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    かけはし2018年7月30日号

民衆と共に闘い学ぶ確かな能力こそ決定的


ポルトガル

左翼ブロックの二年半の経験:政治に転換迫る

軸は具体的オルタナティブ追求

アドリアノ・カムポス/ホルヘ・コスタ/マリア・マヌエル・ロサ

 

 

 ポルトガルでは、第四インターナショナルの同志も参加する左翼ブロック、およびポルトガル共産党が閣外協力する社会党政権が二年半、EUの緊縮政策に必ずしもとらわれない政策を実施してきた。その意味でポルトガルはEU内ではある種例外的で特異な経験を重ねている。そして社会党政府をこのような行動に向かわせるに当たっては、左翼と民衆からの強力な圧力が不可欠の要素だった。そしてポルトガルの同志たちは、このような圧力を具体的な運動とオルタナティブ提起をテコに高めることを通して、反資本主義への水路を開くより強力な民衆潮流の建設をめざしていると思われる。以下は、そのような観点から、左翼ブロックのこの二年半の具体的な政治行動を明らかにし、その行動と自立的な民衆運動との関係、その中で特に政府との対立点をめぐってどのような闘い方が必要とされるかなど、世界の左翼にとって検討に値する貴重な経験と論点を具体的な経験に則して提起している。ただし論者たちは、この提起を一つのモデルの提起とは主張していない。また後半の主張からは、左翼ブロックの路線に対する左からの批判に反論する意図もうかがえる。確かに第四インターナショナル一七回世界大会では、少数派から左翼ブロックに対する批判的評価が示されていた。その意味で左翼ブロックの経験は、確かに世界的な意味をもつ貴重な経験と言える。具体性に富んだ内容であることも含め紹介する。(「かけはし」編集部)
以下の簡単な報告で、われわれはポルトガルの「ノン・モデル」の諸条件について議論する。諸環境の一般化がまったくあり得ないほどに特殊だからだ。そして、ポルトガルにおける右翼のトロイカ領事に代わった政権の二年半を通じた、左翼ブロックの経験を検討する。

右翼打倒をめざした困難な決定

 右翼の政権とトロイカの下での緊縮と破壊の四年後、ポルトガルの二〇一五年一〇月の選挙は、与党に後退(二つのブルジョア政党、PSD――社会民主党――とCDS――民衆党――はほぼ一〇〇万票を失い、得票率は三八%となった)を強い、社会党(PS)にはほどほどの回復を与えた(得票率三二%)。
二つの左翼政党、左翼ブロック(得票率一〇・二%)と共産党(PCP、得票率八・六%)が合わせてほぼ五分の一の票を獲得したことにより、議会は二つの対案を前にすることになった。一つは連携相手のいない右翼少数政権。これは、PSがこの政権を助けることを選択する、という仮定を除く場合だ。もう一つは、二つの左翼政党とのあり得る連携に基づくPSの少数政権。そしてこの両者共が大統領に提案された。
当時の共和国大統領、カバコ・シルバは、ことを手っ取り早く進めるために、前首相のパソス・コエロに新たな右翼政権形成の権限を与えたが、この政権は議会で敗北した。そしてその代わりに、左翼ブロックおよびPCPとの公式協定に基づく新たなPS政権(首相はアントニオ・コスタ)が先のものに代わった。
こうして、これまでで初めて、PSは左翼との連携を発足させることを強要され、また左翼はこれもまたはじめて、この連携を受け容れた。
今回の連携に先立つものとして、選挙キャンペーン期間中のTV討論で、PSの指導者、アントニオ・コスタに挑んだ左翼ブロックのカトリナ・マルティンスによる、彼の綱領にある三つの基本点(年金凍結、解雇を容易にする新しい形態の創出、社会保障に対する企業拠出分の引き下げ)を取り下げよという、公開の要求があった。
将来の政権に関する対話に向けた彼女のはっきりした条件は、国民的論争におけるある種決定的問題となった。これは選挙目当てのトリックではなく、人びとの必要に対するはっきりした回答だった。そしてわれわれが確信していることは、これが、政治的変革を導く上で左翼の政党がとるべき行動のあり方、ということだ。
選挙の後PSは、PS政府に対して議会の多数を得る目的で、これらの諸条件、およびそれに加えていくつかを受け容れるよう強要された。左翼ブロックとPCPの両党は、どちらも入閣せずに、その目的のためのの協定を文書として確定した。

