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    かけはし2018年6月11日号

第四インターナショナル第17回世界大会開催 B


資本主義による環境破壊と
エコ社会主義への挑戦

オルタナティブ
への踏み出し

 世界大会の二日目夜から三日目にかけて、第二の主要議題である「資本主義による環境破壊とエコ社会主義オルタナティブ」についての提起と討論が行われた。
 「エコ社会主義」についての問題提起は、グローバル資本主義がもたらす貧困・格差・差別・社会的紐帯の解体と闘う反資本主義オルタナティブの核心をなすテーマとして、二〇〇三年、二〇一〇年、そして今回の世界大会でも変革のためのプログラムの重要な位置を持っていた。日本では福島原発事故を一つの契機として、反原発・脱原発の運動がきわめて重要なテーマになっているが、残念ながら「脱原発社会」の展望を、エコロジカルな社会主義として提起していくための論議は、なかなか作り出すことができていない。
 私自身も、この間マニラで開催されるアジア・グローバルジャスティス学校や、第四インターナショナルの国際委員会で、福島事故を契機にした反原発・脱原発運動について報告する機会があったが、エコロジー運動と反原発運動が内包する反資本主義的オルタナティブの方向性に関して、現実に即して提起することは全くと言っていいほど論議しえていない。おそらく世界的にもそうなのである。もちろん、それが安易に提示できるものではないにしても、「脱原発社会」において生産・消費・労働などについて、どのような「もう一つの」在り方が求められているのか論議を積み重ねていくことを、つねに意識していく自覚があらためて問われている。
 そのことは、前回の世界大会で第四インターナショナルが「エコ社会主義」の展望を採択しても、それがわれわれの実践をどう変えていくのか、ということを改めて問い返す作業を突き付けている。

過渡的アプロ
ーチが必要だ


 第四インターナショナル・イギリス支部のアラン・デービスは「文明の警鐘、そしてエコ社会主義者の回答」という対案の中で、気候変動がもたらす「自然災害」の打撃に対し、フィリピンやバングラデシュ、パキスタンの同志たちの被災した住民を守る「エコ社会主義者」としての先進的実践に注目しつつ、次のように述べている。
 「資本主義に終止符を打つ全般的な闘いの不可欠な一部として、地球環境を守る闘いを展開し、環境的に持続可能で、経済的・社会的に公正なエコ社会主義社会を樹立するという過渡的アプローチは重要である」。
 「しかしこれは……今日の環境危機の解決策が、今後二〜三〇年以内に世界的に資本主義を打倒し、置き換えることである、ということを意味しない。……環境破局はまさについそこまで来ている一方で、世界的なエコ社会主義革命という点では、現実に起こるという兆候はほとんど見られない。実際、実践的には、もし今後二〜三〇年以内の世界的なエコ社会主義革命が地球温暖化の解決策であるならば、地球温暖化の解決策はないことになってしまう」。「われわれは、人びとに絶望ではなく希望を与える要求を前進させなければならない。そして革命だけを唯一の解決策とする政策では、ほとんど希望はない」。「それゆえ求められているのは、最大限綱領的なアプローチではなく、過渡的なアプローチである。別の言葉で言えば、資本主義に地球環境を守るのに必要なステップを歩ませる(たとえばパリ協定の約束を完全履行させる)闘いという観点での資本主義を終わらせる闘いである」。
 彼はそこで次のように述べる。
 「『グリーン資本主義』に対するいかなる幻想も持つことなく、時間を稼ぎ、温室効果ガスの削減を手始めとして、進行中の破局に対する具体的手段を権力者に強制するようにしなければならない」。
 アラン・デービスがその中で提示している具体的要求とは以下のようなものだ。
 「化石燃料からの完全かつ緊急な脱却」。「社会化されたエネルギー・システムの一部として、再生可能エネルギーへ転換させる集中的プログラム」「社会のあらゆるレベルにおけるエネルギー使用の削減」「核エネルギーに終止符を打つこと」。
 さらに彼は、「使い捨て社会を終わらせること」、「プラスチック製品の生産を終わらせること」、「自動車、とりわけ個人的自動車使用の大幅な削減」「個人的なCO2排出の大幅削減――とりわけグローバル・ノースにおいて」、「賃金削減を伴わない労働時間の大幅削減」などの項目を提示し、さらに「化石燃料」を大幅に削減するための具体的戦略を提示する努力を訴えた。
 このアラン・デービスによる「提案的対案」は、少数で否決されたが、気候変動に対するエコ社会主義の観点からする論議を喚起する上で、一定の役割を果たしたのではないか。

