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    かけはし2013.年9月9日号

帝国主義も宗派主義も拒否する抵抗続く


シリア

ジョセフ・デファー(革命的左翼潮流)へのインタビュー

民衆革命の勝利までの継続が
多くの人々にとって唯一の道

 ジョセフ・デファーは「シリア革命的左翼潮流」のメンバーであり、スイスのローザンヌ大学の博士課程院生として助教を務めながら、ブログカフェ「サウラ」の共同創設者となり、また「シリア自由ブログ」も開設している。以下は、スイスの「ソリダリテS」誌のマーク・グードカンプにより行われたインタビュー。アサド政権の化学兵器を使用した民衆虐殺が強く疑われる中、それを口実とした米国による軍事介入が現実味を増している。しかしこの介入が人道とはいかなる関係もないことは、以下でも明らかにされている。五面掲載の「シリア革命的左翼潮流」の声明も合わせて参考にしていただきたい。(「かけはし」編集部)。

力関係は不利だが革命への決意

――シリアにおける現在の力関係をどう特徴づけるか?

 軍事的な力関係は明らかに体制側に有利だ。体制はその同盟相手(イランとロシア)から絶えることなく(武器を)供与され、資金の流入レベルも高く維持されてきた。ヒズボラの場合には、何人もの新兵を訓練しつつ、直接戦場にも参加してきた。
 他方で自由シリア軍(FSA)には、どのような物質的、資金的支援も欠けている。ジャブハト・アルヌスラと「イラクとレバント(注)のイスラム国家」(ISIL)のようなイスラムの反動諸勢力は、いくつかの湾岸諸国から潤沢に資金を受け続けている。
 それらの諸国は、シリア革命をある種の宗派戦争へと転換するために、イスラム反動諸勢力に資金を流している。シリア革命の勝利および地域全体への波及は、彼ら自身の体制に対する一つの脅威となるだろう。われわれが忘れてならないこととして、FSAとジャブハト・アルヌスラやISILとの間でこのところ緊張が広がった、ということがある。後者は、FSA大隊トップのファディ・アルカシュと彼の二人の兄弟を含むFSAメンバー殺害で告発されている。
 ISILはまた、FSAが解放したいくつかの地域からFSAを追い出し、アレッポ、ホムス、カーンアル・アサルの前線での戦闘を拒否しつつ、イスラム首長国を設立する彼らの意志を公然と明らかにした。政権側の軍事的有利さや彼らの破壊にもかかわらず、シリア民衆運動の決意が消えることはなかった。シリア全土の多くの地域で、止まることのないデモ、他の形態をとった抵抗がある。

――軍事力のそのような不均衡を前にシリア民衆が闘いを続けるとはどういうことか?

 アサド体制への回帰などあり得ない。革命継続に代わるものはまったくないのだ。抗議に立ち上がった人々に叫ばれたシリアでの主なスローガンの一つは、「屈辱よりも死を」だ。加えてシリアの民衆運動は、彼らが闘いをやめれば体制からの恐るべき弾圧に直面する、ということを極めてよく分かっている。

新自由主義と民衆運動の登場

――蜂起を下支えしている経済的、社会的諸要素を説明できますか?

