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    かけはし2017.年1月30日号

トランプ政権と帝国衰退の新段階


トランプとの最初の攻防は始まっている

極右台頭と対決する
新たな階級的左派の結集が急務


就任演説のデマゴギーと
「米国第一主義」への転換

 一月二〇日、ドナルド・トランプが米国の第四五代大統領に就任し、トランプ政権が正式に発足した。
 世界最強の大国の最高権力を手にしたトランプは、そもそも、不動産転がしで財産を築き、公私にわたるスキャンダラスな話題によってメディアの注目を集め、テレビ・キャスターとして巧みに人々の不満・憎悪・妬み・羨望を操ってきただけの人物であり、政治的経験も、国家を統治するための理念も、政治家に問われる倫理観も何も持ち合わせていない。ワシントンポスト取材班「トランプ」(文芸春秋)で克明に報告されている事実から判断すれば、彼の事業家としての実績も虚像であり、資産の内容も不明である。彼にとっては権力欲、虚栄心がすべてであり、彼の言辞はデマゴギーに満ちている。
 歴代大統領の就任演説は米国の自由と民主主義の価値観への自己陶酔的な礼賛で飾り立てられていたが、それとは対照的に、トランプの就任演説は簡潔であり、政権が目指すことを率直に語っている。しかし、それはデマゴギーそのものである。
 「……あまりにも長い間、我が国の首都にいる少数の者たちが政府の見返りを獲得し、人々がそのコストを負担してきた。ワシントンは隆盛を極めたが、人々はその富にあずかることはなかった。……エスタブリッシュメント(支配階級)は自らを保護したが、米国民を守らなかった」。(日本語訳は「日本経済新聞」一月二一日付による)
 「…それは全て変わる。たった今、ここから。……これはあなた方の日だ。あなた方の祝典だ。そしてこのアメリカ合衆国はあなた方の国だ」。
 あたかも彼や彼が政権に引き入れた銀行家、エネルギー産業や軍需産業の経営者たちがエスタブリッシュメントそのものではないかのようだ。
 また、この「あなた方」には非白人の米国人や移民たちは含まれているのだろうか?
 しかし、ここでは彼が政治権力をエスタブリッシュメントから大多数の米国国民の手に移すという虚構によって自らの権力を正当化しようとしていることだけを確認しておこう。
 彼の就任演説の核心は次の点である。
 「何十年にもわたり、我々は米国の産業を犠牲にして外国の産業を富ませてきた。我が国の軍の非常に悲しむべき消耗を許しながら、他国の軍隊を助成してきた。……他国の国境を守ってきた。米国のインフラが荒廃と衰退に陥るなか、海外で何兆ドルも費やしてきた…しかしそれは過去のことだ。…今日から『米国第一主義』を実施する」。
 そもそも米国が後発帝国主義として振る舞い始めた一九世紀後半以降「米国第一主義」でなかったことは一度もない。米国の産業が衰退したのは外国の産業を助けたからではなく、米国の金融産業や米国系多国籍企業が自分たちの強欲のために国内産業を空洞化させ、金融バブルの崩壊を通じて世界経済に打撃を与えてきたからだ。米国の防衛に問題が生じてきているのはアフガン、イラクにおける無益な、もっぱら米国の利益のための侵略戦争で米国の軍が疲弊しているからだ。
 しかし、ここでは「米国第一主義への転換」が明言されていることだけを確認しておこう。

