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    かけはし2018年3月26日号

辺野古新基地阻止の正念場


沖縄報告 3月17日

大衆的座り込みでゲート封鎖・工事止めよう

沖縄 K・S

3.13

那覇地裁、訴え却下の不当判決

岩礁破砕差し止め裁判

護岸工事・土砂投入阻止へ

 昨年三月三一日に辺野古埋立の岩礁破砕許可が期限切れになったにもかかわらず政府防衛局が不法に埋立工事を進めることに対し、沖縄県が昨年七月提訴した工事差し止め訴訟の判決が三月一三日午後三時に行われた。岩礁破砕許可は仲井真前知事が二〇一四年八月、沖縄防衛局の申請に対し許可を与えたが、その期限が二〇一七年三月三一日だった。期限が切れても申請せず、防衛局は無許可の工事を強行してきた。森鍵一(もりかぎはじめ)裁判長は「訴えは法律上の争訟にあたらない」と、不当にも県の訴えを却下した。
 行政が法を破り、司法が政府の違法行為を追認する。政府と裁判所は共犯だ。学校で法律を猛勉強し司法試験の狭き門をくぐってきた裁判官は豊富な法律の知識を行政の違法行為・脱法行為を隠蔽するために使うのだ。国家権力の手先になっている裁判官は少しは恥を知れ。
 翁長知事は訪問中のアメリカで「控訴したい」と述べた。また、翁長知事はワシントンで「ジュゴン訴訟」を提訴しているアメリカの環境団体・生物多様性センターのピーター・ガルビンさんと会談し、沖縄県がジュゴン訴訟の利害関係者であることを表明することを明らかにした。アメリカで提訴されたジュゴン訴訟は、米文化財保護法に基づき辺野古新基地建設の差し止めを求めている。昨年八月差し戻された裁判が今年五月以降連邦地裁で審理される予定だ。
 訪米から戻った一六日午後、那覇空港で記者会見した翁長知事は「辺野古唯一の日米両政府の壁は厚いが、あくまで新基地阻止、普天間の運用停止に全力をつくす。代替案による妥協はしない」と述べた。翁長知事の県政と連携し辺野古現地で埋め立て工事を止める闘いを再び強力につくり上げなければならない。天皇訪沖に合わせ警備につくため二九日まで県警は辺野古警備に来ることができない。従って資材搬入もない。護岸工事はストックの石材で進められている。天皇訪沖が終われば再び熾烈な現地の闘いが始まる。
 K1、K2、K3、K4、N5の護岸連結工事と六月土砂投入を阻止するため、全県、全国から辺野古ゲート前に結集しよう! われわれの数が力だ。組織しよう。警察機動隊を圧倒する大衆的座り込みでゲートを封鎖し工事を止めよう!

3.14

辺野古ゲート前

早朝から200人座り込み

資材搬入を阻止した


 三月一四日水曜日のゲート前行動は、県内外から参加した二〇〇人が早朝から座り込んだ。進行は平和市民連絡会の高里鈴代さん。いつものように「沖縄今こそ立ち上がろう」「座り込めここへ」「沖縄を返せ」を全員で歌って工事用ゲート前を固めた。
 名護市議の大城敬人さんは市議会に出席する背広姿で前に立ち「市議会は野党のわれわれが多数派だ。新基地建設を止める」と訴えた。一二〇人で参加した「フォーラム平和・人権・環境」の各地の代表者はそろって前に立ち、「粘り強い座り込みが全国の闘いを力づけている」「アメリカの言いなりになって戦争をする国にSTOPをかけるのは辺野古からだ」と口々にアピールした。
 「氷点下の北海道から一四人で参加した。那覇地裁の忖度判決は許されない」(北海道)、「少しでも力になろうとやってきた」(東海)、「沖縄の一三〇〇発の核弾頭は恐ろしい。大飯原発の再稼働に反対」(福井)、「沖縄の闘いから継続性、持続性を学んでいく」(大阪)、「安倍のおひざ元で頑張っている」(中四国)、「奄美のミサイル基地は山のてっぺんをこわし自然を破壊して造られている。佐世保基地、玄海原発、佐賀空港のオスプレイ、とにかく安倍を倒す」(九州)、「二月の朝鮮総連銃撃事件に明らかなように、ネトウヨの役割はウソ八百を並べ立てて威嚇することだ」(全日建)などの発言が続いた。
 糸満、宜野座など地元沖縄の各島ぐるみのあいさつの後、大半の参加者が那覇地裁前の裁判勝利集会に参加するために移動した。終日資材搬入は行われなかった。