人びとの苦難
に立ち向かおう

 「環境破壊とエコ社会主義」の展望についての討論は、二一世紀に入ってからの第四インターナショナルの大会の中で、継続的に論議の焦点となり、中心的なテーマとなってきた。資本主義が作り出したエネルギー多消費による環境・人間社会そのものの破壊との闘いをどのように提起していくのか。
この点では、日本が経験した二〇一一年の福島原発災害は、国際的にも大きな影響をもたらした。反原発の闘いは、国際的にはストレートに資本主義をベースにしたエネルギー多消費社会そのものの批判と結びついた。フィリピンなどで多発する大規模災害と貧しい人々の生活基盤そのものの破壊は、自然災害と貧困の克服のためにどのような行動が必要となっているかを自覚させることになった。
パキスタンやフィリピンの同志たちは、台風、地震などの自然災害と住民生活への打撃が、まさに政治・社会のあり方と深く結びついていることを、身をもって体験してきた。日本でも東日本大震災と福島原発事故などを通して、政治・経済のあり方と住民の被害の深刻化が深く結びついていることが多くの人びとにとって露わなものとなっている。
原発事故、災害からの復旧、被害を受けた住民の支援――人びとの苦難にどう立ち向かうかという課題は、資本主義的搾取・収奪のシステムとの闘いと深いところで結びついている。福島原発事故を経験したわれわれは、その経験と闘いの展望をさらに国際的に発信していく責務を持っている。 (K)
(つづく)

投書

『記者襲撃 赤報隊事件
30年目の真実』を読む

S・M


 年後―テロ
宣言は続く!
 『赤報隊事件 30年目の真実』(樋田毅著、岩波書店)を読んだ。
 樋田毅(ひだ・つよし)氏(ジャーナリスト)は述べる。「二〇一四年以降、毎年五月三日に阪神支局の前で起きていること――。阪神支局事件から三〇年を経た『今』を語るにあたり、この報告から始めたい。二〇一四年五月三日午後三時三〇分、阪神支局の前の路上に街宣車が止まった。若者たちは『在特会(在日特権を許さない市民の会)関西チーム』を名乗っていた。拡声器を使って交代で演説し、竹竿の幟(のぼり)を小脇に抱え込んで、『赤報隊』が小尻記者を射殺した際に使用した散弾銃のように『銃口』を支局に向ける仕草を繰り返す。朝日新聞社側が録音した演説の内容を以下に書き出してみる。『我々は赤報隊の行動を、義挙だとはっきり支持する立場で街宣を行う』『小尻知博は殺されて当然。ざまあみろ』『犠牲者は一匹だけでは足りない。百匹、千匹のゴキブリを殺す。必ず血祭りにあげる。朝日を地上から抹殺する』『朝日新聞を必ず潰す。これは脅迫。はっきり言って恫喝だよ』『朝日を叩き潰せ。朝日記者は死ね、死ね、死ね』。在特会メンバーらは、朝日新聞社と阪神支局に対して、聞くに堪えない罵詈雑言を二時間にわたって浴びせ続けた。ヘイトスピーチそのものに思えるが、攻撃対象が外国人や在日の人たちではないので、民族差別を前提としたヘイトスピーチ対策法は適用されない。五月三日の在特会系のメンバーらによる街宣は、以降も恒例行事のように続いている」。
 ヘイトスピーチ対策法はこれでいいのだろうか。私はそう思う。

