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    かけはし2018年8月6日号

オルテガ独裁廃絶は民衆の利益


ニカラグア

民衆と政権の全面衝突

民主主義求める民衆決起連帯!
米帝国主義の介入を阻止しよう

ダン・ラ・ボッツ



 現在ニカラグアでは、一九七九年のニカラグア革命の系譜を引くオルテガ政権と民衆が全面的な衝突状態にあり、政権の暴力的な対応には国連の人権機関からも厳しい批判が向けられている。何が起きているのか、またニカラグア民衆にはどのような連帯が必要なのか、米国の同志が、オルテガ政権の長期にわたる変質と腐敗の経過を含めて問題を整理している。以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

 この時点で、ダニエル・オルテガ大統領の政府と彼の政党、サンディニスタ民族解放戦線(FSLNまたはサンディニスタス)は、全国民規模の底辺からの民衆反乱を前にしている。われわれはここで、この反乱のおおもと、それに向き合うオルタナティブ、そして米国にいるわれわれのような者がニカラグアの民衆に負う責任を考えたい。
ダニエル・オルテガとFSLNは、一九七九年にソモサ一族独裁体制を打倒した民衆革命を率いた。そして米国が組織し米国がスポンサーとなった反革命、またその後の内戦にもかかわらず、彼らはニカラグア民衆の生活を改善しようと挑んだ。ダニエル・オルテガは一九八五年に初の大統領に選出されたが、農民への農地配分を拒否したこと、先住民に対する高圧的な仕打ち、さらに徴兵制の採用のゆえに人気を失った。何よりも戦争が、平和を欲したニカラグア民衆の志気をくじいた。

30年続いた
保守主義順応


一九九〇年選挙の敗北がありながら、オルテガ政府は、政府の財産をオルテガや他のFSLN指導者に与える、有名なピニャタを実行した。ビオレタ・チャモロ大統領の保守派政府が権力を握るや、ダニエル・オルテガと彼の兄弟であるフンベルト・オルテガは、ビオレタの娘婿であるアントニオ・ラカヨと関係を結び、腐敗した保守派と自由主義諸政党への適応の歩みを始め、この国の事業家階級と関係をつくりあげ、カルディナル・オバンド・イ・ブラボの下にある保守的なカトリック教会と結びついた。そこには、一連の道義に反する政治的で経済的な勢力編成が続き、それは、アルノルド・アレマンおよびエンリケ・ボラノスの大統領期の諸政権を通じて一五年以上続いた。
二〇〇一年にオルテガが大統領選挙に勝利すると、彼は、米国と他の外国投資を引きつけるために、民主主義、社会運動、また労働組合を抑圧する形で、ニカラグアを典型的な「発展途上の」資本主義国へと変えた。ニカラグア経済は急速に成長したが、その恩恵は資本家階級に流れた。米国あるいはベネズエラから資金を投じられた政府の社会計画は、急速な経済成長にもかかわらず、人々の生活水準を引き上げることができなかった。その間オルテガは、あらゆる権力を彼個人の手中に集めた。つまり、大統領職、国会、最高裁、加えて、TV局ほとんどと諸労組のような多くの組織に対する支配だ。彼は、ニカラグア憲法を変えつつ、二〇〇六年、二〇一一年、二〇一六年と再選された。つまり彼は四期大統領になったのだ。二〇一六年には、オルテガの妻であるロサリオ・ムリロが副大統領に選出された。

米帝国システム
の不可分の一部


オルテガとFSLNは「反帝国主義者」であると主張しているが、事実を言えば彼らは、ニカラグアを、ラテンアメリカにおける経済支配、政治的ヘゲモニー、さらに軍事的至上権という米帝国システムの、分離できない一部にした。オルテガの下でニカラグアは、たとえば自立的労働者運動の抑圧、自立的労組潰し、また低賃金経済の維持といった、米国と他の外国投資の引きつけを意図した諸政策を採用した。その戦略は成功し、ニカラグアは、その産品の五四%を米国へ、八・四%をカナダへ送った。オルテガはまた、米国の経済援助の大きな受領者となり、米陸軍および海軍との協力に取りかかり、米国の麻薬取り締まり局(DEA)と共に活動することで、米国政府と共に緊密に仕事をこなすことも行った。
彼は、共産党やポピュリストの指導者たち(カストロ、チャベス、マドゥロ、またエボ・モラレス)と一緒の写真を数多く撮られているが、彼の政府は、この地域における米国の安全保障システム、および米国の経済的ヘゲモニーの不可分の一部となるにいたったのだ。