PS政府・左翼協定による結果


この政治の成り行きの主な達成成果は、簡略に二つの章、つまり民主化の諸方策、および協定の経済的効果と社会的効果、にまとめられるかもしれない。われわれはその後で、左翼諸政党と政府間の諸対立、また左翼ブロックがそのオルタナティブを今どのように提起しているか、を示し議論する。

A.市民的自由
着実な前進


選挙後の新しい議会構成によって、中絶料金廃止(中絶の合法化は国民投票を通して承認されたが、前右翼政権は、その利用を妨げる目的で一定の料金を押しつけた)のための、養子縁組を含むゲイカップルの権利拡大のための、独身女性とレズビアンに対する医療的な支援を受けた出産を一般化するための、代理出産諸条件を規定するための、政治的代表の完全なジェンダーパリティ(同数制)と大麻の医療的利用を確立するための、さまざまな法律が議会を通された。
いくつかの場合では、そのような法のために左翼ブロックとPSが多数派を形成した。PCPがレズビアンの権利、ジェンダーパリティ、代理出産、大麻には右翼の諸政党と共に反対投票を行ったからだ。さらに最近、左翼ブロックとPS両党は、安楽死を合法化するための法を提出した。この件では、PCPは再び保守派諸政党と共に投票し、このイニシアチブは僅か五票差で敗北した。
これらは民主化の歩みを遂行し、抑圧のさまざまな形態に実際にも挑戦している以上、この課題設定の妥当性は明白だ。社会運動はさまざまな国で、これらの達成成果を評価できるだろう。

B.社会的、
経済的諸方策


この間を通じて、中でも以下のような協定の諸方策が実行され、あるいは実行の途上にある。
▼右翼政権が決めた公共交通(国有航空会社および二つの大都市の公共交通)の私有化あるいは特権供与は逆転された。
▼新たな私有化は明確に禁止された。
▼最低賃金は、二〇一九年一月までに二〇%引き上げられる。
▼公休日の四日は、前政権下での取り下げ後に再確定された。
▼年金の凍結は解かれ(インフレ率で)、より低額の年金は毎年三%から四%増額された。
▼本人の意志に反する公務員の移動計画は終わりにされた。
▼公務員の団体交渉プロセスが再確立された。
▼レストランでの消費税は二三%から一三%に引き下げられた。
▼二〇一九年までに、子ども全員が保育園を利用できるようになるだろう。
▼一七歳まで進級に応じて、教科書が全生徒に供与される。
▼賃金と年金にトロイカ期に課された特別税は廃止された。
▼労働者の所得に対する課税は引き下げられ、大企業に対する課税は引き上げられた。
▼高級住宅に対する新たな税が導入された。
▼一五年間同じところに住んでいる高齢者と障がいを負う人びとに対しては住宅ローンの抵当流れは停止され、借家法は借家人を保護するために修正の途上にある。
▼さまざまな企業にサービスを提供する自営層には新たな法が適用され、社会保障の保護を彼らに保証する。

