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    かけはし2018年11月5日号

ストライキは今も最強の武器


労働運動

デジタルエコノミーの時代の決起

伝統的闘争手段の適切さ示す

アントニオ・ナエストレ

 

 今年夏スペインでは、ウーバーと対決するタクシードライバーの大規模な闘争が展開され、政府に一定の対策を余儀なくさせた。以前紹介したアマゾンとの闘い同様、ITを介した物流の新方式やいわゆる「雇用によらない働き方」の問題が次第に明らかになり、世界的に新しい形での闘いが試みられ始めている。労働運動再生に向けた模索の事例として、次面のイタリアでの労働者管理への挑戦と合わせて紹介する。(「かけはし」編集部)


スペインでストライキに決起しているタクシードライバーは、ウーバーに立ち向かう国家の行動を要求中だ。彼らは、デジタルエコノミーにおいてさえ、ストライキを決行する者たちはわれわれのもっとも潜在力を秘めた武器だ、ということを示している。

タクシードライバーが実力行使


八月初頭、バルセロナは交通麻痺に陥らされた。タクシーの終わりの見えない列がこの都市の主要街路を止めたからだ。タクシードライバーたちは、政府がウーバーとキャビファイの広がりを阻止することを求めて、中心部にあるグラン・ビア・デ・レス・コルツ(バルセロナの中心部を貫き、観光旅行客も集まる有名な大通り:訳者)にキャンプを張った。彼らは、これらの会社が頼りにしているいわゆる「VTC認可」を終わりにすることを求めている(VTCとは、運転手付き旅客運送車両を意味する:訳者)。タクシードライバーたちはバルセロナを麻痺させただけではなく、スペインの他のところにいる彼らの仲間たちにも伝染性の影響を与えた。その仲間たちも似たような対策を求めていたのだ。
バルセロナの例に続いて、マドリードでも数千人のタクシードライバーがパセオ・デ・ラ・カステラーナ(首都を貫くもっとも重要な道路の一つ)を塞いだ。彼らの支持を示すために、バスクからもタクシードライバーがバルセロナにやって来た。そして他の町や市でも、この同じ要求を背に、抗議行動、ストライキ、デモが諸々行われた。タクシードライバーのこの決起は、この年のスペインにおける労働者による最大の抗議行動になった。
しかし、これを伝統的な階級的表現における労働者の決起と見ることは難しい。タクシードライバーたちは単純に共通利害をもっているわけではなく、また彼らの全員を労働者階級と描くこともできないだろう。これらの決起に反対するいくつかの勢力はそれらの決起に、競争を弱める目的に基づいて、タクシー雇用主が強要した操業停止、との特徴を与えた。そしていくつかの場合、これは実際に本当のことだった。
タクシードライバーとVTC認可で運行している人々(ウーバーおよびキャビファイのドライバー)の間に起きている紛争を注視した場合、一方を労働者と、他方を「経営者側」と区別することでは間違うことになるだろう。双方の部門とも、搾取される者と搾取する者を含んでいる。たとえば、タクシードライバーの中にはフロテロス(中間搾取層:訳者)もいるのであり、この部分は、ウーバーやキャビファイによって開発されたシステムがやっていることとまさに同じく、彼らの雇い人を搾取する形で、ドライバーを雇い、タクシー認可を売っている。
また、これらのデジタルプラットホームに反対する闘いは、過去への後戻りを求める、単純な一種の打ち壊しとされてもならない。このテクノロジーの巨人による新自由主義的な雇用行為と対決する効力のある抵抗は、デリヴェロやアマゾンといった職場でも見られるように、各部門における特定の諸展開や搾取の条件、さらに十分な実践を重ねた職場の決起の形態、といったものの分析から始まらなければならない。

