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JCYアピール                     かけはし2010.4.12号

グローバル・ジャスティス運動を強化し反資本主義左翼をめざすステップを

日本共産青年同盟


鳩山政権の「後
戻り」許さない

 「政権交代」「国民の生活が第一」を掲げ、昨年八月総選挙で勝利した民主党。そして政権交代を実現し誕生した三党連立政権も、半年を経て、急速にその支持率は下がっている。
 小泉―竹中の新自由主義路線のもと、人々の生活は大きく破壊された。その実態は、「格差」という言葉ではじめは意識されるようになった。ところが、またたくまに、貧困という言葉が、言葉本来の意味で私たちの意識に戻ってきた。新政権は、政府としてはじめて貧困率を公表。二〇〇七年で一五・七%、じつに七人に一人が貧困にあえいでいることを明らかにし、鳩山首相は「いのち」が大切と打ち出した。自公政権のもとで廃止された生活保護の母子加算を十二月に復活させ、年末年始には行政による「公設」派遣村を実施し失業者への支援を行い、貧困解消の一歩を踏み出した。八ッ場ダムの建設中止や事業仕分けは、旧来の利権政治からの「大転換」と、大きな期待をもって歓迎された。
 ところが、鳩山首相自身の母親からの献金問題や、小沢民主党幹事長の政治資金問題は、民主党もこれまでの自民党とほとんど変わらない利権の集団であるという印象を強く残した。
 さらに、普天間基地移設問題では、解決を五月末に引き延ばしながら、時間とともに辺野古新基地建設に舞い戻ろうとしている姿勢を見せている。「県外・国外移設」や「対等な日米関係」は単なるリップサービスだったのか。労働者派遣法改正でも、労働政策審議会では経営者・資本の意に沿った案がだされ、とても改正とはいえないのだ。民主党マニフェストの目玉政策の一つである子ども手当もその財源確保に行き詰まると、封印したはずの消費税増税を持ち出すしまつである。
 支持率が落ちているのは、民主党と連立政権が打ち出した政策が、壁にぶち当たり、漂流し、後戻りしようとゆらゆらしていることが原因だ。民主党は選挙で人々に約束したことを、いまこそ、毅然と実現するべきなのだ。
 さて、私たちは演劇の観客のように、連立政権にがっかりし、他の勢力の登場を期待していればよいのだろうか。それはちがう。現実の社会や政治を動かすのは私たち自身だ。
 復活のチャンスを窺う新自由主義や、社会の閉塞感から生まれ出ている排外主義を許さず、資本を規制し、労働者や人々の生きる社会の実現を私たち自身の行動でめざしていこう。

米軍基地の即時
無条件撤去を

 今年でイラク戦争から七年になった。この戦争は「サダム・フセイン政権とテロ組織との関係」、「大量破壊兵器保持・使用の脅威」を口実に始まったが、全くのうそであった。しかし、多くの国が撤退するなか米軍はいまだ撤退することなく占領を続けている。またアフガニスタンやパキスタンでの戦火は広がっている。
 この戦争を始めたブッシュ政権に代わって誕生したオバマ政権は、米国防総省の「四年ごとの国防政策の見直し」(QDR)で米国を「戦時国家」だと規定し、「短中期的にはアフガニスタンで大規模な軍事作戦を行なう一方、イラクで責任ある撤退を続ける。中長期的にはアルカイダ打倒のための持続的作戦が必要となる」として、ブッシュ政権の始めた戦争を継続している。米国のグローバルな軍事的覇権はアフガニスタンやイラクでの戦争の失敗で深刻な事態に陥っている。しかしここで米国は後退するわけにもいかず、戦争を継続しなければならないが、それはこの地域の人々の被害を拡大することになる。米軍はイラク・アフガニスタンから即時撤退せよ。
 日本政府はこの戦争を支持し、自衛隊を派兵して、米軍の戦争を支援してきた。日本政府は「日米同盟」強化によって、戦争に参加している。それがはっきりと出ているのが、沖縄の米軍基地強化をはじめとした米軍再編である。QDRでも「米国はアジア・太平洋で前方展開能力を拡大する」「日本における米軍の長期駐留を確保し、米軍再編合意を履行していく」という。沖縄の民衆は昨年の総選挙、また今年の名護市長選挙で普天間基地の即時閉鎖・辺野古への新基地建設反対の意思を示してきた。 しかし鳩山民主党政権は、その意思を踏みにじるような発言・行動をしている。「普天間基地・すべての米軍基地の即時無条件撤去」の声を上げていこう。米軍基地のある原因である安保条約そのものの破棄を求める運動を強めていこう。

