では、昨年の共産党代表団の東南アジア訪問で、マレーシアのマハティール体制を称賛したことも、きわめて重要な転換だと私たちは考えています。
 「内ゲバ」問題について。私たちは現に襲撃や殺人などのテロ行為を行い、しかもそれに口をつぐんだり、正当化したりする組織を「統一戦線」「共同行動」の対象にしないということは、ゆるがせにできない原則だと思います。内ゲバ主義を認めることは、共同行動や統一戦線を形成する基盤を瓦解させかねないからです。
 異なった意見を言ったり、批判したりすれば、暴力で脅されるということになったら、人びとはその「共同行動」には参加できないでしょう。ねばり強く、内ゲバ行為への大衆的批判を行い、内ゲバ的テロリズムへの許容がどれだけ深刻な影響を運動に与えることになるかを、私たちは訴えつづけていきたいと思います。2000.3.31  新時代社 平井


ドイツの左翼

2000/3/30  ジャン・ヴァルレ

初めまして、ジャン・ヴァルレというハンドルネームの男です。
ところで、ドイツにも第四インターと関係のある政治組織として、「民主社会主義党」が挙げられていましたが、これはPDS(「民主的社会主義党」=「民主社会党」)なの
でしょうか?
共産党(DKP)と統一し・・・とありますが、ということは、事実上は完全独立した組織としてのDKPは消滅したのですか?
あと、第四インターを支持している「革命的社会主義者同盟」なる組織はトロツキストなのでしょうか?
また、現在でもドイツの左翼の間では、スターリンのソ連軍が半組織的に行った略奪・強姦・暴行と、ポーランド(スターリンの傀儡「ルブリン政権」)と共に行った帝国主義的な領土強奪(オーデル・ナイセ川以東の、シュレジェン・ポンメルン・東プロイセン)などについて語る事はタブーなのでしょうか?
この事は、ドイツ人民・オーストリア人民に根強い反共感情をもたらしたスターリニズムの暴挙だと思うのですが・・・
第四インター日本支部と直接関係の無い質問なのですが、ホームページを見て思い出したものでした。
是非、教えて下さいませんでしょうか?何卒、宜しく御願い申し上げます。



質問へのお答え

 旧東独の政権党である社会主義統一党の継承政党であるPDS(民主的社会主義党)については、すでに実体的にも思想的にも旧スターリニスト党としての過去とは相当異なった政党になっていることは確かで、社民党や緑の党よりも左に位置する社会主義政党への道を歩んでいる、と私たちは考えています(もちろん批判はありますが)。
 第四インターとの関係では、さまざまな共同の行動が展開されており、ドイツの第四インターのメンバーだったヴィンフリート・ヴォルフは、PDSの選挙名簿で旧西独部から連邦議会議員(国会議員)に選出されています。
 第四インターに結集するドイツの同志たちの中には、個別にPDSに加盟しているメンバーもおり、また旧アルバニア派の組織と合同した統一社会党(VSP)の中で活動しているグループ(同党の中でインプレコール潮流を作っています)、VSPから分離して独自に革命的社会主義同盟(RSB)を組織している同志もいます。革命的社会主義者同盟も第四インターナショナルに結集するトロツキストです。
 ドイツ共産党(KPD)に関して言えば、同党はいまだ存在しています。しかし、将来のPDSとの合同も日程に上っているようであり、また部分的にはすでにPDSに加盟している党員もいると思います。
 旧ソ連の犯した犯罪行為についての言及がタブーになっているということはありません。社会主義統一党がPDSに再編成される過程で、過去のスターリニズムの犯罪行為の克服と自己批判は重要な契機になっているはずです。もちろんトロツキストの側は、その自己批判が十分なものではないと考えていますが、PDSの側でスターリニズムの犯罪行為への言及がタブーになっているということは少なくともありません(PDS内には一部、頑固派スターリニストがいるようですが、それは極少数派のはずです)。
              新時代社 平井              2000.3.30


「沖縄と心をつなぐつどい」に参加して

2000/3/20  福島 桧 育夫

 3月5日、福島県郡山市で「沖縄と心をつなぐつどい」(主催、同実行委員会)が開かれ450人が参加した。メインは大田昌秀前沖縄県知事の講演「沖縄 平和と自立への道」だ。
 大田さんは語る。沖縄は琉球王朝の昔から平和を第一とする国だった。近隣との友好にもとづき交易を盛んにすることこそが国が成り立つ根本で、そのためにも武力を持たずやってきた。
 太平洋戦争の過程で唯一、地上戦の舞台となった沖縄で日本軍は民を守るのではなく国を守るという本質をさまざまな形で表し、その結果、住民は集団自決に追い込まれるなどの犠牲を被り、戦後も、国土の0・6%にすぎない沖縄に全国の75%もの米軍基地が集中し、今日なお普天間基地の移転に伴う生活破壊、環境破壊などの危機に直面させられている。
 基地の撤去を求める声に対する日米政府の回答は、経済復興のために最も必要とされる本島中・南部の基地ではなく、北部の、しかもそのほとんどが国有地である所を限定して示しただけだ。フィリピンでは民族の尊厳をかけて米軍基地を撤去させたが日本はどうか。
 基地があることによる経済効果を語る人々もいるが、戦後五十年の現実はどうだったのか。県民所得全国最貧の現状と失業者の増大、これが現状だ。
 平和を願い、基地のない沖縄を訴える大田さんの言葉に会場は、そのつど大きくうなずく。最初から、少しせき込みがちだった大田さんは、最後のころは、見ていて聴いていてハラハラするほどのせき込みとなった。司会者の説明によれば、前日から体調が思わしくなかったのに無理に押しての来郡だったという。これが大田さんなのだと実感した。
 聴衆は上は7、80代から、下は高校生まで文字通り世代を超えるものだった。映画『命どぅ宝』の上映あり、アトラクションあり、うたごえグループの登場あり、修学旅行で沖縄に行く高校生らの「決意表明」あり、と多彩なプログラムで、長い時間を感じさせない午後となった。
 この催しで、さらに特筆すべきなのは同実行委員会に賛同した団体・個人の顔ぶれの広さだ。その一部を挙げると、県教組、郡山市職労、国労郡工、全港湾、県労会議、県労連、電通労組、鉄産労などの労組、社民党、共産党、かけはし福島支局も。母親団体・救援会、医療生協や法律事務所などなど。これは沖縄と大田さんという強じんな知性を媒介にしているとは言え、今日の情勢の中での一つの可能性を示しているかもしれない。


元号」使用強制に市役所窓口に抗議、完全勝利…かな?

