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    かけはし2018年11月19日号

「天皇代替わり」とどう闘うか


天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)に聞く

「昭和代替わり」との「違い」と「連続」を
見据え天皇制国民統合との対決へ


 二〇一六年八月の天皇明仁による「生前退位」放送から二年以上が経過した。いよいよ二〇一九年には天皇明仁の退位・新天皇の即位という一連の「代替わり」儀式の本番を迎える。この天皇「代替わり」のイベントとどう闘い、何を訴えていくかという課題は、安倍政権が進める憲法改悪を阻止する運動ともつながっている。反天皇制運動連絡会の天野恵一さんに、今回の「生前代替わり儀式」とどう闘うかについてインタビューした。(本紙編集部)


 ――これまで二〇一六年八月の天皇の生前退位放送の後に天野さんにインタビューをお願いし(本紙2016年8月29日号)、それから昨年七月、退位特例法制定の後にもインタビューをお願いしました(本紙2017年7月17日号)。
 天皇の代替わり儀式やキャンペーンがどういう意味を持っているのか、これまでの「昭和」の天皇制の代替わりに比べて、どのように違った形で「平成の代替わり」が演出されてきたのかについて紹介していただき、私たちの側も「天皇代替わり」に反対する運動を積み重ねてきたわけですが、いよいよ来年の四月から五月にかけて代替わり儀式が始まり、一〇月、一一月には大嘗祭儀式が行われ、さらに読売新聞(一〇月一〇日夕刊)の1面トップ記事では「立皇嗣の令」なるものが二〇二〇年四月です。東京五輪の年までこの「代替わりイベント」が続く、ということになっています。
 今の状況の中で、私たちは天皇代替わりに異議を提起する運動をすでに始めているのですが、今度の「代替わり」の、これまでとの大きな違いは、「生前退位」です。その違いをふくめて天野さんの問題意識を話してください。

「昭和代替わり」との
対比――連続と変化


 生きている天皇自身の希望で「代替わり」が始まり、法律を作らせるという、これまでの象徴天皇制の前提ではありえないことを天皇がやって、それへの反発をふくめながらも安倍政権の側は、天皇の意向を受け止め、法律まで作って対応する。近代天皇制の「代替わり」で言えば戦後憲法下の二回目の「代替わり」になりますが、そこが大きな違いであることは確かです。
 しかし、いま紹介された読売新聞の記事(「立皇嗣の令」)を見ていくと、これまでと「全く違う」と「全く同じ」の両面が出ています。「天皇教の神道儀礼」が表に出てこざるを得ないということでいえば、これからの闘争を考える時、僕たちはそこの「全く同じ」から見ていったほうがいい。
 この局面でまず考えたのは、「昭和Xデー」の時に何を発見したのか、という問題ですね。裏返して言えば「何に無知だったのか」を自覚する局面だったということですね。
 こんなに多くの皇室神道の体系があって、そのおどろおどろしい神道の体系を抱えて、戦後も天皇一族が存在してきた。特に「穀物豊穣」を祈る「新嘗祭」が、「代替わり」の時にはそれに不可欠な儀式として「大嘗祭」になることなども含めて、「神様になる儀式」の体系であるわけです。
 私たちは戦後憲法下で生きてきたことにより「象徴天皇制」は政治的な存在ではない、と見てきたことが、大きな間違いだと気づいた。「非政治的」と言われてきたことの中にある独特の政治的機能、国民統合=ナショナリズムの政治装置としてのイデオロギー的な国家統合機能を自覚していくことになるのですが、宗教的権力というか、儀礼にまみれた宗教的な存在としての天皇、皇室神道の体系に支えられた「現人神」の一族として天皇が存在せざるを得ないことの政治的意味は、あまり深く考えてこなかった。
 「紀元節」に反対してきたし、天皇制の裏側におどろおどろしい天皇教的観念と儀式が張り付いていることは分かっていなかったわけではないけれども、深く認識していなかった。
 戦前の天皇制はともかく、戦後はそういう点で天皇制を問題にする人は少なかったし、宗教儀式との関係で天皇制を考える人も少なかった。私たちも、そういう認識をする必要はないと考えてきた。むしろ戦前との関係で現在の天皇制を考える認識は間違いではないか、という考えもあった。それは半分正しかったけれども半分は間違いだった。あなたもたぶんそう考えている、と思います。
 「高御座(たかみくら)」などというものがあって、そこに座って、服属する人々に上からものをいう儀式だし、大嘗祭はもちろん「神格性」を獲得する儀式です。それはやらざるをえないものであった。私たちはみな「Xデー」との闘いを準備しながら、「これ何?」と考えた。その問題が今回もまた起きている。昭和天皇の時と違って、死んだ天皇への儀式は省略されるが即位の儀式は、全部やらざるをえない。
 新しい天皇は、これから本当の「神」になっていくわけで、そういうものを抱えてきた「天皇制国家」とはいったい何なんだという問いかけにぶつかった。私にとって象徴天皇制についての発見は二段階でした。一つは、メディアによる天皇への「賛美漬け」。つまり国家を神聖化して、権力者はありがたいものである、というナショナリズムの装置であるだけでなく、天皇が、神様の一族としてのアイデンティティーを持っていて、それが事実上の国家儀式として組み込まれている。皇室祭祀があってそれは日常的に「宮中三殿」の中でやられている。
 そうした中で、特定の場所で稲を作らせ、持っていかせる、といった宗教的観念に基づいたシステムがあり、それが再生・復活して繰り返される、そうした問題に気付かされた。その問題とどう闘うか、ということもありました。

