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    かけはし2018年8月27日号

辺野古に基地を造らせない


沖縄報告 8月18日

翁長さんの遺志を必ず引き継ぐ

辺野古NO!の思い貫く新知事を

沖縄K・S

8.17

土砂投入を止めた

400人がゲート前に

カヌー48艇と抗議船4隻が海上デモ

 八月一七日は政府防衛局が護岸で囲った辺野古の海の一角に土砂を投入すると六月以来公言してきた日だ。八・一六〜一八連続行動の二日目、辺野古ゲート前には早朝から土砂投入を止めるとの決意を固めて全県、全国から多くの人びとが集まった。県庁前発の大型バスは二台満員で到着した。うるま市をはじめ各地の島ぐるみも結集した。平和フォーラムの四〇人を筆頭に全国各地からも駆けつけた。参加者は四〇〇人に膨れ上がった。海上では、カヌー四八艇と抗議船四隻が高めの波をついて工事現場に行き土砂投入阻止のデモを行った。
 菅や小野寺が二日前の記者会見で「気象状況などのため投入時期は決まっていない」と述べていた通り、土砂投入はできなかった。度重なる台風などにより土砂を投入する段階まで工事が進んでいないのは事実だ。そして本部塩川港から合計九〇〇〇トンの土砂を船積みした運搬船と台船も辺野古に来ていない。なにより、翁長知事の早すぎる死が改めて呼び起こした日本政府の汚いやり方に対する県民の憤怒に土砂投入が油を注ぐことになりかねないことを安倍官邸は危惧した。
 翁長雄志知事は八月八日夕帰らぬ人となったが、文字通り命がけで沖縄を守ろうとした姿に対する県民の同情・共感・感動はさざなみのように広がった。辺野古ゲート前や県庁前だけでなく、新聞紙上やテレビ、ネット上でも、信念の政治家としての資質、人に対する思いやり、闘病の経過などが家族、友人知人、職員などから詳しく伝えられたり、コメントが寄せられたりする中で、おのずと翁長知事の遺志を受けつぎ辺野古新基地を止めて沖縄の未来を切り開こうとする気持ちが県民の各層に広がり高揚してきたのだ。

8・10通夜、8・13告別式

県民に愛された翁長知事

今こそ結束し、圧力はねかえそう


 八月一〇日大典寺で行われた通夜には一五〇〇人の人びとが参列した。一三日の告別式には四五〇〇人が参列した。県内外に置かれた追悼記帳所では九四一二人が記帳した。四年前県民の新基地NO!の熱い思いをバックに、埋め立てを承認した裏切者の前知事・仲井真に大差で当選して以来、県知事として県内外、アメリカ、国連に沖縄の声をあげ続け、県の行政権限を行使し中央政府との闘いをひるまずやり抜いた翁長知事の姿は誰もが知るところだ。同時に沖縄独自の歴史と文化に基礎を置くウチナーグチの奨励や空手振興、アジアの中での経済発展に力を入れた。翁長知事は沖縄の自治と自立、自尊心を体現した。知事就任から四年近く、これほど県民に愛された知事はいない。
 このような県内の政治的雰囲気の中で、日本政府は八月一七日の土砂投入を先送りせざるを得なかった。当初あげられた理由は「喪に服す期間」だという。とんでもない連中だ。沖縄の民意を踏みにじる安倍官邸のせいで翁長知事は自らの命を削ることを余儀なくされたのだ。安倍官邸も都合が悪いと考えたのか、土砂投入延期の理由はその後「気象条件」に変わった。
 県知事選挙は九月一三日告示、九月三〇日投開票で実施される。安倍官邸・自民党は佐喜真宜野湾市長を立てる。佐喜真は出馬表明で「翁長県政の四年間は国との関係で争いが絶えずひずみや分断が生まれた。和と協調が求められる」と述べ、中央政府に対する迎合の姿勢を示した。しかし考えてみるべきだ。争いが絶えなかったのは翁長知事が望んだからではない。沖縄の民意を無視し無理やり国策を押し付け続けた日本政府のせいなのだ。国が沖縄の自治と民主主義を尊重していれば、争いが生まれることはなかった。
 県知事選挙の争点は、辺野古埋め立て是か非か?日本政府への迎合か否か?一言でいって県民の自己決定に基づく県政を行うかどうかである。政府の言うままに基地を受け入れその見返りの振興予算をありがたがる県政に終止符を打ち、基地の桎梏から解き放たれた沖縄の発展を描いた翁長知事の遺志を引き継ごう。
 辺野古土砂投入をめぐる攻防と県知事選挙は沖縄の未来を左右する重大な闘いだ。安倍官邸は県に承認撤回をさせないよう一日二〇〇〇万円にのぼる遅延賠償金を持ち出して圧力をかけるなど、あらゆる手段で沖縄を押しつぶそうと躍起になっている。負けてはならない。沖縄の未来は沖縄が拓く。県民一人ひとりが声をあげ行動しよう!翁長知事が生前述べていたように、県民が結束し力を合わせれば巨大な力を発揮することができる。土砂投入を止めるとともに、辺野古NO!を貫く新しい知事を県民の総意で生み出そう。沖縄が結束して立ちあがってこそ、全国、全世界の連帯の輪が大きく広がる。