2000/3/13 千葉 K・M

 先日、印鑑証明を市役所の出張所にとりに行ったときの話。
 当然、〇〇年の欄を西暦で書いて出したら、「誕生日は元号で書いてください」と突き返される。ここの出張所はいつも、この部分について何か言ってくるのだが、今までは「困るんですよねー」というレベルだったのが、書き直せときた。
 「使わないから忘れた。そっちで勝手に直してよ」と言ったら、「あなたの生まれは昭和〇〇年だから、覚えておきなさい」なんて言われてしまった。「おい、おいったら、おい、元号の使用の強制できないんだぞ。だから『年』の上には『昭和』とか何も書いてないんだろうが」と言い返したら、「こんな人はじめてだ」「日本と日本人の常識です」だって。
 こういう人権侵害には、迅速な抗議につきる。帰宅するなり、市役所の人事課にクレームを入れ、地元の共産党市議団、市職労に調査依頼、「日の丸・君が代」ホットラインにこんなことありましたよ、と報告。
 『かけはし』読者の方々の多くはご存知であろうが、公共のどのような書類も「元号」を強制することはできない。ただ、国に上げる書類は役所のほうで書き直すようにはなっている。「生まれは昭和で何年ですか」と聞き返されたら「知らない」の一言でいい。「書け」とか、四の五の言われたら、徹底的に糾弾あるのみだ。
 後日、人事課から「注意した」という報を受け、早速出張所に出向いた。「市役所から連絡あったと思うけど、こちらの主張が理解できたでしょうか」。よほど、こっぴどく叱られたようで「そこまですることないじゃないですか」と泣きそうになっていた。「まだ、分かってないの? 黙って受理しなければ、人権侵害なんだよ、これから善処してもらえますよね?」「はい、分かりました」。よし、完全勝利だ。
 しかし、反省点も。人事課に電話した際に「ほかの窓口はどうですか」と聞かれ、常習のクレーマーと思われているのかなと考え「市役所の本館は黙って受理するし、警察ですらそこまで言わない」と答えてしまった。これでは、逆に「元号」の強制が市役所にまで及ぶかもしれない。これは失敗だった。成果は絶対に防衛するとともに、敵につけいる隙を一ミリも与えてはならなかった。反省。
 とにかく、闘いはこれからだ。一人一人がサイレント・マジョリティにならないことが、ファシズムの暴走を阻止する唯一の方法だ。だれもが「日の丸・君が代・元号」を拒否するまでには、なかなか遠いが「少数派、されど熱き闘い」でねばり強く天皇制を解体していきましょう。


警察の不祥事について考える―「私たちの警察改革論」を

2000/2/28 神奈川 S・M

 最近の警察の不祥事の続発は警察の悪の氷山の一角に過ぎない。口先だけの謝罪に騙されてはならない。警察は暴力団や軍国主義的団体と癒着してきた。警察は革新政党(日本共産党)に対して盗聴を行った。警察は市民の非暴力的な集会に大勢やってきて集会参加者の写真をバチバチ撮っている。警察は市民運動や労働運動などに敵対している。警察は、マスコミと一体になって、左翼諸党派に敵対している。たたかう市民の人権は侵害されている。警察はこれらについて市民に一度も謝罪していない。第三書館の「警察批判の本のシリーズ」も警察の腐敗を暴露している。
 警察は批判するだけではダメだ。警察は根本的に改革されるべきだ。政治警察は廃止する。皇宮警察は廃止する。警察をイデオロギー的に中立の機関にする。警察官には番号のついた名札の着用を義務づける。警察の言論への介入を禁止する。交通警察は交通庁におきかえる。警察学校は公開する。警察を情報公開の対象にする。代用監獄は廃止する。逮捕された人に対する、マスコミと一体となった、非人間的な扱いを禁止する。警察労働者組合を結成する自由を認める。中央集権主義的システムを地方分権的システムにおきかえる。警察をチェックする、市民による第三者機関を作る。警察はこのように改革されるべきだ。警察を美化するテレビドラマや映画の放映をチェックする(マスコミをチェックする)、市民による第三者機関も必要だ。盗聴法や団体規制法などの悪法は廃止されるべきだ。
 民主主義の前進のためにたたかう市民は『私たちの警察改革論』のような本を出すべきだ。「警察を変えよう市民運動連絡会」のような非暴力の組織を作るべきだ。僕はそう考える。(2月28日)

らい予防法は生きている

2000/2/7 たじま よしお 

 「ハンセン病・国家賠償請求訴訟」の中で厚生省は、「(20年を遡った時点よりずっと前から)療養所は開放政策をとってきたから強制隔離の事実はなかった」旨の反論をしてきています。そして20年より以前にあったことは時効だから関係ないんだという言い方をしています。
 この「時効論」についてはこれまでの公判の中で原告によって完膚なまでに論破されていますのでそれをお読みいただきたいと思います。
 開放政策云々については1953年の「らい予防法闘争」で全生園で380人が正門を突破し200人の警官隊と対峙しながら国会へ向かうなどの熾烈な闘いの末かちとられたもので決して「開放政策」などといえるものではないのです。私と同年の(61)森元さんは全生園から都内の大学の予備校へ通うのに垣根を乗り越えてはしょっちゅう見つかり自転車を没収されたこともあったということで、そうした闘いがあって四六時中の看視も粉砕されてきたのだと思います。
 それ自体輝かしい成果であり些細だなどというつもりは全くありませんが、それをもって「らい予防法の空洞化・空文化」などとする表現は運動の側からのものであっても一考を要する事柄であると思います。かくいう私もかつてそんなことを書いたこともあり、じくじたる思いでいるところです。
 そのことを考えるために私は東南アジア、とりわけフィリピンにおけるハンセン病の治療の施策について述べてみたいと思います。
 フィリピンの場合長く植民地とされていた時代はやはり隔離政策がとられていました。しかし、その後1946年に在宅治療制度が実施され、1964年には患者隔離法が廃止され、1966年以降は一般保健医療活動に組み込まれハンセン病の治療は実施されてきているのです。
 そして、その治療に携わる人々は、医療に関心のある者が数日間の研修を受け顕微鏡と薬剤をオートバイに積んで患者宅を訪問し治療に当っているのです。
 私がここで言いたいのは、厚生省は「らい予防法」廃止に際しては、全国の開業医に数日の研修を義務づけ全国津々浦々でハンセン病の治療・アフケタア・リハビリ等を受けられるようにして隔離の根拠のなさを具体的に施策の一つひとつで示してゆくべきなのです。そこまでやりきった時、はじめて「開放政策」に向かったといえるのだと思います。療養所の出入口に門番が立たなくなったから、自由に往来できるようになったことをもって「開放」などと、とても言えたものではありません。
 たとえ社会復帰を遂げたとしてもなにかあれば療養所の門を再びくぐらなくてはならない現実は「開放」どころか「らい予防法は生きている」ことを物語っているのであり、そこを強調してゆくべきであると思います。
 参考文献:『ハンセン病のない21世紀をめざして』


「日の丸・君が代」に反対する関西ネットワーク

2000/1/24

「日の丸・君が代」に反対する関西ネットワーク・寺本です。
集会案内の掲載とリンクをお願いします。
「日の丸・君が代」に反対する関西ネットワークでは、このたび、ネットワークとしてのホームページを開設しました。URLは、以下の通りです。

http://www.kcn.ne.jp/~jjj/hk/

現在は、ニュース1号・2号、関西ネットの呼びかけ、2.11集会の呼びかけなどを掲載しています。今後とも、充実したものにしていきたいと思います。
また、更新情報についても、MLでお知らせしたいと思います。ぜひ一度のぞいてみてください。
また、リンクについては、自由に張っていただいて結構ですが、一応「リンク張ったよ」というメールだけ入れていただければありがたいです。メールは、HPの「MAIL」からお願いします。私たち関西ネットでは、現在、2.11集会を鋭意準備中です。

