もどる

    かけはし2018年11月5日号

民衆と多様につながる自主管理


イタリア

リマフロー、21世紀の労働者の模範的闘い

ナディア・モンド

 

 リマフローは、ミラノ周辺の没落が続く工業地帯にある、トレッザノ・スル・ナヴィグリオに立地している。「リ」が付く理由は、金属工場のマフローの操業をその最後の所有企業であるBorysew・SAが二〇一二年に移転させた後に、その操業を再開させた者がマフローの元労働者だったからだ(注一)。

闘いの誕生と
展開はいかに


 三三〇人を雇用する自動車部品企業のマフローは、産業グループによる偽装倒産に起因する――そして、特に巨大企業であるBMWからの、仕事や注文不足が原因ではなく――危機に陥った。二年間続いた戦闘的な労組の闘争にもかかわらず、閉鎖に代わる唯一の「解決」は、プラントを新しい契約者、Borysew・SAに安売りで売却することだった。この買い手は政府に、直ちに八〇人の労働者を雇い、見込みのある世界的回復が残りの二五〇人を徐々に再雇用させるだろう、と約束した。しかし二年という期限(合意承認の見返りにプロディ法によって要件とされた最低期間)の翌日、この企業はプラントをポーランドに移転させ始めた。
 それゆえ労働者の小グループが、失業を受動的に受け入れることはしない、会社で残されたもの――職場――を引き受け、自主管理の下に、住民と地域の必要に合う形で新たな生産活動を始める、と決めた。このグループは工場を占拠し、協同組合を作った。
 労働者たちはアルゼンチンの占拠工場群ネットワーク(その時以来リマフローは、それらと協力を続けてきた)を範として、主にリサイクルとエコロジーの分野でさまざまな生産とサービスの活動を編み出してきた。そしてそれらが、所得を生み出し、放棄された職場の中で新たな仕事を生み出すことを可能にした。そこには、蚤の市から電気製品や電子機器の修理まで、人気の売店から自転車修理まで、「リモンセロ」リキュール(イタリア人/移民連帯プロジェクトのSOSロザルノからのレモンを使った)の製造から「開かれた工場」モデルに基づいた誰もが参加できる範囲での文化活動の推進まで、があった。
 地域に開放するというこの政策――市民団体、住民のフェスティバル、労組活動に向けた構内の無料使用、演劇や音楽グループ、情報提供や討論の催し、難民受け容れのための場、南ミラノ農業公園の農民たち、批判的な消費者グループ、またカリタス(カトリック教団と結びついた慈善活動の国際NGO、カリタスはラテン語で愛を意味する:訳者)との関係――はここまで、地方行政による攻撃や、所有者のウニクレディット銀行による建物接収のもくろみに抵抗することを可能にしてきた。

オルタナティブ
構築めざす挑戦


 労働者自主管理のこの常にはない経験は、雇用を守り、解雇された労働者の所得を生み出すという極めて具体的な必要を基礎に、その始めから反資本主義的かつ環境主義的な闘争の流れの中で起きた。そしてそれは、工場入り口に掲げられたスローガン、すなわちリユース、リサイクル、再流用、所得、債務反乱、革命……、に集約されている(注二)。
 議論されていることはプラントの私的所有権、社会的必要を満たすことにはしたがわず利潤にしたがって経営者により選択される生産のタイプ、環境に対するその有害な性格だ。これは、この工場で二〇年間働いてきた労働者がどうすれば社会と自分たちにとってより良いかを知っている実践の姿で突き出された挑戦、元の所有者に対してだけではなく、銀行に対しても、また全体としてのシステムに対しても向けられた、公然とした挑戦だ。
 それは同時に、何十という閉鎖途上にある企業の労働者や彼らの労組にとっての範例だ。これらの労組は、再雇用される労働者の数を交渉する以外何も思い浮かばないままに、新しい買い手が一つも現れないならばすぐさま闘いを放棄しているのだ。
 基本になっている考えは、もはや危機の中での経営者に対する防衛だけではなく、抵抗の拠点を構築することによる積極性をもって、階級と労組の闘いの概念を広げることだ。そしてそれは同時に、周辺住民と社会的・政治的な現場のネットワークと関係を結んだ連帯と労働者の創造性を基礎とした、経済とオルタナティブな社会の萌芽でもある。
 この意味でリマフローは、食料生産者と他の生産者を関係づけるフオリメルカト(市場外)ネットワークの中心にある。ここでの生産者は、生産力主義の論理、環境に対する破壊的な大量介入、労働者、移民、イタリア人を骨の髄まで搾取する者たちに反対している。
 食料主権の理念を擁護する、持続可能な農業の諸々の実体と批判的な消費者グループのこの結びつきは、リマフローをブラジルの土地なき者の運動(MST)――そのスローガン「占拠、抵抗、そして生産」は先の結合にも共有されている――に、またアンダルシア労働者組合の一部である農業労働者組合(SOC)、および戦闘的な国際的農民ネットワークであるビア・カンペシーナに近づけることになった。なおMSTもSOCもビア・カンペシーナの一部だ。
 闘いの特殊な形態、工場占拠と自主管理操業は、即座に、労働者が取り返した企業の国際的なネットワーク(その次回欧州会合は、二〇一九年春にまさにリフローで開催予定)に組織されて、欧州に加えてラテンアメリカの、さらに世界の残りにある他の自主管理企業との結びつきをつくり出した。
 リマフローの活動は広がってきた。何十人という零細な職人(しばしば職を失った労働者や危機の影響を受けた零細な自営業者)が放棄された地域に住み着いた。そうこうするうちにワークショップCの中で、紙からプラスチックを分離する原型機(それをリマフローも生産を希望している)を導入することで、壁紙リサイクルの実験が始められた。
 約二〇人で構成される協同組合と同じく協会として組織されている職人の間には今や、リマフロー内部で職と所得を見つけ出した人々が一〇〇人以上いる。

