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    かけはし2017.年4月3日号

ロウソク革命はパク・クネ退陣で終わらない


私の感想「社会変革の永続革命へ」

「彼らが最も恐れるのはみんなの関心」

 「12億ウォン集まった。闘争は続く」朴槿恵(パク・クネ)拘束、弊害の清算を叫んだ21度目のロウソク集会、成果リストラ制度、非正規職、ベクナムキ農民、サード、セウォル号など、社会のいたるところを映したロウソクの火――――(労働と世界より)

 ロウソク集会を主導した退陣行動に1億ウォンの赤字が生じると、市民がたった5日で12億ウォンを後援した。21度目のロウソク集会で退陣行動は、その感動的な力で闘争を続けていきたいと明らかにして、10万人、市民たちと一緒に「朴槿恵拘束」と「弊害の清算」を叫んだ。退陣行動と市民たちは4月15日にも巨大な民主主義が結集することを確認した。その日は、セウォル号惨事の3周忌を翌日に控えた日だ。

ロウソク行動に残された課題

 ロウソク市民たちは、朴槿恵弾劾で勝利したが、まだロウソクの課題は終わっていないと叫んだ。 憲法によって罷免まで受けても民心に反する朴槿恵を拘束させ、朴槿惠体制を代行する黄教安(ファン・ギョアン)も退陣させようと言った。ロウソク改革は、要求も高かった。市民たちは、集会の舞台の発言者と呼応して改革立法を推進していない国会の無能さも叱責した。
集会の基調発言に臨んだ退陣行動グォン・ヨングク弁護士は「弾劾になれば、春が来ると信じて、弾劾されれば、積弊が清算され、新たな社会が来る期待したが…与党の妨害と野党の無能力が合作して改革立法を一つも成立させなかった」、といい、国会と制度政治圏の覚醒を促した。 市民たちは弊害の清算と改革立法、新たな社会建設で「市民革命を完遂しよう」と叫んだ。
集会現場でしばらく止まっていた警察の弾圧も再び批判された。退陣行動はサード配置を糾弾する趣旨で米国大使館の壁面に光字を書こうとしたが、警察の機材強制乗っ取りによって実行できなかったと明らかにした。パクビョンウ退陣行動共同状況室長(民主労総対外協力室長)は「世界が驚嘆した平和のロウソク集会に対して警察が召喚調査を始めた」と糾弾した。

瞬く間に集まった12億ウォン

 最近のロウソク集会を巡る大きな話題は後援金だ。弾劾が切迫したその頃退陣行動は3日連続集会を開催し、その過程で募金を受けておらず、1億ウォンを超える借金をした。すると、ニュースを聞いた市民たちはたった5日だけで12億ウォンの後援金を送ってきた。これに対して、朴振(パク・ジン)退陣行動共同状況室長が市民らに報告した。彼は「貧しくてこれしか送れなかったという市民のメッセージを記憶している」とした。市民たちの心が集まった12億ウォンは「彼らの120億ウォン、12兆ウォンがうらやましくない偉大な12億ウォン」だといい、彼は感動と感謝の意を伝えた。
21度目のロウソク集会では、社会改革議題に対する発言も注目された。演壇に立った公務員労組キム・ジュオプ委員長は「客観的な測定基準もない成果リストラ制度」を導入して「国民のための公務員ではなく、政権の手下の公務員にしようと企んでいる」、と政府を糾弾した。非正規職労組である希望連帯労組ユン・ジンヨン組織局長は、非正規職の痛みに対する関心を訴えた。彼は「雨の日電柱に上がったら落ちて死亡した労働者、業績へのプレッシャーに耐えられず、自殺した労働者たちみんなが間接雇用、非正規職」だったとし、「非正規職問題を覆い隠して大統領府の主人が変わったからといっても問題は変わらない」と話した。

