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    かけはし2017.年4月24日号

シリアの人びとを殺すな


4.11

宗教者平和ネットが院内集会

空爆もミサイルもいらない

いまこそ声を上げよう

 米国のトランプ政権は、四月六日、シリアの反政府派が支配する西北部イドリス県でサリンと見られる化学兵器を使用して多くの住民を虐殺した、と主張し、ホムス県にあるアサド政権の空軍基地に地中海上の米艦から五九発ものトマホークミサイルを発射した(本紙前号1面記事参照)。
 アサド政権は化学兵器の使用を否定し、アサド政権の後ろ盾になっているロシアのプーチン政権も、アサド政権が化学兵器を保有していることを否定し、トランプ政権によるこの攻撃を厳しく批判した。安倍政権はこのトランプ政権の攻撃を支持する態度を表明した。これは明らかに「先制的・一方的」な軍事侵略をふくめた米国の戦争に付き従って、日本が共に軍事攻撃に踏む込むこと、すなわち「集団的自衛権」を行使することへのハッキリした態度表明であった。
 トランプ政権は、このシリアへの攻撃と並行して、オーストラリアに向かっていた原子力空母カール・ビンソンと空母航空団、誘導ミサイル駆逐艦、さらには米国西海岸のサンディエゴ基地からも誘導ミサイル駆逐艦などの水上戦闘群を西太平洋に向かわせた。シリアでの戦闘はただちに、北朝鮮の故キム・イルソン国家主席「生誕一〇〇周年式典」を控えた朝鮮半島での一触即発の軍事的緊張へと連動してしまったのである。
 四月一一日午後二時から、平和をつくり出す宗教者ネット(宗教者平和ネット)は、参院議員会館で「シリアの人たちをもうこれ以上苦しめないで! シリアに平和を!空爆もミサイルもいらない!」と際して、緊急の集会を呼びかけた。当初は首相官邸前の行動を予定していたが、冷たい雨が降り続く悪天候のため、急きょ場所を変更しての開催となった。集会には八〇人が参加した。

安倍首相の米国
支持談話を批判
日本山妙法寺の武田上人が開会のあいさつをした後、社民党の福島みずほ副党首・参院議員がアピール。「トランプ政権によるミサイル攻撃は、国連安保理決議を経ていない、『自衛』のためなどとは言えないものだ。化学兵器が誰によって使われたのかの調査も行われないうちにミサイル攻撃を行ったことで、検証は困難になった」と批判した。
NCC(日本キリスト教協議会)の小橋孝一議長に続いて発言した日本イスラム文化センター事務局長のクレンシー・ハルーンさんは、病院づくりや難民支援の活動を続けてきたことを紹介しながら、「アメリカはアフガニスタンで化学兵器を使った。独裁者のアサド政権が早く倒れることを望んでいるが、今のアメリカのやり方は許せない、という意見がシリアの友人たちには多い。日本政府も強い国に従うのではなく、シリアの人びとを支援してほしい」と訴えた。
日本共産党政策委員長の笠井亮参院議員は「化学兵器使用は絶対に許されない。外務大臣は『事実を確認して』と答弁していたが、まだ何の事実確認作業も行われないうちに、安倍首相は支持談話を発表した。事実の徹底究明が今こそ必要だ」と語り、北朝鮮に向けて米空母戦闘団が向かっていることについても「徹底的な外交努力」が必要との立場を語った。

戦争・貧困から
テロが生まれる
高田健さんは、トランプの爆撃への抗議行動に対しては、アサド政権への批判を理由に消極的な意見を言う人もいるし、それはわかるのだが、現に戦争に向かう緊張が深まっている時に行動し声を上げる必要がある、と語った。
イラク戦争の時、中学一年生で反戦行動に立ち上がった菱山南帆子さんは、「戦争・貧困・差別からテロが生まれる」と語り、「テロ」を生み出す根源をなくしていく活動を呼びかけた。
さらにキリスト者平和ネットの鈴木怜子さんは「六歳の時に亀戸で経験した東京大空襲の思い出」と、その体験を出発点にした平和への意思を語った、さらに日本聖公会、東京YWCAなどのキリスト者や市民運動からの平和へのアピールがあった。    (K)

