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    かけはし2018年4月2日号

軍事的エスカレーションの引き下げを


朝鮮半島危機とオリンピック外交

ピエール・ルッセ


南北間のスポーツ外交


 平昌で冬季オリンピックが開催される中で、朝鮮半島はその結末が予測できない緊張緩和の一時を経験中だ。しかしそれはすでに地政学的情勢を変えるにいたり、再統一の問題が提起される道筋に新しい光を投げかけている。
 韓国の文在寅大統領は二〇一七年五月の選出以後、北朝鮮政権との間で対話を開こうと試みた。金正恩は、このイニシアチブからあらゆる信用性をはぎ取りつつ、この、それ以上にワシントンの機嫌を損ねた提案を拒絶した。しかしながら南北対話は、平昌冬期オリンピックゲームに向けた準備の中で、突然障害が取り除かれた。二〇一八年一月九日、北緯三八度線に沿って国家を分割する非武装地帯にある一つの村、そして二つの首都間の接触点としての機能を果たしている板門店で、一つの会合が開かれた。オリンピックへの平壌の参加が、また公式の軍事対話が公表された。その一部としてソウルは、二月に予定されていた米韓合同軍事演習の延期を獲得した。外交プロセスが本気で着手された。
 これがオリンピック閉幕後どれだけ続くことになるか、またこの動きがどこまで進むか、それを知るには明らかにまだ早過ぎる。しかしそれはすでに地政学情勢を変えたのだ。それはまた、特に南部において再統一という問題がどのように立ちのぼってくるかについて、新たな光を当てている。
 緊張緩和の象徴的表現は、必要な最低限よりもかなり先までおよぶことになった。二月九日の開幕式典では、南北男女の選手が単一の代表団として一体的に行進した。合同のアイスホッケーチームが形成された。象徴的機能をもつ国家代表の金栄南、さらにチアリーダーの大集団とアーチストの集団が平壌から旅してきた。もっと重要なこととして、北の体制の高位にある一高官、他の誰でもない金与正、金正恩の妹がはじめて南に入った。彼女は、指導的中核に入ったただ一人の女性であり、そこでの彼女の影響力は重大であるように見える。そして彼女は、文在寅を平壌に来るよう招待する手紙を渡した。
 「スポーツ外交」には長い歴史があるが、しかし、たとえ一時的だとしても、この平昌オリンピックがこれほどにめざましい「雪解け」を可能にした(氷点下二〇度以下の温度にもかかわらず!)理由は何だったのだろうか。二つの政権には共通の目標があるのだ。つまり、統制を取り戻し、トランプが行う諸々の決定の人質にはもはやならない、ということだ。トランプには、彼の連携相手(ソウル)に相談する習わしも、非武装地帯の両側に住む市民に対する米軍の介入―――その脅しは繰り返されてきた――がもたらす結末に思いをめぐらす習わしもないのだ。韓国も北朝鮮も、ワシントンにその覇権主張を可能にさせるために死ぬことなど、まったく望んでいない。

北における様々な変化


 片方の北朝鮮政権は、核ミサイル能力の開発では、おそらく今なお解決できていない運用上の問題がいくつかあるとしても、一つの高台に到達した。オリンピック開幕前日、北は重要な軍事パレードを組織した。しかしこの領域でのいわば息継ぎは歓迎されている可能性がある。その上、国連が決定した制裁の変わることない強化は些細なことではない。
 平壌は確実に、それらをどう巧みに迂回するか、あるいは中央集権化された経済へのそれらの影響をいかに引き下げるかを、確実に分かっている。しかし金正恩は二〇一一年の就任以後、国際貿易へのより大きな依存に基づき、非公式な市場経済の急速な発展を推し進めてきたのだ。
 北朝鮮の経済システムは混成物であり、移行期にあり、国家部門(しばしば軍の統制下にある)、合法、非合法の市場、はびこる密輸を、潤滑油としての腐敗を伴って混ぜ合わせている。民衆大多数の状況は今なお非常に不安定であり、社会的不平等が広がっているとしても、少数の富裕化が現れ、住民の無視できない部分には、新しいライフスタイル、つまり消費主義、輸入品、ソーラーパネル、電動自転車、タクシー、コンピュータ、郊外近代化(特に首都で)、その他が広がっている。フィリップ・ポンスは「システムは鉄の三角形を基礎にしている。つまり、体制のエリート――軍の位階制をはじめとし、経済の全部門を支配する――、党機構要員――彼らの実入りのいい仕事で儲けている――、仕組みを回すために賄賂を使っている市場の運営管理層だ」と記事にしている。
 社会的エリート層は多様化を進め拡大中であり、今や企業家を含み込もうとしている。北朝鮮はもはや、往年の「世捨て人の王国」――その基盤を固めているが、しかし同時に内的孤立に対してより脆くされている全体主義的金王朝にとっては、不完全かつ包囲されているとしても、一つの成功――ではない。
 象徴的側面として、金正恩は二〇一七年以後新年祝賀に際して、もはや毛沢東式の服装ではなく、ビジネススーツで自身を登場させている。この演壇にあった彼の祖父である金日成の肖像画について言えば、もはや見ることができない。先軍(党ではなく軍に優位性を与える)、「チュチェ」(社会主義建設の朝鮮モデル)、「金日成主義―金正日主義」(彼の前任者たちの思想に対する敬意を表して)といった古典的用語の使用は減らされるか放棄されている。二〇一八年、金ははじめて韓国の国家代表を「大統領、文在寅」と名前で呼び、和解を呼びかけつつ、しかし「民族国家」の再統一を求める圧力を再活性化するだろう、と明らかにした。
 この年軍創建を祝う軍事パレードの日付けは変更された。それはこれまで、一九三二年の彼の祖父による、中国国内で活動した朝鮮人反日ゲリラ部隊創設にちなんで、四月二五日に行われた。それは今や、一九四八年の国軍創設にちなんで二月八日に行われるだろう。金正恩は、もはや彼の家系にしたがってではなく、彼自身として偶像化されなければならない。

