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    かけはし2018年3月26日号

新たな女性運動 反抗の前線担う


フェミニズム

国際女性デ

2018年3月13日 第四インターナショナルビューロー

▼近年幕を開けた女性の大衆的決起のサイクルは、その勢いを保ち、今年三月八日、アルゼンチンからイタリア、フランスから米国、ブラジルから英国、アイスランドからイランの五〇ヵ国以上で国際女性ストライキを、さらにあらゆる大陸の数知れない国々における諸々の決起を、再度組織した。

ストライキ軸に
広く多様な決起


▼このストライキはフェミニズム運動にとって一つのツールとなった。女性のストライキは、彼女たちの賃金労働が市場を機能させていることを示すだけではなく、彼女たちの労働と活動――賃金を支払われていようがそうでなかろうが――が、全体としての社会を機能させ、全員にとっての暮らしの諸条件を維持していることをも示している。隠れた労働、家事という通路で賃金のある労働が家庭に戻されるプロセス、あるいは半奴隷的諸条件が全般化されている一時代に、この女性ストライキは、この可視化されずフェミニズム化された領域を組織することを可能にしている。
 二〇一八年のストライキは、二〇一七年以後のその衝撃力を深めることになった。二〇一八年、たとえばスペインでは、一〇の労組の支援を伴って五三〇万人の女性が参加、他方アルゼンチンでは、一〇〇万人以上の女性が国中で街頭に繰り出した。ポーランドでは、女性の妊娠中絶権を支持する彼女たちの決起が反動的なピス政権を相手にこれまでにはじめての勝利を達成させたということを、二〇一八年にあらためて思い起こさせる行動を組織した。英国では、自分たちの年金権と職を守る行動にすでに入っている女性たちが、女性ストライキ運動と結びついた。イタリアでは、女性への暴力に反対する「ノン・ウナ・ディ・メノ」運動が、諸労組と歩を携えて、交通と学校に厳しい打撃を加えるストライキを呼びかけた。
 三月八日に掲げられた要求の多様性は豊かになり続けている。たとえばチュニジアでは、一〇〇〇人以上の女性たちが平等な相続権を求めて行進し、他方フィリピンでは、中でも女性の諸権利に対する最悪の侵犯者として、ドゥテルテ大統領を糾弾、さらに中央アフリカ共和国では、女性の教育を受ける権利が主な焦点となった。われわれは、イランでもベール着用の強制に対する抗議が諸々続いていることを確信している。
 コソボの首都プリスチナでは、女性たちが「われわれは祝わず行進する」とのプラカードを掲げた。トルコでは女性たちが「われわれは黙らない、恐れない、服従しない」といったスローガンの下に集会を行った。パキスタンでは女性たちが、原理主義者のタリバンがけしかける暴力に反対する幅広い抗議に歩をそろえて、三月八日の機会をとらえ、民主主義と世俗主義を求める新たな社会主義フェミニズム組織、「女性民主戦線」(WDF)を船出させた。他方アイルランドでは、憲法にある反中絶条項廃止のための、五月末に予定された新たな国民投票に向けた歩みがさらに進められた。

男の暴力ノーが
一つの連結管に

▼二〇一七年アルゼンチンの運動から始められた「国際女性ストライキ」を求める呼びかけへの反応は、世界中の「女性行進」を加えて、諸々の決起における新たなサイクルの出発点となった。このサイクルにおける急進化を導いている中心的な媒介的要素は、地球全体で処罰がないままにされている男の極度に排他的な暴力に反対する闘争だ。この闘いは先立つ年月を通じて用意されてきた。すでに二〇一二年一二月、われわれはインドでの巨大なデモを見た。二〇一五年一一月七日、マドリードでは五〇万人の女性が決起、同年アルゼンチンでも、この国で大きな衝撃をつくり出したいくつかの殺人事件への対抗として、数十万人の女性が決起した。現在でも不明な水準まで達する、麻薬取引集団により際立たされたメキシコでの女性の行方不明と殺人の拡大は、強力な決起を引き起こした。さらに近いところでは、「#MeToo」現象が、世界中での性暴力とセクシャルハラスメントの程度に、さらにますます集団的となっている抵抗の程度にも、光を当てることになった。

