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    かけはし2018年9月24日号

社会的闘争は左翼政治に決定的


ポルトガル

議会行動と社会的諸闘争:経験的総括

フランシスコ・ルカ

 左翼ブロックは、反資本主義左翼と社会運動を出自とする諸勢力の合同によって、ポルトガルで約二〇年前に形成された。今日この政党は共産党と共に、この国における戦闘的左翼の主要な組織となっている。以下で、議会野党の活動と社会諸運動および諸々の決起に対する注力の間にある、今も論争をはらむ関係について、フランシスコ・ルカがブロックの経験に基づいて一つの総括を示している。

社会的活動への別の回路を提供

1.制度上の存在と参照対象であることが、左翼ブロックの介在がもつもっとも強みのある利点となってきた。これは常に事実だったわけではない。つまり党は、一九九八年の中絶に関する国民投票に社会運動が敗北を喫したこと(またそれと共に、彼らがそれまでの彼らの分裂、および選挙否定の勢力拡張行動の限界を理解したこと)を理由に、また反グローバリゼーション運動とチモール独立闘争との連帯(チモールは旧ポルトガル植民地:訳者)を背景に団結した、政治諸潮流の努力から生まれた。こうして、社会運動の圧力が決定的だった。それが出発点だった。
しかしブロックの成功は、一定の政治的力関係を生み出すために、民衆的論争にはほとんど影響力をもっていなかった、それまでの全国的表現を欠いた戦闘的な伝統の先まで動いたことから出てきた。ブロックが前進に向けたある種の飛躍を獲得したのは、それが議員を選出させ、民衆的な闘争のための参照先政党になったことが理由だ。ブロックが最初の議会選で成功しなかったとしたら、党が今日のように存在することはありそうもない(注)。
2.制度におけるまた選挙を通した代表表現は、住民の多数から見た時の、政治行動の正常な形態になっている。いくつかの社会部分は、市民団体や労組に加わることによりもう一つの活動形態に参加している。そして民衆諸層は、政治的左翼、諸労組、社会諸組織……として、先の両者の一部だ。しかし、この部分は住民の多数に関係しているとはいえ、組織的活動層は少数部分、しかも非常にしばしば小規模なそれだ。
つまり、ポルトガルの社会運動の主要かつもっとも安定した部分である労組は今、労働者の一五%しか代表していない。そしてそこには、諸部門(公的部門では多数派)や企業(五〇〇人以上の労働者を抱える少数の企業では組織率三〇%、そして五人以下の小企業では組織率が僅か一%、しかも企業数は後者が圧倒的に多数)に対応する大きな違いが付随している。
ポルトガルでは、大規模な草の根のネットワークに基づき組織されている幅広い市民団体や社会運動は一つもない。この理由から、社会的活動が生み出される行動に向けた回路は極めて限られているのだ。

社会的闘争で必要な道具へ

3.トロイカ(EU委員会、ECB、およびIMF)との闘いの経験にこれらの矛盾が要約されている。社会的闘争は印象的なレベルにまで達した。つまり二〇一一年三月一二日のデモや「クエ・セ・リクセ・ア・トロイカ」(トロイカをねじ切れ!)(二〇一二―二〇一三年)であり、そこにはいくつかの場合、人口一〇〇〇万人の国で一〇〇万人以上の民衆がいた。この唯一の前例は、一九七四年四月の、独裁崩壊後の最初の数日における巨大なデモだった。
先の闘いは、重要な諸問題に関する社会的な不満、不安定化と雇用主負担の社会税(TSU)引き下げという政府の策謀に対する拒絶を表現していた。しかしその闘いは、自らにどのような組織も継続性も与えなかった。その歩みの中で組織された形態はいかなるものもなく、またその本性と形態を条件とすれば、あり得なかった。
諸労組は諸々のデモを組織する点で、これらのデモの傍らでまたその外側で、労組活動におけるよりも、また草の根諸組織よりももっと強力だった。そしてトロイカ抵抗の労組組織は、労組活動家よりも政治的だった。
4.このすべての点で、ブロックの強さは利点となった。ブロックは、この反トロイカの憤激の重要な部分を、またまさに全国政治のバランスを打ち壊すことができたがゆえに、政治的な解決策探求を代表した。そしてブロックは数十万人の人々によって、ふさわしく必要な道具として認められた――選挙の中で――。
5.民衆の政党は選挙での代表獲得を追求しなければならない。それは、一定の力関係をつくり出すことに成功しなければ、またいくつかの成果に導く衝突を通してそれを表現しなければ、成功を見ることはない。
代表のいない社会闘争という代わりの戦略は、孤立の正当化以上ものにはほとんどならないと思われる。社会主義の左翼政党は社会の多数派をめざして闘っている。したがってそれは、固定観念化した少数派根性によって、あるいは選挙での戦いの外にある仮想的な社会の世界というアナーキストや自治論者の見方によって説き伏せられることを、自らに許さない。
多数が棄権すればブルジョア国家は崩壊するだろうという考えは機能しない。またそれはブルジョアジーへの贈り物になる。ブロックは、過ちと勝利を含んだ役割を経験してきた。しかしそれは、自らの道筋を進んできた。