ロウソクは社会の隅まで照らす


憲法と民主主義を蹂躙した政権下で死んでいった人たちの話も広場のテーマだった。警察の水鉄砲に撃たれて死亡したペク・ナムキ農民の娘ペク・ドラジさんは、朴槿恵弾劾とセウォル号の引き揚げなどに言及し、「一つ一つ自分の位置を探している」とした。 彼は来週に父が亡くなって500日になるのに「カンシンミョンなどの殺人の責任者はまだ起訴されなかった」、と処罰を訴えた。 さらに、セウォル号遺族ナム・ソヒョンさんは、朴槿恵が降りると、セウォル号が引き上げられたといい、ロウソク市民たちに感謝の意を表して市民たちの涙を誘った。
彼女は「修学旅行かばんに最も大切にしていたものを夜遅くまで持って入れていた姿が自分が記憶している弟の最後の姿」だといった。「非難とデマで遺族を侮辱した人たちが最近、言葉を変える姿を見た」と言った。「未収拾者9人を待ってくれない大人たちをたくさん見た」と言った。引き揚げの過程で家族を排除した海水部を「許せない」と言った。
彼女は「引き揚げの過程で彼らが、またどんな仕業をするか分からない」、「船体の調査委員会が十分に活動できるように見守ってほしい」と訴えた。「彼らが最も恐れるのは皆様の関心」だと言った。4月16日、安山(アンサン)では記憶式行事が開かれる。

朴正熙美化の検定教科書が登場

国定教科書歪曲・美化の「見えざる手」

「編さん基準」が廃止されずそのまま残る

 2016年12月27日、教育部(省)は国定教科書の現場適用を1年遅らせ、それまれでは検定教科書を新たに作り、2018年から国定教科書を検定教科書と混用していくとの方針を発表した。筆者もまた教育部の発表当日、ある出版社から教科書の執筆を急がなければならないとの連絡を受けた。
 一部では検定教科書の再導入によって国定教科書をめぐる社会的論難がいささか静まるだろうと予測するけれども、これは余りにも楽観というものだ。教科書を執筆する時、必ず順守しなければならない「編さん基準」が廃止されずにそのまま残っているからだ。現在の編さん基準通りであれば、検定教科書もまた国定教科書と類似した水準の歪曲や美化が繰り広げられざるをえない。

検定教科書もセマウル運動を美化

教育部が教科書執筆陣に提示している編さん基準は、著者が守らなければならない一種の「ガイドライン」で、編さん基準の内容を反映しなければ教育部の権限である検定を通過することができない。2016年11月、教育部が公開した教科書編さん基準には?国連決議に伴った(1948年の)5・10総選挙を通じて大韓民国が樹立された?大韓民国樹立初期に義務教育と読み書きのできない状況の改善の努力が展開された?セマウル運動が農村近代化の一環として推進されたと記述せよ、という項目がある。国定教科書は、まさにこの「基準」にそって「大韓民国政府の樹立」という表現を「大韓民国の樹立」へと書き改めて、セマウル運動を特別に浮き彫りにさせていたのだ。
以前の教育課程の際は、セマウル運動は必ずしも入らなければならない内容の要素とは規定されてはいなかった。もちろん執筆者の裁量によって自律的にセマウル運動を叙述したケースはあった。検定教科書執筆陣が単元の流れや文脈に沿って内容を構成するとともに、セマウル運動を本文ではなく補助資料程度で言及しても差し支えはなかった。けれども国定化が決定された後、状況が変わった。教育部の編さん基準は、数多くの過去の政府の諸施策のうち、よりにもよって「セマウル運動」だけに目を付けて必ずや叙述せよとしたために、本文にセマウル運動について書かなければ検定を通過することができなくなった。