政府との対立点では公開的論争

 これらの諸方策の、二〇一六年と二〇一七年の全体的効果は、低い原油価格と欧州における緩やかな景気回復を条件とした前より良好な輸出の見通しという有利な背景の中で、少々のGDP成長(不況と緊縮期を通じた七・九%の下落の後の、実質でのプラス四・三%)と雇用の力強い創出(二〇一三年の一七・五%から現在の七・四%への、公式失業率における低下)、そして財政赤字の低下(二〇一五年のマイナス三・一%から二〇一五年のプラス〇・九%、そして二〇一八年の事実上〇%という見通しへ)の組み合わせだった。ここに挙げた最後の要素の場合は、景気回復の効果および同時に公共投資の凍結が力を貸している。
いずれにしろ、年金と賃金の増加、また高まった確信が合体した効果として、総需要は拡大した。貧困との闘いは実体的な社会的効果を及ぼしたのだ。事実としてあるのは、この種の政策を実行した他の欧州の国は一つもなかった、ということだ。
対外債務と公的債務のような大きな課題への挑戦はまだ行われていないとはいえ、左翼ブロックがそうした問題に関する具体的オルタナティブを研究し提起できただけではなく、それらに関する公開の討論をも強要できたという事実は、前進への道を示している。現実に、五二〇億ユーロの共同化という具体的提案を提起している報告は、閣僚の参加を含んで左翼ブロックとPSにより署名され、現在のEU財政規則は「不公正かつ持続不可能」、と言明している。
それでも政府は、これに基づき行動し、EU諸機構に対し何らかのオルタナティブを提案する意志を示していない。政府が事実として債務再編の戦略に反対し、しかしそれらの財政規則の持続不可能性に言及することを強要されているということの明確化は、反債務の闘いを強めている。
左翼諸政党と政府間の他の対立が、予算が実行される中で浮上した。政治的力関係の構築には詳細で説得力のあるオルタナティブが必要になるということを承知しつつ、左翼ブロックはいかなる例外もなく、自らの観点を押し出している。これらの公然とした対立のいくつかの事例は、ポルトガルの主要日刊紙の一面を利用することで明らかにできる(本報告には、いくつもの出版物の一面コピーが添付されているが、ここでは割愛する:訳者)。最初の添付資料は、政府中の最有力人物である財務相が行っている日々の選択に対する批判に触れている。そこで見ることができるように、カタリナはさまざまな機会をとらえて、銀行とユーロ、およびそれが損害を及ぼす効果、科学的調査担当者の地位、また公共サービス支出の管理についての詳細なオルタナティブを議論している。
左翼の政治は祭りのディナーではない。したがって、オルタナティブをつくり出しそれを提案することは義務であり、それらは、勤労民衆を引きつけ、説き伏せ、決起させなければならない。いくつかの他の対立をよく見れば、左翼ブロックとPSと政府間の違いはもっと明らかになる。

財政、金融、労働法で鋭い対立

 文書にされた協定では取り上げられなかった二つの重要な分野は、金融システムの規制と管理、そして労働法だ。いくつかの件では、協定が決めなかった問題がその後の交渉に含められ、最後には一致に達した(それが、贅沢な資産に対する新税、および他の財政規則に関する多くの例の場合だ)。しかしそのようなことは、財政と労働の規制における大きな問題では、異なった戦略を条件にあり得なかった。
結果として左翼諸政党は、小規模地方銀行であるバニフのサンタンデール(スペインの大手銀行)への売却、およびかつては規模が第一位の民間商業銀行であったノボ・ブランコの、米住宅企業であるローン・スターへの売却に反対した。他の例では、左翼は銀行業界に対する特別給付に反対した。
これらの対立は、財政や他の諸問題に関するPSと左翼の違いのように、中央政府との間に巨大な違いがあるとして、左翼諸政党が入閣を考えなかったことが正しかった理由を、明確に示した。
社会的紛争が今進行中である以上、労働法に関する政府と左翼間の対立の事例は、なおいっそう重大だ。政府提案の法に反対する大規模な労組のデモがこの六月行われ、そこでは、PCPと左翼ブロックの指導者が歓迎を受けた。
労働法に関する違いは重要だ。左翼ブロックは二年の間、不安定な労働契約を正し、完全な権利をもつ職を推し進める一連の方策について政府メンバーと討論した。これらの方策の一部は長い討論の後で承認された。すなわちその方策は、不安定なフリーランスの労働者が社会保障に対する彼らの拠出分をどう払うか、将来彼らがもっとよい年金を確保できるように、彼らのサービスを契約する企業がどれだけ拠出すべきか、を変更した。それは、左翼諸政党にとってだけではなく、不安定な若い労働者による社会運動にとっても大きな勝利だった。その運動は、この一〇年、もっとも戦闘的な運動になっていたのだ。
社会的契約は、再三再四国民討論の前線に現れた。一例では二〇一七年はじめ、PS政府は社会保障に企業が支払う額の削減を提案し、経営者たちは喝采した。それは、左翼ブロックとの文書にされた協定に対する直接的侵犯の最初の事例だった。それは公的年金システムの受給に害を与えると思われる以上、党は、対抗し提案を拒否、それと闘い、最後にはそれを打ち破った(この国で最大の週刊紙であるエクスプレッソがこれを示している)。
労働者運動と左翼ブロックにとってのもっとも重要な勝利は、公共サービス(学校、病院、その他)の不安定労働者を期限に定めのない公務員として含めることを、政府に受け容れさせたことだった。この可能性は、このプロセスに申し込んだ三万人以上に拡張されている。
左翼の活動家がその重要な部分である、不安定労働者のもっとも重要な社会運動である、プレカリオス・インフレクシベイスは、議会が承認した一つの新法、および労働者自身の組織の双方を前に進めた。後者の目的は、大学や病院のような公共サービスにおける官僚の中間レベル、さらにあるがままの政府をも含む抵抗と闘うことだ。このプロセスは今も進行中だ。これは、自己組織化を求める戦闘的な組織としての、また新しい統治を強いることができる政治主体としての、双方の意味での左翼ブロックにとって、ある意味で戦略的な運動だ。

