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    かけはし2018年3月19日号

他国の国名への干渉は自決権侵害だ


ギリシャ

マケドニア問題への声明 2018年2月19日

OKDE―スパルタコス(第四インター・ギリシャ支部)

 一九九一年に旧ユーゴスラビアからマケドニアが独立し、国名を「マケドニア共和国」としたことに対して、当時のギリシャ政府は「マケドニア」がギリシャ国内の地域の呼称であるとしてこの国名の使用の中止を求めた。シリザ政権がこの問題の解決に向けてマケドニア政府との交渉を進めていることに抗議して、民族主義者グループが二月四日にアテネで大規模なデモを行った。以下はOKDE―スパルタコス(第四インターナショナル・ギリシャ支部)の声明(二月一九日付、長文のため一部省略)である。

1 「マケドニア問題」は歴史的な民族問題ではなく、近代の政治問題である。マケドニアの民族性と民族意識は、オスマン帝国の長期にわたる崩壊過程と、その後の新生国家間の武力紛争(マケドニア紛争、バルカン戦争、第一次世界大戦)の中で、他のバルカン諸国(ギリシャ、セルビア、アルバニア、ブルガリア)のそれと似た経過をたどった。このことから二つのことが導かれる。第一に「マケドニア」の呼称はこの地域の他の民族と同じぐらい古くから民族の呼称として用いられており、一九九〇年代に失地回復(ギリシャ国内のマケドニア地域の併合)の目的で捏造されたものではないことである。第二に、新しい国家の設立-その国境線はこの地域の人々の血によって引かれる-はいかなる「民族問題」も解決せず、逆に各国の中に残された多くの少数民族が無慈悲に迫害される。この理由だけでもバルカン社会主義連邦の樹立という歴史的な要求は依然としてこの地域における共生のための羅針盤である。

2 ギリシャ国家はユーゴスラビアの解体後にマケドニア共和国が独立国家として設立された時、それには問題があることをふたたび「発見した」。ミソタキス政権は当初、仮想敵を作り出して民族的聖戦を唱えた。それにはギリシャの地域的帝国主義大国としての役割を強化し、国内の結束を確立するという二つの目的があった。その後、ミソタキス首相は米国およびNATOの意向に沿って妥協点を探ったが、状況はすでに彼の制御を超えていた。不幸なことにマケドニアの呼称をめぐる民族主義的なデモが大部分の政治党派に支持された。国際主義的な主張を掲げた組織や活動家は迫害された。・・・

3 「われらのマケドニア」に対する北からの脅威というプロパガンダは新しいものではない。二〇世紀初め以来、ギリシャのすべての政府は「マケドニア」の名称を単独で使用することは「失地回復(民族統一)主義」をもたらすと強調してきた。第二次世界大戦後、反共主義と結合した反セルビア民族が新しい「民族の物語」となり、ギリシャ外務相の公式の立場として継承されている。それはユーゴスラビア連邦の六つの共和国の一つであるマケドニア人民共和国(のちに社会主義共和国)はチトーが作ったものであり、チトーはギリシャの領土、特にテッサロキニの港を併合しようとしていたというものである。・・・

4 国内ではギリシャ国家はいくつかの具体的な措置を導入してきた。マケドニア人に対して当初は同化とヘレニズム化を迫り、後には北部国境地域に住むマケドニア人への公然たる抑圧が進められた。数十万人が母語の使用を禁止され、民族文化・民族教育の権利を否定され、地域全体の地名や家族の姓が一斉に変えられた。この政策によって少数民族は縮小し、国内では不可視の存在となっている。ギリシャのすべての政府はこの一世紀にわたるマケドニア人たちに対する犯罪行為に責任がある。

