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    かけはし2018年7月23日号

“幸せの花”を土足で踏みつぶした


寄稿 (上)

袴田巌さんは無実だ

6・11東京高裁大島裁判長の不当決定糾弾

山崎俊樹(袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会事務局長)


 さる六月一一日、東京高裁大島隆明裁判長は、二〇一四年の静岡地裁再審開始決定で釈放された無実の死刑囚・袴田巌さんに対して地裁決定を取り消し、再審請求を棄却する不当決定を下した。袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会の山崎俊樹さんにこの不当な東京高裁決定批判の訴えを書いていただいた。(本紙編集部)

袴田巖の壁が静岡市に出現


 五月一八日、静岡市内のプラハにあるジョン・レノンの壁ならぬ袴田巖の壁が突如出現した。
 袴田さんはこの壁の開設時に「幸せの花」と書き込んだ。人生の大半を国家権力に奪われた袴田さんの思いが伝わる言葉である。
 この壁の設置は、六月一一日の高裁決定は、静岡地裁の開始決定をそのまま維持し、間違いなく袴田さんに二度目の開始決定が下された場合を想定し、静岡市から選出された上川陽子法務大臣に、検察官の特別抗告をやめさせ、袴田巌さんを救済して正義を実現してほしいからだ。
 なぜか、それは検察官の異常な姿勢を改めさせることができるのは,検事総長に対する指揮権がある法務大臣しかいないからだ。
 袴田事件において、検察官はまともな判断ができない異常な状態にあり、理由がなくても争っているためだ。
@ズボンよりステテコに付いている血液が多い理由を、ステテコで犯行中ズボンをはいた。
A静岡地裁でおこなったDNA鑑定で、データを改ざん、隠蔽した。
B逮捕時の鑑定人の傷の鑑定、警察官の身体検査、留置場入場時の合計三回の身体検査で無かった袴田さんの長さ八pにも及ぶ傷が、袴田さんの自白後に見つかったことを、いずれも見落とした。
C取調室内で袴田さんに「ここでやらせろ」と小便をさせた警察官の声が録音されているにもかかわらず。

「袴田さんが希望した」


 これらの主張はすべて検察官の主張である。子供じみた、明らかに無理な主張であることは誰でも理解できるだろう。すでに検察官はまともな対応をしていないのだ。これは検察という組織の上層部が検察のメンツを保つため無理な方針を現場の検察官に押しつけているとしか考えられない。
 理由がなくても争い続ける検察は、六月一一日東京高裁の決定後も袴田さんを攻撃し続けるだろう。その検察組織を変えられるのは上川陽子法務大臣の使命であるはずだ。異常な検察官の特別抗告をやめさせられるのは上川法務大臣しかいないのである。
 そのような思いがこの壁には込められている。この壁には、誰でも自由に自分の考えを書くことが出来るため、日増しに検察や裁判のあり方に憤る意見が増えていっている。

静岡地裁で決着していたDNA鑑定

 静岡地裁では二回のDNA鑑定が行われている。最初は五点の衣類の血液のDNA型は被害者のものと一致するかどうか、(二〇一一年)そして二回目は、五点の衣類の中の白半袖シャツ右肩部分のB型の血液はそのDNAが袴田さんのDNAと一致するかどうか、(二〇一二年)というものであった。
この五点の衣類は、一審公判中(一九六七年九月)それまでの犯行着衣であったパジャマを検察が取り下げ、味噌タンクの中から発見された(一九八七年八月三一日)「この5点の衣類こそが真の犯行着衣である」として、裁判所に提出したものである。
この衣類の、白半袖シャツ右肩部分の血液は、犯行の際、袴田さんが被害者と格闘してけがを負い袴田さんの血液だとされてきた。この血液が袴田さんのものでなければ、袴田さんは犯人ではないことが証明されるのだ。事実、静岡地裁では弁護側推薦のA鑑定人、検察推薦のB鑑定人、双方の鑑定人が半袖シャツのB型の血液のDNAは袴田さんのDNAと一致しないと同じ結論を出している。ところが、検察側のB鑑定人は、自分の鑑定は信用できないとしてその鑑定を取り下げてしまった(検察官が取り下げさせた)。この段階で、すでにDNA鑑定は決着していたのである。
検察に不利な鑑定結果が出たら取り下げ、弁護側の鑑定内容を攻撃する、それが、この四年にも及ぶ即時抗告審だったのである。

即時抗告審でさらに明らかになったこと

(1)DNA鑑定の検証実験が行われA鑑定の正しさが証明された

 A鑑定は“血液細胞選択的抽出法”という手法で血液の細胞選択を行いDNAを抽出し型を判定するものである。東京高裁が求めたのは、A鑑定の血液細胞の選択的抽出が可能か、ということであり、用いた器具や薬品など、同じもの同じ量で行う検証であった。
委嘱された大阪医大鈴木廣一は、A鑑定の鑑定手法でDNA鑑定が可能であったのかどうか、あるいは間違った結果かどうかの検証は一切行っていなかった。A鑑定で使用した試薬はDNAを分解するから用いるべきではないなどの、自分の見解を述べているだけで、裁判所が求めたA鑑定と同一の器具を使用しないばかりか、A鑑定では使用しなかった器具を使用した実験を行ったため、試薬の濃度や量も異なるものであった。
弁護側は自らA鑑定人の指導の下に様々なサンプルから“血液細胞選択的抽出法”という手法で血液の細胞選択ができることを実験で証明し、その録画は証拠として採用された。

