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    かけはし2018年12月10日号

カルロス・ゴーンの罪状は何か?


寄稿

腐敗した資本主義との闘いへ

今こそ労働者階級の反撃を

志馬田 克也

 日産・三菱自動車・ルノーの三社連合の最高経営責任者(会長)として「らつ腕」をふるってきたカルロス・ゴーンが、五〇億円に上る巨額の報酬を隠蔽した金融商品取引法違反で逮捕された。この犯罪の根底にあるものは何か。元総評全金の活動家として日産の闘いにも関ってきた志馬田克也さんの寄稿。(本紙編集部)

日産リバイバル
プランとは?


 カルロス・ゴーン日産自動車会長(当時)が、二〇一八年一一月一九日に金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で東京地検特捜部に逮捕された。日産自動車は一一月二二日の臨時取締役会で、ゴーンおよび共犯として逮捕されたグレッグ・ケリー代表取締役を解任し、代表権を外すことを全会一致で議決した(三菱自動車も一一月二六日の取締役会でゴーン会長を解任した)。本稿を執筆中の一一月末段階でも、明確な事実はこれだけであり、その他の情報は各メディアにおいて錯綜しているものの、真相は霧の中にある。
 しかしカルロス・ゴーンの罪状を糺すならば、彼が前世紀末に日産のCOO(最高執行責任者)に就任して以降の所業をこそ俎上に乗せる(または訴状に載せる)べきであろう。
 一九九九年当時、メインバンクの支援も得られず、債務超過による倒産の危機に瀕していた日産自動車は仏ルノーに救済を求め、ルノーは日産の第三者割当増資やワラント債を引き受けることで約八〇〇〇億円を注入するとともに、当時ルノーの上級副社長であったカルロス・ゴーンをCOOとして送り込んだ。実質的に日産の経営権を握ったゴーンは、すぐさま日産リバイバルプラン(NRP)なる大合理化計画を策定し実行に移していった。その内容は大幅人員削減、一部工場閉鎖、系列下請けの整理、有利子負債の削減などであったが、端的に言えば労働者と関連中小企業に犠牲を転嫁することによる企業延命策であった。

労働運動破壊の
モデルケース


 翻って一九九〇年代という時代を想起するならば、バブル崩壊後の利潤圧縮が多くの企業経営に危機感を醸成していた。ヒト(余剰人員)、モノ(過剰設備)カネ(過大な有利子負債)が三つの過剰などと称されていたが、大手企業では終身雇用や年功賃金による人件費の硬直性が利潤圧縮の元凶として槍玉に上げられた。経済成長の時代にあっては景気循環への対応として、メーカーである大企業は下請けへの発注調整で対応し、下請けは残業時間の増減で雇用を維持しながら繁閑を乗り越えてきた。その後、成長なき定常化経済への構造転換の時代に移行したことに伴い、日経連(当時)は「新時代の『日本的経営』」の中で展開した雇用のポートフォリオを露払いに、非正規雇用の拡大に道を拓き、労働法制の面でも派遣法施行などの規制緩和が相次いだ。一方、九〇年代後半以降、単価引き下げ(買い叩き)などによる中小下請けからの収奪も強化されていった。
 ゴーンのNRPは、こうした大衆収奪型の利潤防衛策を、よりドラスティックに展開したもので、新自由主義的な資本主義の延命という時代の流れに掉さすものには違いなかった。とはいえ、かくも強権的な「再建策」は、まともな労働組合が機能している環境では冒険主義的に過ぎる。
 来日前の一九九七年にルノーのベルギー(ヴィルヴォールデ)工場閉鎖に際して、フランス、スペイン労組の連帯抗議行動を含む「ユーロ・ストライキ」による手痛い反撃を経験したゴーンは、国際労働運動の最も弱い環である日本に注目し、当時欧州で最も効率的とされた英国日産サンダーランド工場への知見とも相まって、日産の経営危機をルノー復活に向けた千載一遇の機会と捉えたに違いない。