日本キリスト教団の
人びとから学んだこと


 この問題で非常に良かったのは、小田原紀雄さんたちを媒介にして日本キリスト教団の人たちといっしょに闘えたことです。その問題に気付いたときに、僕たちが「にわか勉強」をするには「日本キリスト教団」は一番いい場所だった。小田原さんを通して戸村政博さんに世話になりました。天皇代替わり情報センターを通じて、戸村さんとのつながりもできました。小田原さんは桑原重夫さんたちのグループで、あらっぽく言えば「教団内新左翼系」でしたが、戸村さんは少し違います。
 戸村さんと最初に接点を持った時は実は違和感があった。彼が書いた、非常に膨大な神道儀式について細かく分析した本が何冊かありました。たとえば『天皇制国家と神話』(日本基督教団出版局)。
 戸村さんとの討論の中で、僕が皮肉っぽいことを言わざるをえなかったのは、彼の話を聞いていると「全国民が神道儀礼に服従する」というニュアンスに取れる。しかし、人びとはそんな認識を持たずに生きているし、メディアを通じて人々が受け止めているのは、伝統とか平和のイメージであって、戸村さんが指摘しているような細かいことを認識する人はいない。そういうイデオロギー的中身を全部露出させているわけでもない。国家がそういうイデオロギー的中身で日常的に支配しているわけでもない。そうした天皇制の理解の仕方は違うのではないか。戦後の象徴天皇制はそういうことで支配するものではない。それは支配のあり方としては後景に退き裏側でやってきたものであって、戦後のあり方は違うんじゃないか、という気持ちがあったんです。
 こういう戸村さんに対する考え方は、教団内で言うと桑原重夫さんや小田原紀雄さんの考え方と同じです。戸村さんは社会党や共産党とのつきあいが当然あって「政教分離」を中心とした靖国訴訟を護憲派としてやっていたわけです。「皇室神道」的なものを露出させることに対して政教分離を軸に違憲訴訟をやってきた。桑原さんや小田原さんたちの方は「国民国家の支配装置」としての天皇制、「国家の共同性」の縛りとしての天皇制が問題であって、憲法二〇条をテコに「政教分離」だけ問題にするのはおかしいという感度を持っていた。
 「政教分離派」にとっては大嘗祭だけが主要に問題になるわけです。露骨に「神になる」儀式ですから。他の一連の即位儀式については神がかっていないのか、と言えば、みんな天皇教の儀礼ですから、問題は大嘗祭だけじゃない。大嘗祭だけに特化する思考が出てくることに対して対立があって、僕たちは多分、桑原さんや小田原さんのラインで問題を考えていた。