(2)みそ漬け衣類、色問題の決着

 静岡地裁は再審開始決定で「五点の衣類の色は、長期間味噌に入れられたことをうかがわせるものではない」「血液が付着した後一年以上の間、一号タンク(味噌醸造タンクのこと)の中に隠匿されていたにしては、不自然」とし、再審開始決定の根拠とした。
即時抗告審で、検察官は血液を付着させた衣類を当時の味噌とほぼ同じ原料を使用し、期間も一年二カ月をかけみそ漬け実験を行っていた。
この実験でも、日を追うごとに衣類は味噌と同色になり、付着している血液は赤色から焦げ茶色、さらに血液かどうかも解らない黒色に近い状態になっている。つまり、検察官が、静岡地裁の決定……五点の衣類がみそ漬けされたのは短時間である……ことを追認したのだ。検察のオウンゴール(弁護団)である。

(3)右足すねの傷の解明

 逮捕時の身体検査でなかった袴田さんの右足すねの傷(長さ八p)が、自白の内容に合うように、袴田さんに傷つけられていた。つまり、取り調べ時に警察官が傷を負わせた可能性が明らかになったのである。
検察官は三回の身体検査時でいずれも見落としたと主張しているが、「尻の穴まで検査する」(逮捕経験者)警察が見逃すはずがないのは明らかである。事実、袴田さんの足の裏にある古傷まで丹念に調書には記載されているのだ。

(4)録音テープによって、警察官の偽証・職務犯罪が証明された

 証拠開示された袴田さんの取り調べ時の録音テープによって、袴田さんの自白の暴露とされていた金銭が警察官の誘導によるもの、小便を取調室内で行わせていたことが明らかになり、警察官の職務犯罪と偽証が証明された。
そして、この録音テープは警察官が具体的な証拠がないまま袴田さんを犯人と確信し自白をさせた、ということも証明されたのである。

恐るべき悪魔の決定


六月一一日、東京高裁大島隆明裁判長は袴田さんの再審開始決定(二〇一四年三月二七日 静岡地裁)に対して、恐るべき決定を下した。「原決定を取り消す」という判断である。
冒頭述べた検察の子供じみた主張に迎合したのである。
そもそも、この事件は警察の証拠捏造以外に考えられない事件である。袴田さんに死刑判決を下した中心証拠である五点の衣類は、一九六七年八月三一日、一審公判中、当初の犯行着衣がパジャマでありパジャマに微量の血液しかなかったことが明らかになってから発見された、いわくつきの物である。
二〇〇八年三月二五日、最高裁は特別抗告(第一次再審請求)を棄却した。その棄却理由には「五点の衣類及び麻袋は、その発見時の状態等に照らし長期間、味噌の中につけ込まれていたものが明らか」(棄却決定書八頁一五行目)と、ある。
二〇〇八年四月一三日私たちは、これまで得た経験と知識を結集したみそ漬け実験を行い、その実験報告書を新証拠として同年四月二五日、弁護団は二度目の再審請求を行った。
その後、二〇〇九年九月、二〇一〇年九月と検証方法が異なるみそ漬け実験結果を弁護団に報告し、いずれも新証拠として静岡地裁に提出、その実験結果は、袴田さんを犯人とした五点の衣類の状態とは全く異なる物であった。
二〇一〇年一二月六日、証拠開示された発見直後の五点の衣類のカラー写真には、緑色鮮やかなパンツと付着した赤い血液、血液の濃淡がはっきりわかり、ほとんど白い色をしているステテコなど。これが本当に一年二カ月間味噌に漬かった衣類なのかと、私たちの実験結果と開示されたカラー写真との違いには、ただただ驚くばかりであった。これだけでも、最高裁が特別抗告を棄却した理由を十分弾劾できるはずである。
二〇一一年、静岡地裁はDNA鑑定実施を決定した。静岡地裁の三人の裁判官が、私たちが行ったみそ漬け実験の結果から五点の衣類を犯行着衣とするには不自然な点が多いと感じ、DNA鑑定の実施に踏み切ったのである。
二〇一四年三月の再審開始決定は、みそ漬け衣類の色の判断は厳密に数量化できるわけではないが大まかな傾向から判断できるとし、血液の色は赤みも強すぎて一年以上経過している割には不自然(静岡地裁)と判断している。
事実、当時の実況見分証書や鑑定書には、赤褐色・赤紫色など血液の色を表す言葉には赤が使われ、従業員は「一目で血液だとわかった」と証言している。そこには、発見時に明らかに血液だと思わせる意図も感じられる。
前述したように、検察もまた即時抗告審期間中に密かに実験を行い、そこで得た結論も私たちの実験同様、衣類は濃い味噌色に染まり、血液の赤みは全く残らず黒くなっていた。大島決定はこの事実には全く触れることはしなかった。検察の実験結果を見て、衣類が白かったとか血液が赤かったと言う人は一人もいないと言うことがわかるからだ。科学的な論争ではどうにでも言い逃れができるが、色が濃い薄いとか、血液が赤いか黒いかという誰でもわかる事実は言い逃れができないため大島裁判長は逃げたのである。(つづく)



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