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    かけはし2018年10月29日号

東電幹部たちの責任は明白


終盤に入った福島原発事故裁判

大規模津波の直撃は想定されていた

無責任な安全神話


 二〇一八年一月から開始されていた、二〇一一年三月一一日の東京電力福島第一原発事故の刑事責任を問う裁判が終盤を迎えている。公判は月四回〜五回(一〇月は六回)という超スピードで行われ、これまでに三一回の公判が行われた。
 一〇月一六日から被告人尋問に入り、一〇月中に三被告の尋問終了という段階に至っている。被告は東京電力の三人の元幹部―武藤栄(当時常務)・武黒一郎(当時副社長)・勝俣恒久(当時社長)―であり、主な争点は津波の予想可能性と事故の回避可能性についてである。
 原発は最新の科学的知見を採用し、一度事故が発生するならば甚大な被害が予想されるため、原子力施設の設置者には高度の注意義務が課せられているので安全が維持されている、との建前で運転されていた。福島原発事故は原発の建前が「神話」でしかなかったことを長時間の避難を余儀なくされた入院患者等四四人が亡くなる現実をもって示すこととなった。

「先送り」した幹部たち

 公判における証人尋問が明らかにしたことは、二〇一一年三月に福島第一原発が、事故発生に至るまでの経過概略は以下の諸点である。
福島第一原発は三〇メートルの地盤を二〇メートル掘り下げた一〇メートル地盤にタービン建屋が建つ、津波に脆弱な原発であった。農林水産省、運輸省港湾局、および建設省河川局は「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査」を取りまとめ、福島第一原発沖合を含める宮城県沖から房総半島沖までの領域でM8クラスの地震(一六七七年発生の延宝地震)が発生することを予測していた。
二〇〇〇年二月には電事連が「津波に関するプラント概略影響評価」において福島第一原発は想定の一・二倍の津波で、海水ポンプが止まり冷却機能に影響が発生することを指摘していた。
そして二〇〇七年に改定された「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」は極めてまれにでも発生する可能性がある津波に対しても対策を求めていた。一九九五年に発生した阪神淡路大震災を契機に国は「地震調査研究推進本部」(以後「推本」と記述)を設置した。推本は二〇〇二年長期評価を発表し、福島県沖に津波地震が発生する事を予期していた。
二〇〇七年中越沖地震により東京電力柏崎刈羽原発が被災し、変圧器が黒煙を上げて燃え外部電源を喪失する事故に見舞われた。東京電力は同原発による被害の回復を目的に対策室(中越沖地震対策センター)を設置し、その対策室は当時の勝俣恒久社長等の幹部が出席し社内で「御前会議」と呼ばれていた。
二〇〇八年二月に開催された武藤栄(当時常務)・武黒一郎(当時副社長)も出席した「御前」会議で、「中越沖地震対応打ち合わせ」で二〇〇二年に発表された推本の長期評価への対応を協議し東京電力福島原発の津波対策へ取り入れることを決定していた。福島原発に襲来する津波についてその水位が土木学会手法を上回ることもまた了承されていた。
しかし同年七月三一日武藤栄(当時常務)が津波対策に推本の長期評価を取り入れる方針を転換し、土木学会に調査を依頼するという事実上の先送りを決定した。

ごう慢きわまる居直り

 そして公判は大詰めを迎え一〇月一六日から被告人尋問に入ることとなった。武藤被告への尋問は一六、一七の両日に実行された。武藤被告への両日の尋問によって明らかにされたことは、武藤被告が東京電力の元幹部の一人でありながら、全く事故に対して反省していない、ということと共に無責任体質そして傲慢体質であった。
一七日に武藤被告へ指定弁護士が福島の被災者に対する気持ちを聞かれたとき武藤被告が発した言葉には明確な謝罪や反省の言葉がなかったことに示されている。また一六日公判の冒頭武藤被告は、「迷惑をかけている」と謝罪したがそれは裁判長に向かってであり、連日傍聴席に座っている福島の被災者に向かって一度たりとも礼をしなかったことに表れている。
無責任体質が顕著に表れたのは、「御前会議」の場において、一度は受け入れた津波対策を覆した「土木学会検討依頼」についてである。第二四回公判において証拠採用された山下和彦(東京電力中越沖地震対策センター)検察官調書には「推本」の長期評価は最新の知見、これを取り入れるのは当然と考えられ、その考えは「中越沖地震対策センター」の会議の場で説明しその会議には、勝俣恒久・武黒一郎・武藤栄も出席していた。この考えは「常務会」でも了承されていた、との記述があり、また取り入れた津波対策を転換した事については、五〜七回公判で東京電力土木グループ高尾誠課長は、「対策を実施しないという結論は予想していなかったので力が抜けた」と証言した。
これに対し武藤被告は「先送りというのは全くない。大変心外だ」と反論し自分には権限がない、と証言した。傲慢さが露呈したのは、「推本」の長期評価についてである。