反帝国主義とは
無縁の連携関係


そうであってもまた真実であることは、ニカラグアの日和見主義的外交政策が米国のそれと完全に一致したことは一度もない、ということだ。ニカラグア革命当時、八〇年代を通じ、また一九八九年のソ連崩壊まで、オルテガとFSLNは、フィデル・カストロのキューバ、ソ連と東側ブロック、さらに北朝鮮の金正日労働党政権に対する強い結びつきを維持した。オルテガとFSLNは自らを、非民主的な体制に対する批判はいかなるものも決して表明せずに、「社会主義陣営」の一部と見た。同時にニカラグアは、メキシコや他のラテンアメリカ諸国、また欧州の社会民主主義諸政権から援助を受け取った。
オルテガは、欧州での共産主義の転落を受けて、ニカラグアの外交政策の方向を再設定し、リビアのムアムマル・カダフィやイランのマームド・アフマディネジャドの権威主義体制を支持した。同時に彼は、ベネズエラのウーゴ・チャベスやボリビアのエボ・モラレスの、よりポピュリズム的かつ民主的に選出された政権と強い結びつきを作り上げた。ベネズエラのチャベスは、地域的な経済機構であるALBA(米州ボリバル同盟)を通して、経済援助としてオルテガに何十億ドルも提供した。彼は、マドゥロ政権下のベネズエラに対しても連携相手であることを継続してきた。
われわれはニカラグアについて二〇一〇年までに関しては、いわゆる「抵抗の枢軸」の一部と言ってもよいかもしれない。それは、イラン、シリア、ロシアを含んだ、右翼と権威主義諸政権からなる一つの連合のことだ。オルテガは二〇〇六年はじめ、ロシアとの関係を拡大し、二〇一五年までには、ロシア海軍艦艇への港湾開放、ロシアの軍事装備品の受け取りとして、軍事的関係をも強化した。ここで触れた軍事装備品としては、たとえば、装甲兵員輸送車、航空機、可動型ロケット砲、T72戦車などがある。
「抵抗の枢軸」は時として「反帝国主義」として言及されるが、そこに関係する国家のいくつかは、欧州や中東にそれら自身の帝国主義的野心をもっている、ということが現実なのだ。そのもっとも明白な事例こそ、二〇一四年におけるロシアのクリミア奪取だ。
ニカラグア政府は、それが連携関係を結んだ権威主義的諸国内の民主的な社会運動に対し、支持の声をはっきり上げたことは一度もない。

権威主義政権と
民衆反乱の対立

 二〇〇六年の彼の選出を起点にオルテガは、権威主義体制の構築に向けて彼の党を強化するために、政府の権力――行政、立法、司法を統制する――を利用した。彼は一〇年以上にわたって、彼の政治権力を押しつけ、政治的敵対相手、社会運動活動家、労組オルガナイザー、労働者、さらに大学生を攻撃しそれらに打撃を加えるために、警察だけではなく、FSLNや青年サンディニスタとそれらのトゥルバス(暴力分子)をも使ってきた。
身体的暴力の前にはしばしば、あらゆる敵対相手を中傷し、その信用を傷付けるメディアからの攻撃が先行し、また一体化していた。もっとも悪名高いものは、中絶法の自由化および女性に対する他の改善を高く掲げたフェミニストの運動に加えられた、オルテガとムリロの攻撃だった。ムリロはそれらの運動を帝国主義の手先とけなした。
オルテガ政権の権威主義的で暴力的な性格が広範な大衆的注意を引くように初めて現れたのは二〇一三年と二〇一四年であり、その時警察と暴力分子が、太平洋と大西洋をつなぐ運河の建設を懸念した農民と環境活動家に攻撃を加えた。
現在の民衆反乱は、社会保障改革に反対する高齢層の抗議行動から始まった。そしてその行動は警察の抑圧で迎えられた。それが学生を非暴力の抗議行動に加わるよう導いた。オルテガ政府と彼の党が発砲を始め学生たちを殺害したことから、全社会が民衆的で非暴力の反乱という姿で爆発した。住民を敵とした体制の全面的で残忍な暴力は、一三人を殺害し数十人を負傷させる形で、母の日行進を導いた喪服姿の母親たちを殺害するまでに及んだ。
その時以来オルテガ政権の警察と暴力分子は、運動に関わった活動家を殺害し続け、小さな町を攻撃し、公的な建物と市場に焼き討ちをかけ、彼らがことを進めるままに、高速道路を封鎖し町や居住区域をバリケードで防衛した住民を、打ちすえ、拷問し続けてきた。
数週間後情勢は混沌に達し、犯罪集団のような他の活動主体が、盗みや略奪を通してこの情勢を利用するために生まれることになった。それらもまた暴力を高めている。これはまったく不幸なことだが、基本的な政治情勢を変えるものではない。それは、一つの権威主義的な政権と民衆的反乱間の対立なのだ。

