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    かけはし2018年2月26日号

8時間働けば普通に暮らせる労働社会を


ペテンはもうたくさん、「働き方改革」はいらない

しっかりした規制と低賃金打破を

雇用破壊に総反撃の闘いへ

生活・権利破壊の攻撃だ!


 安倍首相は一月二二日の所信表明演説で、「長年議論だけが繰り返されてきた『同一労働同一賃金』。いよいよ実現の時が来ました」、「我が国に染みついた長時間労働の慣行を打ち破ります」などとまたも大見得を切りつつ「働き方改革」をバラ色に描き出し、その推進と今通常国会内成立への決意を表明した。
 しかしこの「働き方改革」の真実は、そこで並べられた根拠も脈絡も曖昧な美辞麗句とはまるで逆の、労働者にとってはもっとも基軸的な労働時間規制の解体という、労働者民衆の生活と権利と尊厳を破壊する猛毒の攻撃にほかならない。すでにその真の姿は隠しようもなくそこここに顔を出している。
 たとえば、安倍が切った先の大見得ですら、提案されようとしている実際の政策内容とはまったく逆であること、むしろ悪質なペテンであることは、過労死・自死遺族からの鋭い糾弾を先頭に、すでに多方面から暴露され、そのメッキは相当にはげ落ちている。さらに、裁量労働制拡大を正当化しようと予算委員会で安倍が得意気にもち出した厚労省データは、ねつ造とも言うべきそのいかさまさがたちどころにあらわにされた。そして安倍は無惨に答弁撤回と謝罪に追い込まれたのだ。
 しかし安倍政権はそれでもこの攻撃をあらゆる策を弄して、どのようなイカサマでも動員して押し通そうとするだろう。それはこの政権成立直後からの一貫した路線であり、資本主義の行き詰まりに対する支配的エリートの世界的に広がる核心をなす回答だからだ。「岩盤規制を壊す」と安倍がことあるごとにもち出すドリルの刃は、何よりもまず労働の規制にしっかりと当てられている。それは、二〇一五年九月に、戦争法と一体的に強行された労働者派遣法改悪にはっきりと示されていた。
 労働者民衆の断固とした逆襲が求められている。安倍政権のこのあくどい攻撃を何としてもはね返さなければならない。何よりもわれわれにはもう何年も、暮らしを締め付ける過酷な現実がのしかかっている。この現実への労働者民衆の怒りとそれをはね返そうと現実に展開されている闘いこそ、安倍に反撃する最大の基盤だ。労働の非正規化と一体化した貧困の拡大と長時間労働の蔓延、また職場の無権利化には、労働分野の規制解体の進行が紛れもなく作用しているからであり、「働き方改革」はこの現実を倍化するものでしかないからだ。
 この過酷な現実への怒りとそれを変えたいという切望を、社会の現場から、その隅々から突き出そう。それを、労働規制の強化、八時間働けばふつうに暮らせる社会、という具体的でシンプルな要求を軸に安倍政権に逆襲する幅広く団結した闘いに変えよう。それこそが安倍政権の、この過酷な現実とそこからの脱却に向けた切望を逆手に取り、「働き方改革」をその打開策と装う安っぽいペテンを粉々に打ち砕く、またそうすることで安倍を窮地に追い込む、もっとも根源的な力となるだろう。
 そのような闘いの盛り上げをめざして、全国一般全国協、全国ユニオン、コミュニティユニオン全国ネットワークの呼びかけで幅広い共同による「八時間で暮らせる賃金を」全国キャラバンがすでに準備に入っている。またこの間、安倍の雇用破壊に粘り強く共同の対抗行動を積み上げてきた「雇用共同アクション」も多用な行動を呼びかけるだろう。われわれもまた各地で、大胆に多様な共同を織り合わせつつ、全力を注いでそれらの闘いを押し上げよう。
 以下ではそこに向け、「働き方改革」に込められた攻撃がどのようなものか、またそこに否応なくつきまとうことになる弱点を、いくつか絞って確認してみたい。

