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    かけはし2018年11月12日号

半島危機は大国間緊張の心臓部


朝鮮半島

南北首脳会談と北東アジア情勢

ピエール・ルッセ

 以下は、第四インターナショナルでアジアを長く担当してきたルッセ同志が、朝鮮半島の危機を中心に置いて東アジアの情勢を検討した論評。ロシアや中国と米国間の緊張も折り込んで検討されている。(「かけはし」編集部)

南北両首脳の
主導性明確に


 文在寅と金正恩という国家首脳間で九月一八―二〇日に平壌で開かれた南北サミットは、政治的主導権を保つという彼らの意志を示している。それは、変化の途上にある地政学を背景に行われた。
 朝鮮半島の指導者たちは極めて不安定な情勢の中で、この一年を通して周期的に行動を起こしたことで、巧みに主導性を発揮してきた。しかしロシアと中国もまた、シベリアと日本から離れたオホーツク海での大軍事演習、ヴォストーク(東方)2018をもって、自身を示した。
 勢いを保つように、平壌サミットに対するメディアの報道は高度に政治的だった。両者はかつて以上に、文在寅と金正恩の個人的近さを宣伝したが、それは韓国内にいらだちを生み出す点にまでいたるものだった。その目的は、この地域で行動するあらゆる大国の面前で、朝鮮半島危機という火を噴くような問題について主導権を保つという共通の意志を示すことだった。
 南北間の和解は、厳しい時間表の上で続いている。衝突の危険を引き下げるために、軍事分野での一つの協定が署名された。非武装地帯(DMZ)の歩哨所は一二月までに廃止されるだろう。DMZと海域境界沿いには緩衝地帯が設けられるだろう。板門店の「共同安全地帯」からは一〇月までに地雷が撤去されるだろう。北朝鮮にある金剛山の観光旅行施設は活動が再開されるだろう(二〇〇八年に韓国の旅行客が北朝鮮の兵士により射殺された後で、訪問が凍結されていた)。朝鮮戦争(一九五〇―五三年)で別れ別れになった家族の再開は数を増すに違いない。北朝鮮国民に対する人道援助は増加させられるに違いない。経済取引は発展させられ、両国間の鉄道と道路のネットワークも今年末前にはつながれるに違いない。加えて、文在寅と金正恩は、二〇三二年の夏季オリンピック招致を共同で行うという発表を熟慮中だ。
 核の問題では金正恩が、もう一段「前進の小さな一歩」を踏みだし、トンチャンリのミサイル発射基地の閉鎖、さらに米国の「相互主義」という条件(重要な決定)の下でのヨンビョン核施設凍結という約束を公表した。非核化と脱エスカレーションの政策は、全朝鮮半島に関係し、北朝鮮だけのものではない。こうしてボールはドナルド・トランプのコートに打ち返されている。
 それ以前に九月五日、朝鮮民主主義人民共和国創立七〇周年祝賀のパレードでは、平壌がその善意を示していた。つまり、大陸間ミサイルの展示は一つもなく、核兵器に対する言及も完全に消えていた。
 ドナルド・トランプは油断につけ込まれた。彼はマイク・ポンペオ国務長官の平壌訪問を突然取り消し、北朝鮮に関し「ものごとを複雑にしている」と中国を厳しく非難していた。今になって彼は、金正恩の新たにされた約束を歓迎しなければならない。しかしそこには新たな方向性は何もない。つまり大統領の補佐官たちは、地政学的な情勢がさらに複雑化しようとしている中で、北朝鮮に関して互いに酷評し続けている。

