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    かけはし2018年3月12日号

法ができなかったことを遂に突破


#MeToo

運動は成し遂げた

キャサリン・マッキノン

 現在、アメリカやヨーロッパを中心に世界中でいわゆる「#MeToo」運動が盛り上がっており、多くの女性が自分の受けたセクシュアルハラスメントを初めとする性的被害について声を上げている。発端となったのは、ハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ疑惑が報じられたことであり、それをきっかけに Twitter で「#(ハッシュタグ)」をつけて「私も(me too)被害を受けた」と証言する運動が巻き起こった。ここに紹介するのは、アメリカの最も著名なラディカル・フェミニストで、国際的にも女性の人権規範を確立する上で決定的な役割を果たしたキャサリン・マッキノンによる、この問題の論評である。

 #MeToo 運動は、これまでセクシュアルハラスメント法が成し遂げなかったことを成し遂げつつある。
 性的虐待を告発するこの大規模な運動は、伝統的メディアとソーシャルメディアの両方を通じて前例のないスピーキングアウトの波を生み出した。それは、これまで法や実生活を通じてセクシュアルハラスメントを根絶するのを妨げてきた二つの最大の障害物を掘りくずしつつある。二つの障害物とは、被害者の言い分が信じられないことと、人間性の剥奪というこの被害の深刻さが軽んじられていること、である。

女性苦しめた
不平等の力学


 セクシュアルハラスメント法は性的侵害行為を不平等という観点から概念化した最初の法であり、この間の動きにとってその前提条件をつくり出すものだった。しかし、加害者による否認と告発者が軽んじられていることとは依然として、加害者が自分の行為をうまく告発から守り抜く上で安心して頼ることのできるものだった。
 多くのサバイバーたちが、被害を告発しても無駄だと判断せざるをえないような現実が存在していた。被害を訴えてもたいてい、「彼女は信用できない」とか「彼女はそれを望んでいた」という言い分やそれに類する主張によって退けられてしまうからである。私は、キャンパスでの性的虐待に関する裁判で何十年もこの種のパターンを目にしてきた。典型的な例で言うと、加害男性の否認に多少でも疑義を生じさせるためだけであっても、三人から四人の女性が同じ男に同じようにして被害にあったと証言しなければならないのである。これは、信用性の点から見て、女性を四分の一の人間とみなすようなものだ。
 たとえ彼女の言い分が信じられたとしても、加害者が彼女に行ったことは大して重大なこととはみなされず、その行為が本当に真剣に取り扱われたなら加害者に下されるべき制裁も下されてこなかった。加害者である男性の価値は被害者である女性よりも重く見られ、被害者である女性は性的で無価値な存在とみなされた。加害者である男性のキャリア、評判、精神的・感情的な平安、財産などは重要なものとみなされたが、被害者である女性のそれはそうとはみなされなかった。ある意味でそれは、彼女の言い分が信じられないことよりも悪い。なぜならそれは、彼女自身が重要ではないとされることを意味するからだ。
 このような不平等の力学によって維持されてきたのが、ある男性の持つ権力が大きければ大きいほど、意に反する性的言い寄りや行為を強いても罰せられずにすむという構造である。

