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    かけはし2018年5月21日号

社会主義の考え方を正面から突き出す挑戦へ


米国

「ジャコバン」誌編集者に聞く

次に起きること 誰も語れない

アレックス・ベインブリッジ/バスカル・サンカラ 


 バスカル・サンカラは米国を基礎とする社会主義雑誌「ジャコバン」の編集者であると共に、米国民主的社会主義者の一メンバーだ。そして後者は、過去一年にわたって急速な成長を経験した。そのサンカラが、イースターの時期にメルボルンで開催された年次マルクス主義会合での特別発言者としてオーストラリアを訪れた。週刊「グリーンレフト」紙のアレックス・ベインブリッジが、トランプ大統領下の米国政治、および社会主義者にとっての展望について、彼にインタビューした。

政治には瓦解が起き、今も進行

――トランプの下での米国政治について少し話すことができますか?

 私が考えるに、そこには、多くの場所にあるものと類似した、伝統的で有力な中道左翼と中道右翼の政治――あるいは少なくとも、米国の中道左翼の政治に対し述べられていること――に関し、ある種の瓦解がある。
人びとはオルタナティブを待ち受け続けている。彼らはどちらの大政党の既成エリートにもうんざりし、彼らを支持したくないと強く思っている。この瓦解は、バーニー・サンダースの社会民主主義的なキャンペーンに対する極めて驚くような、前例のない支援に導いた(二〇一六年の民主党予備選)。
しかし右翼の側では、それはまた、共和党既成エリート全部分によって痛烈な反対を受けたドナルド・トランプに対する支持にも導いた。このエリートたちは今明らかに、彼ら自身を彼に和解させなければならくなっている。しかし彼らは、共和党予備選の中では、彼とあらゆる手段を使って闘ったのだ。
こうして、真の問題は、これから進むことになるものは何か、ということだ。われわれは、ある種の左翼ポピュリズムという選択肢をよみがえらせるかもしれない、ということだろうか? おそらくトランプは、人口の三〇%から四〇%の支持しか受けていないのだ。あるいは既成のエリートが、次の二年から四年をかけて情勢に対する支配を取り戻すことになるのだろうか?
この状況の掘り崩しは今も続いている。米国政治で次に何が起きようとしているかを告げることができる者は誰もいない。

ジャコバン誌とDSAの成長


――あなたの組織、米国民主的社会主義者(DSA)について話せますか?

 私はこの一〇年か一一年、DSAのメンバーだった。われわれは、多少とも反既成エリート左翼の伝統から出発した。その創立者の多くはトロツキストの背景をもつ者たちだった。
しかし一九八〇年代と同九〇年代におけるこのグループの実際の政治は、幅広い基礎に立つ民主的社会主義だった。それゆえそれらは、イタリア共産党に対するいくらかの共感を伴って、海外の社会民主主義の左翼と関係を結ぶ傾向があった。
近年それが成長を遂げるにつれ、われわれはそれをいくらかより急進化できた。それゆえそれは、世界中の現存する極左グループと少しより密接に関係を結んでいる。しかしそれは、社会民主主義者から革命的社会主義者までのあらゆる人びとを含んだ、幅広いテントだ。

――あなたがジャコバン誌をどのようにして発行するようになったのか、またその狙いは何か、について話せますか?

 私は大学生だった時に(二〇一一年)ジャコバン誌を始めた。その当時私は二、三年DSAの中にいたが、私には一組の政治理念があり、私の周辺に一群の人びとを抱えていた。しかし左翼はあまりに弱く、われわれは、組織的に突破する上で難しい時を過ごし続けていた。それゆえわれわれは、われわれの理念を軸とした宣伝活動に挑戦することを決めたのだ。
あなたが小さなグループにいるとすれば、あなたがやるはずの多くは宣伝と教育に限られる、ということをあなたは認めなければならない。あなたにもっと多くのことをやる大望があるとしても、だ。
われわれの考えの一部は、ますます、特に学生運動の中で、非常に無政府主義的になっていた左翼の内部で勝利を収めること、人びとをより伝統的なマルクス主義政治へと再び勝ち取ることだった。われわれはその政治を新鮮にし、生気に満ちたものにする挑戦をしたかった。従ってそれは、まさに古くさいもの、つまらないもの、薄っぺらなものに見えることはなかった。
しかしわれわれはまた、新しい大衆的な選挙民をこれらの政治の回りに勝ち取ることにも挑戦している。私の考えでは、米国で自らを左翼リベラルあるいはリベラルと一体視している人びとの多くは、事実として完全に、そうしたものよりも少しばかりもっと急進的だ。彼らはまさに、長い歴史をもつ深い社会主義の伝統を欠いた――あるいはむしろ忘れられた社会主義の伝統をもつ――国の中で、それを表現する言葉をまったくもたなかったのだ。
それが考えだったのであり、われわれは今四万部の発行部数を確保している。われわれはそれよりはるかに多いオンライン読者層も確保している。それゆえそれは一つの成功となった。そして私は、われわれが加入した時の五〇〇〇人から六〇〇〇人という組織から現在の約三万五〇〇〇人の組織へという、DSAの成長に見ている転換のいくつかに対しては、われわれが道を開く上で力を貸した、と考えている。