 ブルジョアの体制への信任は、ハフェズ・アル・アサドがバース党左派が保持していたいくつかの急進的政策を終わりにした一九七〇年に始まった。それらはバッシャール・アル・アサド(ハフェズの息子)が二〇〇〇年に権力を引き継いだ時、新自由主義的経済諸政策の実行をもって加速された。これらの諸政策は特にちっぽけな寡頭支配層に利益をもたらした。
 バッシャール・アル・アサドのいとこであるラミ・マクルーフは、政権が主導した私有化過程のマフィアスタイルの典型となった。私有化の展開はバッシャール・アル・アサドの手中に新たな独占をつくり出した。その一方で商品の質やサービスの質は低下した。これらの新自由主義経済改革が、富裕層や権力をもつ者による経済力の収用を可能にした。
 同時に、私立銀行、保険会社、ダマスカス株式・通貨取引局と一体となって金融部門が発展した。新自由主義諸政策は、インフレや生活費の高騰に打撃を受けたシリア人の大多数を犠牲に、上層階級や外国の投資家、特にアラブ湾岸からの投資家に満足を与えた。
 二〇〇〇年はじめ以来の民衆の抗議や労働者階級の抗議すべてに対する残忍な弾圧によって加速されたこれらの諸政策は、破滅的な効果を発揮した。GDPにおける資本の取り分は二〇〇五年には七二%にも跳ね上がり、人口の三分の一は貧困線以下(一日の生計費が一ドル以下)に転落し、半分近くはその境目(一日の生計費が二ドルあるいはそれ以下)近くにいる。革命前には失業率は二〇〜二五%あった。そして二五歳以下では五五%に達していた(三〇歳以下の人口が全人口の六五%である国で)。
 イドリブとデラー……での蜂起がまたダマスカス郊外とアレッポ郊外を含んであるが、これらの地域はバース党の歴史的拠点であり、一九八〇年代の反乱には大衆的規模での参加が起きたことはなかった。ここでの反乱は、この革命に新自由主義の犠牲者が参加していることを示している。

――反政権派が支配している地域で地域調整委員会(LCC)が果たしている役割とは何か、またそれらにはどのような種類の支援があるか?

 LCCは、その活動を特に情報、デモのビデオ映像の提供に集中し、またそれと共に、当地の住民と国内難民にサービスを提供しつつ、地方民衆評議会と共にその場に応じて活動している大きな民衆運動内部の一主体にすぎない。
 われわれは、もっと全般的に民衆委員会、並びに革命過程の継続における諸組織が果たしている決定的な役割を理解しなければならない。それらは、民衆運動が抵抗することを可能にしている終局的な主体だ。この指摘は、武装抵抗が果たしている役割を低めようとするものではなく、むしろその抵抗も、戦闘継続のためには民衆運動に依存していることを示すためだ。言葉を換えれば、民衆運動を欠いては、武装抵抗にも見込みがなくなるだろう。

地政学的立場決定の致命的誤り


――左翼に立つある者たちは、シリア反政府派は西欧帝国主義と石油資源に恵まれた湾岸諸国の代理人だと主張している。これにどう答えるか?

 西欧左翼のある者たち、特にスターリニストにつきまとっている問題は、彼らがシリア革命の過程を地政学的観点から分析し、シリアの現場に応じた社会―経済および政治の推進力を完全に無視してきたことだ。彼らの多くはまた、イラン、ロシア、シリアを米国と闘う反帝国主義国家だと考えている。しかしそれはあらゆる点で誤っている。われわれの選択は、一方に米国とサウジアラビアを置き、他方にイランとロシアを置き、そのどちらかを選ぶことであってはならない。われわれの選択は解放を求める革命的大衆闘争だ。
 たとえばフランスのトロツキスト、ピエール・フランクは「以下のことに留意しよう。つまり、マルクス主義の偉大な理論家たちは、ブルジョア政権の政治的性格を外交政策の分野で彼らが保持する立場で確定することなどまったくなかった。そうではなくそれは、ただ一つ、単純に、国を構成する諸階級に対する関係にその政権が占める位置によって確定された、ということだ」と書いた。
 加えて、これまで両陣営とも、イエメン型解決(支配の構造を維持しつつ、政権トップを変える)と一体的に体制を変えないと思われる上からの解決、を押しつけようと試みてきた。一方における西側政府と湾岸首長国の立場と、他方におけるイラン、ロシア、中国の立場との間の違いはただ一つであり、それは変わらないままだ。すなわち、バッシャール・アル・アサドの運命をどうするか、だ。ロシアはこの独裁者を維持したいと思っている。他方西側大国は、彼よりも彼らの利害に開放的な新しいリーダーを望んでいる。

武装イスラム派の反動的役割

――武装イスラムグループが反政権派の他のグループを襲撃している、との報告が伝えられてきた。これは反政権派にどのような影響を及ぼし、革命勢力はどのように対応してきたか?