名称:「建国記念の日」反対!卒・入学式に「日の丸・君が代」はいらん!
2.11関西集会
日時:2月11日(金)午後2時から3時45分
場所:エルおおさか(地下鉄・京阪「天満橋」駅下車、西へ徒歩5分)
内容:問題提起
(1)儀式・行事と「日の丸・君が代」 加島宏弁護士
(2)職務命令・処分攻撃といかに闘うのか(仮題)岡村達雄・関西大教授
その他、学校現場や地域からの報告など、短い時間に盛りだくさんの予定です。
ピース・ウォーク:集会終了後、梅田までピース・ウォークをおこないます。



正月の里帰りで

2000/1/20 東京 H.H

 正月、府知事選の候補者選びで自民党中央と大阪府連が割れているというニュースが正月の紙面を賑わせていたときのこと。大阪にある母方の実家で祖母と、横山ノックの辞任の話から、今度の知事選の話になりました。
 「○○ちゃん(祖母からはまだそう呼ばれている)やったら誰に入れる?」という質問に、自分なら今回の場合なら共産党候補に入れると、すこしあせりつつ立場を説明しました。
 というのも、母方の祖父母は、祖父母ふたりだけの会社を経営しており、どちらかといえば秩序を尊重するという傾向で、前回も横山ノックに投票していただろうし、今回も非共産党系の候補に投票するのではないかと思っていたからです。
 あせりながら終えた少し長い説明口調の私の発言の後に、「おじいちゃんもうちも、これまでずっと選挙では共産党や」と思ってもみなかった返事が返ってきました。子どもの頃から祖父母の家や会社に遊びにいってはいましたが、共産党の選挙ポスターがはってあるという記憶はありませんし、「しんぶん赤旗」や日曜版を見かけた記憶もない。むしろ、自分たちの娘や息子(私の親に当たります)が社会運動に深く関わっていたことを、あまりよく思っていなかったのではないか、と勝手に考えていたのです。
 ですから、突然のことに、そのあと「へー、へー」としか返事できませんでした。
 さて、その府知事選、利権なのか意地なのか自民は分裂したまま、民主は連合の非自民系路線に押され早々と候補者への推薦を表明しました。
 しかし、それ以前のもっと早くに候補者の推薦(というか「公認」とかわらない)を出した共産党。この共産党の姿勢にたいして、今回も共産党への投票をよびかけることになるのでしょうか。そうであれば、より一層共産党への批判を強めなければならないと思います。
 共産党がどのようなスタンスを取るべきだったのか、社民党やその他の社会運動との連携はできなかったのか、(共産党の解放同盟に対するセクト的立場によって困難かもしれませんが)また東京の足立区での共産党首長誕生とその敗北などを踏まえた立場表明を期待します。
 また、最近、不破共産党委員長が「レーニンはどこで道を踏み誤ったのか」という「しんぶん赤旗」のインタビューで、レーニンの暴力革命論を否定しています。これは、不破という人間、あるいは共産党指導者がマルクス、エンゲルス、レーニン、日本共産党という歴史の継承性を個人的に立ちきったということではなく、あるいは不破個人の資質の問題でもなく、国際共産主義運動でたびたび立ち現れる右傾化(日和見)の一傾向であると思いますが、日本という少し特殊な事情にあるスターリニズム政党が、なぜ社民化への道を進みつつあるのかという分析と批判、そしていかにあるべきなのかという記事を期待します。
 祖母に「どうして共産党なの」と聞くのを忘れてしまったので、今度の機会に聞いてみようかと思います。

「シアトルからの道」について

2000/1/7 東京 K.T

「かけはし」ホームページでブレッカーの「シアトルからの道」を読みました
 グローバリゼーションに反対するということは「保護主義vs自由貿易」ではなく「企業を保護するルールvs民衆と環境を保護するルール」だというブレッカーの考え方は、どれだけ浸透しているのか、正月の特番を見ていて考えさせられました。
 その特番は、人間の脳や遺伝子を取り巻くさまざまな現象などを解明するという番組でしたが、そのなかで、インドのバスマティーという高級米の遺伝子の組み合わせを解明して特許化したした企業と、それに反発するインドの農民やNGO職員という構図が描かれていました。
 そこでのインド農民やNGO職員の発言は「わがインドのバスマティーは、ここでしかできない」「アメリカの企業が儲けたければ、クリントンという名前をつければいいじゃないか」というような、いかにも「保護貿易」的なものが紹介されていました。しかし、問題はまさに「保護主義vs自由貿易」ではなく「企業を保護するルールvs民衆と環境を保護するルール」なのです。なんだか、マスコミの「意図」が見えたような気がしました。
 ブレッカーの文章の中で、「いいなぁ」と思ったのは、「何万人もの参加者は、かつて見たこともないような統一を表現した」「戦闘とともに行われた数十のフォーラム、ティーチイン、ワークショップの中で、こうした相互交流は混合という水準を越えて、しばしば尊重しあう相互教育にまで進んだ」という反WTO運動のスタイルを紹介した個所です。というのも、沖縄サミットに対する日本の運動の取り組みが、なかなか見えてこないからです。
 うわさでは、さまざまな対抗サミット(あるいは便乗サミット)が開かれるということなのですが、はたしてシアトルでのように行くかどうか。新たな基地建設が一歩一歩進められている沖縄で、反基地闘争を中心としたさまざまな課題がどれだけ結集できるのか。ブレッカーは「統一の未来」という、今回とりあえず統一した諸運動の未来を心配していますが、日本では「未来の統一」といったところでしょうか。
 名護市議会が受け入れをめぐって紛糾していたその最中に「北部振興策」と称して、あきらかに基地・サミットとリンクさせた形で基地の押し付けを迫った日本政府をゆるさない決意を持って沖縄へ行きましょうよ、みなさん。
 このブレッカー論文のかなり多くが中国のWTO加盟に関する運動側の対応を紹介したものです。そのなかで、ブレッカー自身はAFL−CIOのスウィニーのように「人権」だけで中国のWTO加盟に反対するのではなく、「中国は、たんに人権侵害のためではなく「底辺へのレース」のための象徴とならなければならない。…中国の世界市場への参入が中国民衆の生活水準を上昇させているどころか、すでにそれを低下させている」として、世界の資本家が、そしてそれ以上に中国政府自身がほめ称える中国の経済特別区(輸出加工区)で働く労働者たちの権利を守るための闘いであると言っています。
 その通りだと思います。ただ、労働基準と貿易をリンクさせるかどうかという社会条項について、ブレッカー自身がはっきりと立場を表明していなかったのではないでしょうか。中国の労働者のことを考えるのなら、社会条項は有効なように思えるかもしれません。私は、それが単純に中国や第三世界の労働者の権利高揚につながるとは思えません。それよりも、債務の帳消しや、世界規模での富の分配の公平化のほうが、児童労働や苛酷な搾取を取り除けると思います。
 しかし、WTOは富の公正な分配とは180度逆の方向に向かって存在している世界機構です。その中でどれだけあれやこれやの「小細工」をして「公正な貿易」を実現しようと考えても無駄なのではないでしょうか(もちろんブレッカーがWTOに幻想を抱いているとは思いません。彼自身、草の根の大衆的動員こそが勝利のカギだと言っています)。
 文章全体を読んで、若干の疑問が残りました。というのは、AFL−CIOへの評価の甘さというものです。もちろん、「シアトルの世界貿易機関(WTO)への抗議行動について」という投稿のなかで、「AFL−CIO指導部のゆるやかな『左傾化』に対してセクト主義に陥ってはならない」と指摘しており、アメリカ左派も全体としてはAFL−CIO指導部の左傾化を歓迎しつつ、その上でさまざまな戦術や戦略を立てていることも事実だと思います。しかし、その上で批判と討論は必要ではないかと思います。「かけはし」新年号の小林秀史さんの文章では、AFL−CIO指導部の限界が紹介されていて、それとあわせて読むのがいいのではないかと思いました。
 最後に話がそれますが、台湾の社会運動の中でも今回のシアトルの闘いが大きく注目されています。というのも、台湾政府はこれまで一貫してWTO加盟を模索してきたし、その一環として民営化政策が進められており、労働運動や左派はそれに反対しているからです。
 しかし、台湾の左派の反WTOにはやはり幅があります。どのようにWTOに反対するのかということです。伝統的に親中国派の多い台湾左派のなかでは、WTO加盟によって民営化を推進する台湾政府と社会条項には反対するが、第三世界の利益を代表したような顔で国家の主権や貿易権を主張する中国政府には明確には反対しないという立場が目立ちます。
 経済特区では多国籍資本と結託し、過酷な労働条件を導入し、低賃金(輸出額の成長率と賃金の上昇率が大きくかけ離れている)労働を多国籍資本に提供し、自立した労働組合の結成を認めず、一方的に民営化を推進している中国政府の立場に明確に反対し、かつWTOの反労働者的性格を暴露する左派の登場が求められています。
 長くなりましたが軍事基地と自由貿易の帝国主義サミットへの闘いに奮起する年頭の決意として。