3.14

山城さんらの判決公判

城岳公園に300人

運動弾圧を正当化


 判決に先立ち、那覇地裁前の城岳公園で裁判闘争勝利を目指す集会が開かれ三〇〇人が結集した。山城博治、稲葉博、添田充啓の三人と弁護団は無罪を勝ちとる決意を語った。東京から駆けつけた精神科医の香山リカさん、右翼の個人攻撃から身を守るため移住したドイツから参加した辛淑玉(シン・スゴ)さんも力強い激励のスピーチを行った。
 判決は、山城さん(求刑
二年六カ月、判決二年・執行猶予三年)、稲葉さん(求刑一年、判決八カ月・執行猶予二年)、添田さん(求刑二年、判決一年六カ月・執行猶予五年)であった。柴田寿宏裁判長が読み上げた判決文の要旨は、@威力業務妨害、共謀、暴行容疑について検察の言い分を認めた、A憲法二一条の表現の自由は無制限の保証ではなく、表現の自由の範囲を逸脱しているとした、B添田さんの二〇一六・一一・二九の公務執行妨害、傷害については無罪、C米軍基地反対闘争の中で行われたが、正当化することができない犯罪行為、D特にリーダー的存在の山城さんが犯行をあおったという面があり非難を免れない、とし、政権による運動弾圧の擁護に終始した。山城さんと稲葉さんはすぐに控訴した。

3.14

地裁判決報告集会

あくまで無罪をかちとるぞ

私たちは決して負けない


 午後六時からは場所を那覇市自治会館大ホールに移して、「三人の無罪を勝ちとる地裁判決報告集会」が開かれた。県内外で取り組まれた無罪を求める署名総計三一万六二七九筆(未提出のものも合わせると三三万以上)を地裁に提出し、その中には、アメリカの一九〇八筆を含め世界五〇カ国から二四一四筆の署名も含まれていることが報告された。
 主催者代表の高良鉄美琉大教授は「法は人権を守るためのもの。しかし、裁判は憲法の存在を無視した国家権力の制裁の場となっている。裁判官は明治時代の裁き方を止めて欲しい。三人は罪がない」と述べた。弁護団事務局長の三宅俊司弁護士は「外形的事実だけで犯罪者にしていく有罪判決に決して負けない」と述べた。香山リカさんは三人を激励し、花束をプレゼントした。 
 山城さんは「ひどい裁判、ひどい判決。籠池夫妻の勾留に見られるように政権にとって邪魔者は法を無視して弾圧する今の政治のやり方が問題だ。勇気をもって闘おう」と述べ、「いかなる弾圧が度重なるともわれらの友情は永遠に変わらず」との歌を声の限りに歌った。稲葉さんは「この事件は沖縄の歴史に残る。無罪を勝ちとる」と述べ、「ウハアベスガ」と始まるジンギスカンの替え歌を元気よく歌った。添田さんは「実刑を覚悟していたので判決は意外だった。今考え中だが、控訴しない可能性がある。支えてくれたみなさん、ありがとう」と語った。

