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    かけはし2018年11月12日号

「自己責任論」と対決し自由で批判的な報道のために


安田純平さん人質事件をどう考えるか

無知と悪意に満ちたバッシング

市民を守ることこそ政治の責務

佐藤 隆

 内戦下のシリアで二〇一五年に行方不明になったフリージャーナリストの安田純平さんが一〇月二五日午後、無事日本に帰国した。一一月二日には東京千代田区の日本記者クラブで会見が開かれ、当初の予定を大幅に超過した二時間四〇分にわたって、これまでの経過と自身の思いを語った。
 かたや予想通りというべきか。「安田さん生存」の一報が流れると、ネット上には「自己責任論」がわき上がり、バッシングの嵐が吹き荒れた。身代金目的誘拐人質事件の被害者に責任を問うことは、完全に間違っている。「自己責任論」は、厳しく批判されなければならない。

なぜ解放されたのか

 安田純平さんは二〇一五年、取材先のシリアで消息を絶ち、以来三年四カ月に及ぶ拘束生活を生き抜いた。去る一〇月二四日、日本政府が在トルコの日本大使館を通じ、トルコ南部のアンタキヤの入管施設で彼の生存を確認した。
四〇カ月にもおよぶ過酷な人質生活は、想像を絶するというほかはない。いつ殺されるかも分からぬ恐怖と絶望の連続に、安田さんは時に断食や実力行使で抗議したという。
犯行グループは、国際テロ組織アルカイダ系の「シリア解放機構(旧ヌスラ戦線)」とされている。シリア内戦は現在、「アサド政権軍が国土の半分以上を掌握し、軍事的優位を確実にした」(一〇月二五日・東京新聞)と報じられている。反体制派の拠点であるイドリブ県は「最後の砦」と化し、同紙によれば「追い込まれたテロ組織が、勢力維持のために穏健的なイメージをアピールする狙い」(同前)が透けて見えるという。

身代金は払われたか


日本政府は人質解放に向け、身代金を払ったことを一貫して否定しているが、「シリア人権監視団」のアブドルラフマン所長は、「解放のために三〇〇万ドル(約三億三〇〇〇万円)が支払われた」(同前)と東京新聞に明かした。これまで反体制派を支援してきたトルコやカタールが支払ったという説もあるが、確証はない。
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」によれば、世界の紛争地で拘束されている記者は五〇人にも上り、その半数以上が中東地域である。中でもシリアでは二九人が囚われの身となっており最多。依然として消息や安否情報がつかめない外国人記者が多数いるという。(同前)
本人の知見と忍耐、強靭な精神力によって、半ば奇跡的に生還した安田さんを待っていたものは、家族や同業者の温かい祝福だけではなかった。過去にもメディアを席巻した悪しき言説「自己責任論」が、またぞろ復活したのである。
いったい「自己責任論」とは何か。それはいつ始まったのか。起源は二〇〇四年、自民党小泉純一郎政権時代に遡る。

二〇〇四年の人質事件


二〇〇四年四月、イラクでボランティア活動をしていた高遠菜穂子さん、当時高校生だった今井紀明さん、ジャーナリストの郡山総一郎さんが武装勢力に身柄を拘束されるという事件が起きた。「イラク人質事件」である。
誘拐グループは、当時日本がイラクに派兵していた自衛隊について、「七二時間以内に撤退させないと三人を殺害する」との声明を出し、連日新聞が大きく報道。首相官邸前では解放を求めるデモが継続的に闘われた。当時イラクでは、外国籍のボランティアやNGO、企業幹部らの誘拐が多発し、その要求の多くは、本籍を置く政府に対する「自国軍のイラクからの撤退」であった。
首相小泉はあくまで「自衛隊は撤退させない」と言い張り、保守系メディアは「自己責任である」という論調を前面に出し始め、官邸からもそれを肯定する発言が相次いだ。
当時環境大臣だった小池百合子・現東京都知事は、「(三人は)無謀ではないか。一般的に危ないと言われている所にあえて行くのは自分自身の責任の部分が多い」などと発言し、読売新聞は「危険地域、自己責任も 小池環境相」(四月九日夕刊)と見出しを打った。「自己責任」という言葉に限定すると、小池が初めて使ったことになる。
その後、「自己責任という言葉はきついかも知れないが、そういうことも考えて行動しないといけない」(河村建夫文部科学相・当時)、 「どうぞご自由に行ってください。しかし万が一の時には自分で責任を負ってくださいということだ」(中川昭一経済産業相・当時)など、閣僚らが小池の考えに追随するのである。

