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映 評 かけはし1999.5.17号

『エネミー・オブ・アメリカ』

丹沢勘七

はぎとられる民衆のプライバシー
「電脳監視社会」の恐怖
アメリカの現実、日本の明日

国家権力がすべてを監視する社会

 内容は、すでにいくつかのマスコミ映評欄で取り上げられている通り、国家権力が一般市民の生活のすべてを監視してしまう社会の恐怖を描いている。
 映画は冒頭、テロ対策を口実に警察と治安機関による盗聴をさらに拡大しようとする法案に反対している有力議員が、法案を成立させようとする国家安全保障局(NSA)官僚との取り引きを拒否したために湖畔で暗殺されてしまうところから始まる。
 その瞬間が、マニアが近くに設置していた野鳥観察用無人ビデオに録画されてしまった。それを録画したのは、かつて反戦運動にもかかわったことのあるジャーナリストだった。大スキャンダルと権力犯罪の発覚を恐れた暗殺事件の首謀者による、録画テープを奪い返すための大追跡劇が開始される。
 そのテープは、労働争議などにかかわっている青年弁護士ディーン(ウイル・スミス)が偶然、入手することになるが、彼はそれを知らない。今度は、彼がNSAに追われることになる。すべての電話が盗聴され、彼の家に侵入したNSA要員の手で服や靴、腕時計に至るまで超小型の発信機がつけられ、家の中には監視カメラが取りつけられ、さらに全米上空に百個配置されているという監視衛星を駆使して、彼の一挙手一投足のすべてが監視されるようになる。
 それだけではなく、彼を社会的に抹殺する工作が行われる。マフィアとの関係がデッチ上げられ弁護士事務所をクビになり、女性スキャンダルがデッチ上げられて家庭も破壊され、買い物をしようとするとクレジットカードがいつのまにか使用不能になっている。そしてついには殺人犯に仕立て上げられ、発信装置を体につけたまま監視衛星やヘリコプターまで駆使したNSA要員に追いつめられていく。
 追われる青年弁護士を助ける元NSA要員で情報屋を演じているのが、ジーン・ハックマン。私が彼の映画を見たのは「フレンチ・コネクション」以来二十年数振り(古いね)。彼はテーマパークの幽霊屋敷のような、あらゆる電子的監視をシャットアウトする武装された「電脳」ビルに住み、情報ブローカーとして生きている。重要な役回りなのだが、いささか存在感に欠けるようで残念だった。
 全編、文字通り目まぐるしいばかりの追跡劇。そのテンポの早いこと早いこと、少しばかりの不自然さなどスピードだけで強引に押し切ってしまう。いかにもいま風のハリウッド映画といったところ。
 権力が、何の力もない市民のあらゆるプライバシーをはぎ取り、食事をしたりトイレに入ったりする瞬間までリアルタイムで監視する「電脳監視社会」の恐ろしさが、ギューッと凝縮されて描かれている。でも一番、真実味があったのは、監視衛星で追跡するシーンより、コンピュータールームで喜々として追跡作業に熱中するオペレーターたちの姿だった。
 バーチャル・リアリティーのゲームの世界と全く同じ感覚で、必死に逃げる青年弁護士を追いつめるNSA要員たち。そこには、追われる者の苦しみとか痛みとか人権とかいった要素は、最初から完璧に欠落している。この手の青年たちを現代社会が大量生産していることは、日々の事件報道を通じてわれわれもいやというほど知らされ続けている。

盗聴社会アメリカと日本の盗聴法

 これで終わってしまうとマスコミの映評と同じになってしまうので、あわててつけ足す。肝心なことは、ここで描かれている「電脳監視社会」が、絵空事でも「近未来」のホラー映画の世界でもなく、まさに現代アメリカ社会の現実そのものであり、日本でもまた、「盗聴法」=組織的犯罪対策法案や「国民総背番号法」=住民基本台帳法改悪案などによって急速に現実化しつつあるということだ。
 アメリカでは、八六年には電子メールなどのコンピューター通信を盗聴の対象とする電子通信プライバシー法が作られた。94年にはデジタル・テレフォニー法が作られた。それは、電気通信事業者に対して98年10月までに通信設備に盗聴可能な仕様を組み込むことを義務づけ、そのために必要になる設備投資の費用のうち、連邦政府が五億ドルを援助するというものだ。
 97年のFBIのレポートによれば、人口密集地では何百万回線もある通信能力の1%まで同時に盗聴できるところまで能力を向上させ、全国的には1億6千万回線のうち1500百万回線の盗聴能力を持つことをめざしているという(『盗聴法がやってきた』現代人文社)。

盗聴法・国民総背番号法をつぶそう

 盗聴法―組織的犯罪対策三法案に反対する超党派国会議員の招きで来日した、アメリカの自由人権協会副会長バリー・スタインハードさんは、NASA(米航空宇宙局)と国家保安局のもとに、全世界の大量の通信を傍受する「エシュロン」というコードネームで呼ばれるスパイシステムがあることを明らかにした。
 衛星通信から携帯電話まで大量の情報を集め、NASAのコンピューターで音声認識、光学処理をしてフィルターにかけ、メリーランドの本部で分析専門官が重要情報を見つけている。エシュロンには議会のコントロールも効かない。スタインハードさんは、「グリーンピースやアムネスティーなどの市民運動までエシュロンで監視されている」と語っている。このエシュロンには、イギリス、カナダ、オーストラリアが秘密協定を結んで参加しているという。映画は、このようなすさまじい「監視社会アメリカ」の現実を描いている。
 『アルマゲドン』では、「人類を滅亡させる敵」としての小惑星に核兵器で立ち向かう勇敢なアメリカ人という、いかにもクリントン好みの映画を作った同じ製作者が、こんな「体制批判」的映画を作ってしまうのがアメリカの面白いところかもしれない。
 戦争法案―周辺事態法案が今国会の最大の焦点であり、われわれが全力をあげて阻止すべき対象であるのはもちろんだ。しかしそれだけではなく、盗聴法もあり、国民総背番号法もあり、とんでもない悪法案が並んでいる。ほとんど休んでいるヒマなどないかもしれない。
 しかしたまには、こんなB級アクション映画などいかがでしょう。気分転換にもなり、運動の刺激にもなるという、まさに一石二鳥の作品です。


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