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    かけはし2017.年7月3日号

国境を越えた「学習と行動」へ


4.15 アジア連帯講座 公開講座――国富報告から

トランプ政権と安倍政権 B

東アジアの反資本主義左翼の展望

 四月一五日に行われたアジア連帯講座「東アジアの反資本主義左翼の展望」の最終回を掲載する。この講座以後、トランプ政権のパリ協定からの離脱と、政権自体の内部分解の深化、そして英仏の選挙結果、東アジアでは韓国でのムン・ジェイン政権の誕生など新しい動きが始まっている。グローバル資本主義の危機の中で、改めて反資本主義左翼形成のための基軸をどう据えていくのかの討論を深めよう。(編集部)

(1)シリア攻撃と朝鮮半島危機の連動について(承前)


  (c)アフガニスタン戦争・イラク戦争を通じて今日の世界の「カオス化」に決定的な「貢献」を行ったジョージ・ブッシュ米元大統領の世界認識はどのようなものだったか。
 「二〇世紀のほとんどの期間、世界は思想をめぐる大きな闘争によって分裂してきた。それは破滅的全体主義と自由・平等との戦いであった。/この大きな闘争は終わりを告げた。ユートピアを約束し、現実には悲劇をもたらした、階級・民族・人種をめぐる好戦的ビジョンは敗北し、信用を失墜した。……それはアメリカにとっての機会が与えられる時でもある。われわれは、影響力を持つこの瞬間を、数十年にわたる平和、繁栄、自由へと転換するために活動しなければならない。アメリカ合衆国の国家安全保障は、われわれの諸価値と国益の結びつきを反映する明白なアメリカ的国際主義に基づいたものになるだろう」(「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)、二〇〇年九月)。

 (d)そして、このブッシュ・ドクトリンに裏打ちされたイラク侵略戦争の中で、読まれていたアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの『〈帝国〉』(二〇〇三年邦訳、実際に書かれたのは一九九一〜九九年にかけてである)もまた、「ソ連・東欧社会主義」の崩壊と、新自由主義的グローバル資本主義の制覇を動かしがたい前提として書かれていたことは間違いない。
「帝国主義とは対照的に〈帝国〉は、脱中心的で脱領土的な支配装置なのである。これは、その絶えず拡大し続ける開かれた境界の内部に、グローバルな領域全体を漸進的に組み込んで行くのである。〈帝国〉は、その指令のネットワークを調節しながら、異種混交的なアイデンティティーと柔軟な階層秩序、そしてまた複数の交換を管理運営するのだ」。
「主権的な国民国家を自らの秩序の中に従属させるグローバル資本主義の階層構造は、植民地主義的・帝国主義的な国際支配の回路とは根本的に異なっている。植民地主義の終焉はまた、近代世界と近代的支配体制の終焉でもあった。近代植民地主義の終焉は、もちろん無条件の自由の時代を切り開くものではなく、グローバルな規模で機能する新しい支配の形態に道を譲ってしまったのだ」。
ここでは「脱中心」的(それは脱「周縁」でもある)で柔軟な、新自由主義的グローバル支配の在り方が支配の構造として前提されており、そうした支配への抵抗主体である「マルチチュード」は直接的にグローバルな存在として形成されるのである。そしてあらゆるローカルでコミュニティー的な抵抗は無効化されている。

 (e)一九九〇年代、「帝国主義」「社会主義」「第三世界」といった世界の在り方が、「社会主義の敗北」、新自由主義と「開発独裁」の結合という形で大きく変化していったとき、日本では戦後の歴史教育を「自虐的」として批判し、「日本人の誇りを取り戻す」歴史教科書を作り出す動きが、「自由主義史観研究会」、「新しい歴史教科書をつくる会」などを中心に始まった。
だが鳴りもの入りで宣伝された「新しい歴史教科書をつくる会」会長(当時)の西尾幹二が著した『国民の歴史』(一九九九年)は、「日本国民の誇りを取り戻す」どころか、新自由主義のグローバルな制覇による「国民の歴史」の敗北への絶望感・ニヒリズムを告白するところで終ってしまった。
「これからのわれわれの未来には輝かしきことはなにも起こらない。共産主義体制と張り合っていた時代を、懐かしく思い出すときが来るかもしれない。目の前では静かな機械の音だけが、カタカタと響いてくるとりとめもない空間が明るい人工灯のもとに広がっている。見渡すかぎり明るくなりつつあるのに、それなのに私たちの生は当てどなく、人格的な意思を欠いている。確かなものを求めるには、それも当てにはならないのだが、内面の暗部へとでも降りていくほかには仕方がないのであろう」。