新自由主義的グローバリ
ゼーションの終わりの画期

 トランプの「米国第一主義」は経済政策においては保護主義への転換を意味している。
「……我々の製品をつくり、企業を盗み、職を奪うという外国の破壊行為から国境を守らなければならない……『米国製品を買い、米国人を雇う』という簡単な二つのルールに従う」。
外交政策においては、従来の「米国例外主義」、「価値観外交」を放棄し、「……全ての国が自己利益を第一に考える権利を持つという理解の上でのことだ。我々の生き方を押しつけない。しかし、皆が従う模範として、それを輝かせる」と述べている。
その上で、「以前からの同盟を強化するとともに、新しい同盟を構築する。そして過激なイスラム主義テロリズムに対して文明諸国を一つにまとめ、そのような勢力を地球上から完全に撲滅する」と、やや矛盾する原理を書き込んでいる。これは従来の政策を踏襲するという表明であろう。
あとは愛国心、聖書への言及、つまらない説教、軍への賛美、そして結語として「米国を再び偉大な国にしよう」のお気に入りのフレーズである。
今回の就任式の参加者は〇九年のオバマ大統領の就任式の半分以下であり、来賓の欠席や抗議デモが大きな話題になった。そのため、わざわざスパイサー報道官が最初の記者会見で、今回の就任式の参加者は史上最大であったにもかかわらず、メディアは反トランプの集会を大きく取り上げ、就任式参加者の数を少なく見せるような写真を使ったとメディアに八つ当たりした。
トランプの「米国第一主義」は経済における保護主義、軍事・外交におけるNATOや米日などの同盟関係の不安定化、対ロシア・中国関係の変化を意味していることから、世界の主要なメディアが懸念を表明している。
とりわけ、EUでは英国の離脱や、ドイツ、フランスにおける極右勢力の台頭の中で、保護主義の圧力がますます強まることが予想される。一月一七日からスイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムでは中国の習近平国家主席が基調報告を行い、自由貿易の促進を訴えた。今や中国が自由貿易の主要な牽引役としての期待を背負っているのである。
保護主義で米国の雇用が増えるかどうかは別として、「米国第一主義」への転換は、英国の離脱に伴うEUの危機と相俟って一九八〇年代以降の新自由主義的グローバリゼーションの終わりの画期となるだろう。
もちろんトランプもトランプが任命した閣僚たちも純然とした新自由主義者であり、新自由主義的グローバリゼーションの最大の受益者を代表している。しかし、新自由主義は強大な企業が政権や国際機関に対する支配を強め、その意を受けた政権が強力なイニシアチブを発揮し、抵抗を封じ込めるという状況の下で展開されてきたのであって、それが各国の経済・社会の荒廃をもたらし、それに対する抵抗がもはやコントロール不可能な状況に入っている時、資本家たちは戦略の転換、あるいは少なくとも一時的な調整を必要としている。それは同時に、世界経済における米国の覇権の終焉の始まりを表現している。

台頭する極右とトランプの
反動的ナショナリズム

 米国の覇権の終焉の始まりは新たな混沌の始まりでもある。それは資本主義世界経済の新たな危機をもたらす可能性が非常に大きい。一時的な調整は世界的な保護主義の連鎖を意味し、それに耐えられる国内的基盤がない国は資本主義世界経済の「弱い環」となって、危機の連鎖を引き起こすかも知れない。
残念ながら新自由主義的グローバリゼーションの終わりを前に、台頭しているのは米国やヨーロッパにおける極右勢力と、右翼的かつ独裁的な民族主義者プーチンのロシアであり、中華民族主義への傾斜を強める資本主義中国である。
トランプは西洋民主主義の価値観についての言及を止め、ロシア、中国の支配者との力の均衡をベースに、米国の介入を減らすことを目指している。しかし、同盟国であるイスラエルやサウジアラビアへの軍事支援については政策変更を示唆している形跡はない。その一方でトランプとプーチンによる米ロ関係の改善はシリアのアサド政権と闘っている民主的勢力の犠牲の上に、また、イスラエルによるパレスチナへの入植拡大、パレスチナ人への迫害の強化と軌を一にして進められるだろう。
確信犯的な気候変動否定論者であり、エネルギー開発に「偉大なアメリカ」の復活を託すトランプの登場は地球環境の危機を決定的に促進し、それを抑制するためのあらゆる努力を無効にし、地球環境に回復不可能な打撃をもたらす。ここでは「アメリカ第一主義」が文字通り貫徹される。
トランプによる移民排斥、公的医療保険制度(「オバマケア」)の廃止、言論への攻撃は米国社会の分裂を一層先鋭化する。そして市民権を得た極右ナショナリスト(白人男性優位主義)がファシズム的動きを加速するだろう。

