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    かけはし2018年7月16日号

社会的、政治的袋小路そのまま


トルコ

総選挙が伝える六つのメッセージ

グネイ・イジカラ/アルプ・カイセリリエル/マックス・ツィルンガスト


 今回のトルコの選挙でエルドアンは勝ったのかもしれないが、しかし専制と抑圧の真ん中でも、なお希望のかすかな兆しはある。
 トルコでの六月二四日の選挙――国会と大統領の両方――は、いっそう専制的な指導者になっているレセプ・タイップ・エルドアン大統領にとって、めざましい勝利となったように見えるもので終わった。時々は野党にも本物のチャンスがあるように見えたものの、終わってみれば結果は鮮明だった。エルドアンは第一回投票で大統領の当選を決め、エルドアンの党である公正発展党(AKP)とファシストの民族運動党(MHP)の選挙連合、人民連合が議会の過半数議席を確保した。
 速報的結果にしたがえば、エルドアンは大統領選で得票率五二・六%で勝利し、他方彼の主なライバルであった中道派の共和主義人民党(CHP)候補者、ムハレム・インジェは、三〇・六%を集めることができた。国会議員選挙では、人民連合が五三・七%を獲得、対して国民連合――CHP、民族主義者の優良党(GP)、および宗教的保守派の至福党で構成――は三三・九%を確保した。人民連合は国会で、六〇〇議席の内三四四という、絶対多数を確保することになり、国民連合の議席は一八九になるだろう。どの連合にも属さない親クルド左翼政党の国民民主主義党(HDP)は得票率一一・六%を獲得、議会では六七議席を確保するだろう。
 これらは精査を受けていない数字だ。しかしそれが意味するものは何だろうか? 以下にこの選挙がとりあえず伝えるものを六点印したい。

1.選挙はそもそも不公正だった


 すべての政党と大統領選候補者がこの結果を即座に受け容れた。CHPの大統領選候補者とスポークスパーソンは、早々の結果発表に対し極めて杜撰だと声を荒げたが、数時間の内に、完全にそれを引っ込めた。GP候補者のアクセネルは、まったく何の言明も行わなかった。この光景の陰にはある種の合意があるのでは、あるいは、あらゆる者が単純に多かれ少なかれこの結果を妥当と見たのでは、このようにわれわれには推測することしかできない。
 それでも、投票日当日には数え切れない不正行為があった。南東部のクルドが多いウルファ州では、野党の立会人が力づくで投票所から追い出され、人びとは、数千にもなる票をこっそりと持ち込もうとしているところを見つけた。同じ州では、投票日の一〇日前、四人が殺害された。その時AKPの一候補者と彼のボディガードは、親HDP小売店主を武器で襲撃したのだ。伝えられた投票日の不正行為のほとんどは、クルド多数の諸州に集中していた。そこには海外からの監視人が僅かしかいず、現地の立会人の多数は追い出された。
 トルコは今なお、二〇一六年七月に起き失敗に終わった反エルドアンクーデター後に彼が強制した、非常事態令の下にある。エルドアンと彼のAKP――ファシストのMHPと連携する――は、クーデター支持者と闘うという口実の下に、政権反対の声に敵対するその名に完全に値する戦争に取りかかり、数万人に上る政治家と活動家を投獄、司法を徐々に乗っ取り、ほとんど完全に集中化されたメディアに対するほぼ完全な支配を確立した。野党とその大統領候補者――右翼の者たちから、左翼のHDP、およびその獄中にある元共同代表で大統領候補者のセラハッティン・デミルタスにいたるまで――は、投票日にいたる日々、メディアから取り上げられることはなかった。
 はっきりしていること――そしてあらゆる個人的な不正以上にもっとはるかに重大なこと――は、選挙自身の全体的な正統性欠落だ。それは、野党(特に社会主義者とクルドの反政権派)に対する大規模な弾圧を含んだ、非常事態令下で行われ、エルドアン陣営の勝利を確実にするための、国家機構がもつあらゆる手段の利用を証拠として示した。