党の必要性、階級の優位性軸に


――ジャコバン誌とDSAは常に結びついていたのですか?

 われわれには公式の関係はない。(ジャコバン誌において)われわれは独立している。それゆえわれわれは、国際主義社会主義組織、米国社会主義オルタナティブ、さらにソリダリティ(といった革命的社会主義組織)の人々と共に協力し活動している。
このようにしてわれわれは左翼の幅広い広がりに関係している。われわれの考えは、組織的境界を貫く諸理念と傾向を生み出すことであり、単に一つの組織に結びつけられることではない。左翼はまさに小さいのであり、DSAの規模の組織でさえ、最高の目的にはなり得ない。
私の考えではDSAに回答があるわけではなく、それがもつ可能性は幅広い大きなテントだ、と考える。
ジャコバン誌をもってわれわれが支持しているのは、かなり正統的な考え(左翼に関する〕だ。正統さのためばかりではなく、階級の優位性、また政党や組織の必要性といったものごとに関し(これらの考えは正しいと〕われわれが考えたことも理由だ。
われわれは、われわれが大衆的政党から極めて遠いところにあるということを分かっている。しかしわれわれは、われわれが世界を変えたいと思うならば、実際に権力を取らなければならない、と分かっている。時代は、「権力を取らずに世界を変える」との考えがなおも非常に流行していた時だった。
私は、今主流の左翼が「ひたすら選挙に勝とう」という心性の中にあるというような、ある種の変動を経験することになった、おそらくそのように一つの過剰修正が起きた、と考えている。しかしわれわれの立場は変わることなく、抜本的な変革を起こしたいと思うならば、党が必要であり、労働組合活動の役割が必要である、というものだ。そして非常に魅力的とは見えないそうしたものごとすべては、しかし私の考えでは、過去一二〇年間でわれわれが確保してきたあらゆる単一の勝利に対する基礎になっているのだ。

――DSAはかなりの成長を経験した。その脈絡を議論できますか?

 DSA内部では、以前には政治化していなかった多くの人々が突然社会主義政治に飛び込むことになった。したがって人びとは今なお自らの足場を獲得する過程にあり、色々な議論と歴史のいくつかをより良く理解しようと挑戦中だ。
そしてそれは深い伝統なしには困難だ。それゆえわれわれの主な任務の一つは政治教育であり、組織を行動に入る道として考えることだけではない。行動は重要ではないと言いたいのではなく、われわれとしては、二年間社会主義政治に投げ込まれ、自ら燃え尽きる、というような人々を望まない、ということだ。

社会主義者のさまざまな挑戦


――私は、バーニー・サンダースの経験と彼の下にある「われわれの革命」グループについて、また民主党が親企業政党であるにもかかわらずその予備選に立候補している社会主義者についてたずねたかったが。

