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    かけはし2017.年5月29日号

亀裂が開いた、ノーの強化を!


トルコ

声明

ソシアリスト・デモクラシ・イイン・イエニヨル(第四インターナショナルトルコ支部)


 大統領に象徴的役割を超えた大きな実権を与える憲法修正をめぐってトルコで行われた国民投票は、現大統領のエルドアンが望むとおり「イエス」多数の結果となり、エルドアンの強権体制はより強固なものとなる、と評されている。しかしその票差は僅かであり、社会に走る分断もあらわになっている。この国民投票をめぐる諸問題と、結果に関する評価、そして今後の課題について、第四インターナショナルトルコ支部の声明が出されている。そこでは、今回の結果はエルドアンにとってむしろ敗北的意味をもっている、と評価されている。以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

体制の期待に
届かない結果
トルコ大統領のエルドアンがより増大した権力を得ることを可能にする憲法修正に関する国民投票の後、この大統領は勝利を宣言した。
しかし、「ノー」投票四八・七%対「イエス」投票五一・三%という結果は確実に、体制が期待した結果ではなかった。体制側は、非常事態を特徴とするここ何ヵ月か、「イエス」投票を助ける絶え間ない宣伝を行うために、一方では「ノー」投票の支持者を犯罪者扱いし抑圧しつつ、国家のあらゆる資源を動員してきたのだ。
宗教的議論、民族主義的レトリック、その愚かさが際立つ陰謀論に基礎を置く反西欧ポピュリズム……、こうしたあらゆることが、「ノー」投票擁護者に烙印を押すために行われた。そうしたことにもかかわらず、また政権により公表された結果にしたがってさえ、票決は、八〇〇〇万人のうち僅か一三〇万人という差で勝ち取られただけだった。
それは、エルドアンによって導かれるイスラム・民族主義ブロックにとっては、争う余地のないある種の敗北だ。またそれは、AKP(公正発展党)と極右のMHP(民族主義者行動党)間の連合にとっても、貧弱な結果だ。その連合は、二〇一五年一一月総選挙との対比で、全体でほぼ一〇%の票を失った。
しかしこの敗北を強めているものは、最大の三都市、イスタンブール、アンカラ、イズミルにおける「ノー」の勝利だ。それは、先にあげた最初の二都市がAKPにより支配されていることを考えればなおのことだ。加えて、イスタンブールの伝統的に保守的・イスラム的な外周は、「ノー」を選択した。AKP支持者の一〇%、およびMHP支持者の七三%が「ノー」陣営に奪われたのだ。
エルドアンに対するMHP指導者の全面的な屈服――強力な反対と対立した――は、彼の地位を守るためだったが、こうして彼の基層からの承認を得るにはいたらなかった。それゆえこの党の基層は、「ノー」として現れた実績においては、重要な要素だった。この危機は疑いなく、極右の歴史ある政党を分解と再構築という底深い進展に導くだろう。

