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    かけはし2018年9月24日号

かならずストップ安倍改憲


9.5

キックオフから1年

今こそ頑張り時だ

各地の経験から学び合おう



9月末をメドに
第4次の集約を
 九月五日、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション実行委」の主催で「さようなら安倍改憲 めざそう3000万人の署名」集会が、東京・文京区民センターで行われた。「三〇〇〇万人署名キックオフから一年」をテコに、安倍九条改憲のもくろみを葬り去るために各地の経験を交流し、署名達成を実現するための集会である。「三〇〇〇万人の署名」とは言うまでもなく、安倍政権が来年にも目論んでいる改憲国民投票で、改憲反対の意思が有権者の過半数を獲得することを目標にしたものだ。集会には会場を埋め、檀上後ろに座り込む人も出る超満員の四〇〇人が参加した。
 各地の「九条の会」などが、創意あふれる署名活動を、ねばり強く繰り広げている。この経験を交流し、三〇〇〇万人の署名を何としてもうち固めるための集会だ。今年五月三日、東京・有明公園で行われた安倍九条改憲反対集会では、一三五〇万人の署名が集約されている、と発表された。主催者あいさつを行った市民アクション共同代表の高田健さんは、九月末までに第四次集約を行って最新の署名数を発表する予定、と語った。
 高田さんは、麻生副総理が、安倍首相に「来年、国民投票をやっちゃえ」と話しかけ、安倍首相が「ウンウン」とうなずいた、という話が流されていることを紹介。「こうしたいい加減な話が横行しているところに、彼らの改憲の意図のデタラメさが示されている」と訴えた。

転換する国民
統合の枠組み
講演は上智大学教授で、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の中野晃一さん。
中野さんは「安倍9条改憲と臨時国会の課題」と題して語った。
「二〇一七年には『モリ・カケ』問題で一度は安倍内閣を追い詰めた。しかし解散総選挙で、安倍政権は乗り切ることができた。そして二〇一八年通常国会を乗り切った安倍政権は、総裁三選で改憲を実現しようとしている。安倍改憲に反対する側でもしんどくなると仲間うちでけんかを始めたくなる。いま『若者の保守化』と言われているが、若い人は安倍政治しか知らない。そして民主党政権はひどかったとのプロパガンダを聞かされている」。
「小泉改革以後、『勝ち組・負け組』に分けられ、うまく立ち回らなければならない、という意識が強まった。しかし同時に、将来の夢は『公務員か正社員』という展望が崩れ、仲間割れは生産的ではないのではないか、との焦燥感も広がっている」。
「今、安倍首相のやりたいことは『九条改憲』しか残っていない。いわば安倍の『卒業記念』としての改憲だ。自民党内では安倍首相への忠誠度を競う動きばかりだ。野田聖子が安倍支持を表明したことは、その表れだろう。それはわれわれにとってのチャンスと危機の両面を持っている。まずはこの臨時国会で改憲発議をさせないことが重要だ」。
「一方で安倍が首相でいるかぎり改憲反対が増えるというジレンマもある。もともと改憲も護憲も、その対象は九条を指していた。一九九〇年代になると、国連を利用した国際貢献論が登場し、『改革』論議の延長上に『お試し改憲』論も出された。そこでは首相公選論や環境権の新設という主張も生まれた」。
「たとえば『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し』という条文を改正しないと、同性婚が認められないという、ためにする議論もあるが、そんなことはない。憲法の条文解釈にも許される解釈と許されざる解釈がある。自衛隊が現に存在するからといって九条の意味がなくなったわけではない。たとえば安保法制は自衛隊の海外派兵のために集団的自衛権を行使するものであり、九条の意味をなくすものだった」。
「今回の労働法制改悪も、職場の実態に合っていないから法律を変える、というものでありこんなことでは憲法の意味がなくなる。なぜ改憲しようとするのか。そこには合理的説明はなく、変えること自体が目的になっている」。
中野さんは、安倍自民党について「絶対得票率」は小選挙区で二五%程度、比例区では一六〜一八%台で推移していることを指摘し、自民党が勝つには「野党の分断・分立」以外にないと語った。冷戦終了後の政治について「利益分配の政治」から「イデオロギーとアイデンティティーによる国民統合」への転換と規定した。
中野さんはその上で、「選挙よりも国民投票の方が勝つ条件はある。改憲に×の理由を一本化する必要はない。どんな理由であっても×を増やそう」と呼びかけた。

