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    かけはし2018年8月6日号

LGBT差別への怒り広がる


7.27

自民党・杉田水脈衆院議員の人権破壊攻撃

私たちはここにいる

5000人が糾弾のアピール



 「新潮45」八月号に掲載された杉田水脈衆議院議員の寄稿文「LGBT支援の度が過ぎる」で、LGBTの人々を指して「『生産性』がない」と主張。これに抗議するLGBT団体、議員(社民党福島みずほ、自治体議員)、個人が、七月二七日の夕方、ツイッターなどを通じて自民党本部前で大規模な抗議集会を呼びかけた。そして抗議文を手にした杉田議員辞職を求める抗議団を、自民党は門前払いにした。

「生産性がな
い」だって!
この寄稿文でLGBTの人たちに対して「日本はかなり生きやすい社会」と勝手に定義し、さらに「そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず」だと、セクシャルマイノリティが置かれている差別的状況を肯定化する。
そして畳みかけるように「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」と結論づける。
杉田のLGBT差別と無知を顕わすのが、次のようなくだりだ。彼女は「LGBは、性的嗜好の話」とし、「Tは『性同一障害』という障害なので、(中略)性転換手術にも保険が利くようにしたり」、「政治家としても考えていいことなのかもしれません」という。
一般的にLGBTを説明するとき「性指向」というキーワードがあるが、これを敢えて「性的嗜好」と表現している。これは後の批判に対して、「指向と嗜好」の誤用だったとする言い訳が透けて見える悪意的表現だ。
一方T(トランスジェンダー)は、性同一障害ではない。綾部六郎教授(名古屋短期大学)の説明によれば、「みずからに課せられた性別のくびきを乗り越える(=トランスする)生き方のこと」であり、性同一性障害は「性別違和を治療の対象であると自覚し、精神科や泌尿器科、婦人科などによる医療的処置をうけるのであれば性同一障害」となると説明している(法学セミナー・二〇一七年一〇月号)。

絶望と怒り
そして悲しみ
集会では、五〇〇〇人の参加者が自民党本部を包囲し、「杉田はやめろ!差別をなくせ!これがプライド!This is Pride!」のコールが永田町を轟かせた。
マイクを握った人たちの声は、怒りと悲しみに満ちていた。LGBTである子どもを支援する若者は、自分の少年期をこう語った。「僕の苦しみを分かってくれる人はいるのか? 抑圧された感覚をもった僕はだれとどんなふうに年を重ねていくのか? まったく想像ができなかった」。
そして杉田の文を読み、「絶望と怒りを覚えた。どうして知ってくれていないのだろう? どうして知ろうとしてくれないのだろう? 今にも崩れ落ちそうなたくさんの小中高生と出会ってきて、未来の宝である子どもたちに、こんな思いをさせたままでよいのだろうか?」と、問いを投げかけた。
また富山大学准教授の林夏生さんは、「『あなたは必要とされていない』、その言葉は寝ても覚めても繰り返されていく。私はカミングアウトしていない。だってカミングアウトしたら生きていけないと、ずっと自分のなかで言い続けてきました。でもこの一週間で知りました。黙っているより、もっと怖いことがおきるだって。だからここで言います。私はゲイだ!。それがどうした! 私たちはここにいる!」と力強くカミングアウトを行った。

LGBTの権
利のために!
杉田の優生思想に基づくLGBT攻撃は、無知を根拠にしたデマである。しかし自民党の二階は「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観、考えがある」と擁護した。一方で稲田朋美衆議院議員などは、LGBTなど性的少数者への「理解増進」に向けた促進法律の必要性を訴えてもいるが、自党内の差別者を批判すらしない。このパフォーマンスがいかに欺瞞にみちたものかも明らかとなった。性差別が基調ともいえる自民党にあって、LGBT差別は当然なのだが、むき出しの差別主張を許容するのであれば、われわれは断固として自民党を糾弾していかなければならない。杉田は、反韓反中など近年の右翼思潮のど真ん中にいると言われてもおり、杉田を許せば、さらなる右派の跳梁を許することになるだろう。
LGBT運動に連帯し、LGBTの権利を保障する法の実現を目指していこう!
(大望)