さまざまな形態の順応への圧力

6.制度上の代表権実現とそこでの存在は、ブロックの創立メンバーが当初まずい準備しかできていなかった一つの現実をつくり出した。代表というこの水準に対応する候補者を選抜することが必要だった。そしてそこには諸々の決定が、しかしまたいくつかの対立も伴われた。
テクニカルな熟練を発展させ、われわれの国会活動、EU議会活動、自治地域議会活動に同行しそれを支援する専門チームを発展させることが必要だった。そしてそれらはその後、地方行政に拡張されてきた(左翼ブロックは、いくつかの地方自治体の行政責任を負っている:訳者)。
そのような熟練は、諸提案を準備し、主導性を発揮し、それらを防衛する上で基本となる。しかしこれには相当な犠牲を要する。つまりわれわれのもっとも経験を積んだ活動家の相当部分が、制度との関わり合いに取られるのだ。
7.これらの制度的な仕組みは、それゆえわれわれの活動家の能力を大いに吸収する。これがシステムへの順応へと導くことになるのか否かは、前もってはまったくはっきりしない。しかし、この制度的な規格化はその方向での圧力を生み出す。
順応のこれらのあり得る諸形態には、変形があるかもしれない。たとえば、獲得した地位を維持するという名目で極めて限定された諸方策に甘んじること、あり得る将来の合意を名目に制度とそれらの管理への批判を拒否すること、政治は少しずつ進むという考え、世論への怖れが他の制度的な諸形態に導く社会主義的オルタナティブを提出しないことに導くこと、敗北への怖れから対立のリスクを避けたいという切望、などだ。順応のこれらすべての形態は、民衆的代表を基礎とした左翼政治をねじ曲げる。
8.政治的な俊敏さは順応のもう一つの形態であり、重大さが最小であるわけではない。諸々の環境や機会に頼った、あるいは制度上の指導者や時の報道による設定課題にすら頼った政治的表現のある種の様式に馴染んでしまうことは、危険をもたらす。それが戦略を時の課題設定に解消する可能性があるからだ。運動がすべてであり、綱領は何ものでもないとすれば、その時、労働者と民衆の運動を組織する社会主義の政策はまったくないことになるだろう。

社会的代表での強さ追求が必要

9.左翼諸政党の中だけではなく、社会運動の内部でもまた制度主義は非常に強力だ。 われわれが知っていて尊重もしている、ブロック周辺の社会運動をよく見てみよう。そしてそれらのどれほど多くが三〇年間、あるいは四〇年間すら同じ指導者を抱えてきたか、を自問してみよう。労組の中では矛盾はさらに激しいとすら言える。すなわち多くの労組は規約をもって組織され、結果として共産党による党の統制に疑問を挟むことをまったく不可能にしている。そして最大の労組連合が、この戦略に実質を与えてきたのだ。
10.ブロックは、社会的代表の点ではほとんど前進してこなかった。そして社会的代表を選挙に表現される代表と混同してはならない。
およそ二〇年前、われわれの創立時点でわれわれがもっていた強さとの関係で、労組の世界の中に、職場の中に、組合代議員や労働者委員会や代表の他の形態の内部に、われわれが今多少とも組織された勢力をもっているのかどうかを自問しなければならない。そしてこの疑問への回答から、いくつかの結論を引き出さなければならない。
われわれは同じ質問を若者たちについても自問しなければならない。学生や若者たちがわが党に近づく上でどのような可能性があるのか? 彼らはどのようにしてわれわれに加わることができ、訓練と政治行動の方法をどのようにして見出すことができるのか? われわれが諸制度の中で感じている緊張への回答は、これらの対応の中にある。

社会運動としての左翼政治


11.資本主義は、生産の、生産条件再生産の、そして生産および再生産の諸条件を表現する一様式だ。この定義は、基本的な点をはっきり示す。つまり、それ自身を再生産するシステムを欠いた資本主義生産は決して存在しない、ということ、そしてこの理由からそれはその表現を動員し、その表現は、労働、社会関係、暮らし、自然との関係の疎外に基礎を置き、また選挙による代表と投票の疎外にも基礎を置いている。
労働者の生産物からの、彼らの生活に対する支配からの、彼らの社会的な力や選挙を通した力までも含んだものからの、労働者の分離は、ブルジョアヘゲモニーが基礎を置いている順応主義の基盤だ。これこそが、左翼政治がある種の社会運動であり、その理念と提案もまた選挙に影響を及ぼすという展望の中で、自らを強めることを目的としている理由だ。これこそが、ヘゲモニーをめぐる争いで左翼政治が決して後退しない理由だ。そしてこれこそがまさしく、社会主義の戦略が勝利できるのは社会的闘争の中でのみである理由なのだ。
12.ブロックの強さはこれまでその政治的表現、したがって諸選挙への参加だった。代わりとなる戦略、たとえば代表権獲得を求める競合の放棄、したがって人びとが理解しているものとしての政治の放棄は、破綻してきたし、今後も変わらずに失敗するだろう。
しかし、この選挙に向かう選択の成功は、代表権獲得が社会主義政治の十分条件であるとはっきりさせているわけではない。それは、力を蓄える道具として企てられるのであれば有益だ。それが調教として、批判的感覚と社会的オルタナティブの消失として企てられれば、破綻する。
左翼は、社会的主張を通してのみ、階級闘争としての紛争あるいはそこへの戦略的介入を通してのみ存在している。言葉を換えれば、左翼は階級的な運動の一部である必要がある。これこそが左翼の強さを測定する方法だ。(二〇一八年三月三一日)
▼筆者はエコノミストであると共にポルトガル議会の左翼ブロック議員。二〇〇五年一月の大統領選では左翼ブロックの候補者だった(彼の得票率は五・三%)。
(注)一九九九年の議会選で、左翼ブロックは二・四%を得票し、二議席を得た。ポルトガル憲法の下でこの結果は、ブロックに議会グループ形成の権利とあらゆる論争での発言権を与えた。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年九月号)


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