(2)新自由主義的グローバル化と反グローバリゼーション運動――それが突き当たった壁は何だったか


新自由主義的グローバリゼーションへの大衆的反撃として、特徴的には南米左派政権の誕生(ポルトアレグレとルラ政権/二〇〇三年)、メキシコ・サパティスタ民族解放戦線(FZLN)とチアパスの闘い(一九九四年一月一日)、イラク反戦運動とオルタグローバリゼーション運動(世界社会フォーラムに代表される)の結合などによってTINA的世界認識を突破する闘いが登場した。
しかしこの反グローバリゼーション運動の「もう一つの世界」をめざす攻勢は、大きな「秩序の壁」にぶつかり、それを突破できなかった。
イスラム世界におけるIS(イスラム国)の拡大、そして帝国主義世界における極右レイシスト・ファシスト的傾向の急速な伸長は「アラブの春」の圧殺、そしてオルタ・グローバリゼーション運動の主体的限界と、密接に関係している。
イギリスのEU離脱(BREXIT)、フランスのルペン現象、そしてドイツ、オランダでも――これらトランプと同時代的な現象は、まさにオルタグローバリゼーション運動がぶつかった「壁」の否定的副産物にほかならない。
同時に欧州左翼の挑戦とその限界を見ておかなければならない。例えば、ギリシャ・シリザの債務返済・「緊縮政策」の強制に抗したEUに対する闘いと困難性。フランス・NPAとオルタ・グローバリゼーション運動がぶつかった政治的困難と一部の分裂。さらに大統領選におけるNPAとプトー大統領候補の健闘と新しい挑戦などが挙げられる。
つまり、この左翼がぶつかったグローバル資本主義の危機とオルタナティブの不在という共通の「困難」という現実を、どこで突破しようとするのかとして問われている。そこでは「国際主義」と「政治権力のための闘争」、そのための統一戦線(共同戦線)、そして社会変革のためのオルタナティブという「古典的」問題意識、すなわちロシア革命一〇〇年をどう総括するのかということを含めてあらためて追求することが必要となるのではないか。
さらに「アラブの春」に対する反革命としてISなど反革命的宗教的原理主義の問題に対する評価が問われている。ISなどへの「融和的」な路線については明確に批判すべきである。
また、東シナ海、南シナ海問題と中国の拡張主義、フィリピンのドゥテルテ政権に対する評価の論議も重要だ。
とりわけドゥテルテ政権を支持するフィリピン左翼のスタンスとの独立的な批判が求められている。なぜならばミンダナオにおけるわが同志ルベン/革命的労働者党・ミンダナオ(RPM―M)が軍によって虐殺(三月四日)された事件は、典型的な事態だ。アジア連帯講座は、四月五日、フィリピン大使館に同志虐殺に抗議し、「不法な殺害事件を調査し、責任者を裁判にかけることを求める。この殺害行為を処罰せよ」と申し入れた。

(3)トランプ現象と安倍政権 


「トランプ現象」は決してアメリカ政治の「突然変異」ではない。そしてトランプの「アメリカ・ファースト」の宣言は、アメリカの自信の表れではない。その逆だ。それは新自由主義的グローバル資本主義システムそれ自体の長期にわたる行き詰まりの政治的表現であり、アメリカ帝国主義が、新しい秩序の形成者たりえないことの宣言だ。
今後の方向性について小林秀史は、「かけはし」(一月三〇日号)で「米国の覇権の終焉の始まりは新たな混沌の始まりでもある。それは資本主義世界経済の新たな危機をもたらす可能性が非常に大きい。一時的な調整は世界的な保護主義の連鎖を意味し、それに耐えられる国内的基盤がない国は資本主義世界経済の『弱い環』となって、危機の連鎖を起こすかもしれない」「残念ながら新自由主義的グローバリゼーションの終わりを前に、台頭しているのは米国やヨーロッパにおける極右勢力であり、右翼的かつ独裁的な民族主義者プーチンのロシアであり、中華民族主義への傾斜を進める資本主義中国である」と提起している。この認識を大枠で共有し、任務の具体化へと踏み込んでいこう。
安倍政権は二〇二一年まで自ら政権の座に居座ることができるように自民党大会で任期を延長させた。二〇一八年は「明治一五〇年式典」、二〇一九年には新天皇即位、二〇二〇年は東京五輪。「改憲」のプログラムはこの一連のイベントの中に組み込まれている。そしてこの期間は、米国トランプ政権の第一期と重なっている。
われわれはこの期間中に安倍政権を退陣させ、改憲プログラムを止めなければならない。そのためにはこの間の「野党共闘」の闘いや、沖縄での島ぐるみの反基地闘争の枠組を発展・強化させるために、左派としてその一翼を担おうとする。
しかし同時に、われわれは左翼としての独自の役割を発展させ、その中から次の新しい左派主体の独自的形成を展望していくことが必要だ。そのためには韓国、中国・台湾・香港、そしてフィリピンをはじめとするアジアの仲間たちとの共同戦線をトランプ・安倍に対して共同して形成していくための討論と行動を意識的に作り上げていくことが何よりも求められている。
フィリピンでの「アジア学校」の役割、そしてそれと連動した日本での取り組みについて共同した活動目標の設定と、その実践が求められている。「アジア連帯講座」を名実ともに「学び、行動する」集いとするために奮闘していこう。(おわり)

 


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