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    かけはし2018年8月6日号

トランプによる貿易戦争の行方


研究ノート

米中経済摩擦激化をどう見るか

「赤字削減」のねらいは失敗が必至


米中経済対立の実像

 「貿易赤字の削減」はトランプにとって重要な選挙公約のひとつである。米商務省の発表によると一七年のモノの貿易赤字は五六〇〇億ドル(六二兆円・前年比一二・一%増)だった。米国にとっての貿易赤字国は第一位が中国で三七五二億ドル(約四二兆円)、二位以下は七兆円規模でメキシコ七一一億ドル、日本六八八億ドル、ドイツ六四三億ドルと続く。この数字をみると中国の対米黒字額が抜きん出ていることがわかる。
 しかし、六二兆円のすべてが中国資本の懐に入っているわけではない。例えばある製品を中国で生産した場合、工作機械は日本製で、使用している半導体は米国製で、特許はドイツといった具合となり、中国資本の懐に入るのは売上額の半分から三分の一以下ということになる。ちなみに中国が米国に輸出している第一位が通信機器で、二位が自動制御装置であり、その二品目だけで輸出総額の二六・四%を占めていることを見ればそういった構造が良くわかるであろう。「中国にはすでに日本など多くの先進国企業が製造拠点を構え、対米輸出の主軸となっている。米シラキュース大の調査では、中国から米国に輸出されたコンピューター・電気製品のうち中国企業の製品は一四%にとどまり、残りの八六%は中国に製造拠点を置く非中国の多国籍企業だった」(六月一七日・毎日新聞)
 メキシコもまた中国と同様の状況だということがわかるだろう。米国・カナダ・メキシコが加盟する北米自由貿易協定(NAFTA)内は関税がゼロなので、米国・日本などの外国資本が労働力の安いメキシコ国内に工場を建てて自動車などを生産し、「メキシコ製」として米国に輸出しているのである。

トランプの追加関税措置


 また中国はモノの貿易では黒字となってはいるが、モノ以外の金融や観光といったいわゆるサービス貿易では一七年に二六兆円の赤字を記録している。そのうち、海外旅行者の消費総額だけでも一三兆円である。さらに今年の一〜三月期では経常収支が三兆円の赤字となった。
 トランプによる本格的な保護主義政策に基づく「貿易戦争」=追加関税措置は三月二三日に発動された。その内容は「安全保障を理由」とする米通商拡大法二三二条を適用して、鉄鋼に二五%の追加関税・アルミに一〇%同というものだ。EUとカナダ・メキシコには六月一日から同措置が発動された。二三二条の適用は三六年ぶりである。韓国だけは発動前に「鉄鋼輸出の三割を削減する」ことで回避した。
 しかし同時に、それに反発する中国、EU、カナダ、メキシコ、インド、トルコ、ロシアなどから次々と同金額規模の報復追加関税措置が発動されたり、準備されたりしている。また世界貿易機関(WTO)に米国を提訴する動きも強まっている。特にEUは鉄鋼・アルミ以外にも、トウモロコシ、オレンジジュース、ハーレー、バーボンなど共和党有力議員の地盤を狙い撃ちする報復を行っている。ハーレー(オートバイ)は早々に白旗を上げて、ヨーロッパ向けの工場移転を決めた。トランプはこうした報復に対して、EUや日本を対象にした自動車と同部品への二〇%の追加関税発動に向けた検討を急いでいる。
 日本政府は鉄鋼・アルミに関しては「米国で代替できない製品も多く、大きな影響はない」として報復措置はとっていない。しかし自動車への追加関税が発動された場合、悠長なことは言っていられなくなるだろう。鉄鋼・アルミの対米輸出は二〇〇〇億円ほどだが、自動車の対米輸出は四・六兆円で関連部品も〇・九兆円規模になるからだ。また米国は中国とEUの高率の自動車関税などに対しても不満を持ってきた。自動車関税は米国の二・五%に対して中国が二五%、EUが一〇%である(自動車関税は中国が七月一日に一五%に引き下げた。EUも引き下げを検討しているが、EU加盟国全体の承認が必要で時間がかかる)。