シアトルの世界貿易機関(WTO)への抗議行動について

1999/12/13 東京 一読者

 最近の事態の中ではきわめて重要な運動であると思われ、われわれはそれに注目し、分析し、そこから必要な教訓を引き出すべきではないでしょうか。

1、 新自由主義路線に対する反撥、不満の国際的な決定的拡大=「市場万能」や「市場的収益至上主義」はもううんざりだ、いやだという意識。
 これは、まず西ヨーロッパにおいて、選挙において社会民主党(あるいはそれにプラス緑)を押し上げる形で現れるとともに、特にフランスを中心として社会運動(労働運動、反失業運動、移民、ホームレスの運動、農民の運動)の復活として現れている。今回は、それがさらにいっそうより国際的な規模にまで広がっていることを示している。この広がりは、「民主義的寛容さ」を示し、そうした抗議運動を包み込んで、最後には結局、アメリカの自由化要求を貫徹しようとしたクリントン政府の思惑を完全に超えるものであった。
2、 シアトルの反対運動に示されたのは、工業諸国の労働組合運動や社会運動と第三世界諸国人民の新しい国際連帯=国際主義の今日的形態である。アメリカ国内の動員については、その内容はまだ調べられていませんが、その規模は、ベトナム戦争以来の規模であり、AFL=CIOが大規模な動員を行った。(AFL=CIOの要求はまだまだアメリカ国家、アメリカ資本からの政治的独立という点で曖昧であるが――もっともAFL=CIO指導部のゆるやかな「左傾化」に対してセクト主義に陥ってはならないが)。
3、 フランスは動員の中心は、ATTAC、CCC-OMC(世界貿易機関への市民的統制共闘委員会)、ドロワ・ドヴァン(移民、ホームレス、失業者などの持たざる者の権利を擁護している団体)、農民連盟である。シアトルに隊列を派遣するとともに、11月27日、フランス全土で数万人のデモが行われた。フランスでは、この闘争について、例によって「ルット・ウヴリエ」派(労働者の闘争でないから?)、緑のコーンバンディ(緑はフランス政府の一員として世界貿易機関の主催者側だから?)は完全に沈黙を守っている。
4、 以上のように考えてくると、ATTAC、第三世界の債務取消しを要求する運動、世界貿易機関に反対する市民運動などが、急速な拡大を示しており(ATTACは万単位の市民が加盟している)、新自由主義批判に対する不満の拡大の中でさらに大きな運動に発展していくだろう。われわれもこうした運動と連帯しながら積極的に取り組む必要があるのではないか?
 フランスでは、これは極めて積極的に取り組まれており、個人として加盟しているだけでなく、独立労組や社会運動(AC!など)がこれに積極的にかかわっている。
 ATTACなどの運動は、今日的な過渡的要求の形態であるとも言えるからである。さまざまな社会からの要求に対してジョスパン政府が「その財源がない」と対応するのに対して、「大資本からの収奪、没収」という要求の今日的な表現の仕方として――もっとも、フランスのLCRは、過渡的要求の体系がもはやフランス一国で完結し得ず、少なくともヨーロッパ規模でしか完結しえないことをということは自覚しているが。
5、 農民連盟
 夏のマクドナルド抗議闘争の主体。フランス版全国農協に対する左翼反対派。組合員数1万5千人。
 指導者ジョゼ・ボヴェ。ラルザックの農民――その起源は、70年代の「ラルザックとリップの連帯」、「労働者と農民の連帯」を唱えた「農民労働者運動」。多国籍企業主導の生産性至上主義の、大量生産、ホルモン剤浸け、遺伝子組替え食品反対。それに代わる「農民の農業」を目指す。そのような、ヨーロッパ規模、世界的規模の国際的農民運動の展開。その意味で、対アメリカ資本として、EUと協調するロビー活動的運動ではない、そこからは独立している。この運動もまた、この間のフランスの社会運動と基本的に同じであり、その意味では、自然発生的なものではなく、少なくともその指導部は、68年以来の闘争の歴史をもって形成されている。


三里塚闘争勝利のために

1999/12/6 東京 S・A(20代・労働者)

ここ一週間余りの三里塚現地の動きは大きなうねりでした。
 堀越さんが一坪共有地を手放したことによって,「暫定」滑走路の中に権力の意に従わない土地が消滅したのを待ってましたとばかりに,12月3日,政府・公団は「起工式」を行いました。起工式のニュースを私はテレビで見ましたが,起工式を行う政府・公団の紅白の幕に私は怒りすら覚えました。
「その幕の赤いところにどれだけの人の血が染み込んでいるのか。」と。
 11月28日の現地集会は私にとって初めての三里塚体験でありましたが,ワンパックの出荷場をぐるりと囲んでいる意地の悪そうな針金の囲い一つをとってみても,政府・公団の側には「権力を見せつければ何でもできる」という思い上がりしかないのだ。
 残念ながら,私たちは権力に対して実力を用いて対抗するには弱すぎる力しか持っていない。
だが,機動隊に囲まれ,地元成田市からは「棄民」として扱われながらも強く土地に根を張っている人たちがいる限り,強く連帯して本当にねばり強くがんばっていかなければならない。
 より大きな連帯によって,いつの日か冬瓜汁で勝利の味をかみしめる日を創ろう!