ネトウヨたちの罵詈雑言


こうした官製発言に後押しされて勢いづいたのか、保守系新聞、ネットや雑誌までもが執拗な被害者バッシングを開始した。三人の自宅には、大量の郵便物が届いた。「『馬鹿』『死ね』『自作自演』『帰ってこなければよかったのに』という非難の手紙はことごとく匿名で、他方、『おかえりなさい』『ありがとう』という応援の手紙は皆、実名が記載されていた」と、当時三人を支えた弁護士の猿田佐世さんは振り返る。
郡山総一郎さんは、「俺はあなたに対していつ、どんな迷惑をかけたのかと、腹立たしくなった。ちなみに直接、面と向かって言われたことは一度もなかった」と証言(一〇月二六日・東京新聞)。自分の名を名乗らず、反論の機会を与えられない被害者に対し、一方的に陰湿な嫌がらせを行う行為は、卑劣というほかはない。厳しく糾弾されるべきであろう。
同年に流行語にもなった「自己責任」論はその後、貧困にあえぐ人々や生活保護受給者にも向けられ、国家が負担すべき福祉政策を容赦なく切り捨てるためのキーワードになった。同類語に「勝ち組、負け組」などがあり、無責任で軽薄な当事者主義が日本社会の分断を促進していった。

自衛隊の撤退を

 そもそも三人は被害者であって加害者ではない。価値判断が逆転している。本来は国家や国民が手厚く保護して元気づけ、苦しみやトラウマを癒すべき対象なのである。しかも遊びや観光旅行で現地を訪れたわけではない。それにしてもなぜ、これほどまでに突き放される事態になってしまったのか。
保守派の評論家・中野剛志は著書の中で、「自己責任論は間違った議論である」と明言し、人質事件当時の状況について書いている。
「メディアに登場した人質の家族たちは、少なくとも事件の前半においては、政府の対応を終始批判し、人質の生命の安全を優先して自衛隊の撤退を訴えていた」。そして人質解放予告が出されたときの声明には「世界中の仲間に対して心からの感謝をささげます」と打ち出した。メッセージで「世界」という言葉を多用し、あえて「国」や「政府」という言葉を避けていたようにも映る。
中野は、事件解決に当たって最初から日本政府を当てにせず、国際的な運動を期待したとも取れる家族らの態度に、日本国内の世論が反発、自己責任論に火がついたのだと分析している。(中野剛志評論集・幻戯書房・二〇一二年)
二〇〇四年当時は、「ベトナム反戦以来最大」と評価された「イラク反戦」運動が盛り上がっていた。自衛隊のイラクからの撤退を求める声は、大きなうねりとなって意識的な市民の間に定着していた時期だった。家族の対応も、そうした運動を背景にしたものと考えられる。