米中貿易戦争


 トランプによるもうひとつの「貿易戦争」は米中貿易戦争である。ここが米国とトランプにとっての主戦場だ。トランプは米中の貿易不均衡を理由に、中国は「不公正な貿易相手国」だとして米通商法三〇一条を適用して、七月六日に中国に対する三四〇億ドル(三・七兆円)規模の追加関税(二五%)を発動した。対象は八一八品目で、自動車・航空、宇宙関連・原子炉・産業用ロボット・情報通信機器などだ。また第二弾として予定されているのは一六〇億ドル規模、二八四品目(工業用機械・鉄道関連・化学製品など)である。しかし中国政府によると、今回米国が追加関税した三・七兆円のうち、二・二兆円分が外資系企業が中国で生産したものだという。
 中国も同規模の報復処置を七月六日に発動した。対象は五四五品目で、自動車、大豆・肉などの農産品、海産物、ウイスキー・タバコなどだ。第二弾としても一一四品目(石炭、石油などの鉱物資源・医療機器・化学製品など)を予定している。またトランプは中国に対して、さらに二〇〇〇億ドル(二二兆円)規模、六〇三一品目で一〇%の追加関税を検討している。これは九月までにも最終判断されることになる。しかしその内容は、昨年の中国からの輸入額の半分を占める生活関連品(家具・家電・革製品など)が多数含まれていて、衣料品業界や小売業界から不満と批判が上がっている。米国製の半導体が多数使われているスマートフォンは、追加関税の対象から外された。

ハイテク分野めぐる競争

 今回の米中貿易戦争勃発を前にして、両政府の閣僚級貿易協議が頻繁に行われていた。そのなかで米国は中国に対して二〇〇〇億ドル(二二兆円)規模の対米貿易黒字の削減を要求していた。五月一九日に発表された「共同声明」では「中国が農産物など米国産品の輸入を増やし、対米貿易黒字を大幅に減少させることで合意」したことが発表された。また六月五日に開かれた同協議では、中国が米通商法三〇一条を発動しないことを条件に、七〇〇億ドル(七・七兆円)規模の米国産農産物や液化天然ガス(LNG)・原油などの購入を提案していたのであった。これらすべてが徒労とはなったが、ここで提示された金額は今後の「停戦交渉」のための基礎的な数字となってくるだろう。
米中貿易戦争の背景には貿易不均衡という要因以上に、次世代ハイテク分野での世界制覇を狙った米中間の熾烈な競争がある。四月一七日米連邦通信委員会は、中国製の通信機器に対して「スパイ活動や通信妨害など安全上の脅威となりうる」ということを口実として事実上使用を禁じる規制案を承認した。それは米国内通信網構築から中国製品と中国企業を完全に締め出すという決定であるのと同時に、安価な中国製品が技術レベルにおいても米国を脅かすほど力をつけたということを意味している。
そのことと関連して興味深い事例がある。中国の通信機器大手ZTEへの最先端半導体の輸出禁止措置である(四月から)。ZTEは米国のクアルコムなどの半導体を使って、スマートフォンなどの通信機器を組み立てて世界中に輸出している。それがイランや北朝鮮などへも「不正」輸出していたとして、半導体の禁輸措置がとられたのであった。この調査はオバマ時代から始まっていた。この禁輸措置によってZTEは生産が完全に止まり、破綻の危機に陥ったのであった。最終的には七月一三日付で罰金一〇億ドル、供託金四億ドル、経営陣の刷新を条件に制裁は解除された。そしてその間にも中国大手のファーウェイやチャイナ・モバイル(国営企業・世界最大の九億人が利用)が、米連邦通信委員会によって米国内事業から締め出されたのであった。
*現在、中国は従来の重厚長大型産業からハイテク産業を新たな成長の柱にしようとしている。計画されていた地下鉄や高速道路建設などの大型のインフラ事業を相次いで中止している。その一方で「中国製造二〇二五」と呼ばれる目標を設定して、高速インターネットインフラ・独自GPS(全地球測位システム)・人工知能(AI)・モノのネット化(IoT)・自動運転・キャッシュレス経済などの製造大国をめざしている。
そしてそうした経済構造を構築するためのネックになっているのが「第五世代移動通信システム」(5G)だ。5Gは通信速度が現在の4Gの二〇〜一〇〇倍という超高速通信だ。米国はスマホでインターネット利用が可能となった現在の「4G」で先行して、新しいビジネスを作り出して巨額の富を獲得した。今こうした分野で、米中間での激しい開発競争が展開されている。
中国はZTEでも問題となったように、半導体の自給率を飛躍的に高める必要に迫られている。「産業のコメ」と言われる半導体の自給率は現在一五%以下である。自動車一台に五〇〜一〇〇個の半導体が使われている。中国は半導体の全分野で七〇%自給できる体制の確立をめざしている。
米国にとっても禁輸措置などは輸出する米国企業にとっても打撃となる。また米国半導体企業は中国の巨大市場を無視することはできない。しかも現在の半導体製造と販売は「米国製」などという枠を超えて世界規模で運営されている。米政府が言うような「技術(技術者)流出を阻止する」ことも不可能である。(『エコノミスト』七月一〇日号など参照)