APEC包囲の
「人間の鎖」を !

 スーパー「西友」のキャッチコピーに「安いって、愛」というのがある。三百七十三店舗を全国に有するこの企業は元々西武セゾングループだったが、二〇〇二年にウォルマートストアーズを親会社にし、二十四時間営業、子会社の派遣企業を使った非正規労働者の「活用」で「成長」を遂げている。資産バブルに続き、賃金安、物価安のデフレスパイラルが続く今、「安いって愛」のコピーは生活の実感に巧妙につけこんでくる。
 ウォルマートはアメリカにおいて一九六〇年代以降、勢力を増してきた。その手法は、大型店を強引に進出させ、輸入商品を主体とした低価格戦略と効率的な宣伝、集客戦術を用いて在来の中小規模店を駆逐し、時には利潤が見込めないといって撤退することを繰り返してきた。このようなことが世界中で起きて、地域の空洞化の主要な原因だ。空洞化とは、血縁・地縁家族の急激な離散、労働者の連帯の分断、そして自殺・疾病につながる個々人の窮乏である。同様のことは数々の金融危機として国家規模でこの二十年繰り返されてきたことでもある。アメリカでも映画「WALL―MART世界一の巨大スーパーの闇」で告発されており、反グローバリズム運動を支える人々の怒りの根っ子でもあった。
 日本では、アメリカなど多国籍資本の圧力を受けて制定した大規模小売店舗法によって地域経済の形骸化が各地で発生した。西友に限らず、大規模店の地域支配というものを私たちは当たり前のように見てきた。
 しかしこの西友の運輸部門で低待遇に抗する労働者も組合を結成して運動を展開しつつある。そういった動きとつながる無数の動きを創る実行力が、学生・労働者には求められている。企業の労働力募集と違い、こちらは年齢不問だ。
 ハイチ地震に続く、チリの津波災害に対してウォルマートは多額の寄付をした。その内実は慈善ですらなく、小売販売網の維持と言える。決してチリの被災者の救済は意図していないし、社会的連帯の対象でもない。日本も、チリからは銅鉱、紙の原料となる木材チップなどと共に養殖の鮭を大量に輸入している。この輸入も、自然環境からも労働環境からも略奪的であり、真の連帯を阻んでいる。われわれにとってウォルマートは最大の敵ではないが、身近な「敵」を通してグローバル資本の溶解に取り組むしか道は残されていない。企業、国家の慈善をにおわす宣伝を疑い、具体的な行動を起こし、失われた尊厳を取り戻していこう。
 とりわけ、十一月に横浜で開催が予定されているAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議において、現在のところ小泉―竹中的な「新自由主義改革」に否定的態度を示し、そこから切り捨てられた人々への「手当て」を行っているかのように見せかけている鳩山政権が、選挙公約で「締結実現」を掲げた日米FTA(自由貿易協定)をはじめ、日韓FTAの締結に向かうだろうことは間違いないだろう。すなわち、APECが民主党・連立政権の「新自由主義回帰」への契機・ターニングポイントとなりうるということだ。また、なんらの権限を持つはずもないAPECなる会議において語られるのは、FTA締結による労働者の権利・農業漁業・食の安全・地球環境の破壊の他に、ありもしない「北朝鮮の脅威」を相変わらずの口実として「グローバル安保体制」のための米軍再編の再構築と推進であり、「温暖化対策」を騙った原発の各国への売り込みと増産、そして機能停止状態が続いているWTO(世界貿易機関)の再建について、である。
 「資本主義の暴虐」を体現するものでしかない「権力者の饗宴」APECを、文字通り、労働者・農民・漁民・市民・学生の「人間の鎖」=大衆的な行動を作り出して包囲しよう。十一月、「民衆のアジアを」を掲げて全国から横浜に結集しよう。