ウィメンズ・マーチに
250万人以上が参加


トランプの就任式にはワシントンをはじめ各地で抗議デモや大学生のストライキなどが行われ、警官隊による弾圧で二百人以上が逮捕されたと伝えられている。
就任式の翌日の二一日には、ワシントンをはじめ各地でウィメンズ・マーチ(女性行進)が行われ、ワシントンで五〇万人、ニューヨークで二〇万人、シカゴで二五万人、ロサンゼルスで七五万人など、全国で二五〇万人以上が参加した。
ウィメンズ・マーチの計画は、選挙キャンペーン中のトランプの憎悪発言や過去の女性差別暴言、中絶禁止の主張などに危機感を持った女性たちがソーシャルメディアを通じて呼びかけ、賛同が広がった。全米家族計画連合(PPFA)やNARALプロチョイス・アメリカ(中絶選択の権利を擁護している団体)などの有力な団体が協賛を決定し、フェミニスト活動家のグロリア・スタイネムや歌手で公民権運動活動家のハリー・ベラフォンテが「名誉副議長」を引き受けた。ワシントンでのデモに連帯して六〇カ国・六〇〇の都市で連帯のデモが計画された。
この計画は白人女性のイニシアチブで始まったが、女性の人権という観点で性別、人種を超えて広範な団体が参加した。その過程で以下の主要な原則が合意された。@警察による人種差別的な暴力の責任追及、A性的暴力からの自由、B平等権に関する憲法修正条項の批准、Cすべての家事労働・介護労働を労働として認めること、D生活できる賃金のための団結権、移住労働者(労働許可証の有無に関わらず)の労働権の保護、セックスワーカーの運動との連帯、E生殖をめぐる権利、LGBTQの権利、移住者・難民の権利の擁護。中絶反対を掲げる団体の一部は、「生殖をめぐる権利」という主張には反対しつつ、トランプの女性差別に抗議するためにこの集会への参加を決定した。
ワシントンの集会には主催者の予想の二倍以上の人々が参加した。市民テレビ局「デモクラシー・ナウ」はこの集会を四時間余にわたって中継し、熱気を伝えている。アフリカ系、ラテンアメリカ系の米国人、ムスリム、移住者、セクシャル・マイノリティー、さまざまな職種の女性と男性が次々に登壇し、自分たちの権利は自分たちで守る、移住者の排除は許さない等の決意を語った。
「この巨大で自然発生的なうねりはアメリカ政治におけるこの瞬間について多くのことを語っている。これはトランプの登場を契機に左翼の活動の新しい黄金時代が始まるかも知れないもう一つの兆候である。そしてなぜそうなのかを真剣に考えさせる。つまり、人々はトランプ政権下で自分たちの市民的権利がどうなるかを本気で恐れているのである。特に女性には失うものが多いだろう」(ウェブ紙「Vox」一月二一日付)

反撃の継続・拡大へ

 一月二〇、二一日の巨大なデモが示すように、広範な人々がトランプ政権と、彼が代表する極右ナショナリズム(白人男性優位主義)との闘いを決意している。
そもそも一一月大統領選挙では、票数ではトランプは二百数十万票の差で負けている。特にほとんどの主要都市では大差である。独立左派として闘い抜いた緑の党のスタイン候補は、クリントン支持者からのバッシングやメディアの完全な無視に抗して全国で一二〇万票を獲得した。
政権発足時点ですでにトランプの支持率は不支持率を下回っている。州や郡・市のレベルで広範な抵抗がすでに始まっている。民主党予備選挙での「サンダース旋風」はそのベースとなっているし、また、民主党の改革に向けた強力な圧力となっている。
トランプとの最初の攻防がすでに始まっている。オバマ政権の下で発展した黒人の生きる権利(BLM)運動、最賃一五ドル運動、先住民族を先頭としたガス・パイプライン反対の実力闘争、そして新たに登場したウィメンズ・マーチの運動の継続・拡大の中から階級的かつ民主主義的な左派の結集を実現することが急務である。(小林秀史、一月二二日)



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