国際資本との闘いも課題に浮上


政府は、政府による社会保障払い込みに関して打ち破られ、不安定労働者に利益となる重要な変更実行を受け容れた後で、二〇一八年三月と四月に、労働法での新しい変更を提案した。いくつかは労働者にとって良いものだった。たとえば、契約継続期間の年数の引き下げ(三年から二年へ)、臨時労働(非常な短期契約)として定められた契約数の制限などだ。しかしいくつかは、最悪の場合のシナリオを意味している。すなわち、試用期間(無権利、補償なしの解雇)の一八〇日から一年への拡大、あるいは三五日までの口頭契約(ほとんどが観光サービス向けだが、今全経済に拡張されて)を可能にする制度化だ。諸労組と左翼諸政党はこれらの提案に対決して決起中だ。
われわれと政府の対立で最後の例はエネルギー問題だ。左翼ブロックは、PS政府との文書化された協定に続いて、重要な変更を貧しい家族に極めて素早く届けることができた。すなわち、エネルギーに関する社会的料金の利用、実質的な価格引き下げが、約五万家族から七万家族(全家族の八分の一)へと拡張され、所得税申告を実証する手続きを単純化し、すべての官僚的障害を回避するようにした。
しかし、エネルギー問題に関する大きな対立が二〇一七年末までに起きると思われた。それは、左翼ブロックと財務省並びに経済省との交渉を経た後、議会が何億ユーロにも相当するエネルギー料金への新税を採択した時だ。今なお政府は、中国政府(中国の公的資本は、二〇一二年の私有化を通じて、最大の国有エネルギー企業を所有している)による圧力の下に置かれ、右翼諸政党の助けを得て、以前の決定を覆す新たな票決を議会に強要したのだ。
この大きな政治的大嵐は、国際資本の利益に挑むことがどれほど困難か、それらの力にPSがどれほど脆いか、さらにまた、左翼ブロックは民衆の利益のための闘いをどのように遂行しなければならないか、を明らかにした。

