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    かけはし2018年7月30日号

天皇「代替わり」と東京五輪に異議あり


7.21

なぜ元号はいらないのか?

問題を正面から提起しよう

 


改元めぐって
続くゴタゴタ
 七月二一日、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、天皇制いらないデモ実行委員会、靖国・天皇制問題情報センターの呼びかけで「なぜ元号はいらないのか? 7・21集会」が文京区民センターで行われた。参加者は九七人。
 安倍政権は、グローバル派兵国家建設に向けて憲法改悪をめざし、二〇一九「天皇代替わり」と「明治150年」を結びつけ天皇制賛美キャンペーンを行っている。その一環として来春に新元号を発表して天皇制民衆統合の強化へと加速化している。
 しかし、この実態は、安倍政権と右派勢力などによる手前勝手な妥協の産物でしかない。「新元号への円滑な移行に向けた関係省庁連絡会議」(議長=古谷一之・内閣官房副長官補/五・一七)は、当初、生活の混乱を生じさせないため準備期間を長くとるために今夏あたりの公表としていた。だが右派などから「新元号の発表によって天皇陛下と新たに即位する皇太子さまという『二重権威』が生じる」などの圧力もあって首相官邸は「(新元号の)早すぎる発表は天皇陛下に失礼。ギリギリの時期でいい」と判断した。また、旧元号から新元号へのシステム改修が間に合わない場合は、一定期間は「平成」の利用も認めることになった。
 なお新元号システム改修特需によってIT大企業には巨額なカネが舞い込むことになった。例えば、佐賀県では新元号対応のシステム改修費約一億三二〇〇万円も計上している(佐賀新聞五・一八)。一つの県でこれだけの費用を使うのだから、中央―全国でどれだけの費用がかかるのか。とんでもない無駄遣いだ。
 このように新元号への移行だけでも大迷惑な事態なのに、あくまでも天皇制強化に向けた新元号の押し付けを貫徹しようとドタバタを繰り返している。すでにNHK世論調査(一七年)では「西暦よりも元号をつかう」(二八%)、「元号よりも西暦をつかう」(六三%)という結果で明らかなように民衆生活にとっては元号使用は不便な存在でしかない。その一方で各所、学校で元号が慣例化し、公共機関と関係を持つケースでは元号使用を強制される。天皇制強化に向けた大迷惑な元号を廃止し、西暦で統一すればいいのだ。
 元号はいらない署名運動は、「新元号制定に反対する署名」運動で五〇〇〇筆を越える署名を集約している。運動の広がりを受け、一万筆をめざすことになった(最終集約一八年一一月一五日)。各地区・現場で署名運動を押し進めていこう。

中国の君主制
とアジア諸国
集会は、井上森さんの主催者あいさつからはじまり、「二月から『新元号制定に反対する署名』運動を開始した。新元号の発表がどんどん遅れて一九年四月となった。署名は五〇〇〇筆を越え、一万筆をめざすことになった。一一月に集約するが、継続して署名運動を広げていこう」と呼びかけた。
坂元ひろ子さん(中国思想史・一橋大名誉教授)は、「中国の革命経験から考えるアジアの共和国」をテーマに講演した。
冒頭、坂元さんは、「天皇制は、差別抑圧強制の根源であり、習慣化・身体化されている。『日の丸』強要、皇室への敬語・『お言葉』の強要、元号使用の強制〈政府機関・国立大学、民間企業、集合住宅管理組合等〉で明らかだ」と指摘した。また、最近の反右派を含む象徴天皇『翼賛』傾向(とりわけ退位問題以降)、批判忌避空気の現れとして、内田樹の『天皇主義者宣言』、柄谷行人の『憲法の無意識』、白井聡の『国体論 菊と星条旗』を取り上げ批判した。
「アジアの共和国」に関して@対中国「起源」コンプレックス〜漢字文化(漢字ことば権威)A中国の「天」観念と共和「革命」について史実に基づいて検証し、「中国の君主専政政体はヨーロッパの場合に比して、中国は広大な地で独裁するだけに統治の網の目が粗らかった」と指摘。
さらに中国同盟会(一九〇五)の『民報』、人類館事件(一九〇三)、亜洲和親会(一九〇七)から第一次世界大戦と中国、満州事変(一九三一)と国共内戦などの歴史的評価をしながら「中国の漢字文化そのものに革命思想はあったが地大人多による『共和』かつ『民主』の困難性もあった。日本は、中国の漢字文化にコンプレックスを持ち、真似をしながら天皇制を万世一系などとデッチ上げた。北朝鮮、韓国、中国、沖縄を直視できないことと繋がっている」と批判した。