伝統的搾取関係の全般化と強化


社会学者のジョルジュ・モルノはこの難しさを以下のように説明している。
「闘争は、それが新自由主義に反対しているという理由だけで、それが労働者の決起であることを、あるいは間違いなくよいことであることを、必ずしも意味しない。われわれはそれを住宅部門と対比できると思う。つまり、住宅部門には担保保有者、借家人、地主がいて、彼らは、建物全体を買い取り、その後それらを彼らに貸すためのベンチャーファンドで一緒になるが、タクシー部門にも同じようなところがある。このような状況では、たとえば地主と現にある市場の価格形成との間にはある種の緊張がある」と。
これが彼らの利害関係を良いものにはしないのだ。
タクシードライバーの闘争は、労働者と彼らの雇い主という集団間の闘争ではない。それは、支配的な市場の地位を脅かす新しくかつ勃興中の競合部門と、伝統的な部門の間の対立だ。その既成の諸権利を守ろうとする闘いにおいて、伝統的な部門は、ウーバー・キャビファイモデルの下における不安定な雇用を指し示すが、一方でタクシー部門それ自身における不安定性を無視している。その不安定性とはこれまで誰も闘ってこず、その部門の多くはそこから利益を引き出してきた。マドリードではタクシー部門の認可の一七%は、二つかそれ以上の認可をもつ人々に属している。つまり彼らは、実際にタクシーを運転する他の者を、認可保有者自身よりもはるかに劣悪な労働条件で雇っているのだ。
VTC部門(ウーバー、キャビファイ)では、これが全体の状況になっている。ある調査によれば、スペインには合計およそ一万の認可を保有している二六人の雇用主がいる。ウーバー・キャビファイモデルは、労働者の諸権利を貧しくすることによってのみ機能できるのだ。つまり、時間を汲み尽くすことと哀れを催す賃金が、VTC認可保有者に彼らの労働から最大限の利益を引き出すことを可能にしている。
そのような搾取はタクシー部門にも存在している。しかし自分で認可を保有している八三%ではそのようなことはない。実際これらの後者は、彼らの認可で働く他のドライバーを雇う場合、時々はこの搾取の鎖の一部になることがあり得る。

デリヴェロやアマゾンへの挑戦


新しいデジタルプラットホームが根を下ろすにつれ、各々のサービスを行う労働者の権利は、ますますすり減らされてきた。しかし逆説的だが、これらのプラットホームが、個人主義と最高度の理想としての選択の自由という、新自由主義の精神に訴える中で、それらは事実上、これは褒めそやされているものではまったくない、という認識の集団的な波に火を着けてしまった。われわれは、これらの企業に対する反対の高まり、また現実にこのビジネス類型につながれた労働者にそれらが押しつけている束縛に反対する抗議、を見ることになった。
スペインは、労働条件のこの拘束を外された自由化の作用に苦しんできた者たちによる、抗議の高まりを経験してきた。労働力市場に起きている恐ろしい条件が、労働者が見つける機会のある僅かな仕事を不安定化することを容易にしている。そしてそれは、企業が有利な条件で労働者を見つけることをもよりたやすくしている。
今日の失業率(一五・二八%)は、事実として二〇〇八年以後では最低点にあるが。しかしそれでもそれは今でも、最近まで欧州のどこでも考えられないと思われる水準にあるのだ。新しい仕事の多くは、臨時契約であり、それらはまた、観光業とサービス業の部門に集中している(一つの調査機関によれば全体の八〇%)。一方で若者の失業率は三四・六%に達している。これより高い数字にある唯一のユーロ圏の国はギリシャだ。新たなデジタルプラットホームとまずい名前を付けられた「シェアリングエコノミー」の住人たちに対して、スペインの失業水準は搾取に自由を与えている。
そうしたプラットホームの下での貧困な労働条件に反対して立ち上がった最初の者は、食料の家庭向け指定宅配のデリヴェロで働く自転車やバイクのライダーだった。彼らは去年一二月、この会社に労働者としての彼らの権利を認めさせ、彼らを自営契約者として扱っている偽装行為を止めさせるために、一連のストライキ、抗議行動、さらに法的行為を始めた。
「権利を求めるライダーズ」プラットホームのスポークスパーソンであるオリオル・アルファムブラはたとえばそれを「われわれは自営ではない。われわれはデリヴェロの宅配労働者であり、労働者としてのわれわれの権利を求め続けるだろう」と語る。彼はここでは「ラ・マレア」紙に対し、デリヴェロのライダーは現実には労働者であり、自営とは考えられないと決定しているヴァレンシア労働調査チームによる裁定、に注意を向けているインタビューの中で語っていた。
サン・フェルナンド・デ・ヘナレス(マドリード)のアマゾン物流拠点における労働者によるストライキは、テクノロジーの巨人との対決で使われている伝統的な集団的闘争手法のもう一つの事例だ。この会社の正規労働者(彼らのIDカードの色から「ブルー」と呼ばれる)による三日間ストライキは、年間売り上げの最重要点の一つであるプライムデーで、ジェフ・ベゾスの広大な会社を麻痺させる怖れがあった。期限に定めのない被雇用者のほとんど(いくつかの労組によれば八〇%)はストライキにしたがった。会社は「グリーン」(臨時労働者)に、彼らの契約が更新されなくなるという怖れを利用して、ストライキに合流するなと警告する巨大な圧力をかけた。
しかし、これが臨時労働者のストライキ合流阻止に助けになったとしても、ストライキ全体は、会社の怒りにかられた対応という点を含めて、めざましい成功だった。新しい時代にくつろいでいた現代のデジタル企業は、行動を妨害しようとするスト破りの利用という、経営者の手垢の付いた手法を頼りにせざるを得なかった。エル・コンフィデンシャルによれば、期限に定めのない被雇用者によるストライキの効果を弱める目的で、約三五〇の臨時契約がつくり出された。