資本主義的移行
の深い不確実性


 いくつかの疑問符の中でも、あらゆる予想を危険なものにしているものはもちろん、トランプと米国の外交政策の、しかしまた北朝鮮の展開における不確実性だ。これは、まったくはっきりしているように見える金正恩の目的にではなく、むしろそれらの履行に関係している。
 体制の核能力(弾頭とミサイル)を開発し、国際的な外交的認知に対する何らかの形を得るために相当な努力を払ってきた後で、拡大された消費者志向の社会的エリートの形成と国家部門と折り合わされて大目に見られた市場経済を特徴とする背景の中で、経済開発が諸々の優先の中でも優先される、と宣言された。
 その力学は以前中国で知られたもの、つまり資本主義的移行に類似しているように見える。しかしながら北朝鮮には、その隣国がもつ資産、あるいはヴェトナムがもつ資産ですらない。地方住民の大多数は今なお極度の貧困の下で生きている。それは、産業の近代化に必要な資金を地方の世界から引き抜くことは難しい、と思われるほどのものだ。これらの条件の下では、開放のあかつきには、諸企業が外国企業と、特に中国や韓国の企業と競争することはできないと思われる。 南北サミットでは、文在寅大統領には主な財閥、たとえば現代、三星、LG、SK、の指導者たちが同行した。彼らの観点では、北朝鮮の開放は極めて低廉な労働力の搾取、未開発の天然資源の専有、さらに中国市場への新たな回路の創出を可能にする、と考えられている。しかしながらこれらの見通しは、北朝鮮を経済的に孤立させる国連制裁の継続で依然妨げられている。加えて、文大統領官邸との協力をならいとしている財閥経営は、多くの政治的配慮を考慮に入れなければならないだろう。
 そして、資本主義的移行の衝撃が引き起こす動乱を、体制が危機に入ることなく管理できる、という保証はまったくない。そこには予測不可能な結果が諸々伴われる。

米国を相手に
中ロの再提携


 ロシアと中国は、米国との対決で共に立つつもりだ。そしてそれは北太平洋で明白になった。
 モスクワは九月一一日から同一五日まで、シベリアでヴォストーク2018演習を実行した。これはソ連崩壊以後では最大規模の、また北京との共同による軍事演習だった。報道では、約三〇万人の兵員(公式数字には議論がある)、航空機、ヘリコプター、ドローン一〇〇〇機、戦車、装甲兵員輸送車、自走砲三万六〇〇〇両、さらに艦艇八〇隻が動員された。中国も参加し、兵士三二〇〇人が派遣された。
 作戦のいくつかはオホーツク海の日本沿岸から離れた、朝鮮半島からは彼方のところで行われた。中国とロシアは陸上の境界を北朝鮮と共にし、北朝鮮にもつ彼らの戦略的利益を守るという彼らの約束をあらためて断言している。つまりそれは、東京とワシントンに送られたメッセージだ。
 二〇一五年、習近平は五月にモスクワで行われた軍事パレードに出席し、プーチンは九月に北京で行われたパレードに出席した。その時から関係は正常化され、そこには、躊躇を経てとはいえ、二〇一七年の中国に向けたスホイ35戦闘機売却、二〇一八年のS―400地対空ミサイルシステム関連装備の売却、というロシアの決定が伴われている。
 これは、ワシントンとの緊張で新たなエスカレーションに導いた。トランプは九月二〇日に、中国国防省の武器調達部門に対する制裁を公表した。この後者はもはや、輸出信用状を申請することができなくなり、あるいは、米国人が取引を禁じられている企業のリストに加えられ、米国の金融システムに入ることができないことになるだろう。
 これは、ロシアからの兵器購入を理由にある国が罰を受けた最初の事例のように見える。緊張のエスカレーションではさらに一歩が踏み出されている。貿易戦争が、トランプができればモスクワを追い出したいと思っている、非常に利益の上がる世界兵器市場にまで広がろうとしているように見える。

地政学的大ゲーム
が北東アジアで

 これらの最新のできごとはロシアの兵器販売に関しているとは言え、中国のその同盟者に対する優位は急速に高まりつつある。中国の研究と開発に対する支出を除く軍事予算は、ロシアのそれの四倍も高い。すなわちストックホルム国際平和研究所のデータによれば、二二八二億ドル対五五三億ドルという関係だ。
軍事装備の分野では、中国海軍は戦略潜水艦と核ミサイルを除くすべての分野でロシアより優れている。二〇一〇年以後、それは質と量の双方で劇的に成長を遂げた。それは今や航空母艦を二隻保有し(うち一隻は完全に中国製)、さらに一隻が建造中であり、さらに二隻が計画されている。そして中国は、現在米国が支配している複雑な技術である「カタパルト」の制御能力を獲得できた。
軍艦――駆逐艦、小型駆逐艦――に関する限り、中国は西側の水準に近づこうとしている。昨日までは南シナ海に限られていた中国の海軍力は、今や太平洋に展開中であり、あらゆる海域にその存在を主張しようとしている。そのもっとも弱い点は、戦闘および大規模な機動作戦に付随する共同運用における経験の欠如だ。
北京は、台湾と南シナ海で結晶化した緊張に基づいて、トランプによって朝鮮半島と日本の間の海域から軍事的に追い出された。しかし北京は今や、ロシアのシベリアに依拠し、韓国という南京錠を迂回することで、この地域で主導権を発揮できている。
日本の安倍晋三首相は、この地政学の大ゲームで周辺に置かれたままだ。ロシアと中国は、オホーツク海で海軍演習を行うことで彼の面目を潰した。米国は、その要求を気にかけていない。「北朝鮮の脅威」は彼の軍国主義的かつウルトラ民族主義的政策を正当化するために利用されたが、金はもはやこの群島にミサイルを向けようとはしていない!
朝鮮半島の危機は一連の大国間緊張の心臓部にある。これまでと同じく、この危機を平壌とワシントン間の顔をつきあわせた会談に切り縮めることはできない。それは、中・米、露・米、中・日、韓・日の対立が結晶する点の一つだ。そして後者には、現在に根をもち、しかしまたそこには決して終わることのない過去(日本の植民地化と侵略、そして冷戦の遺産)もある。(二〇一八年九月二五日)(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一〇月号)   

