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    かけはし2018年11月19日号

中東でのキープレイヤーの位置を確立


シリア/ロシア

ロシアの軍事介入から三年

アサド政権徹底防衛を果す中で
地域全体に無視できない力誇示

ジョセフ・ダヘル

 シリア内戦に対するロシアの公然とした軍事介入がアサド政権の立ち直りを大いに助けた、と多方面から論じられている。ロシアはまさに、民主主義と社会的公正を求めたシリア民衆の熱望を残酷に潰した、ジハーディストと並ぶシリア民衆への抑圧者となった。しかし日本では、このロシアの介入の実態を伝える情報は非常に限られている。以下はその推移も含めてさまざまな事実を伝え、ロシアの関心がどこに向けられているか、を論じている。(「かけはし」編集部)
 九月三〇日――三年前のその時シリアへのロシアの軍事介入が最初に始まった――前夜が近づく中で、ロシアの影響力が当地でも国際的にも、特にさまざまな衝突抑制地帯、アスタナ和平プロセス、さらにもっとも近いところではイドリブ県での武装解除地帯を通して高まり続けている、ということが今語られている。
 シリアの事例は、モスクワが冷戦終結後にその国境の外で大規模な軍事作戦を発動した最初のものだった。ロシア空軍力と地上でのイラン民兵から支援を受けて、シリア政権は、武装反対派の諸拠点を取り返し、この国の主要都市すべてに支配を及ぼすことができるにいたった。ロシアは、当初はその同盟国であるシリアを国連安全保障理事会で政治的に、原価での武器取引を通じて経済的に、さらに軍事支援も加えることで支えることによって、潮目をアサド政権に有利に劇的に転換し、紛争の軌跡を変えた。

深いところまで進んだ軍事介入


 ロシアの軍事介入の目的は、アサド政権がさまざまな反政府派に奪われた領域を奪い返すことだった。ロシア国家は、その直接的で大規模な対シリア軍事介入を、特にイスラム国(ISIS、ISIL、ダイッシュ)を敵とする「テロとの戦い」と正当化し、そのように装ったが、しかしロシアは主に、その同盟者のシリア国家の防護――政治的かつ軍事的に――を追求し、あらゆる形態の反政府派を潰そうとした。
 これは、ISISを標的にしたロシアの空爆が比率的にはむしろ低かったことで鮮明にされた。ロシアの空爆は二〇一六年の第1四半期には、その時期の二六%だった。これは第2四半期には二二%に、第3四半期には一七%にまで下がった。何人かの分析家は「ロシアの優先はアサド政権に軍事的支援を与えることにあり、もっともありそうなこととしては、シリア内戦を多党派が絡んだ紛争から、シリア政権対ISのようなジハーディスト集団の二勢力間戦闘へと変えることだ」と主張した。
 ロシアはシリア中に実質的な地上部隊を作り上げた。いくつかの評価は、近代兵器を装備したロシア軍警と提携する数個の私的な傭兵企業――(PMC)―ENOTコルプ、『ワグナー』、モルガン・セキュリティ・グループPMC――を含んで、およそ四〇〇〇の部隊と見積もっている。
 またロシアは、地中海沿岸沖合の海軍艦船と並んでタルトウス海軍基地の安全を確保するために、二〇一六年一〇月、最新のS―300地対空ミサイルシステムも配備した。さらに、シリア沿岸沖合の海軍力を強化するために三隻の戦闘艦艇をも派遣した。
 ロシアの軍事顧問はさらに、アレッポのパレスチナ人クズ旅団やジャベル同胞団民兵といった親政権派民兵との関係を深める中で、シリアアラブ軍(SAA)の兵士を訓練し、それに助言を与えた。
 追加的にロシアは、二〇一六年一一月の「第五分隊」設立では推進力となった――ロシアはこのグループを管理し、それに資金を与えた――。そしてこの部隊は、他のSAA部隊や外国の同盟勢力と並んで展開された。二〇一八年半ばこの部隊は、親政権派徴集兵、政権がつくり出した志願の民兵、ロシア人、さらにロシアとの協定に署名した元反政権派武装分派から構成されていた。