ウソを言うな 逃げるな

 推本が二〇〇二年に発表した長期評価―三陸沖から房総沖の日本海溝沿いで過去四〇〇年間津波地震(振動は小さいが巨大津波が発生する地震)が発生しなかった茨城県沖から福島県沖にマグニチュード八クラスの津波地震が発生する可能性がある―に対して「信頼性がない、あれは理学屋の見解、国の見解でも直ちに受け入れる必要はない、採用云々は東京電力の手続きを経てから、波源モデルがないので計算は不可能」等と反論した。
そしてこの証言には信頼性も欠けていることを第四回及び二二回公判における証言は示している。
第四回公判では、東電設計(東京電力の子会社で津波設計担当)の久保賀也氏が、明治三陸沖の津波は三〇メートルを超える津波でその波源モデルを福島県沖に採用し計算したら一五・七メートル位になるのは当たり前と証言し、第二二回公判では松山昌史氏(電力中央研究所)は「ここが空白なのはデータがないからだけ、最新の知見が変われば、想定も変わる」、「土木学会で延宝房総沖の津波地震の波源モデルを福島県沖に設定することに決まった」と証言した。
さらに一〇月一七日に開かれた三一回公判の場において指定弁護士から福島第一原発への勤務経験を問われた際に同原発が三〇メートルの盤面に建っていると証言した。しかし前記でも示したように、福島第一は確かに地盤は三〇メートルの高さがあるが、同原発の海面からの高度差は、その心臓部、原子炉建屋及びタービン建屋が地盤が一〇メートルしかないのが実態なのである。それは盤面を二〇メートル切り下げた結果として現に存在している。
武藤被告が嘘の証言をしているのは余りにも明らかである。東京地方裁判所担当裁判官は厳正な判決を下さなければならない。また被告証言の検証の為にも指定弁護士の要求=「現場検証を求める要請書」を採用せよ。      (浜中)
(彩流社からブックレット、『東電刑事裁判で明らかになったこと』が発行された。是非購読されたい)

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東電福島事故刑事裁判

いよいよ被告人質問だ

「真実は隠せない」

神奈川 K

 いよいよ福島原発刑事訴訟裁判で元東電幹部の被告人質問が一〇月一六日から始まることになった。一六日は被告人武藤栄元副社長への被告人質問が開始されることになった。
 早朝からの東京地裁前でのミニ集会で刑事訴訟支援団団長の佐藤和良さんは次のように力強く発言した。 「刑事裁判も三〇回目、福島原発事故から七年七カ月になる。東電元幹部三人は業務上過失致死罪で起訴された。いまだに一二万余の被災者が避難を余儀なくされている。生活を奪われ生業を奪われ、自死した人もいる。ドーベル双葉・双葉病院で生活していた人たちは避難の過程で大勢の方がなくなっている」。
 「彼ら三人は『巨大津波は想定外』と無罪を主張しているが今までの証人尋問で一五・七メートルの津波高は予見できたし予測もしていたことがはっきりした。もし良心のかけらでも残っていたなら罪を認めてほしい。事故を起こしたら刑事罰が必要だ。それが汚染水の海洋放出や各地の原発再稼働を止めることにつながる。日本や世界を守るために追及の手を緩めず闘い抜こう」。
 その後ドーベル双葉に入居者の親族を亡くした方といまだに避難を強いられている方の「東電と国は罪を認めなさい」という趣旨の発言があり、みんなで「真実は隠せない」を歌った後、傍聴券抽選に向かった。傍聴希望者は東電関係者も含めおよそ三五〇人だった。

 




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