安定した反体制
組織の出現に壁


運動がソーシャルメディアを組織するソーシャルネットワークを通じて底辺から、自然発生的で草の根的運動として高まってきた以上、指導者を識別することは困難だった。学生たちは指導者を生み出そうと挑み、様々なグループも連携を作り出そうと挑んできた。しかし、混沌とし暴力的な情勢を前提に、まさに安定した組織を生み出すことは極めて困難だった。
オルテガとFSLNを除けば、この社会でもっとも組織されたグループは、経営者団体であるCOSEP、およびカトリック教団であり、双方とも、一〇年以上の間オルテガ政権を受け容れ支えてきた原理的に保守的な組織だ。
まったく理解可能ないくつかの理由から、ニカラグアには左翼の組織が事実上一つもない。その理由の第一は、一九七九年の革命を率いたオルテガとFSLNが、「クリスチャン、社会主義、連帯」のスローガンを掲げつつ、左翼であると主張してきたことだ。このように、一方では彼らは左翼であると主張したが、しかし他方では、その抑圧的で搾取的な性格をもった彼らの権威主義体制が、左翼の信用を失わせたのだ。それゆえ、社会主義の理念が今日ほとんどのニカラグア人に大した影響力をもたないと思われることは、驚くようなことではない。
元のサンディニスタ司令官と政治的指導者によって形成されたFSLNからの二つの分裂組織、「サンディニスタ刷新運動」(MRS)と「サンディニスモ救出のための運動」(MPRS)は両者共、オルテガ体制に対する批判と社会民主主義的な政綱を発展させた。しかしながら、彼らの民主的で親労働者階級の観点にもかかわらず、社会内部に基盤を見つけ出すことはできなかった。
解放の神学から刺激を受けたクリスチャンのオルタナティブグループもまた、一つの運動あるいは実体のある政党を建設することができなかった。しかしながらこれらの社会民主主義的理念と解放の神学の理念には一定の共鳴があり、まったく疑いなく、それらを奉じる大学教授や司祭は、彼らの信奉者たちに一定の影響力を保持している。

当面の反政権の
オルタナティブ


オルテガと彼の政府は現時点で、圧倒的に民衆的な反乱に直面して、反政権派の信用に打撃を与えようと試み、運動の進行を遅らそうと試みることで、自らを権力にとどめようとしている。オルテガとパウル・オクィストのような彼のスポークスパーソンは、米国政府が運動の組織化を成し遂げ、それをニカラグア内の手先を通して今実行しつつある、と示唆している。とはいえ彼らは、そのような陰謀に関し何の証拠も提供していない。
民衆反乱は、「クエ・セ・バヤン・ヤ」(すぐに彼らをたたきだそう)のスローガンを、すなわち、オルテガと彼の党の指導者たちは職を離れ、理想的にはこの国を去らなければならない、とのスローガンを掲げてきた。これは、この国を貫く感情であるように見える。
事業家会議(COSEP)とカトリック教会は断続的に、中でも前倒しの全国選挙の呼びかけを含んだ、この危機への平和的な解決策を捜すことを目的に、オルテガとのある種の国民的対話を呼びかけてきた。そしてそれをこれまで実行し続けてきた。COSEPは、まったく疑いなく、保守派の親ビジネスの政治的結果に対する米国の支援への期待に基づき、米国政府と米議会との間に結びつきを確立しようと試みてきた。
米国政府はオルテガに厳しく反対してきたが、しかし明確に、現行の国家、すなわち軍隊と警察を継承できる、そうした新たな保守的で親米的な政府を権力に到達させる何らかの移行を好んでいると思われる。まったく疑いないことだが、米国の外交官と政治的フィクサーたちはせっせと今、彼らが望む政府を作り上げようと試み、それをニカラグア民衆に押しつける準備に取りかかっている。