安田さんを擁護し讃える人々


帰国直後の安田さんは、記者会見でまず謝罪と感謝の言葉を口にした。おそらく解放直後から、いや拘束されている間にも、日本国内のバッシングを想定していたのであろう。安田さんは二〇〇四年にもイラクで渡辺修孝さんと武装勢力に拘束されたが、この時はほどなく解放されている。
世界に類例がなく翻訳にも困るほどの「自己責任」だが、安田さんの無事を喜び、歓迎する人も当然メッセージを発した。
「アルピニストの野口健さんは『邦人保護は国にとっての責務。事が起きてしまえば自己責任だからでは片付けられない』、『使命感あふれるジャーナリストや報道カメラマンの存在は社会にとって極めて重要』などと投稿。その上で『このたびの出来事を一つの教訓として次につなげていかなければならないと思う。必要なことは感情的な誹謗(ひぼう)中傷ではなく冷静な分析』と指摘した」(一〇月二七日・毎日新聞)。
「米大リーグ・カブスのダルビッシュ有投手もツイッターに投稿。『自己責任なんて身の回りにあふれているわけで、あなたが文句をいう時もそれは無力さからくる自己責任でしょう。皆、無力さと常に対峙しながら生きるわけで。人類助け合って生きればいいと思います』との考えをつづった」。(同前)
余談だが、今回の安田さんの帰国について産経新聞は意外にも、「危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由のいかんを問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ」などと自己責任論を一蹴した(一〇月二五日・主張)。
しかし前後の文脈を読むと、「安田さんの解放に尽力したとされる『国際テロ情報収集ユニット』は、テロに関連する情報を一元的に集約するため、政府が一五年一二月、外務省に設置した。外務省や防衛省、警察庁、公安調査庁などの職員からなる実動部隊で、将来的には情報機関としての独立も視野に入る」と書き、対テロ新設機関を礼賛。政府の策動を宣伝する提灯持ちで、今回の生還を政治利用しているに過ぎないから注意が必要だ。

真実を伝える準備


フリーランスのジャーナリストとして、危険な地域に入ることはそれなりの覚悟がいる。それでも取材を続けるのは、真実を知りたいという好奇心。それを広く報道する使命感。戦争に反対し平和を希求する願望があるからだろう。大手メディアが自社の記者の安全を優先するなかで、ある程度の危険を冒さなければ知ることのできない事実は多い。戦火に苦しむ現地の人々の報道要請もある。紛争地での場数を踏めば踏むほど、葛藤が続く。
二〇年来の友人でフォトジャーナリストの豊田直巳さんは、かつて私にこう話したことがある。「ぼくらの仕事は、現地の調査や安全確保などの準備が八割。カメラのシャッターを押す時間は、残りの二割に過ぎないんです」。問題解決にあたって、徹底した非暴力を貫く立場の豊田さんの言葉には、ベテランとしてのリアルさがある。
身代金の支払いを否定する日本政府だが、バッシングの内容には安田さんを「プロの人質」だとまで罵り、救出費用の支払いを求める主張も横行している。仮に日本政府が裏で解放交渉を続け、国費として税金を使ったとしても、その額はいったいどれほどなのか。

最高の国際貢献


「防衛省が、米国政府の対外有償軍事援助(FMS)を利用して導入を予定している戦闘機などわずか五種の兵器だけで、その維持整備費が廃棄までの二〇―三〇年間で、二兆七千億円を超えることが同省の試算で分かった」。一一月二日付東京新聞の一面トップ記事である。県民の反対を踏みにじって辺野古新基地を強引に建設する予算。「思いやり」と称して駐留米軍に湯水のごとく充当する予算。その米軍および基地の存在のせいで犯罪や事故に巻き込まれる被害者らのことを考えると、海外の邦人救出のための予算計上は法治国家として当然の措置であり、その額も微々たるものではないのか。
「安田さんがこれまで多くの紛争地の事実を伝え、そのために今回私たちの税金が使われたのであれば、最高の国際貢献ではないか。安田さんのようなジャーナリストの働きで、事実は国際社会に伝えられ、その結果に何人もの命が救われてきた。日本の地位を世界的に高めるために使われた費用であるとすらいえる」と前述の猿田弁護士は言う。まったく同感である。
歴史に名を残す戦場カメラマンの中には、「ひと旗あげて有名になりたい」という動機で戦地に赴く向きが少なからずあった。彼らはジャーナリストというよりも写真家であり、衝撃的な映像を世界に配信し、その道での成功を手にするという野心を抱いた。ベトナム・カンボジアで非業の死を遂げた沢田教一や一ノ瀬泰造もそうだが、没後彼らは尊敬されこそすれ、世論の非難を浴びることはなかった。

