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    かけはし2018年9月3日号

社会的必要と階級政治の対置を


ギリシャ

トロイカは去るがその悪行は残る  

タソス・アナスタシアディス


 八月二〇日、ギリシャに対するEUによる「金融支援」は終了したとされ、一般紙でも、世界経済の正常化の進行という脈絡で大きく報じられた。しかし実態はまったく異なり、対外債務返済を最優先するような政策実行が条件付けられ、EUによる長期の監視までが織り込まれている。以下はこの状況に対する現地の同志による論評だ。(「かけはし」編集部)
 この国に対するEUの直接管理という八年を経て、二、三日の内に(二〇一八年八月二〇日)ギリシャは、トロイカの公式的終了を祝うことになるだろう。そして、トロイカが引き起こした恐るべき打撃にもかかわらず、EUエリートたち(EU委員会、チプラス、メルケル、その他)の熱を帯びた諸々の声明が響き渡っている。まさに拍手喝采として! EUにおけるトロイカという発明品は、ギリシャの巨額な公的債務と闘うことを想定して、二〇一〇年はじめにつくり出された、ということを思い起こそう。

ブルジョアジー
の明らかな勝利


 しかしこの後者、二〇〇九年には三〇一〇億ユーロ(GDPの一二六%)と見積もられたそれは実際は、トロイカに基づいて、二〇一八年にはさらに少し、三二五〇億ユーロ(一七八%)に届くまで爆発した(私的債務の増大には触れないとしても)。否定しがたい成功!
 トロイカの終わりはその悪行が終わることを意味するわけではない。一方で、二〇六〇年までの「非公式的合意」が与えられた(!)。そして効果を生む「諸々の改革」も。それらは「構造的改革」には限られない(たとえば、二〇一九年に向け計画されたGDPの一%までの新たな年金切り下げは、一八%にも達する可能性がある切り下げなのだ!)。他方で、公的分野での売却、競争性、労働のより大きな柔軟性その他の領域では、すでに計画済みの、また「自由に合意された」「諸改革」の継続がある。
 ブリュッセルの諸機構と各国の当局間の、EUでは古典的なちっぽけな制度間ゲームは、二〇一五年、ギリシャでは極めて鋭く劇的でもある性格を帯びた。その時政治の光景には、その残虐さを全面的に示して脅迫が現れた。EUのTINA(オルタナティブはまったくない)が勝利を収め、ブルジョアジー――特にギリシャの――の最大の感激が示された。つまり「諸改革」が危険にさらされることはなくなり、労働者に対する賃金不払い、賃金切り下げ、柔軟性、権利のない従順性の押しつけを続けることが可能になった。
 ブリュッセルの助けを受けたギリシャブルジョアジーのこの勝利はまた、左翼に対し政治的な打撃をも加えた。それは、イデオロギー的な理由――政権内でブリュッセルのもっとも忠実な執行人として行動する者が未だに自身を「左翼2」と称している……という事実と一体的な――によってだけではない。そこには、考えを凝らす焦点が戦略的なレベルで、社会的かつ階級的な側面から技術的あるいは制度的な側面、特にユーロへと、極めてたやすくそれることを可能にしたという理由もある。