技術嫌いでも打ち壊しでもなく


テクノロジー企業やそれらの不安定な雇用条件に反対する運動はしばしば、進歩と新たな技術の進歩に反対する決起だとして責められる。それらは、一九世紀の打ち壊し活動家に比べられる。彼らは、最新式の機械が彼らから仕事を奪うと怖れ、紡織機を打ち壊そうとしたのだった。ジョルジュ・モルノが説明するように、これはこれらの運動に対する一方的で不公正な批判であり、強くイデオロギー的に動機づけられた批判だ。
この種の議論は今日、進歩を欲する者とそれに抵抗する者との間に――近代性と退行性の間に――一つの対照を設けるために利用され続けている。このテクノロジーのテクノロジー――社会的なプロセスとしてではなく、われわれが受け容れるしかない真実として提出される、時には絶対的な神――を求める渇望感は疑いなく、新たなテクノロジーの台頭から出てくるかもしれない社会的な便益には、さしたる注意を払っていない。この変化は、仕事に取られるわれわれの時間を短くする助けとならなければならないが、しかし資本家の支配下でそれは、利潤引き出しの強化に使われている。
結局のところ、真に設定されている課題は、技術的進歩とデジタルエコノミーは単に従業員配置コストの刈り込みを意味してはならない、ということだ。それは、労働者階級をこれまで以上に搾取することを代償に、えり抜かれたエリートに利を与えるだけであってはならない。これらの進歩がつくり出される場合、それらはわれわれすべてに利益を与えなければならない。モルノが説明するように、「真の戦闘は、進歩と退行の間にではなく、民主主義と隷属の間に、貧しい者たちの自由時間と従者としての労働に費やされた時間との間にある」。
デリヴェロからアマゾンあるいはウーバー/キャビファイまで、そうしたテクノロジーの巨人に反対する各々の集団的行動には、それ自身の特殊性がある。しかしそれらの強みと弱点もまた、由緒正しい型を映し出している。
アマゾンのストライキでは、連帯を示している確定契約のない労働者に向けて会社がバリケードを急造する中で、期限に定めのない労働者と臨時労働者の間に分裂が再浮上した。これ自身は、労働者階級にとって安定し十分に防護された仕事を確保することがどれほど重要か、を示した。さらにわれわれは、これまで部門を超える連帯があった、と言うこともできない。たとえばタクシードライバーたちは、アマゾンやデリヴェロのストライキを単一の共有された闘争の一部とは見ていない。彼らは、彼ら自身の部門が確保している市場の取り分を守ろうと決起したにすぎなかった。
しかし、タクシードライバーが強力に示したもの、またスペインの最大都市の主要道路を停止状態に持ち込んだストライキの中で、社会的平和に穴を開けることにより、彼らは彼ら自身の問題を全国的な設定課題にできた、ということだ。彼らはあらためて、その要求を強く主張するためにその利益のために闘うことを欲するどのグループにとっても、ストライキ行動が最良の方法だ、ということを示したのだ。
デジタルエコノミーの時代にあっては、すべてが変化を遂げたように見えるかもしれない。しかし労働者階級の、その状況を改善する伝統的な手段は二〇一八年に、それらが一〇〇年前にそうであったと同じほど適切である。(二〇一八年八月一三日)(ジャコバン誌より)

▼筆者はスペインのジャーナリスト、およびドキュメンタリー作者。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一〇月号)

ブラジル

女性は結束して
ボルソナロに立ち向かう

チェロン・モレッティ


 以下は、ブラジルに極右の大統領が出現するかもしれない、という選挙戦最終盤の緊迫した情勢の中で、この危険に敢然と立ち向かっている女性たちの闘いを伝えている。なお、決選投票では極右候補が勝利した。(「かけはし」編集部)