社会運動と共にオルタナティブ

 みなさんは今ではもう、われわれが何を生き抜こうとしているのかを承知している。すなわち、すべてのところで日々の闘いがある。それは、社会的で経済的なオルタナティブをめざすはっきりした衝突だ。この枠組みの中で、右翼諸政党と大企業経営者の指導者たちは、政府を左翼の「人質」になっていると責めている。彼らは実質的権力について間違っているとはいえ、これは、左翼が率いている運動の強さに対する彼らの受け取りだ。同時に、これらの協定からの教訓は、PSそれ自身内部の分裂では主要な論題になっている。
社会的行動および政治的主張とオルタナティブの構築はそれゆえ、左翼にとって、境界がくっきり明確になる役割だ。われわれはそうした意味において、三つの現在進行形の事例で締めくくりたい。
第一のものは、先頃の大デモに導いた、賃金を守る教員のストライキと抗議行動だ。左翼諸政党とPS間協定は社会運動を妨げ、抗議行動の諸形態に制限を強いた、と主張する者は誰であれ間違っている。現実はまさに正反対だ。つまり、政府が社会的圧力により脆弱になっていること、そして左翼諸政党が彼らの仲間であるということを、多くの労働者が分かるにつれ、それだけ多くの決起が実際にも可能になっている。事実として、教員は今デモを実行しつつあり、必要ならばとして、九月と一〇月に向けストライキによる長期の闘いを準備中だ。
われわれの第二の事例は、原油試掘に反対し、また一般論として気候変動諸政策における抜本的変更を求めるさまざまな共闘機関や共闘組織の組織化だ。それらは特に地方レベルで強力であり、アルマラズ核施設反対の、あるいはレトルリオ・ウラン鉱山反対の、ポルトガル―スペインの諸々のデモのような、いくつかのイニシアチブに集中している。ちなみに上にあげた闘いの後者は先頃勝利を得た。環境に対する犯罪を止めるとして、スペイン議会が一つの決定を行ったからだ。
他の鉱山の開発、大手製紙企業や高集約農業企業による河川汚染に反対する、さらにアグロビジネス企業に反対して動物の福祉を守る諸々の動員は、この二年で勢いを得た。この後者の事例は、生きたままの牛の輸送に反対する国際的につながった諸々のデモを通じたものだ。
最後に、臨機の才があることおよび成長中であることを証明した第三の社会運動が、特にドメスティックバイオレンスと女性殺人を過小評価する侮辱的なポルトガル司法の決定を拒絶し、街頭のハラスメントを批判し、レイプの文化を糾弾するフェミニストの運動だ。これらの運動は、生産労働と生殖労働の権利、さらに資本主義の家父長的社会の結果としての不平等に対決する闘いをジェンダー不平等に繋げつつ、いわばフェミニスト労働者階級としての課題設定を発展させる中で成長している。フェミニスト運動はこれまでいくつかの地方的抗議行動を生み出させてきたが、同時に、トランプや女性排撃に反対する行進や三月八日のデモといった、さまざまな都市で時を合わせて行われる大規模な全国デモもつくり出した。これらの運動は現在、二〇一九年三月八日の女性ストライキを準備中だ。
同じことは、他の運動についても、たとえば住宅からの追い出しや都市の高級化に反対する借家人の運動や現在立ち上がっている非公認の管理人団体の運動についても言える。このすべての中で左翼ブロックは運動の一部だ。それらすべてはあるがままの社会的闘争を表現している。つまり、時に遅く時には沸騰的に動きつつ、対立を示しまた刺激を与え合う諸々の勢力を集めて、ということだ。それにもかかわらずそれは、オルタナティブがまったくなかった時期よりもより大きくなり、組織化されている。この強さを、PSへの「人質」と表現することは、誤った特徴づけというだけではなく、まったくの侮辱だ。
われわれは、左翼ブロックあるいはポルトガルの経験を一つのモデルとは提起しない、と強調する。賭けられているものが大衆的政治であるとき、そこにモデルはまったくない。つまり、それ自身の民衆と歩を並べて闘い学ぶ十分に根付いた能力だけが、党の戦略的な選択に向けて党を準備する。
その上われわれは、左翼ブロックは依然としてこれから限りない進歩をしなければならない、ということを自覚している。それは、社会的左翼を代表するために変化しもっとオープンでなければならない。それは、労働者運動と民衆運動の新たな表現をつくり出すことに力を貸さなければならない。それは、制度への順応や陳腐化へと向かう傾向と闘わなければならない。それは、下部メンバーの教育と社会的組織化への彼らの関与を組織しなければならない。それは、党内外のセクト主義的見方と闘わなければならない。それでも左翼ブロックは、この民主主義の四〇年間におけるポルトガル左翼の、もっとも重要な経験であり、変身なのだ。

