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    かけはし2017.年9月11日号

広場闘争以後、革命後の革命を見通して


「変革を設計しよう」シーズン2

イ・チョンフェ共同代表 社会変革労働者党

 以下の論文は世界情勢に結び付けて光化門で展開されたろうそく革命以降を総括している。安倍自公政府と闘う私たちの闘いの参考に紹介する。(「かけはし」編集部)

 2007年末以降全世界を揺るがした金融危機に次ぐ世界恐慌は百年の恐慌という比喩が色あせしないほどに低迷が深く、これまで持続されている。10年の景気低迷を経て、量的緩和で需要を支える、大規模な財政赤字を根幹として維持されるいわゆるニューノーマル時代に差しかかっているが、代案的資本運動の見通しは見えない。一方、このような景気低迷は、資本の危機であると同時に労働者、民衆の生活の危機として迫ってきた。米国、EUなどの中心部の危機は、量的緩和などで周辺部へ、労働者、民衆の生活の危機に転嫁された。地球的水準の労働者、民衆の生活の危機は、大陸別の特性を見せ、アラブの春、ウォール街占拠闘争(OCCUPY)、南欧州を中心とする欧州労働者民衆闘争として革命的に表出された。このような闘争は各大陸だけでなく、国家別資本の性格と労働者、民衆の政治社会的条件が反映され、表出されて政治的に異なった様相に帰結した。景気停滞と移民問題でEUが揺れ、冷戦を基盤として形成された戦後体制が否定されていった。そしてアメリカをはじめとして、フランスなどヨーロッパ各地での闘争の政治的転化という側面から眺めると、近代資本主義と共にした代議民主主義体制さえも揺れている。

広場闘争でのヘゲモニー交代

 入試不正から不正で綴られた梨花(イファ)女子大学の学生らの座り込みでも分かるように、広場のろうそくは全面化された差別と排除に対する、すでに予告された闘争だった。このような差別と排除は整理解雇と派遣制で始めた97年新自由主義の資本蓄積戦略が全面化された不安定、労働体制に起因する。正規職と非正規職、男と女などに分かれた差別と排除がそれだ。さらに、小さな政府を掲げ、民営化、外注化などで公的体制としての国家体制を解体してきた結果、根幹としての共和国体制と87体制によって構築された民主主義が崩壊したことがその決定的な背景として作用した。特に、セウォル号事件、三星電子の労働者、白血病、労災事件と同じように、社会安全問題が大々的に提起された背景でもある。一方、分断やイデオロギーに基づいた硬直した対北朝鮮政策がもたらす政治・経済的な効果による経済的自由主義と政治的保守主義の不適応もまた、その背景でもある。さらに、大衆的要求にもかかわらず、文化界のブラックリスト、国定教科書採択のような理念対立の体系を企図して日本と慰安婦問題の合意やサード配置などで韓国を韓米日軍事体制の下位に配置することで、大衆的な怒りを触発することになる。
特に2015年、民衆総決起から始まった一連の労働者、民衆闘争が火種の役割をしながら広場闘争が巻き起こっている。しかし、退陣闘争に火がついていた11月30日26万人余りが参加する民主労総のゼネストがあったが、大工場労働者たちの無関心で破壊力のない形式的なゼネストに終わった。総資本に対抗する階級としての労働者隊伍は鉄道のような一部のストの事業所の闘争を除いては多くなかったのが事実だ。先立って言及したサービス部門を含め、主に生産手段との結合度が低い不安定、労働者の参加はあったが、それでも生産手段に緊迫度が高く、長時間労働に縛られた工業団地の様々な形の不安定、労働者の参加は現実的に不可能で低かった。初期広場闘争当時、「民衆総決起闘争本部」の動力と体系が中心的な役割を果たしたが、「退陣行動」が構成されて、労働者、民衆のヘゲモニーは失われていった。そうして退陣闘争の主要要求で、労働者たちの当面の要求である成果へのリストラ制度を除いた労働者の階級的要求は反映されなかった。

