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    かけはし2013.年9月9日号

民衆と軍との対決は不可避だ


エジプトの革命派からの手紙(下)

エジプト革命的社会主義者

矛盾した現実へ
の原則的対処を

 疑いのないことだが、「革命的社会主義者」の戦術は基本的に、彼らの中心部分と前衛層における労働者階級と諸大衆の意識の発展水準に対する測定に、また他方では革命の進展を通じた、大衆運動の深化と発展に向けた諸機会並びに諸々の可能性を並行して評価することに、依拠している。
 大衆運動は今日、その内部の大きな諸対立にさいなまれ、非常な反撃に直面している。それらのうちで最大のものはおそらく、国家諸機構、特に軍と内務省――反革命の頭であり心臓である――と大衆の一部との間の公然とした和解だ。そうであっても、革命の一年半を通じ軍事評議会と対決して闘った、そしてモルシ政権反対の闘争を継続した革命派の大部分を冒している大きな挫折感にもかかわらず、大衆運動内部で命を吹き込む役割を遂行する以外の、その現在の潜在的可能性を見逃したり過大視したりすることなく、あるがままのそれに対処し、その諸矛盾を理解すること以外の道はない。

諸政治勢力が大
衆を混乱させた


 旧体制諸要素とリベラルメディアの、治安機関、軍、内務省に対する連携は、軍と内務省が中立であるとの誤ったイメージをまき散らし、大衆を思い惑わす点で、大きく成功してきた。彼らはそれらの機関を、モルシ、同胞団、そのイスラム派連合と対決する民衆と連携しているかのように描いている。それはまた、殺人や拷問といった国家の犯罪を大衆の記憶から消し去る試みでもある。
 多くの諸政治勢力、もっとも目立つところでは日和見主義的な救国戦線、タマロッド運動、人民潮流は、「諸隊列の統一」を求めることを通じて、先のイメージに磨きをかける日和見的かつ汚い役割を演じた。彼らは、同胞団政権を終わりにするという民衆の要求を満たす点における、軍と国家機構の国民的役割を持ち上げている。彼らは同胞団政権を、エジプト革命に対する最大かつ唯一の危険と見なしたのだ。しかしながらこの見方は、大衆の意識を包む薄い外皮を代表するものにすぎない。実際それはある種固い外皮であり、ほとんどすべての諸政党はそれをもっと固くしようと努力中だ。しかしその下には、革命の諸要求、パン、自由、社会的公正というその目標に対する真の意識があるのだ。

人々の自信こそ
次の革命を準備


 意識におけるこれらの諸矛盾の真ん中で、「テロとの戦争」という霧や心の大混乱にもかかわらず、大衆のかなりの諸層は大きな自信をもっている。この事実の側面をわれわれは見過ごすことはできない。革命の始まり以来大衆は彼らの意志を紛れもなく押しつけ、二人の大統領と四つの政府を打倒してきたのだ。矛盾した意識を包む外皮の下にあるこの自信こそが何よりもまず、大衆をモルシ反対に立ち上がることに向け力づけているものだ。そして、大衆の諸要求に反する新政権の経済的政治的諸政策が次第にはっきりするにしたがい、新政権反対の闘争完遂に向けある者たちが徐々に準備を始めることを可能にするものこそ、その自信だ。政府は革命の要求を満たすだろうとの希望が大衆のいくつかの層内部に部分的にあるとしても、そう言える。
 われわれはこの段階で、貧しい人々と勤労大衆の意識の紛れもない核心に達する、あらゆる可能性ある道を見出さなければならない。彼らの基本的な関心の中にあるものこそ、革命の継続とその要求の実行なのだ。われわれは、六月三〇日の波において、またそれ以前の革命の波において大衆が示した巨大な可能性を、エジプト革命の真の要求を広げることを通して、さらにあらゆる地方と職場でそれらに向けた動員を図ることを通して、強調しなければならない。しかしこのことは、われわれの主張やスローガンを隠して一時的でなれ合い的な大衆の支持を得る目的で、われわれの政策のいくつかを隠したり遅らせたりする理由にはなり得ないし、またそうすべきでもない。

