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    かけはし2018年10月8日号

「裁量労働制」がもたらした過労死


三菱電機だけではない

パワハラ・セクハラの横行と一体

「働き方改革」の実態

 朝日新聞(九月二七日)は、「三菱電機、裁量制で労災3人」「14〜17年過労自殺も」「今春 全社で制度廃止」の見出しで三菱電機の裁量労働制(あらかじめ決められた時間を働いたとみなす)適用による労災多発や過労死事件の発生に対して全社的に裁量労働制を廃止(三月)していたとスクープ記事を報じた。
 すでに三菱電機に対して、社員に対して長時間労働を強要していたことで労基署の是正勧告(一七年九月)、厚生労働省の立ち入り調査(一七年一二月)が行われ、企業名公表制度にもとづいて労災・過労死事件の再発認定によって企業名が公表される予定だった。だから三菱電機は、表向きには「労働時間をより厳格に把握するため」と言っているが、その本音は社会的批判を回避するために裁量労働制を廃止(今年三月)して逃げ切り、新たな労務管理へと再編していく契機にしようとするものでしかない。
 安倍政権は働き方改革関連法を強行制定したが、審議の中で杜撰なデータ(残業時間が一週間よりも一カ月の方が短いなど多数の調査結果)の発覚によって法案の根拠を失い、改悪労働基準法案の中から裁量労働制について撤回せざるをえなかった(二月一四日)。  だが裁量労働制法案の復活に向けて厚労省有識者会議(御用学者、経団連、連合の七人、九月二〇日)の初会合を強行したが、三菱電機の裁量労働制廃止はその目論見を直撃するものとなった。しかも裁量労働制推進の経団連の副会長は三菱電機の山西健一郎・元社長(現特別顧問)であり、三菱電機の裁量労働制廃止の事態は法制化に向けたブレーキとして作用してしまい、いかに収拾するか必死だ。
 なんと山西は、三菱電機の裁量労働制廃止を隠したまま働き方改革法成立時(六月二九日)に「裁量労働制の拡大については、法案の早期の再提出を期待する」などとコメントを出していた。どこまで三菱電機の裁量労働制廃止がまともなものか信用しがたい。その本音は、各労災事件に対する不誠実な対応を見れば一目瞭然と言える。

不当解雇の脅し


 初会合では、安倍首相が法案審議で「(裁量労働のほうが)一般労働者よりも短いというデータがある」と嘘答弁した根拠データの総括・反省もせず、新たな調査対象の選び方、質問内容について検討へと乗り移り、年内方針化の予定だ。働き方改革関連法の裁量労働制対象拡大に向けた法制化を許さないために監視強化が必要だ。
 そのためにも裁量労働制廃止を打ち出さざるをえなかった三菱電機の過去、明らかになっている労災・過労死事件の実態の検証が必要だ。
 @名古屋製作所(名古屋市)―二八歳男性、残業時間は一〇〇時間超。一二年八月に過労自殺。一四年一二月に労災認定。
 A三田製作所(兵庫県三田市)―裁量労働制で働いていた四〇代男性社員が、脳梗塞発症(一三年)。一五年三月、労災認定。
 B静岡製作所(静岡市)―一七年九月、一〇人以上の社員に月八〇時間を超える違法残業。静岡労働基準監督署の是正勧告。
 Cコミュニケーション・ネットワーク製作所(兵庫県尼崎市)―裁量労働制を適用されていた男性社員が一六年二月に自殺。尼崎労働基準監督署が一七年六月、過労自殺と認定。
 D本社(東京都千代田区)―四〇代男性社員、一六年にくも膜下出血発症。一七年八月に労災認定。
 三菱電機は、全社的(八割が専門業務型、二割が企画業務型)に裁量労働制を導入して長時間労働を強要し、労災・過労死事件が多発していた。労基署の是正勧告に対しても、不誠実対応でまともに長時間労働を削減せず、野放し状態だった。
 その中で情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)の研究職Aさんも一四年、月一〇〇時間を超える残業、上司のパワハラでうつ病を発症し、休職に追い込まれた。会社は、一六年六月までに復帰しなければ休職期間満了だと不当解雇を通告してきた。就業規則には「休職期間を延長することがある」と明記されており、しかも会社に対して労災請求中だから明らかに不当解雇だ。ユニオンショップ協定で加入していた三菱電機労組に相談したが、「規則だから仕方がない」と切り捨てられた。御用組合幹部は、会社防衛のために交渉を拒否したのだ。