左翼の民族
主義的漂流


 こうして、ユーロとの決裂が、EUブルジョアジーの民主主義と「合理性」について今にいたるまで思い違いしてきた者たちにとっては、気の利いた小物となる可能性が生まれたのだ! シリザからの左翼的分裂部分のほとんど、特に民衆連合/LAEは、この方向に動いてきた。そしてそれは実際に慌てふためいた突進だ。
 「民族解放」に向けた一つの軸である、民衆連合/LAEの新たな「1―1―4イニシアチブ」は、まさに民族主義勢力とキリスト教勢力と連携し、「祖国の救出」、競争力あるブルジョアジーを支持する形で、労働者の階級政治に対するあらゆる言及を綱領的に消し去り、また賃金や年金などの言葉までも迷惑扱いしている。
 この主権回復主義はもはや無垢な言葉の行きすぎではない。それは、特に勝ち誇ったブルジョアジーが変わることなくもっと多くを求めている時、危険になり、反動的にすらなっている。これは、マケドニア共和国に対するギリシャによる認知への疑念をもって現実となった。それは、EUと米国人に雇われた支配者の「反逆」に反対して抗議する大衆を、また民族主義的左翼を動員する上では十分なものだった!
 隣国に対する民族主義的敵意のこの復活において、対抗せずにもてあそぶこと、さらに時に参加までに進むことは、恥以上のことだ。それは、ギリシャブルジョアジーが特に東部の隣国に対抗する攻撃的主導性を、戦争の危険すらおかして発揮している絡み合った危機の中では、完全な政治的方向感覚喪失だ。
 しかしマケドニア、トルコ、欧州、米国――そしてもっとまれだがロシア――反対の「民族」に基づくこの整列――いくつかの反資本主義派とアナーキストによって拒絶され糾弾された――は、有力なスターリニズムの遺産により推し進められているが、新自由主義的「改良主義」がつくり出した社会的必要に応じるものではない。
 これは基本的に、主権回復主義の信用性を掘り崩す主な理由になる可能性がある――今も脅威である極右の場合を除いて――。なぜならば、トロイカがつくり出した新たなモデルのプロレタリア諸層、若者たち、難民、移民、それだけではなく職場から放り出された高齢の人々のある者たちは、欧州の荒々しい西側――つまりあらゆる者が自分だけのために、という世界!――と自らを一体視している「民族」とは何の関係もないからだ。
 彼らの労働力が商品、資本以外の何ものでもなくなっている共食い的な労働力市場の中では、彼らが抱えている問題は文字通り決定的だ。労働力商品の具体化(俸給や退職やサービスにおける)はもはや、社会的規制によって保証はされず、市場それ自身とその荒々しい力によってのみ支配されているのだ。

▼筆者は、第四インターナショナルギリシャ支部であり、反資本主義左翼連合であるアンタルシア構成組織でもあるOKDE―スパルタコスの指導部メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年八月号) 

ギリシャ

国際青年キャンプ声明

山火事犠牲者に連帯する

惨事は資本主義システムの結果だ

 以下の声明は、デンマークのビルントで開催された、第三五回国際革命的青年キャンプの閉会集会で採択された。
 今年の第三五回青年キャンプはデンマークで開催された。キャンプ全体を通してデンマークの干ばつは明確だった。メディアの主な焦点は、穀類や樹木の破壊を通じた、資本家階級にとっての経済的損失にある。
 われわれはキャンプの中で、スカンジナビア全体の山火事の報を聞いた。ギリシャでは、これらの山火事が社会的破局へと変わった。それに対しわれわれはキャンプ全体として、この破局の犠牲者に対するわれわれの無条件の連帯を明らかにする。火災が惨事となるのはたまたまではなく、資本主義システムの結果だ。気候変動は現実だ。
 極端な気候のできごとは、ますます普通のことになろうとしている。資本主義の破壊的な力学が、われわれをこの状況に追い込んできた。その力学は、気候変動を回避することにも、打撃を緩和することにも取りかかっていない。この火災の状況は、鍵を握る問題になるだろう。諸々の危険は、投機的な都市化、また伝統的農業と耕作の喪失によって悪化させられているのだ。
 七月二三日、アッティカ地域の東部の破局的な山火事は、これまでのところ八七人の死に導いた。シリザ―ANEL(独立ギリシャ人党)政権は、その責任を極端な気象条件と犠牲者に帰せ、どのような責任を負うことも拒否している。
 この同じ政権は、ほぼ一〇年前、ペロポネソスの山火事の件で当時権力にあった政府の責任を追及し、彼らの辞任を求めていた。
 同じ政府は、問題の専横な住宅開発すべてを許した。それらに正統性を与えることによってだ。
 同じ政府は、病院、学校、消火装置の代わりに、軍の装備にGDPの二・三六%を支出した。
 この困難な時代に人々は、衣類、食料、血液、医薬品を寄付することで大きな連帯を示した。国家が責任を果たすことができない時でも、人々は自己組織化ができ、惨状を最小化することができるのだ。
 本キャンプは、アンタルシアのわれわれの同志を含む、シリザ―ANEL政権に抵抗しているすべての同志たちを支持する。
二〇一八年七月二八日。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年八月号)


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