改元拒否の世論
形成のために
「反天皇市民1700ネットワーク」、大分の島田雅美さんからの連帯メッセージが紹介。
中川信明さん(靖国・天皇制問題情報センター/練馬教育問題交流会)は、「今度こそ、元号とサヨウナラするために〜元号反対運動の実践と展望」について次のように報告した。
「元号反対運動の三つのピークがあった。一九七九年の元号法制化反対運動。一九八九〜一九九五年の〈昭和から平成〉やめよう!元号運動を行い、東日本と関西で署名運動を展開した。二〇一七年、元号いらない署名運動の取組みだ。次の一手に向けてどうするか。年号に関して@広報物の年月日記載めぐってA国・自治体・民間企業などの手続き書類をめぐってB国・自治体などが個人に発行するものをめぐって―の三つのステージがある。これらの攻防を共有化し、次への可能性を探っていく必要がある。元号反対!改元拒否の世論形成のための署名運動を取組みながら具体化していこう」。
大沢ゆたかさん(元立川市議)は、「元号改訂に関する二〇一八年立川市予算委員会での質疑から」について報告し、「『元号、西暦の併記を考えている自治体』を調査した。二三区二六市のうち西暦のみが一市(町田市)、元号のみが二市(清瀬市、稲城市)、元号と西暦併記が五区市、併記検討中が一〇区市、検討していないが二一区市、その他が一〇区市だった。東京都は必要に応じて元号・西暦併記だ。さらに『平成元号を使用しているシステム数 元号改定に伴う作業とシステム変更とその経費』についても調査し、巨額なカネが使われることがわかった。自治体に対して西暦を書かせろと要求していくことが必要だ。元号費用について決算時でどれだけ使ったのかをチェックし、公表していくことも必要だ。天皇のためにムダなカネを使うことはない」と訴えた。
連帯アピールが茨城・戦時下の現在を考える講座、「オリンピック災害」おことわり連絡会、アジア資料センター、あいち代替わり・植樹祭を考える会(仮)から行われ、最後に主催者から今後の署名運動の提起があった。      (Y)

7.22

「オリンピック災害」おことわり

東京五輪を返上しよう!

原宿―渋谷デモでアピール


「金権五輪」の
実態をあばく
 七月二二日、「オリンピック災害」おことわり連絡会は、午後四時から東京・原宿駅前の神宮橋で「2020東京オリンピックいらない! まだ間に合う、返上しよう!原宿アピール&渋谷デモ」を行った。酷暑の中で一〇〇人のアピール集会とデモが行われ、多くの人々の注目を集めた。
 最初の発言者はスポーツジャーナリストの谷口源太郎さん。谷口さんはオリンピックが「マネーファースト」の拝金主義に貫かれていることを厳しく批判した。「オリンピックでは一兆円を超す興行収入があり、NBC(米国の放送資本)などは放送権料として二〇〇〇憶円も支払っている。放送権料や企業からの収入で多くの贈収賄逮捕者が生まれ、懲役年数を合わせると五〇年になる」と金権五輪の実態を暴露した。
 一九二五年生まれで、一九三二年のロサンゼルス五輪をラジオで聴いた記憶があるという元教員の北村小夜さんは「オリンピックの弊害は道徳教育・愛国心教育の強化にも示されている」と語り「こんなオリンピックはいらない。返上しよう」と訴えた。「反五輪の会」メンバーで障がい者学校の教員である仲間は、「スポーツの本質は『排除』でもある。五輪教材には都合の悪いことは何も書かれていない。オリ・パラ教育に反対し転校を強要されたり、授業を外されたりする教員も出ている」と語った。