2.MHPが中心的役者に浮上

 はっきりした勝者がいるとすれば、それは、AKP、MHP、GPで構成されるスンニ・トルコ民族主義ブロックだ。最後の勢力は、現在の空気の中で自らを野党勢力としての位置に置いているとはいえ、その政治的構想や見方という点では他の者たちと明確に異なるわけではない。このブロックが確保している得票率はおよそ六四%にもなる。彼らの成功は、公的空間における永続的な極度の民族主義的な動員、さらに全体としてのテロとの戦争、および部分的にクルドを敵とする戦争に関する諸々の物語りという脈絡の中で理解されなければならない。
AKPとMHPが得た数をいくらか詳細に検討することには価値がある。エルドアンは今回の選挙の勝者であるように見え、また確実にそのように描かれているとはいえ、このことはそれほど単純ではない。
エルドアン自身、彼の党はある程度厳しい打撃を受けた、ということを分かっている。そして彼らは、特にこの結果に満足しているようには見えない。AKPが得た票は、二〇一五年一一月の選挙時よりも約二〇〇万票少なかった――約七%の低下――。この党は、議会過半数に必要な三〇一議席の獲得に失敗したのだ。エルドアンが過半数を確保できるようになったのは、MHPの助けがあるからにすぎない。
それは転じて、MHPの影響力が強化された、ということを意味する。この党は、この選挙で驚くような力強い形勢を示した。半減する分裂と一〇%以上の得票率を得た他の分派(GP)出現にもかかわらず、MHPは約一一%という彼らの取り分を維持できた。そしてそれを彼らは、選挙に先立つ公開のキャンペーン行動を基本的にはまったく行わない中――MHP指導者のデヴレト・バジェリが開催した集会は全部で二回か三回、対してインジェは一〇七回――で成し遂げた。
MHPは、その相対的な拠点の多く(たとえばオスマニエ、アダナ、メルシンといった南部の都市)で票を失ったとはいえ、それでも、ほとんどはクルドが優勢な地域で相当な票の増大を達成できた。大がかりな不正があったとしても、クルド地域ではそれはMHPに味方した。
MHPはその位置を十分に自覚している。バジェリは選挙後、彼の党は「議会で鍵を握る党」になった、と言明した。MHPは、もっと大きな自信をもって、さらに断固としたやり方で自身を押しつけることができるだろう。特にクルド問題についてそう言える。ありそうなことは、AKP―MHP連合が今後の時期もっと公然と、ファシスト的路線を追求するだろう、ということだ。

3.CHPに亀裂が入る可能性


CHPとその大統領候補のムハレム・インジェは、少なくとも彼らは選挙を第二回投票まで押しやるだろう、という点にかなりの自信をもっていた。インジェは、党の回復を約束し士気阻喪した何百万人という人びとを動員した、活発なキャンペーンを行った。
しかしながら結果は、党内部の新たな危機の誕生を暗示する。CHPの得票率は、二〇一五年一一月の選挙結果から三%低下した。それは、その支持者に非常な失望をもたらした結果だった。インジェ――彼の党よりも八%高い票を得、三〇%以上受け取った、一九七七年以後では最初のCHP大統領候補になった――は今週はじめ、党を引き渡すよう圧力をかけるか、新しい陣形を創立し、将来の選挙に向けすぐ準備を始めるつもりだ、と暗示した。
現党首のケメル・キリジュダロエルは、インジェが済ませていたエルドアンへの祝福によってではなく、党内の出世第一主義に対する攻撃的な話で応じた(キリジュダロエルが、CHPにとってはすべてが失望として終わった、九回の選挙の間党指導者であり続けたという事実は、党の役職にしがみつく人びとや出世第一主義に関して不平をこぼすことをむしろ奇妙にしている)。
他方インジェは、国を回り、彼を支持した人びとに感謝を示すために八一の州すべてで集会を開くつもりだ、と公表した。今さら言うまでもないが、これは党首としての行動だ。ある種の危機――党の分裂に火を着けることもあり得る危機――が差し迫っているように見える。