軍への徹底批判
を断固貫徹する


 その逆に、短期的政治目標達成を目的としてわれわれのスローガンやわれわれの政策にフタをすることは、ただ単に日和見主義に導くにすぎないだろう。このようなことは「革命的社会主義者」が活動する方法ではない。われわれは、大衆のど真ん中で、またエジプト革命の勝利を求めてわが組織的構想を築き上げてきた。このようにわれわれはこれまで、日和見主義を完全に避けてきた。
 たとえばわれわれは、旧体制メディアやブルジョアリベラルが描いてきた諸々の嘘への厳しい批判を弱めたり、軍と内務省が今遂行しつつある反革命に向けた下稽古への攻撃をやめたりすることなどできない。われわれは、軍事評議会とムバラクの取り巻きたちにこびりついた犯罪の歴史を思い出させること、彼らが同胞団指導者たちと並んで裁判にかけられるよう要求することもやめることができない。ちなみに同胞団指導者たちはこの二、三週、暴力と殺人の扇動において、またむかつくような宗派主義の解き放ちにおいて抜きん出てきた。
 どのような場合でもわれわれは、旧体制の諸部分やベブラウィ政権内の日和見主義者、この政権の明白に自由主義的な諸傾向、また新州知事指名を手段とした抑圧国家の打ち固め、これらに対する政治的攻撃を組織する闘いを緩めることはできない。われわれは、憲法に依拠して軍が享受している巨大な権力や特権や経済のおよそ二五%に対するその支配に対する、並びに屈辱的なキャンプ・デービッド協定その他に対するわれわれの攻撃を和らげたりできない。われわれはこれらのものごとに、厳密に原則的なやり方で対処しなければならない。

現瞬間の孤立は
恐れるに足りず


 ムバラクの国家の復帰と軍による抑圧を軽視することは極度に危険だ。ムバラクの国家は、確かにそうなのだが、革命の始まりの時から視界から消えた。しかしそれは今、その全権力と一体となって、内部的危機に悩む必要もなく、さらに大衆の幅広い諸層の支持も携えて回帰している。革命の諸要求に訴える者たちすべてに対する攻撃を開始するまで長い時間をかけないと思われる、そのような国家とその象徴に対する即座の攻撃に向かうようわれわれを強いているものこそ、このような情勢だ。
 われわれの原則的な立場は、大衆のど真ん中での一時的な孤立を導くかもしれない。全体的に見てわれわれのメッセージは、職場や大学キャンパスや民衆の居住区での活動や作業としてわれわれが広げるあらゆる努力にもかかわらず、大衆内部に幅広い歓迎を見出すことはないだろう。軍や旧体制や同胞団との対決というわれわれの原則的な立場の結果として、この孤立はすでに、六月三〇日の前から現実には始まっていた。しかしわれわれは、どのような程度であれ挫折感に身を任せるわけにはいかない。なぜならば、大衆が自身を組織する能力と意識における諸矛盾が続く限り大衆運動は、相交わる多くの諸要素から影響を受ける可能性をもったいわば乗り物として留まるはずだからだ。そしてそれらの諸要素が大衆運動を、いつも真っ直ぐで上り調子とは限らない、曲がりくねった道に沿って無理にでも進ませるのだ。今権力に着いた抑圧体制の実体的な中味は、徐々にそれに対決して闘い始める大衆の眼前で暴露されるだろう。

「革命戦線」
構想の再生へ


 これが意味することは、エジプト革命の波の中で軍事支配に対決して激しく闘った、またモルシ政権反対の闘争を完結させた何万という革命的な若者たちがいる以上、大衆からの分離と完全な孤立ではない。彼らの記憶は今なお革命的諸原則の中に根を張り、彼らの意識の中では対立的要素はより少なく、彼らは今も、国家の諸機構、中でも反革命の背骨である軍に賭けているわけではない。これらは、軍とそれが指名した新政権の側に諸政治勢力が大挙して流れ着いたという光景の中で、「革命的社会主義者」の原則的立場が魅力的であることを見出すだろう。この角度から見た時情勢は、二〇一一年二月一一日後のそれよりもよいと言える。当時は何カ月もの間、「革命的社会主義者」とほんの僅かの諸個人だけが軍事評議会反対を遠慮なく発言していたにすぎない。
 来る何カ月かの中でわれわれは、これらの革命的な人々の一定層を引き寄せ獲得し、わが隊列を強化し、革命のこれからやってくる波の中でより活力のある安定した役割を適切に果たす機会を得る。しかしわれわれは同時に、革命をつくり出し、六月三〇日という直近の波に、まだまったく実現していない革命の目標のために参加した、そのような貧しい人々と労働者を統合したいとも思っている。ここで最大の重要性を帯びるものが、国家と新政権の腕の中に行き着いていない、また国家に対決しているイスラム派とも連携していない、そして革命の諸要求とその目標からなる綱領を取り入れている、そのような原則的な諸政党と共に、「革命戦線」構想を再生させることだ。(了)
「革命的社会主義者」、二〇一三年八月一五日(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号)

エジプト

「革命的社会主義者」の声明

軍事支配打倒! 
反革命の頭目、アルシシ打倒!
 