各地の貴重な
経験に学ぼう
次に「各地でこんな取り組みが」と題して、三〇〇
〇万人署名に取り組んでいる五つの地域・グループからの報告が行われた。
最初は、長野県上田市の大村忠嗣さん。大村さんは三〇〇〇万人署名のためには住民の三割を目標にした署名を達成する必要がある、との計算の上に、上田市の自分の居住地区の人口が六〇〇〇人であることから二一五〇筆の目標を設定し、すでに二八〇〇筆を達成したこと、さらに同じ長野県の塩尻市では一万三〇〇〇筆の目標で、すでに八九五〇筆を集めていると紹介した。
二人目は東京・世田谷デモスタ(デモとスタンディング)の角倉よう子さん。角倉さんは若い人への働きかけを重視し、学生たちに呼びかけることを重視している。横断幕やのぼりを掲げて大学の門前で、学生たちに署名を呼びかけ、対話している。最初に選んだ大学が国士舘大学だった。冷たくあしらわれたり、反対されたりもしたが励ましてくれたり、署名してくれる学生もいる。シール投票も署名と同時に行っている。話しかけから対話が生れるというケースだ。
三人目は話すテーマに合わせた多彩なプラカードやグッズを準備して、駅頭で署名を呼び掛けている東京の「ふやふやさん」。話すテーマに合わせて幾つものプラカードを用意する必要があるので、大荷物を運びながらの活動になる。
四人目は、埼玉・教職員9条の会の伊藤稔さん。退職教員の伊藤さんは、かつての教え子たちの住所録を頼りに、手紙を書き続け、教え子たちも自らまわりに広げるという連鎖的活動スタイルが動いている、とのこと。
五人目は、カソリックのシスターたちが街中で歌うことによって、署名を呼び掛ける活動を行っているSister's ACTの太田伊杜子さん。
それぞれの創意的で、粘り強い活動は、三〇〇〇万人署名達成へのバネとなっている。
まとめを小森陽一さん(九条の会事務局長、東大教授)が行った。小森さんは、三〇〇〇万人署名の性格上、戸別訪問で署名を集めている地区では人口の三分の一〜四分の一の署名を集める目標を立てること、事前に戸別配布でチラシ、署名用紙を届けておくこと、何よりも対話が重要であり、それは署名をしてくれた人たちが自分で署名を集める活動に入る契機でもあることを強調した。
最後に市民アクション共同代表の小田川義和さんが署名の三〇〇〇万人達成の上に、一一月三日に国会包囲行動を行うことを呼びかけて集会を締めくくった。
九条改憲反対三〇〇〇万人署名活動の成功で、安倍改憲政権を打倒するために全力を上げよう。 (K)

8.26

沖縄知事選は「われわれ」の未来

玉城デニーさんの必勝を

山城博治さんが熱くアピール



 【大阪】STOP!辺野古新基地建設・大阪アクション結成四周年記念集会が結成と同じ日の八月二六日PLP会館で開かれ、二五〇人の人々が参加した。翁長さんの逝去に黙祷し、活動報告、会計報告のあと、山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)が、沖縄の現状を講演した。         (T・T)