4.HDPは障害にうち勝った


この選挙のもう一つの勝者はHDPだった。弾圧にもかかわらず、まさに多数の中心的政治活動家の国外追放と投獄(あらためて、自身の大統領候補をも含んで)にもかかわらず、投票日当日の暴力と脅しにもかかわらず、HDPは再度、自身を打ち固め、一〇%という閾値(高度に非民主的な)を超え議会への参入を果たした。これは、トルコ政治内で親クルド政党が否認できない現実となった、というもう一つのはっきりした指標だ。
その上に、自由主義に向かういくつかの潮流にもかかわらず、HDPは、他の社会主義諸組織と民衆的勢力の代表者を統合しようと追求してきた。トルコ労働者党(TIP)のエルカン・バス、「人民の家」のオヤ・エルソイ、革命党(DP)のムサ・ピロエル、さらに被抑圧者社会党(ESP)のムラト・ジェプニといったれっきとした革命的社会主義者が今や、議会の中に存在し、変わることなく独裁と資本を激しく非難し続けることになるだろう。HDPは、家父長的なトルコ―スンニ連合(つまり民族主義者とイスラム主義者)に対決して確固として立ち上がる、議会内の唯一の政党になり、こうしてトルコ政治内部の唯一の主要政党になっている。
CHPに何が起きるかはこれから分かることとして残されている。しかしHDPは、主導性を発揮し、民衆運動の強化を助ける必要がある。特にクルド解放運動は、現状継続に対する抵抗のもっとも重要な軸の一つだ。

5.底辺からの光景は悪くない

 トルコの専制国家はその根をオスマン帝国に、またトルコ資本家階級の陣形にもっている。この力関係は大きな変容を経過してきたが、また現在AKPとMHPを軸に一時的に安定化されているとはいえ、国家と対決して立ち上がり、国家から期待されるものはほとんどあるいはまったくもっていない民衆の活動力は、近年のトルコ政治では、特に二〇一三年のゲジ公園蜂起以後、恒常的な要素となっている。
ゲジ公園とロジャヴァ(シリア北部のクルド自治領域)により解き放たれた諸勢力は今なお、国家内部の競合関係やクーデターの試み以上にAKPとエルドアンを怯えさせている。女性、クルド、労働者、そしてもっと多くの者がこの体制には何の望みも持っていない。そして多くは、そのような国家と決裂する用意ができている。
民衆運動にとってこの選挙結果は、何ほどかは志気をくじくものだとしても、完全な失望の原因にはなっていない。ほとんどはエルドアンが最終的に去るのを見ることを好んでいたと思われるが、社会的力関係は大きく無傷なまま――周知のように、エルドアンが得た一定の権力とAKP―MHP連合と一体的に――にあり、民衆陣営を貫く連帯を基礎とした前向きな選挙キャンペーンは、将来に向けた一定の希望を提供するはずだ。

6.新大統領は勝利していない


この選挙は、どんなことがあろうと、トルコの社会的かつ政治的システムが今も相対的な袋小路にある、ということを示している。力関係は、早くも独裁的になっている大統領制を強化している今回の選挙をもって、エルドアン―AKP/MHPブロックに向かって少しばかり動くことになった。それでもそれはまったく決定的な勝利ではない。この国の大きな塊は、二〇一三年以後にあったように、支配的ブロックに今なお反対している。
他方、インジェ(CHPの)とアクセネルのGP――「子どものゲームをやっている」わけではない、HDPを「クルドの政治運動の代表」として受け容れる、と言明したばかりだ――の台頭は、国家とエリートのサークル内部にある観点の違いが、政治的代表をもつ諸分派として自らを明らかにしつつある、ということをはっきり暗示している。エルドアン―AKP/MHPブロックは依然優勢を保っているとしても、それは、エルドアンがすべてを支配している、あるいは全員が彼に膝を屈している、というようなものではないのだ。
MHPがあらゆる者が予想した以上にうまくやった(つまり、MHPを有利にした系統的な不正について何の合意もなかったと仮定して)からには、われわれは、エルドアン―AKP/MHPブロック内部の権力闘争を予想してよいだろう。その権力闘争は、それが危機の真ん中にぶつかるならば、AKPの強さを脅かすだろう。そして実際に、経済危機は戸口で待機中だ。
この危機の深さと管理、野党の立ち位置、そして決定的なこととして、街頭での大衆の活動が、エルドアンが彼の権威主義支配を制度化できるか否か――あるいは、諸々の亀裂がつくられ続けるか否か――を決定するだろう。

▼グネイ・イジカラは社会研究新学院の博士課程大学院生。アルプ・カイセリリエルは哲学と歴史の修士課程を修了し、現在イスタンブールに住み働いている。マックス・ツィルンガストはアンカラとウィーンで哲学と政治学を研究中。この三人はまた、フリーのジャーナリストとして、また翻訳家としても活動している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年七月号)  


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