職場の生の声をぶつける


 その後、Aさんは、御用労組を脱退し「よこはまシティユニオン」に加入し、「労災認定・解雇撤回」の闘いに踏み出す。会社との団交では「労災認定から解雇撤回の経過を各事業場に周知/サービス残業の撲滅、労働時間管理の徹底へ/他職場でのリハビリ就労を認めさせる/解決金支払いを検討」を要求し、実現に向けて闘いは継続中だ。
 一七年一月、当時の柵山正樹社長(現会長)は、「二度とこのような事態が起こらないように取り組む。労働時間の正確な把握に力を入れる」と謝罪した。しかし、これまで会社はAさんに月の残業時間が四〇時間前後となるように自己申告するように強要してきたこと、就労時間のIDカード記録と自己申告の時間数の差について会社は「会社に長時間居たことは認めるが、『業務』ではなく『自己啓発』のために会社に残っていたので、問題はない。過重労働ではないし、パワハラも存在しなかった。労災ではなく私病による休職だ」として、労災申請結果を待たずに解雇したことに触れることもなく居直り続けている。
 Aさんは、三菱電機の犯罪を社会的に告発し、裁量労働制による長時間労働の強要とパワハラが一体であることを「職場のハラスメント防止の法制化を!」参議院院内集会(実行委/三月二日)でパワハラ労災被害者として体験を報告している。
 「若い社員は『研究者だから』『高度な技能を要求されるから』『そういう業界だから』『後の利益になるから』『自分を高めるためだから。勉強だから』『やりがいがあるから』等と言われ、愚痴りつつも上に従っている。管理職は、部下を使い潰す。また、本来労働者の権利を守るはずの労働組合が御用組合と成り下がり、末端の労働者を切り捨てることで使用者に協力している。使用者は恣意的に労務管理を杜撰にすることで労働者の権利を侵害し利益を上げている。国を代表すべき大企業でパワハラが横行し放置されている」と批判。
 さらに「パワハラのノウハウが複雑に構築され、狡猾に運用されている。その結果、労働者のほとんどが孤立し、沈黙してパワハラに耐え続けているのが現状だ。そこで、パワハラで苦しむ労働者自らが団結し声を上げるため、法制化が必要である」と強調した。Aさんはユニオンとともに「労災にせよ、労働時間管理にせよ、職場の生の声を、会社にぶつけることでしか、何も変わりません」と訴え続けている。
 三菱電機の居直りはこれだけではない。Aさんは、会社に対して全社の労働時間の実態調査を要求しているが、労働時間の過少申告の横行の社会的暴露を恐れ拒否し続けている。裁量労働制の全廃について「労働時間をより厳格に把握するため」などと発言しているが、全社的な労災・過労死多発状態を意識的に切り離そうとしていることが明白だ。
 このような対応は新たな裁量労働制導入に向けて準備しているのは間違いない。だからこそ働き方改革法による裁量労働制対象拡大の合法化が必要だった。ところが安倍政権は自滅的に働き方改革法の中の裁量労働制を撤回してしまった。三菱電機会社幹部は、新たな労務管理を導入できずに困ってしまい、時間稼ぎをして新裁量労働制の法制化を待ち望んでいるのだ。

経験と方針の共有化へ

 三菱電機の多発する労災事件と裁量労働制全廃に対して安倍政権の応援団である産経新聞は、「政府の対象拡大方針に影響」(九月二八日)という危機感まる出しの見出しを掲載した。そのうえで「政府は経済界からの要望もあり、裁量制の対象拡大を目指す方針を変えていない。厚労省検討会の議論を踏まえ、関連法の国会の提出を目指している」と述べ、応援していく決意を言い放った。
厚労省は(三菱電機が幅広く裁量労働制を適応してきたことを)「これだけの人数に裁量制が適用されている企業は多くない。労働管理がずさんになっていたかもしれない」などと黙認してきた責任を棚上げする始末だ。安倍政権・経団連・三菱電機をはじめとした大企業が一体となった働き方改革法制定を糾弾し、改革法@労働時間に関する制度の見直し(大企業が一九年四月一日、中小企業が二〇年四月一日、自動車運転業務、建設業、医師が二四年四月一日施行)A勤務時間インターバル制度の普及促進B産業医・産業保健機能の強化C高度プロフェッショナル制度の導入D同一労働同一賃金(大企業が二〇年四月、中小企業が二一年四月一日施行)が一九年四月から施行が始まる。資本は、改革法を根拠にして新たな長時間労働・過密労働の強要、労働条件・待遇悪化を悪質かつ巧妙に適応してくる危険性が十分ありうる。
これまで以上の監視・警戒を強め、各現場における労働事件と闘う方針などを全国的に共有化していくことがますます求められている。新たな裁量労働制法案化を阻止しよう。雇用共同アクションの闘いをはじめ全国的なスクラムを再構築していこう。