 以下の声明は、カイロにおける虐殺に関し二〇一三年八月一四日に「エジプト革命的社会主義者」が出した声明。「インターナショナルビューポイント」に「ソーシャリストワーカー」から転載された。(「かけはし」編集部)

 アルナハダ広場とラバアアル・アダウィイヤでの座り込みに対する流血の解除は、虐殺――前もって準備された――以外の何ものでもない。その狙いは、ムスリム同胞団を解体することだ。しかしそれは、エジプト革命を解体し、ムバラク体制の軍事・警察国家を回復する計画の一部でもある。
 「革命的社会主義者」は、モハンマド・モルシの政権とムスリム同胞団を一日でも防衛したことはない。われわれは常に、エジプト革命の目標を裏切った犯罪的で破綻したこの政権に反対する前線の隊列にあった。この政権は、ムバラク体制の諸支柱とその秘密機関、武装諸勢力、また腐敗した企業家たちを守ることをも行った。われわれは、六月三〇日の革命的波には断固として参加した。
 われわれはムスリム同胞団による座り込みやモルシを権力の座に復帰させようとの彼らの試みを守ったことは、一日たりともなかった。しかしわれわれは今日のできごとを、労働者のストライキを打ちのめすために軍の利用があるそうした文脈の中に置かなければならない。われわれは同時に、新たな州知事の指名――古い体制の名残の隊列、警察と軍の将軍連から大きく引き出された――を見ている。アブデル・ファタハ・アルシシの政権の政策がこのような形である。それは、エジプト革命の目標と諸要求、すなわち自由、尊厳、社会的公正にはっきり敵対的な工程表を採用したのだ。
 これが、軍と警察が犯しつつある残酷な殺戮の背景だ。それは、エジプト革命の清算に向けた血塗られた最後の下稽古だ。それは、労働者であろうが貧しい者であろうが、また革命的な若者たちであろうが、恐怖国家を作り出すことを手段に、彼らの諸権利を主張している全エジプト人の革命的意志を打ち砕くことを狙いとしている。
 しかしながら、キリスト教徒と彼らの教会を襲撃する形のムスリム同胞団とサラフィストによる反応は、反革命勢力に奉仕するだけの宗派的犯罪だ。その過程でエジプトのキリスト教徒たちが反動的なムスリム同胞団に対する犠牲者に落ち込むこととなるそうした内戦を生み出す汚れたもくろみは、ムバラクの国家とアルシシがそこでの共犯関係となるようなもくろみだ。実際彼らは、コプト教徒や彼らの教会を守ったことなど一日でさえなかったのだ。
 われわれはアルシシの虐殺に対決して、そしてエジプト革命を挫折させようとする彼の醜悪なもくろみに対決して、確固として立ち上がる。なぜならば今日の殺戮は、反革命に向かう道における第一歩だからだ。われわれは同じ断固とした姿勢をもって、エジプトのキリスト教徒に対するあらゆる襲撃に反対し、アルシシの利益と彼の血塗られた計画に奉仕するにすぎない宗派的キャンペーンに反対して立ち上がる。
 自身をリベラルや左翼と表現してきた多くの者たちが、アルシシ政権に参加した者たちに率いられてエジプト革命を裏切ることになった。彼らは、軍と反革命の体裁を取り繕うために、殉教者の血を売り払った。これらの人々は彼らの手を血で汚した。
 われわれ「革命的社会主義者」はエジプト革命の道から一瞬たりとも決して外れない。われわれは、革命の殉教者の諸権利と彼らの汚れのない血、すなわち、ムバラクと対決して倒れた者たち、軍事評議会と対決して倒れた者たち、モルシ政権と対決して倒れた者たち、そして今アルシシと彼の犬どもに対決して倒れた者たちに関し決して妥協しない。
軍事支配打倒!
旧体制復帰ノー!
同胞団復帰ノー!
すべての権力と富を人民へ!

革命的社会主義者
二〇一三年八月一四日
(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号

 


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