映画紹介

ラース・クラウメ監督 ドイツ映画 2015年制作

『アイヒマンを追え』

浮き彫りにされる戦後ドイツの現実



アイヒマンは
何者だったか
 『アイヒマンを追え』というドイツ映画が公開された。最近上映された「顔のないヒトラーたち」は、ナチの時代に犯した犯罪を隠して公然と市民生活をしている元ナチ党員を訴追する映画だった。今回の映画は、オーストリアに生まれ後にドイツに移住しナチ党員になった元ナチ親衛隊中佐アイヒマンを、潜伏先の外国で逮捕し裁判にかけるまでの映画である。ドイツ映画賞最多六部門を受賞した。
 アドルフ・アイヒマンは、一九六〇年五月アルゼンチンのブエノス・アイレスでイスラエルの諜報機関に逮捕されて空路イスラエルに運ばれ、一九六一年四月イェルサレムで裁判にかけられ、死刑判決を受け処刑された。裁判を傍聴したハンナ・アーレントの著作「イェルサレムのアイヒマン」によると、アイヒマンは、「ただユダヤ人の絶滅に協力し幇助しただけだ」と繰り返したという。アイヒマンはユダヤ人の強制収容の責任者だった。初め彼はユダヤ人を東部ヨーロッパに、次にアフリカの東のマダガスカル島に強制移住させることを考えていたようだが、制海権をイギリスが持っていた当時の状況下では、不可能なことであり、ナチ上層部が最終的解決策として絶滅のほうに舵を切った時は、アイヒマンは残念がったという。その後のアイヒマンの役割は、絶滅収容所に移送する計画を立てて実行することだった。イェルサレムの裁判では、「検察の主張はユダヤ人の苦難の上に組み立てられていて、アイヒマンの行為の上には組み立てられてはいない」と、ハンナ・アーレントは言っている。結局、移送したユダヤ人が最終的にどこに運ばれていくのかをよく知ったうえで移送したとして、裁判では死刑判決が下された。アイヒマンはハイドリッヒら上司の指示で、何度か絶滅収容所を訪れ、銃殺や天蓋付きトラック・ガス室での虐殺の現場を見物し、そのやり方には嫌気がさしていたという。

逃亡と捜索―
様々な妨害も
映画の主人公は、西ドイツ・ヘッセン州検事長フリッツ・バウアー、ドイツ系ユダヤ人である。バウアーはかつて男娼を買い刑事訴追され、収容所に入っていたことがあったが、ナチ党員になる条件で収容所から出してもらったという。彼は外国に亡命し戦後ドイツに帰国しているから、収容所から出た後に亡命したのではないだろうか。部下の検事たちの中でカールだけが協力的だった。そのカールもナイトクラブで男娼を買いそのことをバウアーに告白すると、自分もかつて弾圧に屈服してしまったが、絶対に負けてはいけないのだとバウアーは言うのだった。
バウアーは逃亡中のアイヒマンの居所を突き止めようと、さまざまな手を尽くすが成功しなかった。連邦検事局がバウアーのもとに来て、「アイヒマンはクエートにいる」とわざとウソの情報を提供したこともあった。その頃のある日、アルゼンチンからバウアーのもとに届いた手紙で、アイヒマンがブエノスアイレスに潜伏しているとの情報がもたらされた。この情報が正しいものなのかどうか、カールに調べさせ、連邦検事局や情報局にも協力を依頼するが、これら当局はアイヒマンの逮捕に消極的であるどころか、裏で様々な妨害をしてくるのだった。バウアーは手紙が知らせたその情報にかけてみることを決意する。

今なにをする
べきなのか?
その頃、ドイツの若者がバウアーに話を聞きたいということで、会談することになった。その会談はテレビで放映された。若者たちは「ドイツの誇りは何だと思うか」と質問した。しばらくの沈黙の後、バウアーが答えたことが印象的だった。彼は「ドイツはゲーテやベートーベン、アインシュタインを生んだ。一方ヒトラーも生んだ。ゲーテやベートーベンはドイツの誇りだと言う人がいるが、それは違う。それはゲーテやアインシュタインの誇りであって、ドイツの誇りではない。ドイツにとって大切なのは、我々が今何をしなければいけないかだ」と答えた。街で会った人々は、テレビの話がよかったと口々に言ったが、あの評価は言葉通りのものだったのだろうか。
バウアーは、アイヒマンを逮捕し裁判にかければ、他の多くのナチ戦犯のことが判明すると考え、裁判は是非ともドイツで行わなければいけないと考えていた。友人である州首相にも依頼するが、連邦政府はそのつもりがないから無理だと言われる。
当時の連邦政府のアデナウアー首相は、イスラエルに武器を売る代わりにアイヒマンの身柄引き取りを断念するという選択をしたようなのだ。ドイツ基本法(憲法)では死刑が認められていないので、引き取ってもアイヒマンを死刑にできないからだ、と当時の政府関係者が言っていたというが、それは本当の理由ではないだろう。
バウアーは仕方なくイスラエルの諜報機関モサドに極秘情報を提供する一方、連邦検事局を油断させるために記者会見まで行って、偽の情報「アイヒマンはクエートにいる」を発表した。そしてアイヒマンは、ついに逮捕された。検事局は、カールがゲイと性的な関係にあることを突き止め、証拠写真を突きつけて、バウアーがこの逮捕にどのように関わっていたのかを聞き出そうとするが、カールはぎりぎりのところで警察に自首することで、バウアーを裏切らない選択をするのだった。