レイシストの
社会的一掃へ

 二〇〇九年の記憶されるトピックとして、極右レイシスト運動の大衆的登場が挙げられるだろう。これは「上からのファシズム」でしかなかった戦前や、右翼が「街宣車に乗った暴力装置」でしかなかった戦後を通じて、私たちは体験したことのない新しい事態に遭遇していると考えるべきだろう。
 「在日特権を許さない市民の会」(在特会)ら「行動する保守」を自称するレイシスト集団は、警察の庇護の下でますますその暴力性を強めている。二〇〇九年十二月には京都の朝鮮学校門前において、小学生が授業を受けている平日の昼に押しかけ「スパイの子ども」あるいは「テロリスト養成所」などの悪罵の限りを尽くして広範な社会的憤激を巻き起こすに至った。
 また、京都のコリアン・タウンであるウトロ地区では、「デモ」と称して住居の玄関前で住人一家のいる前で「日本から叩きだすぞ」と叫んで騒ぎを起こしたり、元「慰安婦」(軍事的性奴隷にされた人々)問題の解決を求めて西宮で行われている「水曜デモ」の参加者に対して暴行を加えるなど、さらに凶悪さの度合いを深めている。
 このような力の弱いものや無防備な個人にまで標的にした暴力を繰り広げる「在特会」が、一月二十四日に「臨時大会」なるものを開催して、新宿で「デモ」を行った。この「ヘイトデモ」と、そして一連の「在特会」の暴力に対して「黙ってはいられない」と緊急の対抗行動が、新宿駅南口で行われた。
 実行委の仲間たちは新宿駅南口を陣取って、午前十一時には数十枚のプラカードや虹旗を林立させて民族差別に反対する街頭アピールを開始。最終的に七十人の仲間が、この抗議行動に加わった。カラフルな街宣隊に興味をひかれたのか、ビラは五百枚を超える数が受け取られた。
 正午前、「在特会」の「デモ」のシュプレヒコールが、四谷方面から聞こえてくる。次の瞬間、待機していた警察車両のバスが六台、抗議する仲間たちの前に横付けして視界を遮り、カウンター側を警官隊が包囲した。片や「在特会」の「デモ」の脇には所轄警察官の交通整理が数人いるのみで、動員された機動隊はすべて、「カウンター」を警戒する体制で臨んでいた。警察は、もはや「左右公平に扱う」というような建前すらかなぐり捨てて、「外国人地方参政権」成立に意欲を示す新政権への一つの威嚇として、「極右思想」を警察首脳と共有する「在特会」らレイシストを利用するという立場を示しているということだろう。
 しかし、一月二十四日の「ヘイトデモ」のコースで最も歩行者が歩いている新宿南口前からはまったく「デモ」が見えない状態となり、カウンター側の「差別を許すな!」のコールにかき消されて、レイシストたちのシュプレヒコールもまったく聴こえない。街に民族差別と憎悪の主張だけを響き渡らせるわけにはいかない、それに対抗する「差別・憎悪反対・外国人排斥反対」の主張を街頭で響き渡らせよう、というカウンター側の意図は成功したと言えるだろう。このように、レイシストが街頭に登場するならば、「民族差別反対」を訴えるカウンター行動が必ず登場するということが、一つの当たり前の「社会の光景」としていかなければならないだろう。   
 各地で乱暴狼藉の限りを尽くす「在特会」らレイシスト徒党に対して、対抗側も各地でネットワークと運動を広げつつある。社会的にも街頭でもレイシストを包囲し、かれらの破壊策動から各種集会を防衛しぬくことこそが、「在特会」を解体する近道だ。