ひどい抑圧
数々の不正
言われていることだが、諸々の結果を正統性がないとは言わないとしても高度に疑わしくしているものは、キャンペーン期間中に公正さが不在だったことに並んで、何よりも、政権が実行した不正行為に向けた「公式的な」もくろみだった。AKPがこれまで多くの場合頼ってきたさまざまな反則行為は別として、今回それは、上級選挙委員会それ自身だった。この機関は、公印のない投票用紙や封筒も、海外から届いたものではないと証明された限りでは有効となる、と決定した――国民投票の最中に、またAKP議員の求めに応じ――のだ!
二番目の補足的な決定は、今回の選択を以前の諸選挙の印で示した投票用紙の容認だった。もちろんこの印が投票所管理者の手元で見つけられるはずはまったくなかった。こうしてそれは、前もって――新しい印がない時からすでに――準備され、最後の瞬間に投票箱からの投票用紙と交換された「イエス」票すべてを有効にするためだ。
しかしながら、公印のない投票用紙のほとんどはクルディスタンで使用された。そこでは、「ノー」票がまったくない投票箱から「イエス」票がひとまとめになっている事例や、数千人の投票者に対しまったく同じ署名がある事例が大量に指摘された。クルド運動とつながりのある左翼改良主義政党のHDP(国民民主主義党)によれば、最初の監視報告から考えて、これらの事例に関係する票数は五〇万票だと思われる。国民投票に先立つ数日のHDP投票監視人二人の逮捕、そして兵士を使った票数集計時間中の集計所からの彼らの追い出しは、不正は計画されたものだった、ということをはっきり示した。
それでも、二〇一五年の実績との対比でクルディスタンにおける「ノー」票に一〇%の落ち込みがあったとすれば、われわれはまず、クルド諸民衆のかなりの数がエルドアンを支持し、クルド運動を見放した、と急いで推論する前に、不正の重みを考慮しなければならないだけではなく、次のことも忘れてはならない。すなわちクルディスタンはこの二〇ヵ月以上、紛れもない虐殺、町々の破壊、さらに五〇万人の強制追い立てにさらされてきた、ということだ。
そしてその最後のものには、三〇万人の有権者が含まれ、彼らは投票のためには、多数が殺害された彼らの居住地に戻る上で、金銭上の、また何よりも肉体的諸困難を克服しなければならなかったのだ。その上に、キャンペーンは、HDP議員一三人(その共同代表を含んで)、八〇人以上の自治体首長、さらに数千人の活動家を獄中にとられ、彼らが不在の中行われた。

強権化前に人々
の士気低下せず
差の僅かさを考えた場合、政権の選挙不正がなかったとすれば、ノー票がイエス票を上回ることも可能だった、ということはあり得たのだろうか? それは強い可能性だ。共和派のCHP(人民共和党)とHDPによれば、票の三―四%についてある種の操作があった。しかしいずれにしろこれらの深刻な選挙法違反は、今回の結果を疑わしくしていると言う以上に、国民投票を正統性のないものにし、その取り消しを必要にしている。
しかしながら政権に後退の準備があるようには見えず、エルドアンは最初の晩から「無益な討論で国をうんざりさせはしない……反対することに挑むことで君たちの時間を浪費はさせない」と語った。こうして上級選挙委員会はトルコの大公に忠実に、投票の取り消しを求める反対派諸政党が提出した訴えを拒絶した。その中で「ノー」活動家四〇人が、「イエス」投票の正統性に異議を突き付けたとの嫌疑で家や事務所を捜索された後、逮捕された。
政治的構成と一体視でき、何よりもゲジ公園反乱、またはっきりと若者たちの精神と同一視できるノー戦線の民主的諸勢力は、選挙不正と抑圧に立ち向かい今街頭にいる。独裁制への移行をはらんだ勝利宣言、こうしてまた政権の抑圧的特性の強硬化は、何らかの士気阻喪あるいはノー支持者内部の動員解除に導いてはいない。
それとはまったく逆に、エルドアンのヘゲモニー弱体化に貢献したものはノー投票に向けた決起だ、という自覚がある。それはまた、決起内部のさまざまな傾向を通じて現れる諸対立にもかかわらず、決起が共に立ち向かうならば、社会の半分は支配的ブロックの中に亀裂を開ける力をもつ、という自覚でもある。そしてその自覚が、社会の相当な層の戦闘性を発展させてきた。
もちろん、鮮明な方向性と戦術的な目標の不在の中で決起が自然に消滅する、という危険は存在する。運動は自ら組織しなければならない。そしてキャンペーン期間中に、急進左翼の大きな貢献により構築された諸々のノー集会は、そうした再構築の基礎として役立つことができる。
闘争は骨の折れるものとなるだろう。しかしいずれにしろ裂け目は今開いている。そうであればわれわれは、全力をあげて叫ぶ、「ノーは終わっていない、それは始まったばかりだ!」と。(「インターナショナルビューポイント」二〇一七年四月号)




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