イ・スンマン政権の教育を再評価


「大韓民国樹立初期の義務教育」について叙述せよという編さん基準も、既存の検定教科書ではあまり扱っていなかった内容だ。大韓民国政府の樹立以降の時期は、北韓(北朝鮮)の南侵によって勃発した韓国(朝鮮)戦争や4・19革命などのように重要な諸事件を叙述するだけでも割り当てられた紙面では足りず、執筆陣が苦心を重ねなければならなかった。「義務教育制定着の努力」など手慣れぬ内容を、限られた紙面に入れて脈絡をつけて説明せよというのは、現在の教科書の分量では並大抵のことではない。
歴史的に見れば、解放直後のまだ政府が発足する以前に、義務教育を定着させようとする努力があったことは事実だ。李承晩(イ・スンマン)政府も教育法を立案して義務教育制に必要な法制を準備し、「義務教育6カ年計画」も樹立したことはある。けれどもこの計画は財政事情が劣悪だという理由でキチンと実行することはできず、むしろ当時のイ・スンマン政府は「師親(PTA)会費」「既成会費」という名目で、国家が負担すべき教育費を学父母に押しつけるやり方を取った。このような事情のせいで「はたして国家学校(小学校)教育は名実兼ね備えた義務教育なのか」という批判が提起されていたのだ。
歴史的事実がこうであるのに、今回の編さん基準はイ・スンマン政府の時に義務教育制定着の努力があったと特別に目を付けて叙述せよ、とした。これまでにはなかった内容が新たに登場した理由は何なのか、気にしざるをえない。ひょっとして誰かがイ・スンマン政府の時に義務教育制を実施しようとしたという事実を過大評価し、これを教科書に明示するようにすることによってイ・スンマン大統領に対する否定的評価を薄めようとしたのではないのか。

編さん基準の改正が先だ


編さん基準は先に公開された国定教科書の設計図に該当する文書でもある。国定教科書に現れた叙述上の問題点は、まさに編さん基準から始まったと言っても過言ではない。問題の編さん基準が検定歴史教科書の執筆基準にも援用される可能性が大きい。万が一、この編さん基準がなくならず、残っていることになれば、すぐにもお目見得する検定教科書も国定教科書と同一の内容を盛り込まなければならない。名ばかりの「検定」教科書であるにすぎず、内容は「国定」と同一になる、という意味だ。
国定教科書の編さん基準は、国定教科書の導入確定直前の2015年9月、筆者をはじめとする学者たちが国史編さん委員会の研究要請を受けて開発していた検定教科書の執筆基準案(国定は編さん基準、検定は執筆基準と呼ぶ)を一部修正したものと思われる。「編さん基準」と既存の「執筆基準案」を比較すれば類似した部分が相当に多く、新たに開発したと見ることはできないほどだ。ところが近現代史部分を中心として90余カ所ほどが明らかな違いを示す。事実上、誰かが自分の好みに合わせて検定教科書の執筆基準案を掘りかえしたものだとの感じを拭いえない。
一例として、既存の執筆基準案では「大韓民国政府の樹立」と表現されたものが、ことごとく「大韓民国の樹立」という表現に変わっている。執筆基準に「経済成長の過程を経済開発計画などを中心に叙述し、急速な経済成長の過程で社会の二極化、環境汚染、労働問題などが現れたことを叙述する」となっていた部分も削除された。経済成長の成果を説明するが、社会的二極化など、わが社会が解決しなければならない当面の課題も共に探究するようにしていたのに、編さん基準ではこれを削除し「社会構成員の努力によって幾つかの問題は既に解決されており、経済大国へと成長した」式にのみ記述せよ、と明示した。
これまで歴史教育の従業員たちは、より望ましい社会を実現するために解決しなければならない諸課題を、育ちゆく世代がキチンと認識し、また創意的にその問題に立ちむかうことができるようにすることに留意してきた。編さん基準通りに教科書を書くことになれば、学生たちは政府主導で達成した経済成長の成果だけを熱心に暗記しなければならない。民主化だとか二極化の解消など、わが社会が絶えず追究しなければならない諸課題に対するバランスある学習が困難になるだろう。
編さん基準と国定歴史教科書は針と糸のような関係だ。編さん基準を一刻も早く改定しなければならない。社会的論難をひきおこして歴史教育に悪影響を及ぼす部分に対して、力量ある研究者たちの意見を集約しなければならない。編さん基準改定の作業のない検定教科書は国定と何ら変わることのない、表紙だけ塗り変えた国定教科書にほかならない。(「ハンギョレ21」第1144号、17年1月9日付、チェ・ビョンテク公州教育大学教授)


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