着実に進行する支配の打ち固め

 二〇一五年八月、モスクワとダマスカスは、ロシアがその軍事作戦を発動するために、ラタキア州にフメイミム空軍基地を設立することを認める取引に署名した。一年少し後ロシアは、この戦略的な空軍基地の永続的な支配のために、またシリア政権の求めに応じて空軍力を無期限に展開するために、二〇一六年一〇月にこれらの協定を批准した。この四九年の有効性をもつ協定は、ロシアが空軍基地を維持し、この領域に関する主権を保持、さらにそれを核動力をもつ艦艇を含んで一一隻までの艦艇に適用でき、次の二五年まで協定を延長する選択権を保有することを可能にしている。
ロシアは数カ月後の二〇一七年一月、タルトウス市の海軍センターを通してその軍事的存在を拡大する一つの協定で追い打ちをかけた。それが前ソ連邦とその元衛星諸国の外側にある地中海への直接的進入路をもつ唯一の海軍基地であるからには、それは重要な資産だ。この海軍センターは、長い間求め続けられた目標である、この地域におけるロシアの作戦能力を高めたのだ。
ロシアの軍部は、ロシア軍部隊の全般的増強の只中で、より大きな軍艦を指揮し、輸送艦を運航するために、タルトウスの小規模な施設を拡張した。二〇一五年半ばには、約一七〇〇人の軍事専門家が展開した。それは、二〇一二年までは一握りの軍人と文民の請負業者しかいなかった人員の点で、劇的な増加だった。シリアにおける軍の拡大は、他の数ヵ国における軍事基地設立を含んで、より大きなロシアの拡張の一部だった。
九月はじめのイドリブに対するその後の軍事介入という予想の中で、ロシアは、この紛争の始まり以後では最大の海軍展開をもって、シリア沿岸沖合での軍事的プレゼンスを打ち固めた。ロシア海軍最高司令官によれば、二五隻以上の戦闘艦艇と補給艦、そしてジェット戦闘機と戦略爆撃機を含む約三〇機の航空機が、九月一日から同八日の海軍演習に参加した。
モスクワは九月二四日、SAAにS―300地対空ミサイルシステムを二週間以内に供与する、と公表した。この公表は、SAAがロシア軍機を不注意に打ち落とした一週間後にやって来た。それは、シリア軍施設に対する攻撃を敢行しようとしていたイスラエルのジェット機を狙おうとして起きたことだった。

実戦経験蓄積と兵器の陳列

 二〇一六年末と二〇一七年はじめまでに、ロシア軍警――ロシア国防省管轄で中心的なロシア軍施設の防護と部隊の規律確保を任務とした――が、対立抑制地帯を含むいくつかの地域で共同パトロールを実施するシリア人の仲間を訓練するために、シリアに配置された。
プーチンは個人的にPMCのメンバーを、これらの傭兵企業が法的な枠組みもなしに活動しているにもかかわらず称えた。私的な軍事下請け企業の諸活動は、傭兵集団を禁止しているロシア刑法の一条文で非合法とされていた。しかしながらプーチンは二〇一六年一二月、第五三号法への修正に署名し、これがロシア軍増強のために世界中にロシア人傭兵を展開することを可能にした。これらのPMCに対する合法化は、シリアにおける傭兵使用の程度に関し、ロシアにとってどうなのか、その国内的懸念を高め続けている。
二〇一六年はじめ政権がロシアとイランの軍事的支援を通して諸都市と領土を取り返す中で、プーチンによる言明は、軍がその目標を達成したことを示し、部隊の部分的撤退を求めた。それでもこの当初の撤退という公表は、言葉の上のことでしかないということが分かった。
諸々の報告は、それが撤退ではなく、部隊維持に向けた航空機と兵器の計画的なローテーションであることを示した。一年後、二〇一七年一二月に似たような主張が行われた。それでもその後プーチンは再び、軍は必要である限りとどまるだろう、と言明した。
現在まで、総計六万三〇一二人のロシア軍人がシリアで「実戦経験を積んだ」。モスクワによればその中には、二万五七三八人の上級将校、四三四人の将官、さらに四三四九人の砲兵とロケット部隊の専門家が含まれている。
ロシアはそのシリアへの軍事介入を、「輸出に向けて兵器を陳列する一方法」として利用した。特にSU34戦闘機と巡航ミサイルがその対象だった。ロシア軍の前司令官であり今はロシアの国会議員であるウラジミール・シャマノフの言明によれば、二〇一八年二月までに、モスクワの科学者が開発した二〇〇以上の新兵器が使われてきた。

ロシアがつくり出した政治力学


ロシアは、シリア政権の冷戦時代にまで遡る長期の同盟国だ。紛争の始まり以来のダマスカスに対するモスクワの約束と支援ははっきりしている。ロシアは、アサド政権に制裁や他の懲罰的諸方策を課す国連安全保障理事会決議に連続的に拒否権を行使し、それを阻止した。
モスクワは、シリア政権倒壊の可能性を、それ自身の地域的利害に対する大きな脅威と見なしている。この体制の除去は、米国の地位にその同盟国と並んで活力を与える一方で、地域におけるロシアの影響力を弱める可能性があるだろう。まさにロシアにとっては、芳しくない結果だ。
イドリブ県に非武装地帯をつくり出すというモスクワとアンカラ間の最新版取引は、少なくとも一時的に、政権によるあり得た攻撃を止めた。それはあらためて、この紛争におけるロシアの鍵を握る役割をはっきりさせた。そして同時に、米国によるどのような行動も、実現可能な解決に達するためには、ロシアの利益を考慮に入れる必要がある、ということをはっきりさせている。
この軍事介入はロシアがこの紛争および紛争後の再建において、鍵を握る当事者になることを可能にした。それは、国際的舞台における、ロシアの原理的に新たな軍事的かつ政治的な能力をはっきり示した。(二〇一八年九月二七日、アトランティック・カウンシル)