コラム

落花生の味

 昔の同僚との飲み会で盛り上がるのは「昔話」と「あいつ何してる?」という「安否確認」の話だ。職場にいたころはあまり気にしなかったことがいろいろ気になる「お年頃」なのかもしれない。以前は、なんだかんだと時間に追いまくられるなかで「退職したら悠々自適」がそれぞれのダントツと言うべき「願望」だったがそれはとうに昔話になっている。
 ソフト関係が得意だった同僚が「畑を借りて家庭菜園を作っている。自分家で食べる分はとれるし、次はあれ作ろう、これ作ろうと結構ハマッっている」「今年は落花生を植えた。取り立てを塩ゆでするとビールが上手い」という話が出た。落花生を茹でて食べた経験などほとんどない面々。「よし!塩茹で落花生を肴に酒を飲もう」と満場一致で決定し次の飲み会は「塩茹で落花生試食会」となった。理由は何であれ「集まって飲む」ことが決まればそれでいいのだ!
 郷土では「チヂマメ」と言っていた。「土豆(つちまめ)」が訛って「チヂマメ」となったようだ。就職したころ文房具屋にいって帳面(ノート)を買ってレジで「なんぼ?」と言ったら若い店員が顔を見合わせている。あれ!と思いもう一回「なんぼ?」と言ったら漸くして「〇〇円」ですと。帰りがてら振りかえったら二人で笑っていた。ショックだった。
 三里塚連帯の運動が拡がり当時の「青年労働者」を中心に空港公団が強奪・収用した用地を「人民耕作地」として耕し落花生を作ったことを思い出す。「人民耕作地○○反戦」という仰々しい看板を立て、反対同盟の農家の人から教えを請い鍬を振るった(と文章にすれば、北総大地に熱き闘いの鍬を振るう青年労働者……と思い巡らすだろうが残念ながら全くイメージと異なる)。「人民耕作地」の看板前でポーズを取り写ったその姿は「何処かの野郎子(ヤロッコ)達!」がぴったりする印象なのだ。
 長い事、落花生は「さつまいも」のように成長すると思っていた。落花生は花芯が成長し地面に伸びて根を張り地中に落花生を育てると聞いたとき全くイメージが沸かなかった。
 そんなこんなで収穫後に煎った落花生がいっぱい入った大きな袋が三里塚から届き、袋の中から香ばしい匂いが拡がるなか味を堪能した(うまい!の一声)。「三里塚連帯の落花生」と命名され小分けされ袋詰めにし、三里塚支援連帯を訴えながら現場の労働者の手に届け、青年労働者が育てた「不揃いの落花生」は大きな使命を担っていった。支援行動のなかで多くの経験を積み反対同盟農民の方々と交流を深める中で私たちは成長していった。
 被災地の子どもが「龍はどこにすんでいますか?」と問いかけた。「龍は一人一人の心の中にいます」と答えていた。東日本大震災、東電福島第一原発事故のなかで被災地は混乱と悲しみに覆われていた二〇一一年一一月のブータン国王夫妻が福島県相馬市の小学校訪問時の話だ。活き活きとした眼で「龍の話」に聞き入る子どもたちの姿がテレビに映し出されホットした思い出がある。多くの年月をかけ経験を積み重ねて来たが、心の中に住むという私の龍(人格)は強く大きく育ったのだろうか? 多分「まだまだまだまだ……甘い!」と応えてくるのだろう。     (朝田) 



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