米国内の民衆に
求められる行動


米国人としてのわれわれは、民衆反乱と民主主義への回帰というその要求に、全面的な支持を与えなければならない。オルテガ独裁の廃絶と民主主義における何らかの高まりは一定の進歩的な成果になると思われるからだ。オルテガ政府が倒れるならばその時、農民と環境活動家たちは、運河を止めるための努力が可能になり、女性たちは中絶の権利を求める組織化が可能になり、労働者は、自立した労組の建設のためにストライキが可能になる。
われわれは、この国への米国の政治的あるいは軍事的介入のいかなるものに対しても対決する、強い立場をとらなければならない。民主党の下であろうが共和党の下であろうが、米国政府は、一度たりともニカラグア民衆の友であったためしはない。そしてトランプ政権も確実にその例外にはならないだろう。われわれは「ニカラグアを引き渡せ!」とのスローガンを掲げなければならない。
同時にわれわれは、彼らの抑圧的政府と対決するニカラグア民衆を支持する、世界の民衆内部での国際的な連帯の支持者にならなければならない。われわれは、情勢がいつ落ち着くかに関わりなく、彼らが海外の民衆から支援されていることを知らせるために、ニカラグア民衆との直接の接触を作り上げなければならない。われわれは特に、ニカラグアの労働運動活動家や社会運動活動家との関係を発展させるために奮闘しなければならない。
われわれは現時点では、民主主義、社会的公正、また民族的主権の要求を支持しなければならない。とはいえ、もし万が一ものごとが急進化し、左翼へと動く場合には、われわれは、政治革命だけではなく、民主的な社会主義社会に導くかもしれない、そうした社会革命をも求めなければならないだろう。(二〇一八年六月二一日、「ニューポリティクス」より)

▼筆者は、「民主的労組を求めるティムスター」(TDU)創立メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年七月号) 

ニカラグア

民衆決起への連帯声明

反資本主義左翼の連帯必須

アンティカピタリスタス


  アンティカピタリスタスは、オルテガ―ムリロの権威主義体制が実行した抑圧に対するわれわれの拒絶を表し、左翼の戦士たち、諸運動、そして全体としての社会的公正と自由を求めている勤労民衆への連帯を示したいと思う。
 ダニエル・オルテガが率いる体制は、サンディニスタ革命とは何の関係もない。この体制は近年一層、悪名高いアルノルド・アレマンに代表されるようなブルジョアジーの諸派と歩を並べて、新自由主義経済の道を取り入れてきた。彼らはまた、FSLNの歴史的な政治的諸関係を腐敗した枠組みに変えてしまった。そして国家はそこで、一家族のカーストに奉仕する富の蓄積の道具にすぎない。オルテガ―ムリロ政権は、それでも十分ではないかのように、カトリック教会のもっとも反動的な部分との合意の上で、女性の諸権利を敵視する政策を取り入れ、中絶を犯罪としている。この好例こそ、一九八〇年代の革命政権期を通じてサンディニズムに対し徹底した敵対者であった、先頃死んだモニグノル・オバンドとのオルテガ―ムリロの連携だ。
 いかなる意味でもサンディニスタ革命の社会主義的熱望を代表しない政府を支持する理由などまったくない。諸々の左翼は、FSLNの政治的連携関係をサンディニズムが表現した変革を内包した構想と混同している。
 もちろんわれわれは、ニカラグア民衆の決起が「純粋な」決起というわけではなく、むしろ相反するイデオロギーと社会的立場が共存している運動、ということをわきまえている。しかしながら、二〇〇八年に始まった世界的な諸抗議運動の長期的サイクルを通じてわれわれが何かを学んだのだとしたら、それは、反乱の運命は前もって書かれているわけではなく、指導部が反資本主義の観点において建設されなければならない、ということだ。
 われわれはこの理由から、社会主義者であり革命派であると主張している政治勢力の、国際規模での連帯が基本になると考える。(二〇一八年七月二〇日)

▼アンティカピタリスタスは、第四インターナショナルスペイン支部。 




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