諸々の敵相手に
今も続く綱引き


 課題になっていることは、放棄された場と財産(公的財産あるいは私的財産)は、労働者とユーザーの共同体に組織された住民が利用する共有財に変えられ得る、という考えだ。この考え方は明確に、右翼によってだけではなく、中道左派によっても、特にトレッザノ・スル・ナヴィグリオの自治体を統括し、技術上のまた管理上の欠陥をあげつらい、変わることなくリマフローの経済活動を妨害してきた民主党(PD、元のイタリア共産党)によって挑戦を受けている。
 こうしてわれわれは、安全の確保と他の諸方策にしたがうという、また相当な財政的努力を払うことを手段とした協同組合の切望にもかかわらず、蚤の市をプラントの外に移し、高い影響力をもつ文化活動を制限するよう迫られた。
 しかしながら所有者であるウニクレディットとの交渉は進行中だ。それは結論に達することなく何年も続いてきた。そしてリマフローはこの銀行に対し、建物の使用と保全のためにいくつかの提案を行ってきた。
 しかしながら協同組合とそれを支援する戦闘中のネットワークの生き残りは、今もなお綱引きの中にある。

マフィアと同類
と恥ずべき攻撃


 二〇一八年の夏の半ば、七月末、警察がコンピューターと銀行口座の停止、およびワークショップCの即時閉鎖という命令をもって工場にやってきた。一方で協同組合代表でわれわれの同志であるマッシモ・レッティエリが、カラブリア(南イタリア)にある彼の両親の家で逮捕された。彼はそこで休暇を過ごしていた。この逮捕の容疑は、違法な廃棄物取引とマフィアタイプの犯罪的団体という、非道で恥ずべきものだった。その時以来われわれの同志は獄中に置かれ、協同組合は生き残るために闘い続けてきた。
 法的な捜査は、廃棄物の違法取引という容疑をかけられたおよそ一〇の企業と関係している。リマフローはそれらに公正さがない形で関連づけられている。まだ始まっていない裁判は、数カ月続くと見られ、この期間われわれの同志マッシモは獄中にとどめられる。その間協同組合の仕事は大きく妨げられている。
 この情勢は全面的に不公正であり耐え難い。当地でまた国際的に、その双方でこの独特な経験と結合することができてきた人々、協同組合、市民団体のすべてを動員するために、大きな連帯キャンペーンがつくり出されてきた。われわれは、法的防衛の相当な費用に対処し、司法管財人によってつくり出された協同組合口座の不足分を埋めることができるようになる支援を、全面的に必要としている。
 工場の中で九月一五―一六日に大規模な総会が開催された。そこでは数十の運動――カリタスの諸々の社会センター、批判的な消費者グループ、さらに諸労組――が、リマフローの大義に対するそれらの政治的で物質的な支援を明らかにした。国際的な呼びかけが回されていて、よく知られた諸々の運動の代表、知識人、アーチストからすでに何十もの署名を集めている。今後の数週間でイタリアの北から南まで、数十の連帯イニシアチブが組織されるだろう。
 これはわれわれすべてが関係する戦闘だ。
 リマフローは生きるだろう! マッシモ・レッティエリの即時釈放を!
(二〇一八年九月一九日、ミラノ)

▼筆者はイタリア―ベルギーのマルクス主義フェミニスト、ニ・ウナ・ディ・メノ運動の活動家であり、イタリアのコムニナネットワークと第四インターナショナルのメンバー。
(注一)大手ブランド(BMW、フィアット、プジョー、ルノー、スカニア、フォルクスワーゲン、ボルボ)向けに自動車部品を生産するマフローは、一九七三年ムレイの名称の下にミラノに創立され、次いでマヌリ自動車部品SpAと改名、一億四〇〇〇万ユーロで二〇〇四年に投資ファンドに売却された。この投資ファンドの債務はマフローに移された。そしてこの企業が二〇〇七年に債務超過、および法的清算となった。結果としてマフローの資産は、ポーランドの金融グループ、Borysew・SAに八一〇万ユーロで売られ、このグループが諸々のパテントと共にそのプラントを接収した。そこには、イタリア(アスコリとトレッザノ・スル・ナヴィグリオ)、および主にポーランド(三プラント)、フランス、スペイン、ブラジル、メキシコ、中国、インドのプラントがある。ポーランド企業のBorysewは一九九二年に私有化された。それ以来それは大金融グループのBorysew・SAになり、ポーランドでもっとも裕福な一人であるロマン・カルコシクが、一九九九年以来その株式の六四・三一%を保有してきた。カルコシクは彼の富を、破産した企業をただ同然で買い取り、それらを非常な高額で(一括、あるいはバラバラに)売ることで築いた。二〇〇五年以後彼は他のグループからも株式を買い取り、それらを持ち株会社のBorysew・SAに統合した(マフロー含め)。Borysew・SAの純利益は、二〇一七年に四七五四万ユーロに、二〇一八年第一四半期には一二〇〇万ユーロに達した。総売上高の六〇%は、ポーランド外でつくり出されている。ロマン・カルコシクはポーランドで、株式市場操作で有罪判決(告発によれば税制の抜け穴利用)を受けたばかりだ。しかし司法……は、彼を懲罰から免れさせている。
(注二)リマフロー――再生、リユース、リサイクル、再流用、所得、反乱、革命のゆえに「リ」(上記のイタリア語の先頭はすべてriあるいはre:訳者)。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一〇月号)


もどる

Back