「皇室祭祀」と「神」に
なるための儀式


 ただ僕が戸村さんとの付き合いを深めていく過程で、戸村さんの本を読んで教えられたのは、天皇一族や支配者の一傾向の中に、どこか「神様」の意識があるわけです。新嘗祭や大嘗祭を通じて、アマテラスから始まる代々の天皇に一体化して神になるというわけですから。日常的に皇室祭祀をやっているということは、彼らがそういう理念を生きていることだということを忘れてはならない。
 戸村さん自身、いっしょに情報センターをやる中で変わってくる。その現われが『対論:象徴と儀礼』(軌跡社刊)という戸村さんと桑原重夫さんとの共著です。これは実に面白い本で、この中で「政教分離」派でやってきた戸村さんと、「反天皇制」の小田原さんたちが合流して一緒に闘うようになった根拠がはっきりわかる。対論が二つ入っていて、一本目は教団の中での歴史的対立がどこにあったかを小田原さんが司会をして解き明かしてくれた。二つ目が教団の中での「政教分離」など理論問題の整理です。
 その中で教団にとって一番大きなことは、反靖国闘争を政教分離でやってきた戸村さんたちのグループと、小田原さんたちのグループが合流したことです。面白かったのは桑原さんもドイツの例を出して、お金の問題を含め国家が厳密に宗教に関わらないということではないわけです。そういう意味で、厳密な「政教分離」はむしろ独特の形を取った日本や、フランスなどに限られている。
 そうした論議をすることで、一連の天皇儀礼全体の持つ宗教的政治性をスポイルするのはまずいということを桑原さんは言っているのですが、さまざまある代替わり儀式の中で大嘗祭だけを問題にするのは安易な「政教分離」派であって、ところが戸村さんのような厳密な「政教分離」派でいえば、ありとあらゆる即位儀礼は「天皇教」の儀礼である。そのことは戸村さんの豊富な知識でいくらでも論証できるわけです。彼はそれをやりぬいている。それを通して「同じ土俵」に乗ることになった。
 「国家共同体」論をベースにしたナショナリズム批判と、「天皇教」そのものの内在的批判を同じ土俵で論じざるを得ないところに戸村さんはたどり着いているわけです。そのことを僕はその本の対談で司会をやりながら確認することができました。桑原さんが「戸村さんがそういうことを言うかね」と発言するという象徴的なやりとりもありました。左翼のイデオロギーでやってきた人間にとっては桑原さん的な言い方でいければ、彼らとのつきあいは「楽ちん」だったのだけど、戸村さん的な人とも知り合えたことはすごく良かったと思います。
 もちろん二〇条問題(政教分離)だけで論じるわけにはいかない。憲法の第1章(天皇条項)と二〇条は矛盾しちゃっているわけですよね。戸村さんはその問題に強く気が付いてしまっているわけです。憲法が矛盾した体系の中にあるわけだから、その時には単純な「護憲派」ではいけない戸村さんたちになっちゃっている。そういう合流点があったのだ、と思うんです。これは大切な問題です。僕たちがその局面をキリスト者でもないのに共有できたことは、天皇制の見方としても、すごくいい体験だったと思います。これは今の局面でも考えなければならない大きな問題ですね。
 明仁を「護憲天皇・平和天皇」として持ち上げる人たちもいますが、次の天皇である浩宮が神格を獲得する儀式まで含めて、また退位儀礼を含めて、「万世一系」の天皇を神とする儀式自身の持つ意味がある。いまここで、明仁に「万歳」を言っている人は何を考えてモノを言っているのか、と思わざるを得ない。
 だから、僕たちは戸村さんたちと共有した原則的な視点をおさえて、今の局面の中で考えていかなければならない。この問題を今、一番論議し、突き出していかなければならないと思います。
 もう一つ戸村さんは『天皇の代替わりと私たち』(1988年3月刊 日本基督教団出版)という、歴史学者の土肥昭夫さんとの共著の中で面白いことを言っているので紹介します。
 前書きに戸村さんが書いている文章で、「大葬と諒闇(りょうあん)」、すなわち「大葬と即位」の過程の中で「暗さ」と「明るさ」が交互に繰り返されるわけですが、今回はほとんど祝祭です。この祝祭の裏に、どのような神道儀式があるのかをとことん暴いていかなければならない。
 権力による「祝祭管理」の中で、これとどう対決するかが問われています。
 戸村さんは「祝祭と危機はコインの裏表」と語り、「祝祭は民衆の危機」というなかなか素敵な文章を書いています。特に今回、このことを考えた方がいいと思うのは、「祝祭」とどう闘っていくのか、ということですね。今回はほとんど「祝祭」が前面に出てくる。「お祭」の裏側に天皇教の神道儀礼があるというありかたを、とことん暴いていかなければと思います。
 戸村さんのような人がいなくなって非常に不安なのですが、彼も膨大な量のものを書き残してくれているのでとにかく勉強しなければならない。こういうテーマを、どのような土俵で問題にしていくかは、これからの課題です。