議論すること
の大切さ学ぶ
樋田毅氏は述べる。かつて襲撃事件の取材班メンバーとして、「熱い時間」を共にした後輩記者たち。私が絶大な信頼を寄せていた仲間たちは今、どんな思いで仕事をしているのだろうか。果敢な取材力を発揮していた記者は、こんなコメントを寄せた。「記者になったころは、多くの仲間が戦争に加担するつもりはない、暴力には屈しない、という志を共有していると思っていた。自分自身は変わっていないつもりだが、すべての仲間と思いを共有できているかどうか、疑問を感じることが増えた。少し前、私が書いた原稿の中で、数カ所、近代日本の負の歴史に触れた部分を担当デスクが理由も言わず削ろうとしたので、話し合って残してもらったことがあった。原稿の中の『虐殺』という言葉に紙面編集の担当者からクレームがついた経験を持つ同僚がいる。慰安婦問題をめぐる過去の記事で週刊誌やネット右翼の標的にされた元記者の植村隆さんを、社として積極的に守ろうとする姿勢が見られなかったことも極めて残念だった。萎縮せず書くべきことを書く、という建前と裏腹に、批判を招く記事を載せたくない、面倒な問題に巻き込まれたくないという意識がじわじわと広がっているように感じる。……」。
かつて取材班に入る際、家族に「自分にどんなことが起きるかも知れないので覚悟してくれ」と話した記者は、こう書いてきた。「最近の右傾化の流れを見ていると、小尻さんの死が何だったのかを考えさせる。小尻さんの死を無駄にしてしまったのではないかという後悔の気持ちである。……取材の過程で、先輩たちの取材メモでは、「犯人は許されない」と話していた右翼関係者が「赤報隊は正しい」などと平気で言うのを聞き、事件から一〇年にして風化が進んでいると肌で感じていた。……
朝日新聞は二〇一四年の慰安婦問題を含む一連の不祥事で萎縮したと思う。それが右派勢力の狙いだったわけで、まんまとひっかかったのだ。森友学園や加計学園の問題では朝日は少し元気を取り戻した。不祥事の教訓は萎縮することではなく、しっかりと事実を固めた上で、はっきりと発信することだ。
小尻さんの死が私たちに伝えてくれたのは、議論することの大切さだと思う。議論なしで、無言で銃口を向ける行為は卑劣である。私たちがしなければならないことは、小尻さんの意思を受け継ぎ、社会の問題を丁寧に拾い上げ、問題点を指摘し、議論を広げていく事だと思う」。

「朝日」はこれ
でいいのか?
冷静な取材が持ち味だった記者は、こう書く。「……事件から一〇年、二〇年の節目の時点では、記憶が遠のき、世間から忘れ去られることを、私たちは恐れた。その後、あろうことか、『朝日は襲われて当然だ』『朝日にもっと犠牲を』といった賛同の言説が出ていることには、憤りを通り越して、悲しくすらなる。事件から三〇年を経て、歴史修正主義の台頭と歩を合わせるように、排外的で断定調の物言いが、人々の心を捉え始めている。……声を上げずにいるうちに、いつの間にか世の中は変わっている。だから、黙ってはならない。あの銃口は自分に突きつけられたと捉え、事件の意味を問い続ける。朝日の記者だけでなく、すべてのジャーナリストの責務だと思う」。
朝日新聞は(マスコミは)、私の誤解でなければ、天皇制を賛美し、天皇制に反対する意見を大きく載せない(私の誤解でなければ、『東京新聞』も『神奈川新聞』も天皇制を賛美している。『週刊金曜日』も『しんぶん赤旗』も「天皇制に反対する特集」をやっていない)。北方領土の先住者はアイヌ民族だという「北方領土の真実」を大きく載せない。商業主義と国家主義のオリンピックに反対する意見を大きく載せない。「人間の顔をした社会主義」を目指す人びとのことは大きく報道せず、「社会主義イコール悪」のキャンペーンを四六時中行っている。内ゲバ主義を大きく批判することはない。死刑制度に積極的に反対していない。『朝日ジャーナル』を休刊にした。これらは朝日新聞(マスコミ)の問題の氷山の一角だ。朝日新聞(マスコミ)はこれでいいのだろうか。

繰り返しては
ならない歴史
樋田毅氏は述べる。「私が度々取材した、戦前派右翼の畑時夫氏(故人)。中央公論社の嶋中事件でも右翼と中央公論社の仲介役として動いた老右翼が生前、にこやかに微笑みながら、達観したようにこう話していた。『私は朝日新聞を信頼しているんですよ。戦前、平時は左翼を装っていたが、いざ国家の危急時には本来の姿を取り戻して愛国派の新聞になってくれた。今は平和の時代。仮の姿なんだから、好きにやっていただいて構いませんよ』『歴史は繰り返される』という畑氏の朝日新聞に対する『予言』が当たらないことを、私は心から願っている」。
朝日新聞(マスコミ)のどこが「左翼」だというのだろうか。私は疑問を感じる。
この本の中では「朝日新聞でα教会取材の中心となってきたN編集委員が、α教会から金で籠絡されていた」(一六八ページ)という「到底信じられない話」(一六八ページ)も出て来る。霊感商法のことが書いてあったから、α教会というのは統一教会のことだろうか。事実だとすれば大問題だ。私はそう思う。
また、朝日新聞と警察が癒着していたこと(朝日新聞が取材ノートか何かを警察に渡していたこと)も出て来る。これも大問題なのではないだろうか。反天連の人たちは、朝日新聞のようになること(警察と癒着すること)がイヤで警察に被害届を出さないのだろうか。私には良く分からない。この他、「右翼に尊敬される警察官の話」などが私の印象に残った。これも大きな問題だ。私はそう思う。
(二〇一八年五月六日)




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