▼筆者はスイス/シリア人研究者であり活動家。アレッポ出身の彼は、シリアバース党体制に対する確固とした敵対者であり、ウェブサイト、シリア・フリーダム・フォーエヴァーを維持している。このウェブサイトは、世俗的で社会主義のシリア建設に貢献することを目的にしている。彼は最新の著作、『ヒズボラ:~の党の政治経済』の中で、ヒズボラをめぐる思い違いとレバノン社会におけるその役割を厳しく論評している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一〇月号)

米国

キャラバン「危機」

難民を迎え入れよう!

危機は米国自身がつくった

ソリダリティ運営委員会

 米中間選挙でトランプ大統領が徹底的に危機アジリに使った中米からの難民キャラバンについて、米国の社会主義組織であるソリダリティが声明を出している。ここでは特に、中米での難民発生に対する米国の決定的責任が強調されている。(「かけはし」編集部)
 米国国境から何百マイルもある中米の難民については、彼らが米国で難民となる希望を抱いて南部メキシコを苦心して通過している中で、語られるべきことがたくさんある。われわれはここでは、そのもっとも基礎的な事実にだけ触れるだろう。

レイシズムの嘘があふれている


 もちろん、この難民たちが米国に「違法に」潜入するために来ている「侵略勢力」、というのは神話だ。それとはまったく逆に、彼らは正規の入国地に達し、難民申請を行いたい――米国の法と国際法の下で彼らが保持している権利――と願っている。
 違法な国境越えを行い、すぐさま国境警備隊に自首する難民申請者は、トランプ政権が冷笑的にこの合法的な入国地を閉鎖している――何日間かこの難民たちを立ったままに放置し、略奪的ギャングの下に力ずくで戻して(この非道な行為については、「デモクラシー・ナウ」上に、弁護士のジェニファー・ハーブリーへのインタビューがある)――ことを唯一の理由に、これまでそうしてきた。
 また、キャラバンも「合法な」移民もそれとは違うものも、米国にとって何らかの種類の実体的「危機」、というのも神話だ。それはまさに、ドナルド・トランプと右翼メディアから吐き出される奔流のようなレイシズムの嘘の一部だ。他方、民主党の政治家たちはほとんどがこの問題から逃げている。

米国こそが危機をつくり出した

 しかしながら、中米諸国にはまさに実体としての危機が諸々ある。現在の難民キャラバンの最大数がそこから来ているホンジュラスが、その赤裸々な実例だ。人々は、盗賊や性的搾取の商売人の脅威からの保護を求めて、一緒に旅を続けている。両親はその前に、加わるか死ぬかと求めるギャングの一団から逃がすために、彼らの子どもを、同伴者のいない北方への死を招きかねない危険な旅に送り出し続けてきていた。
ホンジュラスの危機は直前に「起きた」というものではなかった。それは、二人のもっとも最近の大統領選候補者、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプによってわれわれの下にもたらされた、ということもできる。
二〇〇九年、選挙で選ばれたホンジュラス大統領、マヌエル・ゼラヤを打倒するクーデターが計画された。その主な理由は、彼の改革政策がこの国の地主階級の寡頭支配層を脅かした、というものだった。そのクーデターは、当時米国務長官であったヒラリー・クリントンから温かくほめあげられ、ホンジュラスを事実上、死の部隊と麻薬王の支配へと押し戻した。その一つの結果が、人権と環境の指導的先住民活動家、ベルタ・カセレス、および他の多数の殺害だった。
二〇一七年、ホンジュラスの民衆は、クーデター大統領のジュアン・オルランド・ヘルナンデスをその職から追い出そうと票を投じた。投票日の夜、票の集計は「凍結」され、それが再開された時、結果は彼を頂点に据えるために「ひっくり返された」。図々しくあからさまな不正だったが、それはトランプのホワイトハウスによって承認され、型どおりに祝いを受けた。ホンジュラスの人々の民衆的熱気が絶望と組織された逃避行に取って代わられたことには、何の不思議もない。
この危機を生み出したのは米国にほかならない。難民を迎え入れよう!(二〇一八年一一月二日)

▼ソリダリティ運営委員会は、米国ソリダリティの常設指導機関。ソリダリティは第四インターナショナルのシンパサイザー組織。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年一一月号)



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