安倍改憲政治vs「護憲」
リベラル天皇制なのか

 「今の天皇は『平和天皇でリベラル天皇』で大好きだ」、という言説に振り回されて、これと闘うというイヤな状況ですが、季刊「ピープルズ・プラン」誌81号は「象徴『天皇陛下』万歳の〈反安倍(リベラル)〉でいいのか」という特集を組みました。なかなか好評で、よく売れているそうです。
 先日、反元号署名などでつながっている人たちを含めて合宿をやったのですが、状況認識については、皆、危機感をもっています。
ここに島薗進さん(宗教学者。東大名誉教授、上智大特任教授。近著に片山杜秀との対談本「近代天皇論―『神聖』か『象徴』か」集英社新書 2017年)への批判があります(『ピープルズ・プラン』81号、北野誉「<島薗進批判>『神聖』か『象徴』か、いかなる『国家神道』か」)。
 島薗さんは明仁天皇に忠誠を表明した人の中心になっていくわけですよ。彼は宗教学者の中心になっている人ですから、ものすごく矛盾したことになっていく。明仁は神道主義とは関係ない天皇になっているという言い方と、皇室神道があるかぎりそうはならないという言い方があり、後者の方が正しいと思いますが、島薗は「明仁は国家神道と闘っている」と受けとれるような言い方をしています。彼は「安倍と対峙し、神聖天皇制ではなく象徴天皇制を守っている」という形で明仁を擁護し続けている。
 八月二五日の毎日新聞に出ていることですが、前回の即位儀礼では大嘗祭のための祭殿建設一四億円を含めて総額二二億円もの予算を使ったが、今回は内廷費(今年の内廷費は三億二四〇〇万円)、つまり天皇家のポケットマネーの枠内でやれと秋篠宮が言ったことを取り上げて、政教分離でやるようにすることと予算を削れ、と彼も言っているのですが、そこでは戦後憲法を擁護し、国民の生活を考える「ありがたい天皇」の二つのイメージが出されている。
 問題なのは、誰が秋篠宮に言わせているかということです。それは天皇家の意思と読んだ方がいい。実におかしな記事で、「本紙の記者が取材して、秋篠宮がそのように言っている、と聞いた。そこで宮内庁に正式に問い合わせたらノーコメント、そんなことは知らないと言われた」とも書いている。
 普通、ニュースソースが否定したらニュースにしないでしょ。この出方自体が異様でしょ。秋篠宮自身も次の皇太子(皇嗣)として生前退位にかかわっているし、美智子もかんでいる。これはやはり天皇家の意思として読んだ方がいい。完全な情報操作ですよね。窓口が秋篠宮だったかもしれないけれどもね。その辺は、新聞記者ルートで少し聞けましたが。
 この記事をていねいに読むと、天皇家のリークでなされていることが見えてくる。そういう操作があり、神様の儀式を延々とやり続ける人たちが中心になって退位があり、即位があるという構造全体が持っている意味は、政教分離の破壊ですね。天皇家の財産は、宮中三殿をふくめて国の財産で、国が貸し与えている建前になっている。巨額の皇室財産は解体された――内廷費だって税金なんだから同じだけど――ことになっている。しかしそうした国家の管理物の中に天皇家の宗教施設が含まれ、そこで宗教儀礼をやり続けていた。初めから政教分離を破壊するように天皇家は存在しちゃっている。その存在を、憲法の一章があるからということで全部肯定してきた文脈がある。
 僕たちが憲法を読み直せば、原理的には全く矛盾している。憲法の中に対立的な存在を放り込んでいるから、どっちを取るのかを決めるしかないと思うんです。
 そういうふうに解釈しないで、共産党は「護憲の党」として象徴天皇制を認めているのだから、「政教分離」に反しないような儀礼にすればいい、という主張になっている。そうなれば私たちも参加します、ということです。
 つまり天皇条項をふくめて現憲法をすべて認めることになった。その憲法解釈は渡辺治さんなんかも認めているようだ。渡辺さんは、かつてはそれを「原理矛盾」としていたのですが、今は共産党の立場に立って解釈を変えてしまったようだ。ちょっと悲しいことですけど。