3.12

辺野古ゲート前

対話で東アジアの平和を

強制排除・資材搬入に抵抗


 三月一二日月曜日のゲート前行動は県内外から約一〇〇人が集まり県警の強制排除・資材搬入に抗議し抵抗した。この日の進行担当は平和運動センターの大城悟さん。工事用ゲートに列をなす生コン車や砕石ダンプに対し「沖縄の海をコンクリートで埋めてはいけない。コンクリートの使い方はほかにある」と抗議し、「沖縄は中国やアジア諸国との結びつきの長い歴史がある。東アジアの平和は圧力ではなく、対話によってこそもたらされる」と訴えた。
 一回目と二回目の搬入の合間に持たれたテント前の集会で、「辺野古の海に基地をつくらせない神戸行動」の参加者は横断幕を広げて地元での取り組みを紹介し、沖縄に連帯する決意を語った。神戸では過去三年間、毎週土曜日午後一時から、三宮のマルイ前でチラシまきやプラカード、署名などの活動を継続してきたという。
 また、日中友好協会の二〇数人は、二回目のゲート前座り込みに参加した。平和ガイドの下地輝明さんは「事前学習で時々本土の学校に行って話すことがある。沖縄は過去二回軍隊で攻められたことがあります、アメリカ、中国、日本のうち、どの国ですか? と質問すると、たいてい中国と答える。答えは日本だが、中高生は歴史を知らない。教えられていない。逆に、沖縄に修学旅行に来る高校生に同じ質問をすると、首をかしげながらも米国という答えが多い。日本の教育は現代史が欠落している」と述べた。

海保ゴムボートが当て逃げ

救助措置取らず逃亡

この暴挙を許さない


なおこの日、海上行動に連日カヌーで参加しているTさんが海保の高速ゴムボート(GB)に衝突され負傷した。海保は救助措置をとらずそのまま逃亡した。当て逃げだ。

Tさんの証言

 午前一〇時頃、二度目のフロートを越え全員で工事現場に向かった。私も全力でカヌーを漕いだ。気がつくと真正面から来るGBがいた。時遅く、GBと正面衝突をしてしまった。普通こういうケースでは動力船の方が回避する義務がある。またカヌーとGBとの力の差は、例えば自転車と大型ダンプカーぐらいはある。その時、私の体は頭と腰から大きく前に傾いた。そして私は目の前が真っ暗になり何も見えなくなった。当然カヌーを漕ぐことができなかったと思う。そして後から来たGBに拘束された。このGBの艇長は盛んに「救急車を呼びますか」と言っていた。多分この正面衝突を目撃したのだろう。
松田ぬ浜に戻ってから体調が悪く(頭がぼんやりし吐き気がする)カヌーメンバー二人に付き添われ、北部病院の救急窓口に行った。すぐ診察を受け、CT撮影をした。その結果「頸椎捻挫、脳震盪」「7日間の療養を要する」となり、まず二四時間は安静にしているように医者から指示を受けた。
カヌーメンバーに送ってもらい部屋に戻ったのは午後二時四〇分、軽い食事の後、薬を飲み休んでいる。今現在(一八時三〇分)まだ頭がぼんやりしているので正確な表現でないかもしれないがほぼ上記の通りである。
ここで指摘しておきたいのは、正面衝突後、そのGBは私を救助することなく現場から去っていった。どちらに非があろうと、脳震盪を起こして朦朧としている人間をそのまま残しておくのはどのような理由で、どのような教育を受けているのだろうか? もし私が海に落ちたとしたらどうしたのだろうか? 私はぶつかる直前GBのクルーの数人の驚く顔を見ている。かなりの衝撃でぶつかったことを彼らは認識しているはずだ。幸いにも去っていく彼らのGBの写真を朦朧としながらも私は撮っている。

1日も早いTさんの回復を

事故の責任転嫁する海保

抗議行動にまた参加するとTさん

 Tさんは事故後、病院通いの毎日である。一四日現在の病状は、「後頭部が痛い、耳鳴り、目の奥が痛い、ゆらゆら揺れる、胃がムカムカし食欲なし」とのことだ。カヌーメンバーによると、海保は「衝突前にスクリューを逆回転させブレーキをかけた」と言い訳しているらしい。事故の責任を転嫁する姑息な公務員の自己保身。財務省や文部省などの役人と同じだ。Tさんは、カヌー二八艇が出た海上集中行動の一七日土曜日には第二テントに顔を出したが、「体調は八〇%くらい、まだ車の運転は無理なので妻の運転」とのこと。「一日も早く回復しまたフロートを越えて抗議したい」と話す。何度か一緒にカヌーで行動したTさんの一日も早い回復を願う。



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