戦後も根を張
るナチス人脈
映画で鮮明に浮かび上がるのは、戦後ドイツの政財界に根を張るナチの人脈である。そのような意味において、この映画はアイヒマンのことではなくドイツ国民の戦後を描いている。この情況は日本の場合もよく似ているといえる。ドイツの一九六〇年頃の世論調査ですら、ヒトラーの時代が一番よかったという回答が最も多かったというから、そのようなドイツの実情に疎ければ、ドイツがアイヒマンを訴追できなかったことを不思議に思うだろう。
それでも、「アイヒマンの裁判の影響は明確に現れた。公的地位にあって罪を問われた人々の中には、大量殺害者までいるという事実は、終わりの頃のいくつかの裁判の間に初めて明らかになった」と、ハンナ・アーレントは「イェルサレムのアイヒマン」の中で述べている。ナチの犯罪に対する追及は、日本など及ばないほどに「徹底」しているように思えるが、それでもナチの時代の複雑な傷がドイツの深部にいまだ癒えずにあると感じた。戦後七二年目の日本はどこへ向かうのか、考えさせられる。
(津山時生)

コラム

築地と豊洲

 先月はテレビに釘付け。注目したのは森友学園の証人喚問と都議会の百条委員会。見苦しかったのは石原慎太郎。最初から最後まで弁明と逃げの一手。分かったのは政治家、官僚、都議会と区議会の自民党、そして大企業が一体となって利権に群がる姿。彼らには「環境」や「安全・安心」についての考慮など一片もなく、唯一あったのは国がより厳しい「新しい環境基準」を決定する前に決着つけることだけであった。
 彼らを背後で操っているのは三菱地所、東京建物、三井住友・東急・野村らの各不動産という大手デベロッパー。それに続くのが、悪名高い鹿島、清水、大成などのゼネコン。さらに三井住友、三菱UFJ、みずほなどのメガバンクが連なる。この利権屋集団の構想は東京の再開発であり、その軸が神宮外苑と築地・豊洲を中心とするベイエリア。銀座に隣接する一等地・築地から「市場」を追い出し、評価額二兆円と言われる土地を手にいれ、再開発で四兆円にも五兆円にも膨らまし儲ける算段なのだ。そして築地から「市場」を追い出すための合法的理屈こそ「東京五輪・パラリンピックの開催」なのだ。このまことしやかな「口実」があれば、市場を追い出すことができるだけではなく、財政投融資や五輪関係予算という形で税金まで使えるのだ。まさに一石二鳥。この力学が安倍をして「完全にコントロール下にある」と言わせたのである。
 地名事典を見ると「豊洲」について、「大正末期から昭和初期に造成した第五号埋め立て地。火力発電、ガス、造船、精糖などの大工場や倉庫などが並ぶ。石炭・鉄鋼を陸揚げする豊洲埠頭は五〇〇〇t級の船舶が着岸。晴海埠頭と対向する主要埠頭」と記されている。
 豊洲は関東大震災の瓦礫の埋め立て地として出発。その点では横浜の山下公園と同じ。第一次埋め立て工事が完了した一九三七年にこの地が将来豊かになるように「豊洲」と名付けられたという。そして首都東京の戦後復興、高度成長の拠点として国や都は東電、東京ガスなどに二束三文で払い下げたのだ。明治初期の八幡製鉄などの官製工場の払い下げと同じ構造だ。この方式の成功は、東京湾にとどまらず大阪、名古屋、茨城の鹿島などの臨海工業地帯計画に発展し、戦後日本の土台をなした。埋め立て地は国や自治体にとって今も昔も「カネのなる木」なのだ。今日、カジノ会場に立候補している大阪、東京、横浜などはすべて埋め立て地の利用だ。森友学園の土地もしかり。ここには戦後日本の社会問題が凝縮している。
 しかも豊洲は二〇一一年の東日本大震災の際には液化現象が起き、シアン、六価クロム、鉛、水銀、ヒ素などの有機物質が吹き出たことは完全に隠されている。特に発ガン性物質のベンゼンは国の基準の四万三〇〇〇倍も地中にあると報告されている。築地と豊洲問題は市場問題であるとともに五輪問題と一体なのだ。東京五輪反対!築地市場移転阻止こそがわれわれのスローガン。   (武)


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