山城博治さんの講演から

翁長さんの決意引き継ごう

アジアへの「架け橋」築く


 政府は八月一七日から埋め立てを始めると昂然と言っていた。七月二七日翁長知事が県庁一階のロビーに姿を現し、埋め立て承認撤回の手続きに入ることを力強く表明した。後で聞くと、知事室からロビーまで職員の力を借りて降りていたという。それほどまでに体力を使い果たしていたのだ。私たちは辺野古にいて、またここから新しい闘いが始まると決意を新たにした。七月末に知事が入院するということを耳にしたが、八月八日の逝去は信じられなかった。走り去るように命を燃やし尽くした私たちのリーダーだった。
 あれだけの病を患ったのだから休んで治療に専念するべきだという周りの忠告を全部断って、承認撤回の決意を表明した。那覇市長時代に総務部長を務めた宮里千里さんのコメントを読んだら、二〇〇六年胆石と胃がんで入院したときも、東京などの病院での治療を断って市民病院で治療したという。翁長さんはギリギリの選択をしたのだろう。入院している間に工事が始まる、県知事選も始まる。そうなったときのことを考えていたのだろう。私たち自身も、治療に専念してほしいと思う傍ら、撤回の決意をしないでいたらどうなるだろうと考えていた。知事はそういうことも全部考えて決断したのだなと思う。
 私は、現場の運動の世話人の一人として知事には強いことも言った。一七年三月の辺野古の集会で知事は必ず撤回すると言った。しかしその後、港の使用許可を出したり珊瑚礁の移植許可を出したりしたとき、現場にいるものとしては、どうしてそうなるのかと焦りや落胆を感じていた。すべての手段を駆使して辺野古を止めるといったのに、敵に塩を与えていいのかと。雄弁が過ぎると言ったことも。新聞社の取材でもそのように言った。
 翁長さんはそのとき、現場のリーダーがいうのだからやむをえないと言って、私たちを撥ねつけずに包んでくれた。いま、翁長さんの決意を受け継ぎ頑張っていきたい。

政府の術策を
はねのけよう
現場の状況は、八月二日に残念ながら辺野古のK護岸は完成してしまった。ということは、囲われた海が死ぬということ。政府はいつでも埋立てを開始できる体勢にある。
護岸をつくる岩石をダンプで運んでいたが、護岸が完成したので、今度は土砂を埋め立てる。その土砂は海路を運んでくる。運搬船が四隻、作業船が三隻いる。いよいよ始まるかと思って、カヌー隊も陸の私たちも緊張したが、今年は台風に伴う風水害がひどく、政府はこの埋立て工事を知事選が終わるまでしばらく止めた。翁長さんの死で、工事は止まったままだ。
八月九日に防衛局に対する聴聞が終わったので、いつでも撤回できる状態にある。防衛局は言っている。「私たちも埋立てを延期するから、あなたたちも埋立て承認撤回を延期してくれ。県知事選後に撤回してほしい」と。今まで好き勝手にやっておきながら、痛み分けとは、ふざけるな!これに従えば、一〇月一日には埋立てが始まってしまう。こんな危ない賭には乗れない。
政府は辺野古を争点にしたくないのが見え見えだ。辺野古基地は絶対につくらせない、という翁長さんの遺言がある限り、このままでは辺野古が争点になるのは避けられない。争点になれば政府は負ける。傍若無人の政府を絶対許さない。

デニーさんは
最高の候補だ
候補者が出馬表明をしたら、埋め立て承認をすぐ撤回すべきだ(八月三一日に承認が撤回された)。今日にもデニー玉城さんが出馬表明するはずだったが二九日になったようだ(二九日に出馬表明があった)。デニーさんも力強く発信してくれると思う。
デニーさんは外国人のお父さんとの間に生まれ、そのまま母子家庭となり、母子二人で戦後を生きた人だ。今、米国ではアメリカ人の血を引く人が沖縄県知事になろうとしていると、高い関心を持たれている。ディスクジョッキーで培った柔らかい感性で人々の心をつかむだろう。
私の妹は同級生で、私は言われた。デニーの悪口言わないようにと。小沢自由党党首も来た。小沢さんの懸念は、デニーさんが党籍を離脱すると自由党は政党要件を失い、政党交付金がもらえなくなることだろう。デニーさんを引きとめるために来たのかと思ったが、そうでもなさそうだった。これで、各市民団体・各政党一丸となって選挙戦に入っていける。
選考過程では、翁長さんが推薦する名前を録音したというテープに本当にデニーの名があるのか、それはウソではないのか、私を降ろすためのものではないのか、などの意見もあったらしいが、まとまるためにはデニーさんが最も相応しいとみんなが思ったのだと思う。
翁長さんスゴイなと思うのは、その後の政治の流れに自らの命をかけて臨んでいったこと。政府の方に流れようとしていた流れを止めて、もう一度四年前の選挙の意味を問う選挙に立ち返ることが出来た。