今後の展望を探る

 最後にトランプの貿易戦争は今後どうなっていくのか、いくつかの要素を列挙してみたい。
@米国資本への影響……追加関税によって、米国が輸入する鉄鋼とアルミの国内価格が上昇する。その結果、米国内産が採算ベースを取り戻して、リーマンショック(〇八年)以降の大不況で操業停止状態だったラストベルトなどでの製鉄所の操業が再開されている。製鉄所の稼働は鉄鉱石などの鉱業、運搬・運輸業、そして工場城下町全体の活気を再生させている。この効果は一一月の連邦議会選挙・次期大統領選挙におけるトランプ共和党の強力な支持層固めにつながる。
しかしグローバル企業の反応は対照的だ。追加関税によって国内生産コストは上昇し、生産品によっては報復関税の対象に指定されているため、輸出の際にさらに価格が上昇する。ハーレーの国外への工場移転はその端緒に過ぎない。関税の影響を受けない現地生産に切り替えるのが現実的な選択だと言えるからだ。中国から追加関税二五%の対象となっている自動車分野では、七月一〇日米電気自動車(EV)大手のテスラが、中国に最新工場の建設を決定した。テスラにとって中国は高級車販売の最重要市場だ。貿易戦争が長引けば長引くほど、米国グローバル企業の国外移転は加速化することになるだろう。
米国農業への打撃は深刻である。中国ばかりではなくEU・カナダ・メキシコなどからも報復関税のターゲットにされているからだ。市場相場の下落が進み、六月の一カ月間で大豆が一七%、トウモロコシが一一%下落した。米国産の輸出用大豆(飼料用)の六〇%は中国向けだ。こうした状況を受けてトランプは七月二四日、選挙対策の狙いも含めて一二〇億ドルの農業支援策を決めた。
A中国への影響……対米輸出に大きく依存してきた中国にとって、追加関税措置は製造業・輸出産業にとって大打撃となる。中国は五月に法人税の大幅減税や中小企業への支援策などを決めた。また追加関税による打撃を和らげるために、七月一日から自動車・医療品・鉄鋼・大豆・日用品など一四〇〇品目以上の輸入関税の大幅引き下げを実施した。さらに七月に入ってから「内需拡大」のために、市場に八・二兆円規模の資金供給をはじめた。
また国内企業支援のために、追加関税発動前から「元安」容認を強めている。今年の二〜五月まで一ドル=六・三〜四元だったのだが、六月に入ってから元が下落して現在は一ドル=六・七元台である。元安は輸出には有利なのだが、一方では国内資金の海外流出につながりかねないという危険性をともなっている。
一〜六月(上半期)の中国の対米貿易黒字額は、一三三七億ドル(一五兆円)で前年比一三・八%の増加を記録した(輸出二一七七億ドル、輸入八四〇億ドル)。七月からの米中貿易戦争によって、これらの数字がどのように変化するのか、あるいは変化しないのか注視する必要がある。