南における世代的分裂


 南では文在寅大統領が、民族問題(つまり再統一)が変わることなく中心にあった政治運動に属している。つまり彼のアプローチは単に時流に乗った、あるいは日和見主義的ということではない。
 しかしながらオリンピックは、世代における深い亀裂に光を当てることになった。若者は近頃の選挙で、当時権力にあった腐敗し軍国主義的な右翼に反対して、文を圧倒的に支持した。彼らは、トランプによって悲惨なことになる戦争に引きずり込まれたくはないと思っているが、再統一を夢見ているわけではない。半島の分断は六〇年も遡るものであり、その時から橋の下には大量の水が流れた。北に彼らの両親がいるわけではなく、彼らには別の話があり、生活条件の下落を恐れている。北から来た難民は大統領の政策をもっと好意をもって歓迎しているが、南の資本主義の超競争主義にうまく対処できないある者たちは、出身国に戻ることを計画している。
 ある集団はそれらが引き起こす環境的影響、その費用、その開催を目的に遂行される大規模計画を理由に、オリンピックに反対して決起した。ちなみに、それらの計画のオリンピック後の有益性は、大いに疑わしい。労働運動の戦闘的な部分に関して言えば、それは行動の自由を全面的には取り戻していない。以前の権威主義的な右翼政府の下で投獄された労組指導者たちは、依然拘留中であり、文在寅は新自由主義の政策を遂行中だ。
 朝鮮再統一に対する切望は、住民全体の内部では今も多数の感情としてとどまっている(過去においてよりももっと弱まっているとはいえ)。しかしそれも若者の間では少数派になっている。多くの若い韓国人は、平昌にいる北朝鮮の者たちのためにあまりに費用をかけすぎていると判断している。そして彼らは、彼らのアイスホッケーチームの運命に猛烈に怒っている。単一チームの創出が、メダルを取るという彼らの夢をおしまいにしてしまったからだ。そして文在寅大統領はこの批判の激しさを前に、これらのスポーツの将来にあまり注意を払わなかったとして謝罪しなければならなかった。ソウルの政府は、その前に世代間の断裂の大きさを理解していたようには見えない。

現在の課題は何か


 半島における進行中の転換は、他の問題を呼び起こしている。北では、七〇年代後半の中国でのように、資本主義の方向をもつ移行が始められている。南では、台湾における場合に(そして極めて特殊な脈絡の中で香港で)起きたと同じく、同じ民族に属しているという感情と再統一への大望が弱まっている。日本の占領と朝鮮戦争(一九五〇―五三年)に対する歴史的な記憶はもはや、三八度線の両側で並行的に同じ場所を占めてはいない。これらの進展は、今後極めて重要な結末をもたらすだろう。したがってそれらは、注意をもって追いかけられなければならない。未来は、昨日と同じく今日、世界の地政学がそれ自身を情け容赦なく押しつけ朝鮮半島の力学を変える可能性がある限り、確かなどとは到底言えない。
 直近の未来で大事なことは、半島への戦争駆り立てに対し、打撃が加えられた、ということだ。ワシントンは言葉の挑発を引き上げ、オリンピック開幕まで制裁を締め付け、その悪感情を見せつけてきた。マイク・ペンス副大統領は東京から文在寅に、オリンピックを宣伝目的に利用することを北朝鮮に許すつもりはない、と警告した。
 米国と日本は今や、平昌の既成事実を心にとどめなければならない。今のところ、北の核実験とミサイル発射は中断されている。米韓合同軍事演習は延期されている(六月まで?)。問題はそれがどれほどの規模となり、以前と同じく北が表立っての標的となるかどうかだ。戦争と平和は宙ぶらりんになっている。韓国人が始めたエスカレーション引き下げ運動は、オリンピックの先まで延びなければならない。そして国際連帯がそれに力を貸さなければならない。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年三月号)