文化的不平等は
法の中にも作用


 何かが法律で禁じられれば、それはそれなりにストップするだろうと広く信じられている。何か例外的な行為に関してならそうかもしれない。しかし、セクシュアルハラスメント(そこにはレイプも含まれる)のような広く蔓延している行為に関してはそうではない。それは構造的な社会的ヒエラルキーの中に組み込まれているからだ。同一賃金法は何十年も前から存在していた法だが、男女同一賃金はいまだ実現していない。人種差別はさまざま形で禁止され、名目上は違法行為だが、いまだに広く存在しており、有色の人々を苦しめている。法が禁じている行為において作用しているのと同じ文化的不平等がその法の中でも作用しているとしたら――まさにセクシュアルハラスメント法の場合がそうだ――、平等を実現しようとする試みは系統的に抵抗を受けることになるだろう。
 この厄介な丸太棒は、これまでセクシュアルハラスメントに対する効果的な法的訴えを麻痺させてきたのだが、今やついに打ち壊されつつある。構造的なミソジニーは、性的な人種差別や階級的不平等と並んで、女性たちの声によって公然とそして広範に挑戦を受けている。変わったのは、権力の側が注意を払うようになったことである。
 権力を持った個人や機関は今回にかぎっては性的虐待を真剣に取り上げ、かつてなかったほど積極的に問題に対処しようとしている。被害者たちはもう嘘つきとは言われないし、価値がない存在としても扱われない。これこそ、現在サバイバーたちが手に入れつつあるものであり、このような結果は、どんな訴訟を通じてもサバイバーたちが獲得できなかったものなのだ。その理由の一部は、法が個々の加害者を訴訟対象とした救済〔損害賠償など〕を認めていないからだが、もっと大きな理由は、サバイバーたちが信用されるようになり、価値ある存在とされるようになってきているからである。それは法がめったに与えなかったものなのだ。女性たちはこのことをこれまでもずっと言い続けてきた。変わったのは、そうした声に対する反応の方である。

性的虐待めぐる
前提が崩された


 ハラスメント行為に対する嫌悪と反発が広がること――今回の場合は、権力を持った男たちがそうした行為に関わるのを拒否すること――は、職場と学校を変えることにつながるだろう。それは、これまで法にはできなかったことを、すなわち、非常習的で偶発的な搾取者たちはもちろん、常習的な捕食者たちをも押しとどめることができるだろう。加害者が、不平等な地位に置かれた人々の弱みにつけ込む下劣な性差別主義者として忌避されるなら、社会を変えることができるだろう。それはレイプカルチャーを変えることができるだろう。
 セクシュアルハラスメント法は #MeToo 運動とともに発展することができる。#MeToo 運動は規範を変えつつあり、この変化を法に持ち込むならば、法をも変革することができるだろうし、間違いなくそうなるだろう。いくつかの実際的な措置をとることはこの動きを後押しするのに役立つだろう。制度的ないし法的な改善策としては次のようなものが考えられる。広範な性的虐待を隠蔽しサバイバーを孤立に追いやってきたさまざまな形態の秘密主義や不透明さを禁止ないし制限することである。たとえば、強制的仲裁条項〔アメリカの雇用契約の多くに含まれている条項で、セクハラの被害を受けてもそれを裁判(原則公開)に持ち込まず民間仲裁人を通じた仲裁(原則非公開)による解決を強要する条項〕、秘密保持契約(身体的暴行や複数の加害行為があった場合でさえこれを盾に沈黙させている)〔セクハラなどがあった場合、被害者に示談金を支払う代わりに、事件についても和解の内容についても口外しないことを義務づける契約〕、秘密の和解協定〔秘密保持契約を含んだ和解協定〕などである。また、セクシュアルハラスメントを含むあらゆる形態の差別行為に関して、出訴期限法〔性的被害を受けてから告訴するまでに一定の制限期間を課した法〕を現実に即したものにすることも、きわめて重要である。また、個々の加害者やそれを放置した責任者に対しても(彼らの所属する機関に対して同様に)提訴することを可能にするならば、この種の加害行為へのインセンティブを減らすことができるだろう。だが現在の運動の規模に見合う唯一の法的変革は男女平等権修正条項(ERA)である。それは、性的虐待に対抗する立法を行う連邦議会の権限を拡大し、既存の法の司法的解釈を拡張し、憲法のもとの平等をすべての人に保障することができるだろう。
 しかし、#MeToo 運動、これまで軽視されてきた人々のこの決起は、性的虐待を訴えるのは嘘つきのふしだら女だけだという前提を維持できなくし、いっさいをすでに変えつつある。セクシュアルハラスメント法はそのための基盤を準備した。しかし、今日におけるこの運動は、ジェンダー・ヒエラルキーという構造プレートを動かしつつあるのである。

『ニューヨーク・タイムズ』 2018年2月4日
https://www.nytimes.com/2018/02/04/opinion/metoo-law-legal-system.html?smid=tw-share


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