戦術的袋小路と制度政治の浮上


広場に集まった大衆の熱気は高く、大統領府を強く圧迫した。大統領府の中に居続けた朴槿恵(パク・クネ)は回答がなく、闘争戦術を変えない限り、権力の座から引き下ろす他の方法がなかった。現実的方法としての弾劾カードが採択され、広場の闘争は法と制度の力に頼ることになり、結局は広場の熱気に驚き、広場の周辺をうろうろしていた自由主義者が情勢の主導権を握り始めた。国会で弾劾が決定されたのに続き、憲法裁判所でも弾劾が認容されると、法による手続きに従って大統領選挙局面に突入することになる。このように広場闘争が制度政治領域に導入されることにより運動は急激に衰退した。この過程で、制度政治と政治的連帯関係を形成していた市民運動陣営の積極的役割も否定できない。そうして選挙という制度的秩序によって闘争は抑圧されて、革命性は去勢された。87年、民衆抗争に続いた労働者大闘争のような、民主主義獲得に次ぐ階級闘争への連続的な闘争はなかった。人間の権利を生存圏に拡張させ、普遍的人権を社会権に拡張して、階級的要求を掲げた社会経済的な体制転換闘争で局面を転化するために民主労総はゼネストを民衆運動の陣営は民衆総決起を企画したが、結局は失敗した。広場闘争の革命性は、すでに去勢され、階級運動陣営の微弱な力量に、制度的な秩序を超えることはできなかった。「革命の中の革命」はなかった。

階級形成の刷新・組織化の展望


国家財政を投与して労働所得を増やす政策施行が予見されているが、期間制・派遣制・請負制そして特殊雇用労働者など多様な形態を帯びている不安定、労働体制を揺さぶってはいない、労働時間短縮に対する計画もない。特に工場自動化、スマート工場、生産・流通及び消費までを包括するデジタル化などは今も進められており(政治的操作として提起される面がなくはないが、)「4次産業革命」が進むほど、多様な労働形態が見られるものである。このように労働市場の柔軟化と産業の変化による労働形態の変化で、生産手段との緊迫度が極めて低い不安定、労働が今後も持続的に量産されることだ。このような階級構成の変化は今回の広場闘争で見たように、労働者の組織と動員そして政治的組織化に他の様相と経路を見せてくれた。
最近、欧州や米国の闘争と選挙で組織された労働の階級の代表性が弱まり、これを基盤にした既存の政党体制が崩壊したり、揺れたケースを見てきた。同時に闘争を通じた階級の形成と政治的組織化の事例は多様に表出された。闘争の組織化を通じたスペイン・ポデモスの事例、日常的街頭の組織化を政治的に作り上げたイタリアの五星運動の事例、既存の政党の秩序を否定して独自勢力化を推進したフランスの事例、金融危機以降、街頭へ追い出された不安定労働者の組織化で従来の秩序に編入を試みた米国・サンダースの事例、ラスト・ベルトを基盤に既存の秩序に乗りながら、政権獲得に成功したトランプ、そして独自の組織化を試みたフランスをはじめとする欧州の右翼政治勢力など多くの事例がある。さらに、今回の韓国大統領選挙でも最後には安哲秀(アン・チョルス)、洪準杓(ホン・ジュンピョ)までバスツアーという既存の政党の秩序に依存した選挙方式とは別の街頭の組織化を試みたケースが見られる。このような階級的条件と政治的環境の変化がすべてを規定していないが、少なくとも規定する要因として作動する可能性が高いという点で注目すべきだ。
明日が見えない資本主義の不安定性が持続されている今、それを克服する代案社会としての社会主義、その当事者としての労働者階級の再結成化に対する企画が開始されなければならない時だ。
(「変革と政治」社会変革労働者党)

ふるさとの土を踏みたい

朝鮮籍在日同胞の夢

 私の仕事場で専任研究員として働いている30代の彼は在日同胞3世だ。日帝強占期に日本に渡って行った祖父母の時から今日まで日本で暮らしてきた。朝鮮学校に通った彼はわが国の言葉が達者だ。昨年末、彼は結婚した。連れ合いもまた朝鮮学校出身の在日同胞3世。けれども日本で弁護士として働いている彼女と離れて暮らしている。まさに故郷が済州島である彼女は、ただの一度も済州島の地を踏んだことがない。