日本民族主義・
国家主義解体を

 一方、四月実施予定の「高校無償化」をめぐり、中井洽・拉致担当相は二月二十三日午前の閣議後記者会見で、在日朝鮮人の生徒らが通う各地の朝鮮学校を対象とするかどうかについて、川端達夫文部科学相に対して「(経済)制裁をしている国の国民ですから、十分考えてほしい」と要請していたことをあきらかにした。また、それをうけて首相の鳩山は「必ずしも(朝鮮学校の)教科内容が見えない」などと語り、「(無償化から)除外する方向だ」などと語った。
 この一連の発言は、「在特会」らの主張する「朝鮮学校はスパイ・テロリスト養成所」などの悪罵を政府閣僚が裏書きするものであり、一つの「ヘイトスピーチ」ですらある。そもそも、「拉致問題」と在日コリアンそして朝鮮学校は何らの関係もない。朝鮮学校の無償化除外は、「拉致」を理由にした在日コリアン全体への攻撃であり、これはナチの行った「ユダヤ人一人の犯罪はユダヤ人全体に償わせる」とした「集団的懲罰」と何が違うというのだろうか。
 朝鮮学校は、在日コリアンたちの民族的アイデンティティーを培うための学校でもあり、現在生徒の半分は韓国系の生徒たちである。そして、マイノリティ(社会的少数者)の民族的・宗教的アイデンティティーの集団的維持を政府と社会全体が保証するなどというのは、いまや世界の趨勢といっても過言ではない。鳩山は「東アジア共同体構想」を口にし、「日本列島は日本人だけのものじゃない」などと語って右翼から攻撃されたが、それが実は新自由主義的な意図からのものでしかないことが、問わずあきらかになった、と言えるだろう。「そうではない」と言うのなら、鳩山政権は朝鮮学校の無償化除外を断念しろ!
 現在、民主党と小沢一郎が実現をめざしている「外国人地方参政権付与」について、それに反対する右派の大衆運動が活発化している。「在特会」ら「行動する保守」の諸グループのもののほかに、日本会議と結びついた「チャンネル桜」の運動は千人規模の動員で街頭に登場している。「外国人参政権」に反対する論理としてよく見受けられるのが「投票したければ帰化すればよい。そのための帰化条件を下げればいい」(亀井静香など)というものだ。しかし、思い起こさなければならない。一月十七日、靖国派極右の代表的議員である平沼赳夫は、「事業仕分け」における民主党の蓮舫参院議員の「スーパーコンピューターは一位じゃなければいけないのか」の発言を取り上げて「(彼女は)もともと日本人じゃない。帰化して国会議員になって事業仕分けでそんなことを言っている」などと発言した。
 結局、帰化しようがしまいが差別するという、右派の本音がここに表れている。右派にとっては「日本人の国益に適う」者だけをご都合主義的に持ち上げ、そうでなければ「所詮は帰化人だから」などと差別するのだ。あるいは、「キング・オブ・ヘイトスピーチ」石原慎太郎による、かつての同じ選挙区の対立候補に対して「元北朝鮮人」とした差別キャンペーンを想起すればいい。このような状況で「帰化条件を下げ」たところで、新たな「二級市民層」を作り出すことにしかならないだろう。
 「在特会」らに対するカウンターとして新たに登場した反レイシスト運動は、レイシズムを問い、それを生み出す根拠である日本社会全体の「外国人」への差別意識や、日本民族主義・国家主義を解体していく契機としていかなければならない。それはまた、このような政治家たちの「ヘイトスピーチ」も許さず、断固としてマイノリティ民衆の民族的・宗教的アイデンティティーの集団的維持のために力を尽くし、多民族・多文化共生の社会をつくりだす努力総体に他ならない。当面は、すべての在住外国人の参政権の実現と、朝鮮学校を含むすべての外国人学校(たとえば本国のカリキュラムで授業しているブラジル人学校やペルー人学校の多くも無認可状態で無償化除外の対象とされている)の無償化の実現に力を尽くそうではないか。
 レイシストの暴力を許さず、社会的に包囲し一掃していくスクラムを拡大していこう。


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