5 ギリシャのすべての政府はマケドニアの呼称について全く同じ政策を取ってきた。軍事介入を弄ぶことさえあり、一九九〇年代初めにはミソタキス政権と「反帝国主義」を掲げるセルビアのミロシェビッチ政権の間でこの国をギリシャとユーゴに分割する相談が行われていた。現在の政権も例外ではない。同じ「レッド・ライン」に基づく同じ民族政策を継続している。これまでとの違いはもっぱら右翼の側から、極右民族主義の独立ギリシャ人党(ANEL)を介して持ち込まれる。シリザとANELの連立政権は反マケドニアの政策を採用しており、「左派政権」でも「民族的闘争」を指導できることを証明しようとしている。そのために極右派やファシストの主張を取り入れており、これらの勢力は宥和されるどころかテッサロキニなどの街頭に進出している。・・・

6 マケドニア問題の正当化のために常に持ち出されるもっとも重要なアリバイは、残念なことに左翼によっても持ち出されるのだが、マケドニア人たちの「自分たちは古代マケドニア人の子孫である」という民族主義的主張である。実際、マケドニアのグルエフスキ政権は国内的にも対外的にも極度に民族主義的なレトリックを駆使してきた(スコピエ二〇一四プロジェクトとアルバニア人への極度の抑圧)。しかし現在のザエブ政権との関係ではもはやこのアリバイは通用しない。ブルジョワ的近代化の枠組みの中でスコピエ二〇一四プロジェクトは放棄され、アルバニア人との関係は回復しつつあり、国名問題でもマケドニアはEUおよびNATOへの加盟を申請する上で妥協の可能性を示唆している。最も顕著な例は、国会議長にアルバニア人が選出されたことである。これはユーゴの解体以来初めてのことである。また、アルバニア語が公用語として認められた。・・・
また、地政学的な側面にのみ注目して、すべては米国・EUとロシアの間の紛争によるものだと言うのは真の問題を隠してしまう。われわれはアレキサンダー大王の子孫というファンタジーも、EUやNATOへの加盟もブルジョアジーの政策の一部であり、マケドニア共和国の大多数の人々の利益に全く反していると繰り返し言わなければならない。
しかしマケドニア問題は2つの民族主義の衝突という問題ではない。問題の主要な側面は、ギリシャ国家の反動的役割であり、それはこの地域におけるギリシャの相対的な経済的・政治的・軍事的力を基礎にしている。このことから考えればマケドニアの「拡張主義」を恐れるのは民族主義であるだけでなくばかげている。帝国主義強国は介入を試みるだろうが、そのことは誰かから民族自決権を取り上げる理由にはならない。この問題ではギリシャ国家とギリシャの資本とその政治的代理人こそが反動の側にいるのである。

7 シリザ政権は左派の立場を基礎にした国民的統一を目指している。政府の解決策を見つけるやり方は合理的なやり方に見える。マケドニアという語を含む国名を認めることが妥協として提案されるだろうし、極右派はそれを屈服だと非難するだろう。しかしわれわれの観点から言えば、政府がいかなる妥協も提案していないことは明らかである。なぜなら彼らは強者の立場から語っているからである。われわれにとって国名の問題は明白である。マケドニアと何かの語を組み合わせた国名に変更するよう要求することは客観的にはギリシャ政府および支配階級と手を組むことである。われわれの隣国はすでにマケドニア共和国という国名を決定している。他の国名を要求することはマケドニアの民族自決権を侵害することである。われわれはこの押し付けに加担しない。

8 われわれの最優先の課題は、再び注目を集めようとしている民族主義、レイシズム、ファシストに反対して、労働者階級の内部で国際主義者の声が圧倒するように闘うことである。
?マケドニア共和国をその憲法上の名称の通り承認すること。
?抑圧者とのいかなる国民的統一にも反対する。ギリシャ国家は他の国の国名に対していかなる権利も持っていない。
?ギリシャに住むマケドニア人および他のすべての少数民族を承認すること。少数民族に完全な権利を。
?民族主義者のデモに反対する。街頭は国際主義的連帯のために使うべきで、民族主義者の憎悪のために使うべきではない。
?EUおよびNATOに対する国際主義的階級戦争を基礎とする闘争を。資本主義、民族主義、帝国主義に反対する全バルカン諸国の共同の国際主義的闘争を。
?戦争のない、経営者のいない社会主義的・国際主義的バルカンを。


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