「代替わり」翼賛状況
に抗する民衆の闘い


 共産党自体がそうなってしまって、「朝日」から「読売」まで「政教分離」という理念は全否定しない。その上で天皇儀式は肯定する。あまり「神がかって」いるように見えさせない、という要求だけです。そんな話でいいわけない、ということを前回よりももっと大胆に運動として出すことが必要です。
 訴訟をやっている人たちを含めて、前回の二〇条を中心に据えた大嘗祭違憲訴訟の時よりもすでに憲法が破壊されている現実を前にした運動を組まなければいけない、と言っています。それは神権天皇主義者を象徴天皇主義で叩くという論理の前提のなさを明確に暴き、戦後憲法自体のおかしさ批判の旗幟を鮮明にして明確に暴いていくことが必要だと思う。
 先に紹介した島薗進などは秋篠宮の意見について「皇嗣となる方の意見として歓迎したい。大嘗祭に国費を使うことは憲法二〇条に抵触する恐れがあり、本来好ましくない。多様な意見を慎重に踏まえた皇位継承儀式を」と言っています。つまり「皇位継承儀式をうまくやってくれ」と言っているわけです。それが「政教分離」派の今日的姿です。
戸村さんたちに、「下手をするとそうなるんじゃないか」と牽制球を投げたら、全然逆だった。神道儀式の問題にこだわることによって「政教分離」が原理的に成り立っていないと主張することに、ちゃんと向き合って一緒にやれた。この経験をちゃんと踏まえるべきだということが、私の方からの今回の「代替わり」への提案です。
 現下の問題をその土俵で共有して一緒にやることです。キリスト教の人たちだけじゃないですけど、宗教者の人たちと私たちの関係をもう一度丁寧に組み直してどうするかを考えて、いっしょにやっていくチャンスだと思います。
 「九条の会」などでも、疑問を持つ人たちがいっぱいいて、これは分かりやすい話だと思います。これは「天皇教の神道儀式だ」ということで。その問題をふくめて象徴天皇制とは何だったのかということを、つまり神権天皇制から象徴天皇制に変わった、ということでは全くないという実態を訴えるチャンスだと思います。私たちは前の「Xデー」の時には、そのことをよく分からないまま取り組み、かなり分かるようになってきた。今回は初めから分かっているのだから、きちんと再学習して自分たちの理論を再整理してやっていきたい。戸村さんや桑原さんの主張、小田原さんの遺稿などもていねいに読み直したいと思います。どういうことだったのかを、あの時代の体験を再整理しながら、現在の状況にぶつかっていくことが必要だと思います。