政府の計画変更
は未承認だ!
辺野古の海、大浦湾はあまりにも深すぎて、七〇メートルの深海の四〇メートルまでヘドロ状のもの、マヨネーズがたまっている海だ。そこにケーソンとか護岸を投下して岸壁で囲む計画だったが、それは不可能であることがわかったので、計画を大幅に変更した。
計画変更は県知事に申請して承認をもらわなければ出来ない。現在護岸で囲われた場所は、水深わずか一メートルか二メートルの浅いところ。浅いところから埋めたてて、埋立ては着々と進んでいると宣伝するためにやっている。でも、大多数の人は、辺野古は埋めたてられて、もう後戻りはできないと思わされている。
名護市長選の時もそうだった。辺野古に基地はつくらせないと言っても、工事は進んでいる、そんなの負け犬の遠吠えだという人が多かった。政府に与して復興資金をもらった方がいいのではと思った人が少なからずいた。
埋立ては大浦湾の深いところから始まるはずだったが、それは無理なので、計画変更の承認を得ずにいきなり浅瀬から始まっている。二一〇〇万立米・ダンプ三六〇万台分。その大半は小豆島や西日本から来る、ケーソンは三重から来る。その土砂を入れるために作業ヤードを大浦湾のど真ん中につくる予定だったが、深すぎてそれは出来ない。
そこで、政府は辺野古漁港の海を埋めたてて作業ヤードをつくるはずだったが、稲嶺市長時代に断り続けて没になっている。どこにどうやって土砂を持ち込むのか、という話が政府内で持ち上がっている。政府には、自分たちのイエスマンになる知事や市町村長をつくるという戦略がある。
二月四日の名護市長選は恐ろしかった。自民党候補はこう言った「私が勝てば高校までの授業料は無料にします、学校給食を無料にします、保育料を無料にします、医療費を無料にします、全部政府からの振興資金でまかないます」と言った。こんなことがあり得るのか。公費による選挙買収ではないか。それを言った安倍・官房長官は逮捕されるべきだ。名護市長選では、事務所のポスターを道路に向けて貼っても許されなかった。

選挙で沖縄の
未来を語ろう
おそらく知事選挙でも似たようなことをやるだろうが、もうそんな時代ではないだろう。
今、稲嶺さんは全国を駆け巡って、名護市長選挙や辺野古の話をしている。現地で座り込みもしている。稲嶺さんの力は大事にしたい。名護には自民党国会議員が一〇〇名来て、表に出ずに、全部業界団体をまとめた。表に出たのは小泉進次カだけだった。堂々と選挙をすべきだ。
翁長さんが発信した言葉は八月八日で切れたが、その言葉は後世の人に引き継がれ、歴史の中に生きる。
「翁長さんが巨大な日米政府の圧力に対し、命を賭して沖縄の指導者として職責を貫いた悲壮な覚悟と孤独を思うと、その生き様に心が傷つかないウチナンチュウはいないだろう。辺野古基地の是非や生前の翁長氏の支持団体を問わず、虐げられ捨て石となった沖縄の歴史を歩んできた沖縄県民の琴線にふれた」(沖縄タイムス)。
沖縄の知事選は、一地方のたたかいから全国の闘いへ、政府にあらがう全国陣形が出来ればうれしい。
現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々をつなぐことができる素地ができており、日本とアジアの架け橋としての役割を担うことが期待されている(翁長知事平和宣言より)。辺野古の海を守る沖縄の選挙は全国の私たちの未来そのものだ。夢を語る選挙、奴隷経済はNO! 沖縄はアジアのかけはしに!(発言要旨、文責編集部)


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