「さざなみ通信」S・Tさんと天野恵一さんの論争について

1999/10/14 神奈川 S・M

 S・Tさんと天野恵一さんの論争に対する僕の感想を以下に述べたい。
 僕は〈「さざなみ通信」のS・Tさんによる『汚名』(油井喜夫、毎日新聞社)の書評〉の紹介(『かけはし』第1595・6号)を読んだ時は何も疑問を感じなかったが、S・Tさんの反批判(『かけはし』第1601号で紹介)と天野恵一さんの批判(『派兵チェック』第83号)を読んで考えが変わった。
 S・Tさんは主張する。〈日本共産党は新日和見主義事件を見直す特別の調査委員会を中央委員会に設置し、事実関係を調査するべきだ。スパイの役割についても検討するべきだ。「事件」が冤罪だったこと、処分が間違っていたことを認め、すべての関係者の名誉回復を行なうべきだ〉。たしかに、この主張自体は正しい。
 しかし、天野恵一さんの気持ち(不信感)も理解出来る。第一に、日本共産党(日本共産党員)は「日本共産党に批判的な左派の人びと」を反革命扱いしてきた。それらの人びとに敵対してきた。ソ連共産党が「ソ連共産党に批判的な左派の人びと」を大量虐殺したように、だ。このことをどう考えるのか、S・Tさんは何にも言及していない。第二に、天野恵一さんは反天皇制の市民団体の活動家であり、加害者(システム)に責任をとらせることのないセレモニーを批判し続けてきた。S・Tさんは「書評」では責任者の処分や日本共産党の改革について何も言及していない。
 僕は疑問をかんじる。日本共産党の誤りは、「党無謬主義」や「幹部崇拝」だけにあるのか。「一国一前衛党主義」(一国一支部制とはことなる)や(分派の存在を許さない)「ニセ民主集中制」などには問題はないのか。日本共産党の誤りに対する真摯で進歩的な批判は、日本共産党の土台を形成しているスターリン主義(反トロツキイ主義)に対する革命的な批判なしにはありえないのではないか。「精神主義」でスターリン主義を革命的に克服することは不可能なのでないか。
 それから、『かけはし』はS・Tさんによる反批判を紹介するなら、天野恵一さんの批判も同時に紹介するべきだったのではないか。S・Tさんと天野恵一さんは論争をスターリン主義的にではなく、民主的に行ってほしい。僕はそう思う。
 日本共産党はどのように改革されるべきなのだろうか。真に革命的で民主的な組織(システム)とは何なのだろうか。それが問題だ。

東ティモールへのPKF介入支持と日本のPKF参加反対は矛盾しない

1999/10/14 大阪  H・K

 「かけはし」は、9月13日号以来、東ティモール情勢について的確な論評を掲げ、緊急の行動を呼びかけている。インターネットのホーム・ページでも9・18の行動がリアルタイムで報告されており、久々にわれわれの「アジア革命派」としての活性化が感じられる。今後、東ティモール人民の独立の過程への持続的な支援と、一方で今回の状況につけこんだ自自公政権によるPKF参加凍結解除の動きとの闘争のために、若干の論点の整理が必要だと感じている。
 この間の東ティモール情勢をめぐって、NGOの活躍が目立っている反面、「ガイドライン反対」運動の側の動きが鈍いようだ。それはおそらく、独立派とそれを支援する側が国連や平和維持軍の介入を求めていることに対する当惑が作用していると思われる。ここでPKFを容認してしまったら、日本政府のPKF参加凍結解除に対する歯止めがなくなるという危機感もあるだろう。
 しかし、当事者である東ティモールの独立派が国連や平和維持軍の介入を求めているという事実から出発する必要がある。
 「かけはし」9月13日号の高島論文では「独立運動の指導者グスマンがPKFの派遣を要請していると報じられている。……これは国際的な東ティモール連帯運動がいまなお小さな力しか持ちえておらず、何よりも国際的な反帝闘争が大きく後退していることの否定的反映にほかならない」と述べている。
 この指摘は、それ自体としては正しいし、この視点を抜きに、単に独立派が平和維持軍の介入を求めているという事実だけを取り上げて論を立てることは慎むべきである。その上で、独立派のこの立場が、そのような現実の単なる反映なのではなく、彼らの積極的な選択であり、それは1975―76年のポルトガル撤退・フレティリンによる独立宣言・インドネシアの介入という一連の過程とその中での敗北に対する彼らの総括・路線転換の延長であるという点を見ておく必要がある。
 以下は青山森人著「東ティモール・抵抗するは勝利なり」と、「東ティモールに自由を!全国協議会」刊の「東ティモール―奪われた独立・自由への闘い」から得た付け焼き刃の知識をもとにした考察であり、かなり心もとないが、一つの仮説である。
 東ティモール独立運動の中心となってきたCNRM(マウベレ民族抵抗評議会)は、独立のプロセスを三段階で考えていた。Aインドネシア・ポルトガル・東ティモールの話し合いの場を国連が設定し、軍事支配の終焉と政治犯の釈放を実現する、B国連監視のもと東ティモールを自治領化し、インドネシア軍は完全撤退する、C住民投票を実施し、独立か否かを決定する。
 このプロセスはかなり長期のものとして想定されていた。インドネシアの介入を許すことになった内部的な政治対立を克服し、国民的な統一をはかること(かつての併合派や、元国軍兵士・民兵さえ巻き込んで)、国際世論に働きかけることが意識的に行われてきた。
 国連の役割が、この構想の中に始めから組み込まれている。この中には「自由諸国」への幻想が多少は含まれていると思う(注)。それは国連への幻想にもつながるだろう。しかし、それ以上に、独立をできる限り平和的に実現するという強力な意志が働いていることを見ておくべきだろう。独立後も人口6―70万人の国が、国際社会の中で生存していくためには、平和は絶対に欠かせない条件である。軍事同盟や国際的反帝国主義闘争に依存するという選択肢もありえた(1975―76年当時はもちろん、少なくともソ連邦の崩壊以前は)。その意味で、国連の役割への依存は、国際的な反帝闘争の後退の単なる反映ではなく、一つの選択であった。
 このことに対する評価は別として、強力な自衛力や軍事同盟によらない平和を望む国家、あるいは独立運動が国連に対して介入・保護(安全確保のために限定した多国籍軍の派遣を含む)を求めることは全く正当な権利として支持されるべきではないか。

注:青山森人著『東ティモール・抵抗するは勝利なり』で資料として紹介されているCNRMおよびファリンティルから国連人権委員会に宛てたメッセージの中に「……クウェートに自由と主権をもどした……世界的な力をもつアメリカ合州国に代表される自由諸国から参加された方々……」(同書253ページ)という表現がある。

