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    かけはし2018年9月3日号

国際連帯で核兵器廃絶を


8.9

ピースウィーク市民集会

加害と被害を見詰めて

朝鮮半島の平和が急務


歴史観の確立
が今こそ必要
八月九日、平和公園では、田上富久長崎市長が核兵器禁止条約の批准を強く訴えたにもかかわらず、安倍首相がこれを無視し無表情で、内容のない被爆者への口先だけの追悼を述べる平和式典が行われた。この長崎平和公園に隣接する爆心地公園で、今年も八月九日午前一〇時三〇分から、長崎市民の平和運動団体が主催する三二回目のピースウィーク市民集会が行われた。参加者は約一八〇人。
主催者の舟越耿一さんは、「広く世界とつながって核兵器廃絶を実現するには歴史観のない被害者意識だけの被爆論を乗り越えなければならない。一九四一年一二月の日本軍による真珠湾攻撃で使われた魚雷などの武器は、長崎で作られたものだった。それが長崎への原爆投下の一因でもある」と述べ、日本が開始した、アジアへの加害者でもあるアジア太平洋戦争の全体的把握の上で、真に国際連帯に基づいた反核運動の構築を呼びかけた。
つづいて、毎年八月六日の広島での「8・6ヒロシマ平和への集い」を行っている実行委員会は、今年も四人が登壇し、久野成章さんが「南北、米朝首脳会談を契機に始まった東アジアの平和への動きを大切にして非核・平和のアジアの実現に向けた運動を、ヒロシマ・ナガサキのつながりで実現しよう」と訴えた。今年も六人で参加した関西共同行動のメンバーは、戦争法違憲訴訟、三里塚闘争、関西新空港反対闘争、東アジア平和・キャンドル行動などへのそれぞれの取り組みと思いを語り、広島・長崎の反核運動との連帯の継続の決意を述べた。
大阪から駆けつけた米軍犯罪被害者救援運動に取り組む、長崎出身の都祐史さんは息子さんと共に三〇年間参加し続けた長崎の闘いへの思いと、在日としての南北朝鮮の平和への思いを語った。アジェンダプロジェクトからも連帯の決意が述べられた。
昨年は豪雨で登場が見送られた星座保育園の園児一八人が「青い空を」を手話混じりで歌い、参加した人たちに安らぎと決意をもたらした後、爆心地の中心碑に花束を捧げた。
その後、雲仙から参加した三人の蛇皮線と歌、福島原発事故で被曝した原発労働者・荒谷さんの労働災害に取り組む「あらかぶの会」からの支援の訴え、、原爆を描く長崎の漫画家西岡由香さんの発言を受け、原爆投下の一一時二分に、公園全体で黙祷を行った。
黙祷の後は、参加者全員で、公園にいた他の人たちも一緒になり、「原爆落下中心碑」を人間の鎖で囲んで何度も「ピース」の声を上げた。
集会の終了後、参加者の有志二〇人が、九州電力長崎支店までデモをし、池辺和弘九電社長宛の「玄海原発3、4号機の即時停止と廃炉を求める!」申入書を渡した。

朝鮮人原爆犠牲
者追悼の集会
この取り組みに先立ち、午前八時から、爆心地公園のすぐ隣にある長崎原爆朝鮮人犠牲者の碑のまえで約一〇〇人の在日韓国・朝鮮人、日本人などが参加して「長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会」がもたれた。韓国からも高校生などが参加し、アリランの歌の合唱やフルートの演奏などが行われた。
集会後、参加者一人ひとりが花を持ち犠牲者の碑に捧げた。集会メッセージでは「日本帝国主義の強制連行・強制労働の生き地獄のうえに一万人にも上る朝鮮人がアメリカ軍の原爆投下によって殺戮された」と糾弾した。田上長崎市長も集会にメッセージをよこし「核禁条約の一刻も早い批准」を訴えた。           (H)