具体的な政策メニューは


 まず「働き方改革」の全体像をざっと理解するために、打ち出されている実際の政策メニューを一覧として整理してみたい。すると上の表のようになる。これはあくまで、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」に基づくものだ。実は法案としてはまだ決定されていず(本稿記述時点で)、厳密には若干の変更もあり得るが、基本の骨組みが変わることはないはずだ。
 まず実に広がりのある法改訂が狙われていることが分かる。しかしそれだけでは全体の性格は必ずしも見えてこない。そこで、その改訂が狙う政策方向を分類してみる。つまり、規制解体か、それとも外見上規制強化に見えるものか、という区分けだ。この表で、☆印を付けたものは規制解体、●は外見上規制強化、だ。一言ことわっておくが「外見上……見える」との但し書きは、そう見えるが実際はそうではない、ということであり、それは後で簡単にふれる。
 この表を見ると、一見規制強化項目が多そうに見えるが、それが実は規制強化の意味をなさないものであることを加えれば、全体は明らかに規制解体に傾いていることが、そしてその中心が、高度プロフェッショナル制度の導入と裁量労働制の拡大という、労働時間規制解体にあることがはっきり見えてくる。
 言ってみれば、外見上の規制強化項目は、その中心的規制解体策を飲み込ませるための、いわば毒を包むカプセルの役を当てられているのだ。それは、安倍政権成立から始まる規制解体策動の経過を振り返ればなお一層はっきりする。

労働時間規制外しが狙い


 それでは、安倍政権の労働に関わる規制解体策はどう推移したのか。二〇一三年はじめから、規制改革会議などを中心に、様々な規制解体メニューは検討されていた。雇用の流動化と多様で柔軟な働き方(もちろん使用者にとってということであり、その意味では本来「働かせ方」とすべきだ)の実現が強調され、そしてそこで解体をめざす規制の三本柱として、派遣労働規制、労働時間規制、解雇規制が挙げられていた。
 そして、雇用流動化に関してハローワーク業務の民間開放・人材ビジネス振興などを着実に進めつつ、この三本柱の法案化が順次めざされた。それを時系列で見れば、二〇一四年通常国会に労働者派遣法改悪案上程、二〇一五年通常国会に、今回策されているものとほぼ同じ高度プロフェッショナル制度導入プラス裁量労働制拡大を盛り込んだ、労働基準法改悪案上程となる。
 政権のもくろみは明らかに、派遣法改悪案を早々に成立させ、即座に労働基準法改悪案成立をめざす、というものだった。もちろん次には不当解雇の金銭解決の法制化が控えている(現在厚労省の研究会という舞台で激しいつばぜり合いが続いている)。そしてこの段階では、「長時間労働の是正」も「同一労働同一賃金」も、影も形もない。
 しかし彼らのもくろみは外れ始める。当事者を含む労働者と社会的な抵抗に加え政権の都合による解散総選挙(二〇一四年末)もあり、派遣法改悪案の成立が二〇一五年九月まで延びたからだ。そして戦争法強行突破による安倍の支持率低下は、労働基準法改悪案の強行には、まさに逆風となった。
 その内容が、「残業代ゼロ」や「定額働かせ放題」という露骨に不公正で長時間労働のさらなる助長にしかならない、そして根本的には労働者から自由な時間を奪い取るという尊厳否定を内包したものであることが隠しようもなく、強い抵抗が容易に予想されていたからだ。第一次安倍政権がいわゆるホワイトカラーエグゼンプション(今回の高度プロフェッショナルをもっと広く全般化したもの)強行に失敗していたことも、記憶に残っていたかもしれない。
 ここに突如浮上したのが「総活躍プラン」、そしてそれと一体化された「働き方改革」であり、やにわに「長時間労働是正」と「同一労働同一賃金」が吹聴されることになった。いわば悪辣さをぼかして労基法改悪強行突破に向かう仕切り直しであり、結局それは、「働き方改革実行計画」として集約される中で、労基法改悪案は一度も審議されることなく廃案、今回の「働き方改革」関連法の中に組み込まれたのだ。
 この経過は、「長時間労働是正」も「同一労働同一賃金」も後付の付け足しであり、「働き方改革」の心棒が労働時間規制外しにほかならないことを浮き彫りにするものだ。それゆえにまた、「長時間労働是正」も「同一労働同一賃金」も自ずから無内容なお飾りになる運命だった。