 今回の独立プロセスは、CNRMの構想と全く異なるものである。そもそも住民投票の手続きが、当事者の参加なしに決められた。しかも、最大の問題として、インドネシア軍の撤退を伴なっていなかった。ここでも独立派にとっては、インドネシア軍や民兵に対する武装抵抗や、住民投票ボイコットという選択肢がありえたが、住民投票での勝利という方針を選択した。インドネシアにおける民主化への期待、国際社会の関心の高まりとオーストラリア政府の政策の転換という条件を有利に活用するための選択だったと思う。
 インドネシアの民主派やオーストラリアの連帯運動が、いちはやく国連・国際平和維持軍の介入を要求して大衆的な運動を展開したことは、まさにこの選択と連動した非常に重要なイニシアチブだった。その結果としてハビビが多国籍軍を受け入れ、インドネシア軍の居座り、独立の無効化という最悪のシナリオは辛うじて避けられた。
 蛇足ながら、これはNATO軍のユーゴ空爆とは全く条件が異なっている。東ティモールへの国連の介入・平和維持軍の派遣は、インドネシアを軍事的標的としているわけでもないし、インドネシアの主権を侵害しているわけでもない。

 そこで問題は、東ティモールへの平和維持軍の派遣を容認することは、日本のPKF参加に道を開くことになるという危惧である。
 たしかに平和維持軍・多国籍軍の介入を無批判的に擁護するのは危険である。その論理はNATO軍の空爆の容認や、日本のPKO・PKF参加の容認につながりかねない。しかし、左派や平和運動がそこで思考停止してしまっては、ガイドライン反対運動の広がりの可能性を閉ざしてしまうのではないか。
 私は本紙9月13日号への投書で、「平和と軍事の問題についての新しい理論が必要である」と提起した。それは、この間の東ティモール連帯運動に示された各国のNGOの積極的なコミットメントと、原則的な平和運動を結び付ける理論的作業だと思う。
 日本のPKF参加に対しては、PKFがケシカランという議論ではなく、「その前にやることがあるんじゃないの?」という観点から闘争するべきだと思う。つまり、@アジア人民に対する戦争責任の明確化と戦後補償、A平和の創出のための外交的努力、B日米軍事同盟からの離脱、米軍基地の撤去。この条件がない限り、日本のPKF参加は絶対に許さない。東ティモールに即して言えば、PKF以外の方法で、その独立を支援するべきだし、その前提はインドネシア政府とのこれまでの関係の全面的な見直しである。


東ティモール問題\海外翻訳論文にははっきりした立場表明を

1999/10/14  東京 H・H

 「かけはし」1602号の「インドネシアの新たな政治危機と東ティモールをめぐる諸勢力の動向」を読みました。出典もとの「グリーンレフト」はオーストラリアのDSPグループの週刊紙だと思います。彼らの立場「われわれの政府〔オーストラリア政府〕に対して、東ティモールの人民を保護し、独立への移行を助けるために国際軍部隊の東ティモール介入を保証するように圧力をかけることがますます重要になってくる」に対する「かけはし」編集部の立場をしっかりとリードに掲載するべきです。
 確かに、何号か前の「かけはし」には多国籍軍の派遣を支持しないという文言の入った論評を掲載していましたが、毎回関係記事、特にこのような立場の異なる記事が掲載された場合には必ず立場表明をするべきです。
 私は、この記事で書かれていたインドネシア内のさまざまな民衆の抗議行動が、国連部隊の派遣によって代行的に収束させられてしまうのではないかと思っています。民衆の抵抗運動が帝国主義軍隊と一体となって、社会変革につながるものが打ち出せるとは思えない。オルタナティブが見えない中で、「現実的」なスローガンを打ち出さざるを得ないという苦しい状況を理解しつつも、やはり原則は原則。「日本政府は東ティモールへ部隊を派遣しろ」とは要求しないでしょ。それがオーストラリア政府だったら、あるいは外国の左翼だったらいいということにはならないでしょう。
 東ティモールの、あるいはインドネシアの、翻っては日本の変革のための運動に、真に連帯し、責任を持って行動しようとしていない他党派・グループによる「かけはし」批判は全く気にすることはありません。しかし、「かけはし」は変革のために真面目に活動をしている日本をはじめとする全世界の読者や友人たちに対する責任があると思います。
 それと、DSPというグループについても、あまり詳しいことは知らないので、機会があれば教えてください。その発生と現状など。第四インターナショナルの世界大会にもオブザーバー参加してるんですよね? 

「東峰の集い」に参加して

1999/10/11 東京 T・S


 9月25日に三里塚現地で行われた「東峰をにぎやかにする集い」に参加した。
 正月の横堀での「同盟旗開き」以外の現地に足を運ぶのは久しぶり。かつて、機動隊との死闘があった十字路。また全国集会の解散地点でもあったが、いざ到着してみると、まったく初めての土地にきたような感覚があった。はたしてどれくらいの人が集まるのか、どんな人が顔を見せるか、思いは巡る。
 真っ青な空の下、広い会場の真ん中に豚汁の鍋がひとつ。その周囲の人影がときおりわずかに動く。「いい光景だなあ」と思いながらシャッターを押す。
 オリエンテーリングの開始を待つ間にも、体力を消耗してしまう。私のこの日の最大の失敗は、水の用意をしなかったこと。昼食もとっていなかった。
 いよいよ歩きだしたが、とにかく暑い。途中脱水症状で倒れるのではないかと本気で思った。らっきょう工場のらっきょうをひとつほおばり、口を潤す。島村養鶏店にはかつて援農に来たことがあったが、その時の記憶とはだいぶ違っていた。私が三里塚に通いだした頃、集会の帰り道の五十石の手前には、大量のコップと水道水が用意されていた。「今日のコースのどこかにあるかな」などと期待を抱きつつ、なんとかゴールにたどり着いた。石井紀子さんは道すがらずっと、参加者を励まし続けていた。
 豚汁が、ビールがうまい。私の地域の人たちも現地にきていた。地方の仲間にも会えた。懐かしい人にも再会できた。抽選会でははずれたが、今さらながら三里塚に心を寄せる人たちの多様さを実感した、秋の一日だった。

台湾の友人たちについて

1999/9/2 I 20代 労働者

 21日遅くに、台湾のKさんと連絡がとれ、みんな無事だとのことです。
9月末に予定されているナショナルセンター準備会が開催する国際会議も、予定通り行う予定です。
 とりあえずは一安心です。

東ティモール集会に参加して

1999/9/20 M.K. 20代 労働者

9月19日東ティモール連帯集会に参加させていただきました。
>  デモは初めての経験でしたけれども,違和感無く参加することができたのを嬉しく思っています。
>  デモ終了後,参加者の方々と懇談する機会に恵まれまして、初対面にも関わらず多くの方面での活動や,理論について説明していただきありがとうございました。
>  私が今まで社会変革に興味を持ちながらも,あまり深く関わらずにいた理由に、組織に入ってしまうと自分のすべてを組織のために犠牲にしなくてはならないんではないかという,誤解があったのですが、お話の中でそういった誤解が解けていったのは、最大の収穫であったと思います。
>  これからも、時間と自分の信念が許す限り,できるだけ活動には参加したいと思っておりますので、よろしくお願いします。

編集部 デモ初参加ごくろうさまです。東ティモール情勢は多国籍軍が入ったからといって、簡単に問題が解決するものではないことは明らかです。朝日9.20によると国軍別働隊は東ティモール西部を拠点にして、東ティモールの分割化をねらっているようです。多国籍軍にまかせるのではなく、グスマンなど独立派を支援する国際的連帯運動をNGOなどと協力しながらつくりだしましょう。これから、やることいっぱいあります。