複雑化する国際情勢


巨大通信社経由で世界中に配信された写真は、各国で反戦運動を引き起こす作用を果たした。悲惨な光景は日本の街角にもあふれた。だが現在、崇高な志を抱き、自己犠牲を顧みずに働くジャーナリストらを迎える取材環境は、ベトナム戦争当時とは比べものにならないほど複雑化している。
従軍扱いでカメラマンを自国の宣伝に利用した時代は終わった。支配権力は反戦運動を恐れ湾岸戦争以後、フリーランスによる取材は厳しく制限されることになった。当事国に不都合な事実は隠され続け、フェイクニュースが流布され、政府を批判するメディアは締め出されることになった。
日本政府が「危険な地域」と指定するのにも、さしたる根拠はない。テロリストに危害を加えられて面倒な国際問題に発展するのを避ける心理が先に働く。自分とは縁もゆかりもない一民間人の安全を考えての話ではない。権力はそれほど甘くはない。
さらにいえば、その地域が危険かどうかは、日々刻々と変化している。すなわち、現地に入ってからの総合的な情勢判断が重要になる。もちろん大手テレビ局のキャスターも現地の土を踏むことはあるが、十分な計画と安全が確実に保障された上の行動である。
リベラルな言論の中でも、今回の安田さんの「凡ミス」をとがめる声がある。ベテランでもこうなる。それでも非難し断罪されるべきは、彼を誘拐し、人質に取った組織の側である。

格差社会が生み出すもの

 海外でのNGO活動や難民支援活動に対する世間の関心や理解が薄れていることも、取材活動への反感を助長する土壌となる。「日本国民の間に、海外の紛争や危険地の情報が必要という認識が薄いのではないか」と指摘するのは、中東政治学の第一人者である高橋和夫放送大学名誉教授である。「シリア内戦など中東情勢に神経を払う人は限られている。最前線で体を張って情報を取ろうとしている人たちが拘束されたら、国が守るのは当たり前だ」と語る。(一〇月二六日・東京新聞)
格差が広がり、自分の生活に余裕がなくなる現代。底辺で虐げられた者のストレスの矛先は、より弱い立場の者へと向かい、自らは時の権力に迎合し同調することで、虚構の一体感ととりあえずの安心感を得たような錯覚に陥る。「在日韓国朝鮮人が日本社会で法外な特権を得ている」などというデマに、あっさりと取り込まれる隙がある。
深化し拡大するネット社会は、歴史ある大手報道機関をして、世論の大部分が、あたかもネット上で形成されるかのような動機づけに走らせている。
「自己責任論」は、善良な人々を傷つける。軽率で想像力のかけらもない非人道的キャンペーンを、許してはならない。

戦争国家化との対決を

 「安田さんや家族に『反日』や『自己責任』という言葉が浴びせられている状況を見過ごすことができません。安田さんは困難な取材を積み重ねることによって、日本社会や国際社会に一つの判断材料を提供してきたジャーナリストです。今回の安田さんの解放には、民主主義社会の基盤となる『知る権利』を大切にするという価値が詰まっているのです」。これは一〇月二五日、新聞労連が中央執行委員長・南彰氏の署名で発したコメントである。
われわれに求められているのは、ジャーナリストを「英雄」として祀り上げることでも、「迷惑千万」と非難することでもない。戦禍の危険地帯にわたり、そこに住む市井の人々の正しい情報を世界中に発信し、内戦を含む戦闘が一日も早く終わるようにと働き続ける人々の仕事を理解し、できる限りの支援をすることであり、自らもその一助となるような行動を起こすことである。無論それは、保守メディア、御用ジャーナリスト、極右言論人を対象としない。搾取され抑圧された労働者市民のために、その運動との連携や共闘ができるかどうかで試される人材であり集団である。
戦争国家化をめざす安倍政権を徹底的に批判し、あらゆる運動を通じて対決し、自民一強体制を打倒する陣形を構築していこう。(二〇一八年一一月四日)



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