あまりにお粗末なお飾り

 とはいえお飾りとして掲げられた「長時間労働是正」と「同一労働同一賃金」の内容はあまりにお粗末だった。「働き方改革実現会議」などと仕掛けだけは大げさだったが、そこから出てきたものは、即座に多方面から批判の嵐に迎えられ、一般紙も批判的に報じざるを得なかった。
ここで問題点をあらためて詳細に取り上げることは控えるが、主要点は簡単に確認しておこう。まず残業規制だが、労基法七〇年の歴史を画する規制などと自讃されたものは、結局はさまざまな特例条項を設けながら、最長労災認定基準の月一〇〇時間残業までも認めるものだった。そして、研究・開発部門は規制除外とされ、自動車運転業務、建設業務、医師は最低五年の適用猶予だ。
この適用猶予は、過労死認定件数が相対的に多い業務(自動車運転業務は最多数業務)が対象なのだから、まさに何のための規制か、誰もが怒りを覚えるだろう。そして月一〇〇時間まで処罰を逃れることのできる特例、つまり抜け穴を付けたことは、使用者をその活用へと誘導する。現に、不用意な処罰を怖れ三六協定をあらかじめ月一〇〇時間近くに設定する動きがすでに出ている。この上限規制は、長時間労働の是正どころか長時間労働の温床にすらなりかねないのだ。
では「同一労働同一賃金」はどうか。これも、同一企業内の、非正規労働者に対する不合理な待遇、差別的待遇の禁止というものに過ぎない。そこに社会的な普遍性は何もなく、しかも何が不合理か、差別かの基準は、従来の労働慣行を踏襲した上での業務内容や責任などとの均衡とされ、極めて曖昧である上に、現在と何が変わるのかという水準だ。結果としてそこで可能になるのは、極めて限定的な手当の支給や企業内施設の利用でしかないのだ。
加えて、この非正規差別に対する闘いで今多くが武器にしている労働契約法二〇条はあっさり削除され、パートタイム労働法に統合されている。それには今後の闘いを困難にするとの懸念が早くも指摘されているが、その削除の妥当性を含めここに込められた意図には大きな疑念が残る。差別ではないとの挙証責任を使用者に課す、との提言があっさり無視されていることも付け加えておきたい。
そもそも今回の要綱には「同一労働同一賃金」という用語はまったく使われていないのだ。にも関わらず今回の提案を今もって「同一労働同一賃金」実現と吹聴し続けるのは、もはや誇大広告を通り越して詐欺と言うべきだろう。
批判の嵐はまさに当然であり、お飾りとしての機能はすでにぼろぼろになっている。
しかしそれは、現実とそれを生み出している原因に真剣に向き合う気がないこと、最大の原因者である使用者への制約を徹頭徹尾避けていることの必然的結果だ。したがって、そのメッキのはげ落ちはどのような甘言をもってしても止めようがないだろう。そして最後のとどめとなる力をもつものは紛れもなく、現場からの怒りと要求の突き出しにほかならない。

敵の思い通りにはならず

 ここに見てきたお飾りの無内容さとその早々とした露呈を含めて、安倍政権がもくろんだ労働規制の解体策動は、必ずしも彼らが思い描いた通りには進んでいない。スケジュール設定の遅れについてはすでに見た通りだ。昨年七月に浮上した連合取り込みの策動が、まさに現場からの反撃によって頓挫したことも記憶に新しい。そしてこの頓挫は、連合指導部に対する社会的不信の浮上とその求心力の低下、マスメディアに広がり始めた「働き方改革」への警戒感、さらにその後に民進党分裂と立憲民主党の浮上が続いたことにより、安倍にとっては思いのほか重いものになったと思われる。
そのような経過に照らせば、今もってお粗末なお飾りを頼りにせざるを得ないこと、さらに今回露呈したねつ造的データへのすがりつきは、政権の底に潜むある種の焦りをうかがわせる。そしてその根源には、現実の深刻さと政権の政策がもつ重大な退行性の矛盾が間違いなく作用している。
だとすればこの矛盾は今後共繰り返し現れるはずであり、われわれ労働者には、それをも闘争の武器に変えるチャンスが与えられるだろう。そうした矛盾の現れすべてを逃すことなく、「働き方改革」を葬り去る広範な声をつくり出すことが挑戦課題になる。