資料

第四インターナショナル第17回世界大会決議

LGBTプラスに完全な権利を


  「多くの国において、LGBTプラス(このプラスの意味は単にLGBTに限らない多様な性的指向を含意している)の組織化の力は、同性愛の非犯罪化を可能にし、限定されてはいるがトランスジェンダーの人びとの権利を可能にした。この過程で、同性結婚が多くの場所で、富んだ国だけでなく、例えば南アフリカやラテンアメリカにおいても、広範な社会的コンセンサスのもとに認められるようになった。他の権利? 特にトランスジェンダーへの完全な権利やLGBTプラスが親として認められる権利はまだこれから勝ち取られる段階にある」。
 「暴力や同性愛嫌悪キャンペーンの問題は、大きな比重を占めている。LGBTプラスの運動に敵対する反動的宗教潮流の決定的役割は、こうした潮流がキリスト教徒――カトリックあるいはプロテスタント、ヒンズー教徒やイスラム教徒であろうと、宗教とは結びついていない極右グループの暴力と偏見に基づく憎悪と同様に、いたるところで明らかになっている。新興国においては、反LGBTプラスの暴力は、しばしばヨーロッパ/アメリカ式の文化モデルに反対する文脈によって正当化されている」。 「これはまた、インターセクショナリティーの問題や抑圧に反対するすべての闘いの間に絆を作る必要性を提起している」。(新時代社刊『第四インターナショナル一七回世界大会決議集』P101より)

コラム

ギャンブル依存症

 「日本社会ではギャンブル依存症の入口がパチンコ・パチスロ」だと言われる。これを裏付けるようにパチンコ・パチスロ市場は二〇兆円、これに競馬、競輪、競艇、トトクジを加えると三〇兆円だという。世界第三位の経済力とこの三〇兆円のギャンブルの基盤が内外からカジノ建設の圧力要因となっている。
 私はかつて一回パチンコに熱くなった。もしかしたら、「かけはし」の読者の中にも同じ経験を持つ人がいるかも。テレビのCMや新聞の広告では芸能人を使い、パチンコ、競馬、競輪にすこぶる明るいイメージを持たせ、「レジャー」とアピールしている。しかし結局のところ、その本質は「ギャンブル」に他ならない。
 今から二六〜二七年前のバブル期、私は川崎市から横浜市に引っ越した。東海道新幹線を頻繁に利用することになり、新横浜駅の近くに住みたかったからである。当然にも近所に友人も知人も居ず、飲み友達もいなかった。ある日コンビニへの買い物ついでに隣のパチンコ屋に入った。店はできたばかりの二階建てで、横には五階まである駐車場を完備し、食堂や喫茶店まであった。打ち始めて三〇〇〇円も使わないうちに「7・7・7」が揃いライトがフラッシュし、大きな音楽が流れ、ジャン・ジャン玉が出てきた。それから二時間近くも連チャンが続き、店員が玉の入った箱を八箱も私の横に積んでくれた。換金すると額は七万円にもなった。次の日は二〇〇〇円で五万円も勝った。それから約三カ月の間、毎週のようにパチンコ屋に通うにようになり、渋谷でバスに乗るとパチンコ屋を探し、時にはバスを降りて、パチンコ屋をのぞくようになった。そして最後には「7・7・7」が揃うのを夢にまで見るようになった。今考えると依存症の入口に立っていたと言える。その大好きになったパチンコを止める契機はその年の秋、同級会でパチンコ屋を経営する友人にこの話をした時に「ただちに止めろ! お前のような素人が勝てるわけがない。サラ金の世話になる前に止めろ。勝つのはほんの一握りのプロで、それも組織的にやってかろうじて勝てるだけだ」とすごい剣幕で怒られた結果である。
 安倍首相は野党から「依存症をどう考えているのか」という質問に「世界最高の規準をもうける」と答弁した。安倍は依存症を取り締まりと刑事罰によって防ぐと考えているのだ。今や依存症は世界保健機構(WHO)でも医学の世界でも精神疾病の一つであり、根本原因は、人間関係や心の問題で決して根性や意志の問題ではないというのが通説である。自民党のカジノ問題の学習会で、ある学者が「アルコール依存症は、高級シャンパーンで増えるのではなく、安酒で増えるのだから、心配する必要はない」とご高説を述べていた。自民党が描く依存症とは大王製紙の井川意高会長のように一〇〇億円を超す客のことであり、一万円から二万円しか使わない客ではない。
 七月一九日の参院内閣委で、野党は「カジノより被災者を助けて」という横断幕を掲げて抗議していた。文面はともかく、日本初の「民設民営」のギャンブル容認法をなんとしても阻止するという気概は伝わってこない。奈良にある依存症回復団体の三宅代表は「カジノ入場回数を制限すれば一定の人は排除されるが、パチンコ、酒、薬物、自傷行為に走る可能性がある。それを見越してカジノが建設されそうな大阪夢洲などに、今から相談所を開く準備をしている」と発言している。気を付けよう。誰もが依存症になる可能性はある。(武)




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