「北朝鮮日誌」について

1999/9/19 H.H. 20代 労働者

 「かけはし」で「北朝鮮日誌」がはじまっていますね。はじめは産経新聞の国際面の「北朝鮮動向」(だったかな)を思い起こしてしまいましたが(笑)。中国やキューバに関しては、かなり客観的な報道があると思うのですが(特に最近「朝日」で特集を組んでいる中国に関する記事は、中国社会を知る上では結構役に立つと思います。
 もちろん「革命的」サングラスを通して読む必要はありますが)、こと北朝鮮については、ほとんど政府の北朝鮮敵視政策を補完するだけの報道しか見られません。「かけはし」の価値の一つは、国際問題を大衆運動の視点に立って書いた文章を掲載していることだと思います。
 残念なことに、これまでは韓国をのぞくアジア(韓国は「韓国はいま」がありますね)全般の記事が少なく、特に日本革命にとって決して無視できない朝鮮半島や中国の動向を取り扱う記事が少ないということに少し不満だったのです。しかし、このような「日誌」形式であっても、北朝鮮を取り巻く国際状況を含めた北朝鮮の動向が「かけはし」紙上に載るということは、やっぱりいいことですね。この日誌が北朝鮮崩壊のカウントダウンになるのかどうかはまた別な問題ですが…。
 それと、最近掲載された大阪のHKさんの18回大会によせた文章の中で、中国や北朝鮮に対しては「反帝国主義・労働者国家無条件擁護」を掲げなくてもいいという意見がありました。僕もそれには賛成ですが、北朝鮮日誌が始まったということは、このようなソ連邦崩壊以降の国際情勢の変化やそれらの「歪曲化された労働者国家」の中身が大きく変化しつつあるということに密接に関連しているんだと思います。トロツキストの任務として具体的な連帯活動に参加することは当然ですが、それとともにきっちりとした理論的枠組を作るということが必要でないかと思います。
 「反帝・反スタ」派をはじめとした「労働者国家無条件擁護」を全く理解できなかった左翼諸グループ、世界的な力関係と具体的な内実の理解を通じて打ち出された「労働者国家無条件擁護」というスローガンの背景を全く理解しないで、スローガンだけを掲げる自称トロツキストたちとのイデオロギー闘争もそうですが、今後のあたらしい社会主義運動を構築していくなかで、真面目にこの総括をできるのはトロツキストだけですから。そうしてはじめて「労働者国家無条件擁護」のスローガンは歴史の掃き溜めに追いやられることがなくなるのです。慌てずにやればいいのかもしれませんが、北朝鮮の動向や中台問題など、結構東アジアではトロツキストがどのような立場に立つのかという選択が、早いうちに求められるような気がします。

9月19日の東ティモール連帯集会について

1999/9/17 M.K 20代 労働者

特に共産主義に造詣があるわけではありませんが、9月19日の集会に参加してもよろしいでしょうか?東チモールの状況には大変腹を立てています。


編集部より ぜひ、参加してください。アジア連帯講座というゼッケンをつけています。声をかけてみてください。

レッドモール党

1999/8/27 まっぺん

第四インターファンクラブ公式サイト発信!
 常日頃「かけはし」サイトと「さざなみ通信」サイトを愛読しています。しかし、とりわけ「かけはし」サイトに対して私は不満がある。最初のうちは「きれいだね」「地球がまわってて面白いね」で済むかもかもしれないが、もうそれではいけません。「かけはし」サイトにはもっとはっきりとしたコンセプトを持ってほしいと願うものです。
 そこで、私なりの観点から、ホームページを作ってみました。やや趣味にはしってる面もあるが、これはこれで大真面目です。ぜひリンクをかけてもらいたいと思います。
 なお、当ホームページは「四トロ・ファン」のサイトであって「四トロ・シンパ」のサイトではありません。その違いは規約に明示してあります。ひとつよろしく。
http://www1.neweb.ne.jp/wa/redmole/

仙台K.Iさんへ(四トロ三派問題)

1999/8/22 まっぺん

 旧日本支部の流れを汲む3派(私は四トロ三派とか四トロ三兄弟とかいってますが)について、ですが、この問題については別のサイトで(あくまでも外部からの評論として、ですが)ちょっと話題になっています。女性差別問題を契機としておこった分裂ですが、単にそれに対する対応の仕方、だけが原因とは思われません。その際に明らかになった、当時(現在も続く)の情勢の変化とそれに対する組織の展望や戦略・戦術の違いもまた分派形成の重要な要素となったと思われます。急進主義的な運動のサイクルが終わって資本側の反動的な攻勢の時期に移行し、各戦線および社会主義潮流は次々と敗北していきました。苦しい時にはいろいろ動揺があるもんです。しかし、当時の三派の主張がそのまま固定的に続いているわけでもないようです。このサイトの「わたしたちの主張」における女性差別にたいする総括のなかには明らかに当時の対応にあやまりがあった事を認めている箇所があります。
 当時の「世界革命」紙に掲載された各派の主張が別のサイトにありますから参考にして下さい。またそこのBBSもご覧下さい。リンク集の中の「第匹イソナーナショナル(熱烈なシンパ)」をご覧下さい。

日本のトロツキストの3つの組織の主張・違いを

1999/8/16 仙台 K.I

 日本のトロッキストは、3個になったが,その主張の、違いを、わかりやすく解説してください.出来るなら 3個別々に
編集部より メールありがとうございます。「日本のトロツキストの3個になった、その主張の違いをわかりやすく解説してください」とのことでしたが残念ながら、わかりやすく解説することはできません。わたしたちは週刊「かけはし」、国際主義労働者全国協議会は「労働者の力」(東京都豊島区巣鴨2−13−4遠藤ビル301号、TEL03-3576-5546 FAX03-3940-3437)、第四インターナショナル日本支部再建準備グループは「インターナショナル」(東京都台東区上野郵便局私書箱139号、TEL/FAX03-3844-6864)をおのおの発行しております。そちらを参考にしていただきたく思います。

一気に抜いたね、って感じ

1999/8/7 N

  新潟のNです。HPはかっこいいですね。今まで左翼党派の中ではこの分野では決して進歩的ではなかったけど、一気に抜いたね、って感じです。

英語バージョンの登場はかなり重要

1999/8/7 A

 「かけはし」ホームページ、なかなかいいですね。デザインもよくて、なかなかキャッチーなのですが、グラフィックが多くて、南アフリカから遠い距離を経てアクセスするには、ちょっと重いです。日本国内からだとそうでもないのでしょうけれども。
 読者からの通信欄でも話題になっていましたが、英語バージョンの登場はかなり重要だと思います。こちらにいて思うのは、日本、アジアの情報がほとんどないことです。こちらの人々が、日本、アジアと聞いて思うのは、経済問題−−発展した経済と経済危機、それにハイテクノロジーです。労働運動などの社会運動に関する情報は、皆無です。でも問題は、この英語バージョンにどれだけ人と時間を割けるか、ということでしょう。
 維持・管理はとても大変です。息切れしないように頑張って下さい。