新たな覇権競争の展開

 BEU、カナダ・メキシコなどの動向……これらの国々はトランプの追加関税措置に対して譲歩せずに報復を実施した。しかし現在、EUは相対的に高い関税の引き下げの動きを見せている。これは当初からトランプが狙っていたことだ。
カナダとメキシコに対する関税措置は、域内関税ゼロのNAFTA協定違反である。今後トランプはNAFTAからの脱退や協定見直しに乗り出すのであろうか。
今後予想される中国での生産の減少などによる世界経済の縮小を見越して、また米連邦準備制度理事会(FRB)による米政策金利の利上げ(今年二度利上げされて現在二%で、さらに年内に二度利上げを予定している)によって、新興国や資源国(ブラジル・オーストラリア・ロシアなど)からの資金流出が始まっている。こうした投資マネーはドルにシフトしていて「ドル高」は必至だ。四〜六月期の米国内総生産(GDP)増は五%台に達すると予測されていて、法人税などの大幅減税効果もあり消費増加がこれを支えている。米国の輸入は拡大する。
一方で資金流出が続くアルゼンチン・トルコ・南アフリカ・コロンビア・エジプト・メキシコ・インドネシアなどでは、通貨の下落による対ドルレートの債務増加などによって、通貨危機・高インフレ・高金利による経済の停滞が深刻化している。イランも経済制裁がらみで同様の状態になっている。
C世界貿易機関(WTO)……WTOは「WTOを脱退する」というトランプの恫喝と、米国を「WTO違反だ」として提訴する国々との狭間で判断停止状態になっている。「中国市場は閉鎖的だ」と主張しているだけだ。しばらくは「仲介役」に徹するということになるのだろう。
Dイラン経済制裁への影響……略
Eトランプの貿易戦争はどうなるのだろうか……ウォールストリートジャーナルなどが六月に実施した世論調査によると、共和党支持者の八四%がトランプを支持した。共和党議員はもはや公然とトランプを批判することができない状況が出現している。こうした状況を「トランプ共和党」、共和党の「トランプ化」、トランプによる「共和党の支配」などと言っている。有権者全体でも四九%の支持率だ(就任一年目の今年の一月には、史上最低の支持率三七%だった)。
トランプは一一月に実施される連邦議会選挙と二〇二〇年秋の大統領選挙を見すえながらも、自身への支持率の動向を意識しながら「行けるところまでとことん」彼の貿易戦争を遂行しようとするだろう。しかし「貿易赤字の削減」という彼の狙いは失敗することになるだろう。それは政策金利上昇と好調な消費によって支えられている米経済の好況などによって、米国に資金が流入してドル高・株高と輸入増加がしばらく続くことが予想されるからだ。企業の国外移転も加速化するかもしれない。
それでもトランプは「落としどころ」を考えなければならない。中国・EUなどに「大幅な関税の引き下げを実施させる」こと。中国・EU・日本などに「米国産の石油・LNG、農水産物を大量に輸入させること」。中国に国内市場に対する大幅な「規制緩和を行わせること」ということになるのではないか。
また中国との5Gに象徴される次世代ハイテク分野をめぐる覇権競争は、上記とは違った展開となってゆくのだろう。(高松竜二)





 


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