風雨をついて県民大会に7万人

平和で誇りある沖縄を

この思いを次世代に引き継ごう


 八月一一日土曜日、辺野古の海の色をあらわすイメージカラーのブルーの服や帽子を身に着け、翁長知事を追悼する黒のリボンや腕章をした人々が早朝から、大会会場の奥武山陸上競技場に詰めかけた。
 各地から自家用車に相乗りして会場に向かう人々が多く、周辺の駐車場はどこもかしこも満杯状態。那覇市内や豊見城市内の人びとは徒歩で奥武山に向かい、モノレールは四分間隔で満員の乗客を次々と会場に運んだ。読谷村の一〇台を筆頭にほとんどの市町村の島ぐるみは大型バスを複数台チャーターした。会場から最も遠い北部の国頭村、大宜味村、東村、本部町などからは朝八時出発、名護市や今帰仁村は八時半出発、中南部のうるま市、読谷村、金武町、北谷町、宜野湾市、北中城村、糸満市などは九時出発、沖縄市、嘉手納町、八重瀬町などは九時半出発、浦添市や中城村は一〇時出発。会場周辺のバス停は一〇時前後から、バスの車体に「島ぐるみ〇〇」「辺野古新基地阻止」と張り出したバスが続々と到着し、会場への人波が四方から途切れることなく押し寄せた。

署名簿を手渡
したかった
前段の海勢頭豊ユニットによる歌が響き渡る頃には、保護のため立入禁止となった楕円形のトラック部分を除いて、ブルーの人波が会場を埋め尽くした。開会に先立ち、辺野古県民投票の会の元山仁士郎さんが、「短期間で一〇万人以上がサインした請求署名は辺野古NO!の民意の大きさを示すものだ。署名簿を翁長知事に手渡したかった」と述べ、知事を追悼した。
司会が数カ所に給水所が設けられていること、会場周辺で沖縄ヘイトの車両の動きがあるが相手にしないことをアナウンスした。そしてカンパ要請のあと、六月二三日の慰霊の日の平和宣言が知事の肉声で流れた。生前の知事の姿を彷彿とさせる声は堂々として明瞭、参加者はあちこちで目頭を押さえながら、しばし聞き入った。翁長知事の声が響き渡った。「民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません」「未来を担う子や孫が心を穏やかに笑顔で暮らせる“平和で誇りある豊かな沖縄”を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します」。

次男の雄治
さんが訴える
一一時からの県民大会はオール沖縄会議共同代表の一人、親川盛一さんの開会宣言でスタートした。はじめに、全員立ち上がって黙祷を捧げた。台風一四号が接近し雨風が徐々に強くなる中、参加者はそれぞれ翁長知事に対する思いを胸に頭を垂れた。そのあと演壇に登った翁長知事の次男の雄治さん(那覇市議)が病魔と闘う知事の姿と共にメッセージを紹介した。「父は最後の最後までどうやったら辺野古新基地を止められるのか、病床でも資料を読みあさり頑張っていました。生前、沖縄は試練の連続だが、いつもウチナーンチュは誇りを捨てることなく闘い抜いてきた、沖縄が一つになると、お前が想像するよりもはるかに大きな力になる、と語っていました。父、翁長雄志に辺野古を止めることができたと報告できるよう、みなさん頑張りましょう」。発言が終わると会場は大きな拍手と指笛に包まれた。翁長知事が座る予定だった壇上の椅子の上には、大会に出席するときにかぶろうと準備したブルーの帽子がぽつんと置かれていた。