 シリアの革命的大衆は、これらのグループの権威主義的かつ反動的な諸政策に次第に反対するようになってきた。二〇一三年三月以来政権部隊から解放されてきたラッカ市では、市内でのジャブハト・アルヌスラとISILの権威主義的行動に反対する民衆的デモが数多く起きた。同様のデモが、アレッポや他の都市における似たような類の振るまいに挑む大衆と一体となって起きた。
 その上で言われるべきこととして次のことがある。つまりジャブハト・アルヌスラは、アサド体制との取引を結ぶことにためらいをもったことなどなかった、ということだ。たとえばその政権は、バニアスとラタキアの主要パイプラインを通した給油確保の保障のために、彼らに毎月一億五千万シリアリラ(二四〇万ドル)以上を支払っている。ジャブハト・アルヌスラの人物たちはその上他のビジネスにも関与してきた。
 シリア国民評議会(SNC)は、革命の諸原則を守り、FSAの民主的諸要素を発展させるために可能なことすべてを行う代わりに、彼らを非難することもせず、実際には彼らに保護を与えつつ、その設立以来反革命の一部であり続け今もそうであるこれらのグループが発展することを許してきた。これらのグループは、シリア政府とまさに同様、シリア民衆を宗派的かつ民族的な存在へと分割したいと思っている。

クルドの権利否認は体制と同罪


――クルド地域でのイスラムグループによる最近の襲撃に対する反応はどのようなものとなってきたか?

 われわれは、イスラムグループのこうした行動に反対するクルド大衆に対する、シリアのさまざまな民衆委員会からの支持を見てきた。FSAの諸支部は分裂している。いくつかはイスラム派と歩を並べて戦闘しているが、他はクルド民兵に合流し、イスラムグループによって犯された虐待を厳しく非難している。
 イスラム派から民族主義者やリベラルまでの伝統的な反政府派は、クルドの文化的な権利は支持しているが、自治権にはそうではない。「シリア革命的左翼潮流」は、シリアのクルドの自己決定権に対する支持とその約束をあらためて確認している。クルド民衆の自己決定権に対する支持は、クルド民衆がアサドの犯罪的な体制に対決する闘争での、また将来の民主的で社会主義的で世俗的なシリア建設における、全面的な連携相手となることを見たい、と思うわれわれの願いを妨げるものではない。
 われわれは同時に、イスラム派と他の反動的諸勢力の振る舞い、並びにシリア民衆を分裂させようとの彼らのもくろみを厳しく批判する。同様に、シリアのクルド民衆の諸権利を認めることに対する、SNCを含んだシリア反政権派内のある者たちによる拒絶は受け容れがたい。そしてそれは、アサド体制の民族主義的諸政策と何ら変わるところがない。

革命には無数の左翼的グループ


――シリアの革命運動内部に存在しているはっきりした左翼組織、左翼勢力はどのようなものか?

 革命過程の始まり以来、シリア革命の過程にはさまざまな左翼諸勢力が関わってきた。革命の過程、現場の民衆委員会、住民へのサービス提供やデモの組織化、これらに参加しているシリアのより小さな左翼グループや左翼の若者たちを、われわれは数知れず見出すことができる。左翼はほとんどが、武装活動には反対し、市民活動に従事してきている。
 われわれ「革命的左翼潮流」は、まさに始まりから、そのちっぽけな能力にもかかわらず、革命への従事にたじろいだことなど一度もなく、民主主義と社会主義を求めてきた。われわれは、社会主義の労働者党形成を求め闘うこととまさに同じく、この偉大な民衆革命の勝利のために、人々およびあらゆる民主的な諸勢力と歩を並べて闘ってきた。
(八月二三日)
注)地中海東部沿岸諸国及びその島々。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号)

 


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