ホームページにもう一工夫を

1999/8/3 トロツキーのファン

 海外での運動が非常に詳しく解説されているので、興味深く読ませていただいております。
 さて、そういった主張、解説についてですが、少し文字が小さすぎるのでは。と思っております。
 印刷してしまえばよいのでしょうが、すべて印刷していたら時間も費用も馬鹿になりません。
 もう少し、画面上で読みやすい大きさの文字表示にしていただければ、幸いです。
編集部より 字の大きさについてはこれまでも同意見がありました。検討いたします。

開設バンザイ

1999/7/18 M・A

 昔、地方の大学で学生インターでした。
その後、組織的連絡を離れて20年以上になります。
インターネットに繋げてからは、海外の支部の英語版で何とかトロツキズム運動の情報を得てきました。日本支部については田舎に引きこもってしまったため、ほとんど分かりませんでした。
たまたま、出版社についてのサイトから「柘植書房新社」「トロツキー研究所」「週刊かけはし」とたどり着くことが出来ました。
「辞書を片手に」から、日本語で様々な情報・主張を読むことが出来るのは、うれしい限りです。サイトのますますの充実をお願いします。
ところでサイトの構成についてです。
巡回ソフトで毎日更新を確認しています。さすが毎日更新されていますが、おもに「お知らせ」欄ですね。記事や論文が新たに追加されたことは、「トップ」ページからは分かりません。「トップ」ページの右下にでも案内できないものでしょうか。
編集部より 建設的なご意見をありがとうございます。読者の皆さんの様々な提案を検討して、これからもこのサイトを改善していきたいと思います。

というのであれば・・・・・・

1999/7/16 H・H

 ホームページ開設おめでとうございます。出版物や機関誌とは違い、これまでの蓄積をほぼ全て掲載することができるというのも、利点ではないかと思います。とかく機関誌ではかなり長い間講読し、かつ古典などを学習しないとトロツキズムとはなにか、他党派とはどこが違うのかという事が分からないと思うのですが、ホームページでしたらそういう「理論」のようなページもできますよね。
通信欄で問題になった「女性差別乗り越え問題」について、編集者からの返事にあるように「乗り越えた」とは考えていないということであれば、ぜひともフェミニズムのページを作り、これまで掲載された関係論文の掲載と合わせて、JRCLの女性差別問題の経過と現状を公開してください。総括はできていないかもしれませんが、確認できる文章などは出ていると思います。
かつての女性同志たちがこのホームページを見て、がっくりしないためにも。

心からのあいさつを送ります。

1999/7/13 ジン・チャオ/サン・ノゼ(アメリカ)

 皆さんの出版物を受け取り、皆さんのサイトを知りました。

 このサイトは素晴らしいものです。私のただ一つの提案は、日本以外の人々が皆さんの闘いについて知ることができるように、英語版を付けることです。

 私は、われわれの財産の一要素として、私たちのサイトと皆さんのサイトをすぐにリンクさせるつもりです。

Dear friends,

I received your magazine and read your site.

The site is great, my only suggestion is to add English version so
people outside of Japan can know your struggle.

I will soon link your site at our site as one element as our heritage.

Warmly,

Jing Zhao, San Jose
http://members.tripod.com/~cpri


別に投書というほどのものではございませんが

1999/7/11 M・S

 別に投書というほどのものではございませんが、小生は「成田開港阻止決戦」以来、皆さんに共感を覚え、また励まされて参った者です。いわゆる、今日の「冬の時代」に職場や学園で苦闘なさっておられることと推察申し上げます。

貴同盟も”女性差別”を乗り越え、分解・離脱の危機を経験なさり今回、このようにホームページを開設され、新たなコミュニケイション手段を活用しても一般の声をより多く聞かん、とされる姿勢に敬意を表します。ただ、このメッセージBOXは行を書き進むうち、画面のフレーム内側へとトンネルくぐるように入り込んでしまうので、改善なされるといいと思います。

ところで、貴同盟で撮影、保存しておられる60年代からの闘争シーンのビジュアル的な映像がありましたら、VTRに起こして販売されてみたらいかがでしょうか?貴同盟の一区切りとして、映像による足跡はより多くのひとびとにアッピールして
いいはずです。

益々のご健勝をお祈りします。


編集者より 投書の中でM・Sさんの「女性差別を“乗り越え”」と表現がありました。これに対して、「編集者も同じ認識なのかという指摘が」Kさんからありました。

 編集者としては、私たちが女性差別を“乗り越え”たと完了した形で認識してはいません。女性差別を克服するための内部討論やフェミニズム問題への取り組みなどを行ってきていますが、“乗り越え”とは到底言えない段階だと思っています。
今後もさまざまな努力を行っていきたいと考えています。


ホームページ開設おめでとうございます

1999/7/7 小市民

 学生時代は、東京学芸大で(他党派でしたが)インターの皆さんと楽しく論争しつつ、ともに民青自治会に対抗して共闘して運動をしてました。
組織の分裂以降どうなったものかと心配しておりましたが、このような立派なホームページを開設されたことをとてもうれしく思います。
願わくば、80年代末以降の社会主義をめぐる世界的な状況変化に対してたんに古典的トロツキズムの殻に閉じこもらず、大胆な思想的実験、理論再構築に踏み出して欲しいと思っております。
なお、下記URLに勝手連的ページを開設しております。出版物の無断転載、ごめんなさい。

http://www.geocities.co.jp/Berkeley/1330/fi/jca_chiyoda.html


開設おめでとうございます。

1999/7/4 まっぺん

 ホームページ開設おめでとうございます。かつてトロツキズムに共感し、共に戦列に加わった全国の(元)青年のひとり、トロツキズム・ファンとして嬉しく思います。
 理論上も現実の運動においても社民とスターリン主義とによってすっかりゆがめられてしまった社会主義についての、正統で豊かな内容をもった主張と議論がここで展開される事を期待しています。そのためにもトロツキズムについての初歩的で基本的な原則を述べたコーナーを設けていただきたいと願っております。

ウェブサイト開設おめでとうございます。

1999/7/2 自然居士

 ホームページ開設おめでとうございます。故山西英一氏の孤軍奮闘の努力によって日本に持ち込まれ出発した日本トロツキズム運動の、今日にいたる軌跡について考えると、そのドラマティックな闘争の歴史はまことに興味深く、感慨を禁じ得ません。様々な困難に遭遇し、分裂、合流、再び分裂と、試行錯誤の歴史を思うにつけ、トロツキズムの思想的な優位さにも関わらずそれを運営する組織自体のあまりにも人間くさい失敗の歴史を思わずにはいられません。
 現在まで組織として存在し続けている3つの分派に対して、私はどれかひとつを支持するものではありませんが、同じトロツキーの思想を指向し同じ国際統一書記局を支持する人々に対しては、これまでと同様にこれからも熱い声援を送り続けたいと思います。
 いつの日かふたたび日本トロツキズム運動がひとつに合流し、日本労働運動の中に真に民主的で階級的な、活気に満ちた強大な組織として復権される事をこころから願ってやみません。このサイトがそのために幾分かでも役だつ事を期待しております。