政治的対決構図の抜本的転換へ

 これらの社会運動はPS政府というこの短い期間を通じて、政治的論争に火を着け新しい考えを生み出した。それらはまた、政治的枠組みへも影響を及ぼした。その結果の一つが、二つの翼の間に起きているPS党内論争だ。そこでは一つが、社会政策の継続と左翼との連携を今推し進めている。他方他の翼は、新自由主義と緊縮というブレアスタイルの党および政治綱領を押し出している。
PS内部の対立それ自体が、左翼ブロックおよびPCPとの間で結ばれた協定には政治的含みもある、ということを証明している。PS指導部の何人かのメンバーは、左翼との連携を支持する数多くの社会党支持者――そのある者たちは、左翼諸政党から彼らの党が縛られていることをむしろ利点だと考えるほどまで――から脅かされていると感じ、最新のPS大会(二〇一八年六月)で左翼との協定に異議を出そうと決定した。それらの何人かは実際に、新自由主義の「第三の道」(ブレアが掲げたスローガン:訳者)を事例として記憶の奥底から呼び出し、一方他の者たちは、PSは左翼との協定を放棄してはならないと言明した。
これは現実に理念に関するある種妥当な論争だ。しかしわれわれはどちらかと言えば、それを政治行動の見地から考えたい。その連携は、右翼政権を倒す左翼のイニシアチブの結果として生まれているからだ。左翼と連携すべきか、それとも連携すべきでないかがPS大会に対する主要な分岐点的論題になっているという事実は、左翼諸政党にとっては何らかの成功の証しだ。PS内の新自由主義者とEUべったり派は、左翼の影響力を恐れ、そのことでは彼らはまさに正しい。彼らは誰よりもより良く、左翼は民衆的支持をもつ政治的オルタナティブになっている、ということを分かっているのだ。
左翼ブロックの行動に関する限り、それは二〇一五年にPSとの協定に署名した。これは、左翼ブロックの活動に新たな枠組みを強いたが、しかし党の目的、つまり社会主義をめざす大規模な階級的運動を生み出すという、その目的を変えたわけではなかった。その方向での歩みはさまざまなレベルで、たとえば労働者と年金生活者の生活水準の回復を助け、労働組合の団体交渉のためのより良い諸条件を生み出し、不安定労働者の自己組織化を推し進め、闘いを経済システムと社会システムの核心部に向ける、といったレベルで行われている。
この意味では、国民健康サービスの将来をめぐる論争は、現在もっとも熱を帯びたものとなっている。それが、福祉に反対する資本家の攻撃の中心部にあり、そこには財政に関する決定的な諸決定が含まれるからだ。
これは、諸サービスの私有化と公的部門から支払われる料金の私有部門への抜き取りの組み合わせを求めているがゆえに、新自由主義の観点がかなりの程度明白な事例だ。左翼ブロックは、医療システムの深い再構築を提案することで新自由主義に応じた。そしてそれを、一九七四年四月の革命から現れたものとしての現代的な医療システムの創設者であり、PS名誉代表であるアントニオ・アルノート(彼は一九七〇年代後半保健相だった)と連携することで、もっとも効果的なやり方で行った。
アルノートは、左翼ブロックの前議員、かつてのブロック最高指導部メンバー、そして医療問題に関するブロックの著名なスポークスパーソンであるジョアオ・セメドと共に新しい法を準備した。彼らはその法を本の形で発行し(二〇一七年一二月)、巨大な影響をつくり出した。これは、討論と選択をめぐる光景を変える目的で合流を求める政治的イニシアティブの表現だ。
他の場合と同じくこの件でも、左翼ブロックは中央の政治に異議を突きつけ衝突している。事実を言えば、国民医療に関するわれわれの観点は現在、議会ではまったく多数を確保していない。しかしわれわれはまだ敗北していない。われわれは粘り強く主張を続けている。そしてこれこそ、左翼の政治がどのようにして勝利を得ることになるか、だ。つまり、他の政党をも含んで同じ考えを共有する人びとに語りかけ、社会運動を生み出し、具体的提案のために公然と闘い、抗議だけではなく一つのオルタナティブを生み出すことができる、という闘い方だ。
それがわれわれの戦略だ。つまりわれわれは、あらゆる戦線で多数を求めて闘っている。社会主義をめざす活動家として、それがわれわれの決意と経験であり、われわれがわが兄弟姉妹と分かち合いたいと思うものだ。(注、英訳はローザ・ルクセンブルグ財団による)

▼マリア・マヌエル・ロサは左翼ブロックの議員であると共に、同ブロックの指導部メンバー。
▼アドリアノ・カムポスは、左翼ブロックおよびポルトガルの第四インターナショナルの指導部メンバー。
▼ホルゲ・コスタは、左翼ブロックの議員であると共に同ブロックの指導部メンバー、またジャーナリストでもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年七月号) 


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