8.4

講演要旨

8・6ヒロシマ平和へのつどい

安保論理を超えて平和共生の道へ

―昨今の朝鮮半島平和ムードについて

金鐘哲(『緑色評論』発行編集人)

 前号に掲載した「8・6ヒロシマ平和へのつどい」での金鐘哲さんの講演要旨を掲載します。なお前号に掲載した集会写真は別の集会のものでした。お詫びします。                               (本紙編集部)

1 現在の南北対話の背景と韓国の民主化運動

 年を越してから雰囲気は急変します。北朝鮮の金正恩委員長は新年の辞にて非常に重要な発言を行います。つまり、七回に渡る核実験と大陸間長距離ミサイル開発の成功を通して北朝鮮は核武力を完成した、今後は経済建設に力を注ぐと宣言したのです。 
 私はこの発言を聞いて、北朝鮮と韓国が対話再開に向けて動き出すだろうと、そして北朝鮮は韓国を通して米国との関係改善をはかることと予想しました。米国が主導し国連で決議された強力な経済制裁の圧力を北朝鮮がこれ以上耐えるのも難しいでしょうし、絶えず核兵器とミサイルの性能を発展させていっても、もはや行けるところがないことも明白な事実だからです。
 そして最近の北朝鮮の社会経済の状況は以前とはかなり変わっていると、私たちは聞いております。何百万人の平壌の市民は携帯電話を持っており、北朝鮮全域に五〇〇余の自由市場(ジャンマダン)経済が活気付いているということです。一九九〇年代における非常に厳しかった飢餓の状況を、国家の助け無しにほぼ自力で乗り越えてきたのが北朝鮮の人民たちです。彼らの生活向上を求める要求に北朝鮮当局がこれ以上背を向けられなくなったのも重要な事実です。したがって、北朝鮮当局が南北間、そして米朝間の関係改善を積極的に模索するであろうということは十分に予想できたことです。
 それにタイミングよく平昌冬季オリンピックが開催されました。金正恩委員長の発言の意味を理解していた文在寅大統領は北朝鮮がオリンピックに参加するよう積極的に促し、北朝鮮もこれに快く応じました。そこで北朝鮮と韓国の交流が一〇年余ぶりに再開され、これを基についには四月二七日に板門店にて歴史的な南北首脳会談が開催されました。
 この七〇年間の分断体制が朝鮮半島の住民たちにとって如何なる鎖となり、また束縛であったか、日々痛いほど痛感しながら生きてきた当事者でなければ、平和を願う想いというのを実感するのも、理解するのも難しいでしょう。その上、朝鮮戦争以降の停戦体制のなかで銃声は止んだにしろ、お互いこれ以上ない仇敵のように銃を向け合い、終わりの見えない敵対関係のなかで生きるしかない、険しい状況が続いてきました。それで韓国と北朝鮮には長らく非常体制が維持されてきたのです。非常体制のなかでは人間らしい自由な暮らしは根本から否定されます。独裁支配体制の世襲を固く守ってきた北朝鮮は言うまでもなく、韓国においても長らく独裁政治と軍事政権による暴圧政治が繰り返されましたし、市民の権利と人権が根本から抑圧されてきました。
一九四八年大韓民国政府が樹立して以来韓国を実質的に統治してきたのは憲法ではなく国家保安法でした。分断された朝鮮半島の住民にとって、それは口では言い難いほどに苦しい抑圧と恐怖、そして極端に不合理で不条理な生活を体系的に強要されるシステムとして作動してきました。
 「ロウソク革命」を通して誕生した新政権の文在寅大統領は人権弁護士出身です。だからこそ彼は国家保安法の弊害を誰よりも良く解っています。それで彼は国家保安法という一つの法律の改廃よりもこの国家保安法の根本的な存立根拠、つまり敵対的な南北関係の解消が必要だと思っているのかもしれません。大統領に就任してすぐに直面した北朝鮮の核危機状況のなかでも、以前の保守派政権のように安保体制の強化のみを強調するのではなく、北朝鮮が対話に応じるように繰り返し訴えたのはそのためであるでしょう。