一括審議と強行突破

 それゆえにこそ特記しなければならないことがある。議論封じの強行突破が最初から仕組まれているという点だ。つまり、これだけ多くの項目の、性格も労働規制に関わる八本の法律に広がる違いをもち、しかも多くの深刻な問題が潜む、また当然ながら多くの労働者の暮らしと生き方を左右する重大な法改訂が、一本の一括改訂法案としての国会上程が計画されているのだ。これは、二〇一五年に戦争法案審議の際に強行されたやり方とまったくおなじであり、国会議員による、本質的には国民による法案審査を抑圧する、反民主主義的暴挙と言わなければならない。
戦争法案審議でも現実になったが、実際面でもこうした審議抑圧が審議漏れを起こす問題も無視できない。それは事実上、漏れた問題の処理を行政機構の裁量にゆだねかねない問題を内包する。行政機構の権限膨張と一人歩き、ひいては国民主権の空洞化をも引き起こす深刻な問題だ。
おそらく、一本の法案審議であれば、衆院○○時間、参院○○時間との慣例的な審議時間確保で早期の成立が可能という、という計算が働いているのだろう。しかしそんな軽い計算でわれわれ労働者の運命が左右されることなど到底許せるものではない。
この法改訂の前提となった労政審審議が恐ろしく粗雑だったことにも留意が必要だ。「働き方改革実行計画」確定が昨年三月二八日、それを受け労政審審議は早くも四月七日から始まり、先に見た多くの項目を大急ぎで処理、同九月一五日には、ほとんど議論もないまま雇用対策法改訂をもどさくさ紛れに滑り込ませた一括法案の建議にまとめている。
その背景には、昨年秋の臨時国会での法案成立が狙われていたことが歴然としていた。まさに結論ありきの忖度審議にほかならない。付記すれば、昨年七月露呈した連合中枢内部の裏切り的姿勢もまた、この審議における労働側委員の抵抗の弱さに影を落としていた。
加えて、ほとんど審議のなかった雇用対策法改訂にも大きな問題があることを指摘しなければならない。それは、法の目的に「生産性向上」を潜り込ませるという、法の性格を変えかねない問題、さらに国の施策に多様な就業形態の促進を挙げ、今問題が明らかになり始めた「フリーランス」への誘導を匂わせているという問題などだ。
そうであればなおのこと、国会審議は慎重の上にも慎重さが必要であり、一括審議など認められることではない。にもかかわらず安倍政権は一括審議を強行しようとしている。それは、恩着せがましい美辞麗句の裏側にある、労働者民衆の現実に向ける安倍政権のまなざしの軽さ、冷淡さをこの上なく示すものであり、先に見た国民主権軽視共々、このような手法の乱用にまず厳しい批判が必要であり、その点でも今回の「働き方改革」関連法は入り口から落第だ。

「働き方」関連法案を廃案に


「働き方改革」関連法は労働者にとっては無益どころか猛毒の有害法にほかならない。労働者が強いられている困難の打開に必要なのは、何よりも実のある使用者に対するしっかりした規制と、暮らせる賃金の保障なのだ。それは安倍の「働き方改革」とは完全に対立する。
まずその事実を広く伝え、幅広い声を集めその共同を基礎に「働き方改革」関連法を廃案に追い込もう。そしてそこに力を与えるためにこそ、労働者民衆が直面する過酷な現実に対抗する具体的な要求と闘いを、雇用不安と低賃金と、それゆえに強いられている長時間労働に対抗する闘いを、できる限りの共同で見えるものにしなければならない。その基軸に今だからこそ、労働者が長い闘いを経て確立してきた八時間労働制に対する要求を、労働者共有の旗として再獲得しよう。そして安倍の非道な「働き方改革」を吹き飛ばそう。「八時間働けば暮らせる賃金を」全国キャンペーンを全力で押し上げよう。       (神谷) 




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