日本に責任を問う
「歴史的証拠」
結婚する前に彼は言っていた。新婦が結婚式の時に着るきれいな韓服をあつらえに故郷・済州に来たがっている、と。ささやかな願いはかなえられなかった。国籍が韓国籍である彼と違って、彼女は朝鮮籍であるからだ。少し前に、仕事の帰りがけに彼はもう1つの望みを慎重に持ち出した。彼女が今年の夏にたった1度でも済州に来ることができたならばなあ、と。外国人は簡単に踏み入れることのできる特別自治道なのに、彼らにとってはなぜこれほどに難しいのか分からない、と。彼らはなぜこのような扱いを受けなければならないのか。
いまだに朝鮮籍の在日同胞は故国を自由に往来することができない。キム・デジュン、ノ・ムヒョン政府の時は比較的自由に出入りすることができたが、イ・ミョンバク、パク・クネ政権の9年間は、初めから彼らの手足は縛られていたからだ。朝鮮籍の在日同胞が韓国に入って来ようとするなら、まず在日韓国領事館で審査を受け、一時的な旅行証明書が受けられなければ入国することはできない。
そもそも朝鮮籍とは何だったのか。戦後の日本が在日同胞に政治的に押しつけた1つの記号だった。だから「朝鮮籍」というのは、日本政府に責任を問うわれわれの歴史的証拠でもある。故国の地を踏もうとすれば、常に注目の対象となる在日作家・キム・ソッポム(金石範)先生を見よ。1回の通過儀礼がすまなければ証明書が発給されず、故国に入って来ることはできなかった。分断以前の祖国、いつかは実現するであろう統一祖国の名前だという意味で自ら無国籍者の道を選んだというこの小説家。「朝鮮籍」は彼にとって統一の象徴的符号だ。韓国籍に変えず、日帝強占期の産物である朝鮮籍にこだわっているこれらの人々の立場は少しずつ異なりはするけれども、ハンギョレ(同じ同胞)であることに変わりはない。
済州出身の在日同胞数は慶尚南道に次いで多い。特に日本は1923年に大阪―済州を結ぶ定期旅客船キミガヨマル(君代丸)を運航し、済州の人々を安い労働力として日本に運んだ。1934年、一時は道民の4分の1が日本に旅立った時期もあった。そのうえそこは解放後の韓国現代史の惨劇である4・3を避けて生きるために離れた土地でもあった。この地のけわしい時代が故郷に背をむけさせた存在だ。多くの在日第1世代が理念のきずなに縛られて故郷の地をひとたび踏むこともかなわず、この世を去った。時たま父母の墓参りのために、自由往来のために韓国籍に変えたといって物寂しい表情を浮かべる在日同胞たちに接する。
生前に出会った大阪生野区のヤン氏ハルモニ。解放空間の時に韓国においてきた娘がいたが、ハルモニは「韓国籍に簡単に変えることはできません」と語った。ハルモニは2002年のキム・デジュン政府時節、在日同胞の母国訪問団の一員として夢にまで見た故郷の地を踏むことができた。半世紀ぶりに娘に会ったハルモニは「時局がわれわれを引き裂いたのではないのか」と涙を流すばかりだった。そのように統一される日を夢見ながらハルモニは、この世を去った。

韓国近現代史の
冷ややかな肖像
南北梗塞の局面で、罪なく罪を侵した者のようにもどかしがっている人々が、かの国にはいる。人権の日射しのあたらない中で暮らしている彼らは韓国近現代史の冷ややかな肖像だ。今こそ政治的見解を離れて彼らに接してはならないのだろうか。この時代、われわれの前には統一時代を開かなければならない堅固な門がある。その門の中に入ろうとするなら、まず閉じられたこの門からして開かなければならない。
現在、連れ合いの済州訪問を待っている研究員の心情は複雑だ。今夏、この在日同胞3世の妻の故郷訪問の夢は実現されるのだろうか。最近、カン・チャンイル「共に民主党」議員が発議した在日同胞関連の旅券法改正案や在日朝鮮籍の自由な往来を受け入れよという市民団体の動きを見ながら、ほどなく出てくる入国申請の結果を期待して見ている。(「ハンギョレ21」第1172号、2017年7月31日付、ホ・ヨンソン詩人、済州4・3研究所所長)

朝鮮半島通信

▲韓国与党の共に民主党の朴完柱首席報道官は「第5回世界日本軍慰安婦記念日」である八月一四日、定期国会で国家記念日に指定するための法案を処理すると表明した。
▲米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン(UFG)」が8月21日から開始した。
▲朝鮮民主主義人民共和国(以下、「朝鮮」という)は8月26日、江原道旗対嶺から日本海に向けて飛しょう体を発射した。
▲韓国の朴槿恵前大統領らへの贈賄の罪などに問われているサムスン電子の李在鎔副会長の裁判で、ソウルの裁判所は8月25日、前大統領の長年の知人の娘らへの支援を賄賂と認め、懲役5年の実刑判決を言い渡した。
▲朝鮮中央通信は8月23日、金正恩委員長が国防科学院化学材料研究所を視察したと報じた。視察の日時は不明。報道によると正恩氏は、研究所を刷新して生産能力を拡張し、弾道ミサイルに使う固体燃料エンジンや弾頭を増産するよう指示した。また労働新聞は8月26日、金正恩党委員長が故・金正日総書記が軍事優先の政治を始めた25日の「先軍節」にあたり、朝鮮人民軍の特殊部隊の訓練を指導したと報道。


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