 なお九月に『「働き方改革」の嘘 誰が得をして、誰が苦しむのか』(久原穏/集英社新書)が発刊されている。本書は、@裁量労働制をめぐる欺瞞A高度プロフェッショナル制度の罠B働き方改革の実相C日本的雇用の真の問題は何かなどをドキュメントでまとめている。階級闘争としての労働運動形成の観点の比重が弱いが、働き方改革法をめぐる総括、安倍政権とブルジョアジーの目論見を再把握するためには役に立つ資料の一つである。
さらに「青年戦線 一九三号」(日本共産青年同盟機関誌/新時代社)では、「労働問題を語りあう」交流会が「『働き方改革関連法』を現場から批判する」をテーマにサービス業、IT業、製造業、介護職で働く仲間が職場の状況などから働き方改革法に対する評価、現場とのギャップなど民間職場での苦闘と可能性を掘り下げている。とりわけ民間では裁量労働制が先取り的に導入され、過酷な長時間労働、サービス残業の横行などの実態を告発している。
(遠山裕樹)


コラム

物事の基本

 物事にはどんなことにもすべて基本がある。漢字の書き順しかり、パソコンの使い方しかり、珈琲の淹れ方しかりである。しかし、残念なことにボクはまったくといっていいほど物事の基本ができていない。ある特定な事柄以外すべて自己流なのだ。
 特にひどいのは漢字の書き順である。国語の授業は大好きであったが、教師の話も黒板の文字も真剣に学習してこなかったため、形こそ漢字であるが点を打つ場所、はね方などはデタラメそのものである。数字もそうだ。0を書くのにも下から書いて上で結ぶのか、上から書いて下で結ぶのか今もわからない。8を書くのにもボクは真ん中から上の○を書いて、下の○を一周して真ん中で結ぶ書き方をしている。だからボクの書く文字はすべてマッチ棒を並べたようなゴシック体になってしまう。つまり書道など論外のことなのだ。
 こうしてパソコンで原稿を書いていてもブラインドタッチなどほど遠い、一本指打法のカナ文字変換である。そんなボクの入力方法を見ていた人からは、よくそんな打ち方ができるものだと感心されてしまうありさまだ。しかし、この一本指打法にも利点はある。一文字、一文字確かめながら入力するのでミスが少ない。さらに、変換ごとにモニターを確認するからなおさらだ。キーボードを見ないでモニターだけを見て入力するなどボクには到底できないし、これから憶える気もさらさらない。いうなれば漢字も文章も、その過程はいずれにしても成形すれば同一品質になると信じて疑わない体質になってしまっていると言っても過言ではあるまい。
 ついでにもうひとつ。ボクは中学時代から今は亡き高田渡や加川良にあこがれギターを弾いていた。学生時代から二〇代後半まではライブハウスで歌ったりもした。しかし、歌詞は読めても譜面はまったく読めないのだ。つまりレコードから耳で聞いてコピーをし、自分なりの解釈で歌っていたわけである。それでも聴いている方は、まさか譜面も見ずに歌っているとは思わないだろう。
 そんな中で唯一基本ができていると自己評価できるのが、今は遠のいてしまった登山技術である。これは、高校の山岳部時代にみっちりと顧問教師や先輩たちからたたき込まれた。ほかのスポーツとは違い、楽しく山に登れるワンダーフォーゲルと思って入部したら大間違い。点数競技でない厳しさがそこにはあった。自然の中に身をおいて、生死を分けることもあるからだ。
 歩き方は言うにおよばずテントの張り方、地図、天気図の読み方、パッキングの仕方など枚挙に暇がない。インターハイの地区予選の競技方法もまったくこれと同じである。テント張りでは、いかに短時間で、しかもきれいに張れるのかが争われるのだ。今のようなドーム型のテントではなくポールを二本立て、引き綱で四方を支える帆布製の屋根型テントである。ザックも横型のキスリング。左右のバランスを取るようにパッキングしなければ、二〇キロの荷物を背負って頂上までは登れなかった。身をもって体得したのは、この山岳部の経験と三〇半ば過ぎて通った自動車学校くらいだ。
 そうそう大切なことを忘れていた。小林多喜二のプロレタリア文学から共産主義に目覚めたので、トロッキーもレーニンも、基本となるマルクスもまともに読んでいない。物事の基本に立ち返ってトロ著でも読んでみようか。
         (雨)


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