 たとえばニューヨーク市でわれわれは二つの異なった選挙に立候補した。その両者はおよそ三〇%を獲得した。一人は実際の選挙で民主党を相手にした無所属としてだった。もう一人は、民主党の現職が相手だったが、民主党予備選としてだった。
このように社会主義者はさまざまなやり方で立候補してきた。そして社会主義オルタナティブは、非常に上首尾の選挙活動を行い、クシャマ・シャワントをもってシアトル市議会に一議席を勝ち取った。ミネアポリスでも非常な成功となった多くの社会主義キャンペーンが行われてきた。
そのようにこれまでにこれらの突破があったが、しかしそれは、(サンダースの)「われわれの革命」が民主党内で行おうと努めているものとは少しばかり違っている。誰かの戸口をノックし、一五ドル最賃や他の課題を取り上げるための理由を確保するために、社会主義について話を交わすために、公職に立候補する一つの伝統がある。そしてそれこそ私が選挙に関係しようと思う理由だ。
しかしまた一方には、「われわれの革命」の取り組み方もある。そしてそれは、本気で「われわれは偽物を取り出す必要がある」、野犬捕獲員から市長や知事やその他にいたるすべてに実際に立候補する必要がある、というものだ。
私に限っての立場は、これは特別に有害とは考えない、というものだ。私の考えでは、一群の民主党員が左翼である人びとで置き換えられるならば、それはよいことになるだろう。私は、それが悪いことだとは思わない。私の考えでは、それは闘争の前進に向け少しばかり圧力をかける。しかし私は、それらも何らかの種類の構造的障壁に衝突する運命にある、と考える。
解きがたい問題は、「君たちは失敗する宿命にあるだけだ」と語って、難詰し離れるだけの関係に、どうすればならずに済むか、ということだ。あなたはこうした人びとと関わり合いたいのだ。しかしあなたは、この幅広い「バーニー派」の政治と社会主義の政治をどのようにすれば差違化できるだろうか?
どちらかと言えば私は、一つの足場をバーニー派とその左翼、と共通のところにもちたい。しかし同時に、労働者階級と急進的な政治として見えるものについて区別された考え方をも維持したい。

米国政治には可能性が潜む

――言いたいこととして他に何かありますか?

 一般論としての私の考えでは、おそらくものごとは、米国内でそう見えるかもしれないほど厳しくはない。たとえばあなたが移民について多くの若者たちが考えていることをよく見れば、また社会的レベルや文化的なレベルでものごとが動いている全般的な方向をよく見れば、それは何ほどかは左翼に有利な方向だ、と私は考えている。
そして政策課題ですら、われわれの中心的な政綱、われわれがDSA内部で最大限に努力を続けてきたことは「全員のためのメディケア」だ(メディケアは六五歳以上の高齢者を対象とした医療保障制度:訳者)。私の考えでは、次の一〇年かそこらで、米国におけるある種の社会化された医療システムを勝ち取る潜在的可能性がある。そしてそれは、世界で最大の経済力の六分の一が私有部門から公的必要に向け方向付けられる何かに転換される、ということを意味するだろう。
そして私は、そのようなシステムが機能するのを人びとがいったん見ることになれば、彼らはもっと多くを政府に求め始めるだろう、と考える。私は、それは進歩的でわれわれにとっては肯定的な方向にものごとを動かすだろう、と考える。わたしは次の数年について慎重ながら楽観的だ。(一九一八年四月六日)

▼バスカル・サンカラはジャコバン誌の編集者。
▼アレックス・ベインブリッジは、週刊「グリーン・レフト」の記者。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年四月号)  

フランス

反資本主義新党(NPA)声明

警察の暴力あろうと決起は続く

2018年5月2日

 メーデーデモには二〇万人が結集した。それは、非常な結集を示している諸々のデモと一体的に重要な決起を表している。パリのデモは特に大規模だった。一方他の催しの一部はその地域における学校休暇期間に行われた。これは、大学で、鉄道労働者内部で、さらにそれだけではなく労働者と若者の世界でも、マクロンに対して高まる怒りの印だ。
 政府は、この決起を前に、弾圧姿勢を継続してきた。政府は、四月二三、二四、二五日と、学生に向け彼らの大学に警察を送った。そして彼らはレンヌでは、学生の隊列に攻撃をかけた。パリでは、若者の行進を攻撃し、その行動を中断させるために、デモの先頭に「自律主義者」がいたことを口実に利用した。また、諸労組に行進経路を変えるよう強要したのも警察の姿勢だ。
 学生たちは、警棒であろうが大量の催涙ガスであろうが、この警察の暴力を前に引き返さざるを得なかった。この警察の暴力は、警察長官のコミュニケによって、またデモに紛れ込んだ私服警官や挑発者にはふれないまでも、しかるべく整えられた準備によって計画された。そしてそれは予想されたものだった。
 われわれは自律主義者グループと行動路線を共にする者ではないが、それでも若者のある者たちの中で高まる怒りを理解する。彼らは、日々の暮らしの中で社会と警察の暴力に直面しているのだ。
 現在の衝突に対し責任を負っているのは政府だ。それは、労働者と若者の世界に対する攻撃の源なのだ。社会運動の応答は、何よりもまず、さまざまな組織間の統一的なやり方で、警察の暴力を拒絶すること、そしてその決起を防衛すること……、さらにマクロンを止めるために、五月三日、同五日、そして今後の何週間も、決起を続けることでなければならない。
(モントレーユ)
(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年五月号)



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