暗に反資本主義
示す動きに形を


▼加えてこの新しい波は、女性運動で以前は後景に下げられ見えないものにされていた人々に、より大きな役割を占めることを可能にしている。人種的に疎外された女性や移民の女性、さらにLGBTI+の人びとや性産業労働者が、近年の決起では重要な部分となっている。
▼昨年以来、女性ストライキを作り上げる努力は、性暴力を、ほとんどの女性が苦しんでいる労働や暮らしの諸条件の不安定性に結び付けることを、さらに、危機にある資本主義の反動的な攻撃を厳しく批判することをも、可能にした。
マクリ(アルゼンチン)とトランプ(米国)両者が前にした最初のストライキと大規模な決起は、本質的にフェミニストの決起、特にトランプの就任式に際した二〇一七年一月二一日の大決起だった。そしてそれが、女性ストライキの呼びかけを米国へ、さらにそれを超えて引き継ぐ上での土台を据えた。
▼女性の闘争のこのサイクルは、多くの国で新保守主義潮流や原理主義潮流と一体となった反動的な攻撃に、さらに世界のますます多くの場で表現と抗議の自由を掘り崩す、民主的な権利に対する攻撃と新自由主義の一層権威主義化を深める諸形態に、立ち向かいつつある。政治の反動的課題設定が意味するものは、基本的諸権利、すなわち生きる権利、男(父親、兄弟、あるいは夫)からの財政的かつ政治的自立、妊娠中絶のような生殖に関わる権利への挑戦であり、また家族の役割の強化だ。資本主義の危機は世界の女性多数の生活条件を悪化させ続けている。これこそが今日の反攻の背景にあるものだ。
▼ここ一〇年の社会的抵抗の最前線にある女性の役割は、それが散発的に起きていることではなく、世界全体と極めて多様な闘争にまたがる潜在能力であることを示している。革命派の主要な任務は、その潜在能力を吟味し、女性たちから学びつつ女性の自己組織化経験の一部となることだ。つまり、さまざまな闘争と抵抗の間に安定した結びつきをつくり出すこと、並びに、幅広い女性の層によって示される系統的な批判を深め、成熟させ、この暗に示された反資本主義的な動きに形を与えることだ。
▼女性の運動とフェミニストの運動はこの三月八日、資本主義の排外主義的かつ権威主義的政策に対するオルタナティブはある――彼らが憎悪の壁を建てるところに、女性は連帯の橋をかける――、ということを示すことになった。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年三月号)

ブラジル

同志虐殺糾弾
直ちに徹底調査を

3月14日

社会主義と自由党(PSOL)

 リオデジャネイロで五番目の投票数で市議会議員に選出されたPSOLメンバー、マリエリ・フランコは、警察の暴力に反対し正義を求める遠慮会釈ない戦士だった。フランコと彼女の運転手は走行中銃撃を受け殺害された。
 PSOLは以下の声明を出した。

 社会主義と自由党(PSOL)はわが同志のリオデジャネイロ市議会議員、マリエリ・フランコと彼女に同行していた運転手のアンデルソン・ペドロの殺害に、哀悼の念を公式に表明する。
われわれはこの痛苦と憤りの時、、遺族、友人たち、顧問たち、そしてPSOL/RJの党指導者たちと共に立ち上がる。マリエリの市議会議員と人権活動家としての業績は、わが党の活動家たちに非常な誇りをもたらしたが、それは彼女の闘争を継続する中で名誉を与えられるだろう。
われわれは、政治的犯罪、つまりある種の処刑という仮説を除外することはできない。マリエリはこれまでまさに、アカリコミュニティのイラハ地域での軍警察による残酷で残忍な行為を糾弾してきた。加えて、マリエリの車に並びかけて来た車、および多くの射撃を加え逃亡した何者かがいたという、この犯罪の特質が先の可能性を強めている。したがってわれわれは、この極悪な犯罪に対する即座の、また徹底的な調査を要求する。われわれは黙らないだろう。
マリエリ・フランコは今もここにいる! 不朽の一輪として!
(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年三月号)

わが同志、マリエリ・フランコが殺害された

警察の犯罪を許さない
われわれはひるまない

 LGBT運動、世界女性行進の活動家、リオデジャネイロ市でアフリカ系青年に対し軍や警察がしでかした暴力に対する調査委員会で任務を担当していたPSOL市議会議員のマリエリ・フランコ(党内左派潮流に所属:訳者)が、この三月一四日夜殺害された。
 彼女は三八歳だった。政治学者のマウリシオ・サントロによれば、彼女は腐敗を理由に「リオの政治指導者ほとんどが牢の中にいるか、そうなりかけている時に、刷新の希望を体現している」。
 三月一〇日土曜日、彼女は彼女のツイッターで、リオのもっとも残忍な部隊の一つである第四一警察大隊に対する、アカリファベーラ(ファベーラは、ブラジルの大都市周辺に広がる貧困地域)の住民による告発を拡散した。「今週、二人の若者が殺害され穴に投げ込まれた。今日警察は住民を脅した。それはこれまでいつも起きてきたことだ。しかし警察の介入で事態は悪化した」と。
 「マリエリ・フランコは、彼らの行為について多くのことを知りすぎている者たちを排除したがっていた警察が明らかに関わった暗殺を調査中だった」、そこら中にある暴力行為を厳しく批判することを人びとに可能とするリオの事業体、ディスケ・デヌンシアの代表はこう語った。
 彼女は、「事を起こしている」黒人女性の公開集会から帰ろうとしていた。彼女が乗っていた自動車は殺人犯たちの銃弾によって穴だらけにされた。彼女と運転手は殺害された。
 これは明らかに死の部隊が実行したスタイルをもつある種の略式処刑だ。つまり、そこから出てくる疑問はただ一つであり、それは後ろで糸を引いている者は誰か、ということだ。
 それこそが、ブラジルの多くの都市で、さらに他の諸国で、ミシェル・テメル現クーデター政権が強要しているリオ市の軍事化との闘いを止めなかった活動家に対する、この略式処刑に全面的に光を当てることを求めて、いくつもの集会が組織されている理由なのだ。「(調査されるべきは)貧しい者たちと不正義の犠牲者を守る声を封じることができると信じている者たちだ」、PSOLの下院議員、イヴァン・ヴァレンテはこう語った。
 黒人女性の社会的権利を求める一九七五年以後の闘争を遡って跡づけているマリエリ・フランコの論述の一つは、先頃『ルモンド・ディプロマティーク・ブラジル』に掲載された。
 それは、彼らの「民主主義」は殺害でもひるまない、ということをわれわれに思い起こさせる。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年三月号)


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