ブラジル

元大統領ルラの有罪判決に対する反応

ジョアオ・マチャド

 一月二四日、ブラジル第四地裁は、グアルハ(サンパウロ)のアパートに関する所有の噂に関わる事件に対し、元大統領のルラに対し腐敗を理由とした有罪判決を確定した。これでルラは、彼自身の政府が公布した法の下で、政治的公職に立候補する資格を奪われた。そして今や逮捕の可能性もある。ルラに対しては他にもいくつかの訴訟事件があり、それらは今も進行中だ。彼の政府に腐敗があったことには何の疑いもない(ここ何十年かのあらゆる他のブラジル政府におけると同様)。またそこにルラが絡んでいたことにも疑いはまったくなく、さらに彼に不利な証拠がいくつかあることも間違いない。

政治的有罪判決

 しかし近頃審理された事件では、証拠は極度に疑わしいものだった。彼の有罪判決は確かに、ブラジル右翼多数派の政治的利害を動機としていた。一〇月には総選挙が予定されている。そして共和国大統領との関係では、第一回と第二回双方であらゆる世論調査は、他の候補者を引き離す先頭にルラを置いているのだ。この理由から彼はまさに、この有罪判決はディルマを権力から追い出した議会によるクーデターの延長だ、と語っている(左翼に向けてだけではなく)。この判決後PT(労働者党)は、ルラの立候補を再確認した。とはいえ彼にはその資格がない。
この判決に対しては上訴が提出されるだろう。さらに法は、彼の立候補登録(八月)を可能にしている。そしてその後になってはじめてそれに対して異議を出すことが可能になる。さらに、PTがこの判決に上訴できる以上、ルラが選出され得ることすらあり得、その場合その後彼の就任が拒否されることになるだろう。
近頃行われた種々の世論調査は、これまでのところ有罪の確定がルラに対する投票意志を引き下げなかった、ということを示している。それらはまた、ルラが支援する候補者は彼よりも確保する票が少ないとしても、第二回投票に進出するだろう、とも示している。PTにとっては、ルラの立候補を維持し、選挙の二、三週前になってはじめてそれを置き換える、ということもあり得る。

左翼の分裂


この混沌としたシナリオの中で、ブラジル左翼はこの二、三週のうちに少なくとも四つの立場に分裂することになった。PTとその連携相手をわれわれが左翼の一部と考えるとすれば、次のように言うことができる。つまり左翼は大部分が、ルラの有罪判決に抗議し、彼の立候補権を擁護し、彼の立候補を支持する(あるいは支持できる)と力説してきた。これらの部分は必ずしもルラの「無実」を信じてはいない。しかし、さまざまな調査にしたがえば彼の有罪を信じているが彼に投票するつもりでいる、そうした国民の一部とまさに同じということだ。
左翼の第二の部分、PT政権に批判的な(階級協調、ブルジョア利益の防衛、民衆の動員解除などで)この部分はしかしながら、「ルラ主義」からは可能な限り区別されるように挑みつつ、ルラ防衛の決起に参加した。この部分を構成しているのは、PSOL(社会主義と自由党)の少数派部分、労組運動の極少数派部分、そして民衆運動の少数派部分であり、大統領選に対しては一人の候補者を出すつもりでいる。

継続する論争


これら左翼の二つの部分は、ルラに対する有罪判決に反対する大規模なデモを組織しようと挑んできた。それらはかなりのものになった(数千人、また数万人のものも)が、期待よりも小規模だった。多くの人々はルラに投票の意志はあったが、彼を防衛するために決起まではしていない。
PSOL活動家の多数派からなる左翼の第三の部分は、デモがルラの選挙キャンペーンの一部と受け取られるだろうと理解し、それには参加しなかった。この部分は、早くから彼を有罪と決めつけてきた判決の政治的性格を厳しく批判し、候補者として運動する彼の権利を防衛しつつも、PT政権に対する批判を前面に出している。
最後に左翼の第四の部分は、ルラに有罪を宣告した判決には批判的な立場を保持しつつ、彼は判決を下され投獄されるべき、したがって候補者となる彼の権利を防衛はしない、と主張する。この立場は、PSOL活動家の小さな少数派、PSTU(統一社会労働党、モレノ派の小政党)およびブラジルにおける最左翼労組センターであるCSP―コンルータス(その指導部はPSTUに結びついている)の多数派により共有されている。
この論争は、今後の何カ月か続くだろう。

▼筆者は、PSOLの内部潮流であるコミュニアのメンバーであると共に、PSOL創立メンバーの一人。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年二月号)



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