「人権」「復興」
にだまされるな
元大学教員の鵜飼哲さんは、オリンピックが国策教育と深い関係にあることを指摘し、一九五二年の「主権回復」とヘルシンキ五輪、一九六四年の東京五輪開会式での昭和天皇裕仁の開会宣言の例を挙げた。そして天皇代替わりと連動した二〇二〇年東京五輪が一九三六年のベルリン五輪=ナチス五輪との相似性を持つものとなる危険な構造を提起した。
武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)の杉原浩司さんは、「オリンピックが呼び込む軍事体制」をもテーマにした「川崎でイスラエル軍事エキスポを考えるシンポ」(八月三日)を紹介した。
反五輪の会の首藤久美子さんは「オリンピックが儲かるということで、皆さんの生活が良くなるのか」と注意を喚起し、「明治公園、宮下公園からの野宿者の排除、都営住宅の解体と住民追い出し」を厳しく批判した。次に宮城県気仙沼市の木村さんは、福島原発事故災害が終わっていない現状の中で、「復興」を口実に東京五輪が使われていることを厳しく批判した。
東京にオリンピックはいらないネットの渥美さんは「小池東京都知事は、オリンピックで『人権尊重』と言っているがまやかしだ。引っ越し代を一銭も支払わず強行した都営霞ヶ丘住宅の取り壊しは地域コミュニティーの破壊だ。オリンピックこそ人権破壊のかたまりだ」と糾弾。さらにパレスチナ連帯運動に取り組んでいる八鍬さんは、イスラエルにとってはオリンピックこそ「サイバー攻撃」を口実にした「人権破壊のショーケース」となっていると批判し、大榎さんは福島原発事故の放射線被害を隠蔽したまま行われる「復興五輪」の内実を指摘した。
集会後、原宿から渋谷へ多くの人びとでにぎわう街中を「オリンピックはいらない」と訴えた。  (K)

「1968」年から50年

何を検証・継承すべきか

いま討論すべきことは?

  雑誌『ピープルズ・プラン』は最近の特集で「1968」を特集した。1968年とは言うまでもなくベトナム反戦運動や全共闘運動に代表される、既成の左翼運動から自立したラディカルな政治・社会運動が青年・学生を中心に大規模に繰り広げられ、その後の政治や社会のあり方にも大きな質的変化をもたらす契機となったことは間違いない。
 七月一四日にピープルズ・プラン研究所でミニ討論会が行われ「1968」と政治的暴力の問題がテーマとなった。そこでは、「爆弾」をふくむ戦術的エスカレートと方針の対立を暴力で「解決」しようとする内ゲバの問題が否定的要因として中心的論議となった。
 七月一九日にはIIREマニラ(第四インターも運営に関わってフィリピンのマニラに設置した政治・社会問題に取り組む施設、二〇〇九年以来国際学校を毎年開き、アジアを中心に各国の活動家たちが参加している)とフィリピン大学の研究所が共催して、フィリピン大学で行われた「一九六八年から五〇年」と題したセミナーで日本にとっての「一九六八年」について私が報告した。
 「フランスの五月」については当時JCR(革命的共産主義青年)の中心的活動家だったピエール・ルッセが報告した。韓国(テーマは一九六八年ではなく、二一世紀になって以後の市民運動の展開と現在)からも報告。フィリピンからは後にCPP(シソンを中心にしたフィリピン共産党)の中心におり、シソンとの「大分裂」を経験した中心的活動家たちが発言していた。
 私は「1968」の積極的要因としての自立した政治・社会運動のその後の発展、否定的要因としての「内ゲバ」を中心に報告したが、成果としての三里塚管制塔占拠についてもっと強調すべき、というのがルッセの意見。確かにそうだ。(K)


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