 ここで私が特に強調したいのは、文在寅大統領のこのような対話路線は、戦争の恐怖はもちろん奴隷的な生活を強いる「安保論理」からも逃れることを熱望している多数市民の絶対的な支持を基盤にしているという点です。つまり、今ようやく朝鮮半島に訪れてきた平和ムードは、多数の市民がロウソクを持って広場に集い、民主主義を求めた結果だと言えます。
二〇一六年の冬から二〇一七年の春まで続いた韓国の大規模のロウソクデモは、無能で腐敗した政権の崩壊だけをもたらしたのではありません。ひいては朝鮮半島の冷戦構造を終わらせ、平和体制をつくりあげる起爆剤になったと言えるでしょう。

2 朝鮮半島冷戦構造の終息が持つ世界史的意義(略)

3 東アジア共同体構築への展望


朝鮮半島の冷戦構造が崩壊され平和体制が構築されれば、東アジア全域の雰囲気も根本から変わってくることでしょう。考えてみれば、互いに相手を思いやりながら相手の生存の権利を認めるのであれば、個人や国家が相互間において敵対する理由はありません。にもかかわらず、韓・中・日をはじめとする東アジアの国々はあまりにも長い間敵対ないし嫌悪の関係から抜け出せずにいます。
このような状況に対する最も大きい責任は、大東亜共栄圏という虚妄な目標の下、東アジア全域をとてつもない災いに陥れた日本が、戦後七〇年もの歳月が経っても自らの歴史的過ちを虚心坦懐に認め、謝罪する努力を見せてくれないことにあると言わざるを得ません。日本のこのような態度はもっぱら米国との関係ばかりが重要であり、アジア人との関係はどうなっても構わないという、非常に無責任でまた愚かな心理が働いてきたためだと思われます。近代初期の脱亜入欧の論理、つまりアジアに対する蔑視と西洋に対する崇拝の思想は未だ払拭されず日本社会に深く根付いているのではないかと思います。
振り返ってみれば、鳩山元総理が提唱した「友愛を土台にした東アジア共同体」という概念はこの間東アジア地域に登場した政治哲学の中でも最も新鮮で貴重な政治哲学として評価されるべきでした。しかし鳩山元総理の尊い理想が実現するには当時の東アジアを巡る情勢があまりにも殺伐としていて、またそれは何よりも米国の支配層の利害関係と衝突するものでした。
その上鳩山元総理の構想には具体的な方法論が欠如していました。また彼の在任期間も短かったため、今日鳩山元総理の政治哲学を記憶している東アジア人はあまりいないと思います。しかし私は、私の考えている「平和で共生する東アジア体制」と、鳩山元総理の「東アジア友愛の共同体」とが本質的に変わらないと思います。名称は何であれ、このような共同体の実現のためにわれわれが民族や国家の境を越えて協力しない限り、われわれに未来は開かないと思います。
如何なる視座から見ても今東アジアはお互い反目し、葛藤や紛争に囚われている時ではありません。絶えず北朝鮮と中国の脅威ばかりを強調しながら、人種主義的かつ民族主義的感情を煽る既得権勢力にこれ以上籠絡されてはいけません。ご存知のように今世界は政治的、経済的、社会的、そして環境的に非常に危うい状況におかれています。そういったなか東アジアの国々がお互い敵対し、葛藤することに時間を浪費しているのはナンセンスだと思います。
朝鮮半島を中心に展開されている最近の情勢の変化は単なる地政学的変化に留まる事態では決してありません。それはわれわれが自ら閉じこもっている自閉的な枠組みを破り、国家と民族の境界を越え、真の平和な共生を構築できる新たな機会を与えてくれています。この、滅多にない機会を生かすためには東アジアの市民の間の活発な対話と協力が不可欠であると、改めて強調したいと思います。ご静聴ありがとうございました。 (文責・編集部)



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