根負けするの
は日米政府だ
そのあと、高良鉄美琉大教授、城間幹子那覇市長のあいさつ、出席国会議員・県議・市町村長の紹介、現地闘争本部の山城博治さんの報告が続いた。連帯あいさつは、基地反対派の保守政策集団「にぬふぁぶし」、「チーム緑ヶ丘1207」、経済界から金秀グループが発言した。その中で、金秀興産社長山城敦子さんは、「米軍による事件事故が続発する沖縄は非常事態。米軍基地は沖縄発展の最大の阻害要因だ。われわれはあきらめない。根負けするのは日米政府だ。大切な子や孫のために全力をつくそう」と呼びかけた。

沖縄がわから
ない県外委員
沖縄防衛局が設置した環境監視等委員会の元副委員長で、のちに辞任した東清二琉大名誉教授はメッセージを寄せて、「海ガメ、海草藻場、ジュゴンについて調査を依頼しても防衛局は何も調べない。委員会で藻場の話をしても議事録にはのらない。県外の委員たちは沖縄のことが分からない。工事ありきだ。辺野古大浦湾の環境は非常に優れている。特に藻場がすごい。埋め立ては中止すべきだ。埋立承認の撤回を支持する」と述べた。

知事の思い受け
止め毅然と対応
県知事の職務代理として演壇に立った謝花副知事は、翁長知事があいさつする時のいつものフレーズ「ハイサイ、グスーヨー、チュウウガナビラ」と切り出し、次のように述べた。
「翁長知事は辺野古新基地建設阻止を県政運営の柱とし、自らをなげうちながらその実現に取り組んできました。まさに闘いがここからという時に志半ばに病に倒れ本当に無念だっただろうと思います。八月四日に面談した際、一日一日しっかりと公務を着実にこなし、県民からの付託に応えていきたい、撤回すると話されていました。翁長知事がまさに命を削って辺野古新基地反対を貫いた姿勢は末永く後世まで語り継がれるでしょう。
沖縄県は今般、埋め立て承認撤回に向けた手続きとして、沖縄防衛局に対して聴聞を行い、審理が終了しました。県政をお預かりしているわれわれとして、辺野古に新基地は造らせないという翁長知事の思いを受け止め、毅然として判断していきます。これからも県民一丸となって、ともに頑張っていきましょう」

美ら海に新基地
を造らせない!
そのあと玉城愛さんが「豊かな生物多様性を誇る辺野古・大浦湾の美ら海に新たな基地を造らせない」との決議文を読み上げて提案し、満場の拍手で確認された。決議文は日米両政府に対し次の五項目を要求した。
@ジュゴンやウミガメなどの生きていくための豊かな海草藻場や希少なサンゴ類の生息環境を破壊する土砂投入計画を直ちに撤回すること。
A大浦湾側には活断層の疑いがあり、その付近の海底には超軟弱地盤が存在する。辺野古新基地の立地条件は成り立っていない。建設計画を直ちに白紙撤回すること。
B沖縄高専、久辺小中学校、集落は、米国の安全基準である高さ制限に抵触している。児童生徒と住民の生命と財産を脅かす新基地建設を直ちに断念すること。
C欠陥機オスプレイ配備を撤回し、米軍普天間基地を即時閉鎖・撤去すること。
D欠陥機オスプレイの国内における飛行を直ちに全面禁止すること。
最後に、「知事の思いを受けつぎ、闘いの決意を込めてみんなで声をあげていこう」との高里鈴代さんのリードで、つないだ手を高く上げるガンバロー三唱を行った。

全国各地で連帯
の集会とデモ
8・11県民大会に呼応し全国各地で連帯の集会デモが取り組まれた。東池袋中央公園での「沖縄県民大会に呼応する8・11首都圏大行動」に二八〇〇人が参加したのをはじめ、札幌、仙台、静岡、名古屋、大阪、京都、福岡で、翁長知事を追悼し、日本政府の工事強行に反対する集会デモが行われた。沖縄に連帯し安倍政権に反対する全国の闘いのつながりが広がっている。
また、琉球新報の座波幸代ワシントン特派員によると、AP通信をはじめ、ワシントンポスト、ABCニュース、米軍準機関紙「星条旗」、ドイツの国際放送、中東の衛星テレビなど、多くの海外メディアも翁長知事の死去と県民大会を報道し、沖縄県民が辺野古新基地に反対していることを伝えた。 



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