反極右旗印に草
の根から統一へ
 「危機」はもはや南の諸国の専売特許ではない。しかしそれらはそのどちらの間でも凝集へと形を変えているわけではない。
 われわれは二〇〇七年以来、環境と政治に結びついた、危機の経済的な面を経験し続けてきた。今から後は世界化の程度を無視することはできない。またわれわれは、緊縮の諸政策、国家頂点の権威主義、さらに家父長的暴力とつながった女性の諸権利に対する攻撃の増大も無視できない。政治で代表されることが最低であるものは、女性の利益をはじめとした多数派の共通利害だ。
 政治的代表の分野では、米国の共和党大統領、ドナルド・トランプが、保守主義の前進、および人間性に対する憎悪のあらゆる形態の一表現だ。ブラジルでは、共和国大統領としての自由社会党からのジャイル・ボルソナロの立候補が、レイシスト、マッチョ、そしてホモ排撃政治家のブラジル版だ。トランプは米国の選挙前夜、米国の有権者内部でその否認が五三%に達した。
 ボルソナロは、ブラジルの選挙一週間前に、否認が四六%に達した。事実であることは、トランプとは異なりボルソナロは、選出されるようになるためにはもっと多くの困難を抱えるだろう、ということだ。理由は、われわれの選挙システムにおいては、「より多くの票を得る者も打ち負かすだろう」ということだ。ブラジルのウルトラ右翼の候補者は、何よりも、ソーシャルネットワークの中で自らを大規模に組織するにいたったブラジル女性の怒りを前にしなければならない。九月二九日、「♯ボルソナロと対決する女性たち」運動、あるいは「♯nothim」運動は、ブラジルの諸都市の主な街頭と国の内部で、さらに四つの大陸で呼びかけられた三〇以上のデモに、「♯nothim」「♯neverhim」と叫ぶために四〇〇万人の人々を結集した。

政党や選挙の手
段ではない運動
この候補者による公然とした憎悪の誇示と反PTがたとえ支持者を勝ち取るとしても、他方で、ブラジル人多数(女性、黒人、LGBTs、貧しい者)を敵視する彼のヘイトスピーチを拒否する人々の数もまた数を増し続けている。二〇一三年の巨大な決起以後でわれわれは、民主主義の防衛を求めるこのように大規模な諸々のデモを見たことはなかった。それは、PTのディルマ・ルセフ大統領を打ち倒したクーデターによって強化された、若者と女性の決定的な役割りをテコに、ブラジルの政治的代表性の危機を表現するものだった。
ブラジルの女性は、現在の経済情勢に対する諸要求に結びついた、連帯と政治的理解をはっきり明らかにした。彼女たちは、「♯nothim」のコールに加わる能力をますます高めている、様々な女性グループの支援を特性とする一つの戦線を築き上げた。九月二九日の決起の方式と手法は、操作主義のない、共有された闘争を道具にすることのない、水平性と直接的関与の力、およびファシズムと対決する女性の統一をはっきり示した。
この決起の中で、諸々の社会運動、諸政党、大統領諸候補の立場と軌道の多様性は、それらの旗や色の中に見えるものになっていた。女性たちは、選挙キャンペーンが白熱したその時に、抑圧に反対する彼女たちの闘争を大規模な選挙集会に転換することなく、何百万人というブラジル人を何とか結集できた。われわれのラインは、ボルソナロと彼が表すすべてを追い立てること、としてまとめられた。

ボルソナロ打倒
へ決然と決起を
ボルソナロの支持者は「ボルソナロと対決する女性たち」に対抗して、次の日に宣伝行動を動員しようと試みた。結果ははっきりとした失敗だった。そして、彼のキャンペーンの主な指導者の一人、彼の息子のエドアルド・ボルソナロによる、大量の女性蔑視、ホモ排撃、そして反労働者階級の言明が諸々続いた。「右翼の女性は左翼の女性よりも美しい。彼女たちは通りで胸をさらさないし、抗議の排便もしない」、この二流の人物は子どものようにこう語っている。そして、前日われわれすべてが力強く謳い挙げた「われわれは女性、ファシズムのない、そして恐怖のないブラジルを求める抵抗」に対比させる言明として、「右翼の女性は左翼の女性よりも衛生的」を付け加えるのだ。
九月二九日からくみ取られるべき教訓がいくつかある。すなわち女性は、ブラジルに希望を夢み回復する能力を発展させたのだ。あきらめと憎悪の投票姿勢は、選挙のこの最終盤で、「ボルソナロと対決して統一した女性」のキャンペーンを前にせざるを得ないだろう。つまり、あらゆる迷い、白票、無効票は、どんな者であれボルソナロ以外の候補者の選択、に対する異議になるだろうと。われわれすべての努力は、選挙を前にした世論調査の傾向、すなわち、決選投票ではボルソナロがどんな候補にも負ける、を固めることに絞られている。
一〇月七日、ブラジルの男と女は次期大統領への投票を行わなければならない。新たな全国的な呼びかけが、ブラジル民衆との国際連帯のあらゆる表現と歩を並べて、国を貫く新しい決起を知らせるだろう。それは放送され、決選投票でボルソナロを打ち負かし、女性、先住民衆、同性愛者、黒人、屋根なき人々、土地なき人々、失業者、若者、労働者の命に対する脅威を取り除こうと、人々に訴えるだろう。選挙が投票所にいる女性次第であるのならば、「♯EleNao」「♯Neverhim」と。そして「ボルソナロと対決する女性たち」もまた決選投票に登場するだろう。

▼筆者は、コムナ―PSOL、および第四インターナショナル国際委員会の一員。世界女性行進の活動家でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一〇月号)

 


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