収奪型利潤
蓄積構造へ

 日産の業績は二〇〇〇年三月期の連結当期純損失六八四四億円から二〇〇一年三月期には当期純利益三三一一億円と、対前年比一兆円以上の増益というV字回復を実現している。これが多分に帳簿上の操作によるトリックに過ぎないことは、つとに指摘されているところではあるが(注)、資本が理想とする二一世紀の収奪型利潤蓄積構造が確立されたことに違いはなく、二〇〇八年のリーマン・ショック時においても、無慈悲な派遣切りなどにその神髄は遺憾なく発揮されたのである。そのようにして確保された利潤の相当部分は、「持ち分法投資利益」により日産株の四三・四%を保有するルノーに配分され、同社の純利益五一億ユーロの約五割を占めるに至っている。おそらくこうした利益移転の構造が、今回のゴーン逮捕・解任劇のひとつの背景としてあることは想像に難くない。ヴィシー政権下の対ナチ協力企業として戦後接収・国有化されたルノーと軍国主義時代の軍需で財をなした日本産業の末裔たる日産という、血塗られた過去を持つ企業同士の見苦しい抗争である。
ただし事態の本質はそれほど単純ではないように思われる。ゴーンの企業統治は、グローバル経済下の典型的な市場原理主義に基づく収奪の自由を基調とするものだが、一九八〇年代以降国家は、規制緩和や民営化政策により、こうしたグローバル企業の放埓な活動を支援する企業主権国家になり果てた。ところが二〇〇八年のリーマン・ショックは、市場原理主義的な金融資本主義の破綻を世界金融危機として顕在化させた。この資本主義の危機は中央銀行を媒介とした国家が、金融機関に公的資金を大量注入することで当面先送りされた。これが今日に至るまで継続している資本主義市場経済の局面であるが、国家の介入が危機を救済したことから企業主権国家体制は国家主導的資本主義に一時緊急避難したような形勢となっている。

労働者自身の
闘い再建を!


世界金融危機は地球規模に拡散した格差や貧困に対する広範な民衆の怒りを掻き立てたが、アメリカ第一のトランプやフランス第一のマクロンのようなデマゴーグは、メディアやSNSでフェイク情報(デマゴギー)を拡散させながら怒れる民衆の一部を取り込んで、権力を掠め取った者たちである。ルノー(ないしは三社連合)第一のゴーンとフランス第一のマクロンの間に軋轢や矛盾があっても不思議ではない。
一方の安倍自公政権は「種子法廃止」「水道民営化」「入管法改正」などに顕著にみられるような、世界で最も堅固な形で企業主権を支援し続けている政府である。ところがこの企業主権国家が、トランプの国家主導的資本主義に完璧に従属している。
今般のゴーン逮捕事件の真相は、こうした複雑な方程式の中に代入することで解明されねばならないが、いまのところ未知数が多すぎる。確実に言えるのは、格差や貧困の根因が新自由主義的な緊縮政策や規制緩和にあることを自覚した青年や労働者の、新しい社会主義を展望した大衆的な運動の中にこそ、資本主義の終末を象徴する企業主権国家や国家主導資本主義の迷妄を打破する最適解が存在するということだ。
(注)有森隆「カルロス ゴーン『「経営神話の自壊」』月刊現代二〇〇四年九月号 他文献多数

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フランスでの反応は?

ルノー労働者の怒りの声

在パリ Y・K


 カルロス・ゴーンが日本で逮捕されたというニュースを聞いて、「まさかあのカルロス・ゴーンが捕まるなんて、フランスではあり得ないことだ」と驚いたフランス人も多かっただろう。フランスメディアはこぞってゴーン擁護で、ゴーンが日産を救ったことを日本人は忘れていると繰り返している。
 はじめはゴーンの巨額な虚偽申告事実に驚いていた世論も、現在は拘留中のゴーンの状況に同情して、日本の勾留制度を非難しているようだ。というのも、メディアがそればかり強調して、本来の問題から人々の目をそちらに向けさせているとも思える。毎日九時間の尋問、一日に茶碗三杯のごはん、布団に寝ている!などと、まるでショックを受けているように報道しているのには笑ってしまう。
 だが、パリ郊外にあるルノーの主要工場の労働者はインタビューにこんなふうに答えていた。
 「ありえないほど儲けていて、私たちは彼に盗まれていたんだ!」「私たちは毎日八時間働いているのに」「裁判できっちり裁いてほしい」「あらゆる手を尽くして、奴はこの状況から逃れるだろう」「私は食べるためにここで働いている。彼は自業自得だ」「くそったれ!」「彼ぐらいお金を稼いだら、所得隠しをして楽しむ。まったく醜いことだ」そして多くの労働者が「嫌悪する」と。
 日産・ルノーの工場で働く労働者のためにも、しっかり裁いてほしい。



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