日本近代史全体と
天皇制を問う課題

 ついでですから共産党との関係でいうと、渡辺治さんの意見について前の文章を読み直しました。かつての渡辺さんの分析について青木書店で出た本、『戦後政治史の中の天皇制』、『日本の大国化とネオナショナリズムの形態』の二冊を読み直したのです。以前の渡辺さんのシャープな分析からどこで軸がずれているかを調べたのですが、この時代の共産党はXデー状況とはよく闘っているんだよね。
共産党は戦前の記憶を持っていて、天皇制による弾圧の記憶が完全によみがえり、「即位儀式」に出ていこうという話ではなく、「自粛」の大騒ぎの時の「記帳」など、私たちの「追悼拒否」と「喪章拒否」と同じように「追悼拒否」も共産党の基本方針だった。地方議会でも国会でも昭和天皇の戦争責任を明らかにして「追悼」を拒否し、どんどん処分されていたわけです。そういうプロセスについても書かれています。
その時、日本社会党は処分する側に回っているわけです。ぼくらはその時、土井たか子委員長が記帳に行ったことに対して社会党や土井委員長に抗議したのを覚えていますが、社会党は共産党議員の処分に賛成してしまっている。
公明党が自民党と本格的に組みだしたのは、このXデーが契機だったようですね。そういう状況が渡辺さんの著書の中でも整理されていて、今日の渡辺さんをふくむ共産党の信じられない「ていたらく」と比べれば、大きく違っています。
「九条の会」の人びとの中にはその記憶が残っている人がいるだろうし、そうした批判的文脈で考えている人はいっぱいいると思います。
共産党だけでなく、当時の社会党の中にもそうした記憶を持つ人はいっぱいいるわけだから、そういう人たちとの接点を作れるような関係を作っていくべきだろう。いまはその局面ではないかと思います。共産党の中央は「選挙対策」のための野党共闘路線だけになっているようですが、それを撃ち返していくような運動を作っていきたい。この「天皇儀礼」の拒否という課題を、ギリギリの少数派になっている状況から反撃していくチャンスとして考えていきたい。そういう局面ではないかと思います。
「反安倍感情」に依拠した野党共闘のみに特化しているような運動、その基盤を撃ち返していくような反天皇制運動を作っていきたい。少数派として原則的な運動を作っていくことは何十年も続けてきたことだけど、この局面で逆にとことん追い詰められていることに「自己陶酔」するのではなく、全体的な反安倍闘争に別のロジックで合流していけるような、反安倍の闘いに政治的・倫理的にきっちりしたバックボーンを立てるぐらいの内容を持って、運動を作っていくべきではないかと考えています。
天皇制の宗教儀式が本格的に始まるようなこの局面の中で、そうしたことができないか。
もう少し大風呂敷を広げると、今回見ていて思ったのは、自由民権運動の中でも最後の局面で「おそれながら天朝様に敵対するから加勢しろ」(一八八四年、秩父事件の最終局面で首謀者の井上伝蔵が唱えたとされる)というスローガンがパッと出てくることが話題になるくらい、自由民権運動も大正デモクラシーも天皇制に反対する運動ではなかった。
昭和になってからほぼマルクス主義だけが輸入思想で政治的に正面から天皇制にぶつかった。だから激烈に弾圧されて「転向」問題などが起きた。そういう伝統しかない、と思うんです。その伝統も今、終わっている。だから逆にリベラルについて言えば、たとえば丸山真男は重臣とのつきあいもある新聞記者だった自分の父親との関係の中から「重臣リベラリズム」という評価を下していたように、天皇制を根源的に拒否する論理があったわけではない。その問題が噴き出している。鶴見俊輔なども「重臣リベラリズム」の枠は越えなかった。
そうしたことは近代全体の課題で、多分私たちにできることではないのですが、天皇制の枠組み全体を問題にした思想とか運動について、近代の歴史全体を考えていく必要を感じます。そういう意味で近代の運動史、思想史は書き直さなければならない、と思います。   (10月12日)


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